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月光 (2)


「高村さんっ! 高村さん!」


 これが異常な事態だとわかっているのに、私はただ高村さんの名前を呼ぶことしかできなかった。

 その間にも月に向かって咆哮を上げ続ける高村さんの身体が変化していく。

 もともと大柄だった身体は二回り以上大きくなり、その変化に耐えられなかった服がびりびりと音をたてて裂けていく。

 手の爪は白く長く伸び、血管が浮き出る腕には灰色の毛が生えていた。そして月に向かって吠える口元からは大きな牙が見える。

 その姿は私が以前青樹の森で見た人狼によく似ていた。


 でもなんで高村さんがそんな姿になるの?

 どうして高村さんが襲いかかってくるの? 


「高村さんっ! 正気にもどって!」

「無駄ですよ、亜香里さん」


 声をかけ続ける私をボルグさんがとめる。

 彼はまだ私のことをしっかりと抱きしめていた。


「で、でも」

「高村さんは人狼に操られているんです。月の光がある限り、彼が正気にもどることはないでしょう」

「そ、そんな」


 何で高村さんが人狼に操られるの?


 うろたえる私の背を軽くたたいてから、ボルグさんはようやく腕をといてくれる。

 それから彼は痛みをこらえるように一息ついてから立ち上がった。


「走れますか?」

「ボルグさん?」


 私を引き起こすとボルグさんは言った。


「あの咆哮がやめば高村さんは完全に狼人(おおかみびと)となり襲いかかってくるでしょう。私ができるだけ時を稼ぎますから、あなたは岩敷陣将のもとへ走ってください」

「そんなの、危険です!」

「あなたをあんな奴に傷つけさせるわけにいきませんから。あなたは私の――」

「ああああああ!」


 ボルグさんの言葉を遮るように高村さんが声をあげた。

 それはさっきまでの咆哮とは違い、何かに耐えるような、苦しみの絶叫だった。


「あ、ああああ、くそ…。と、マれ」

「高村さん!」


 高村さんは自分で自分の腕に爪をたて、生えてくる毛を皮膚事引きむしろうとしていた。


「今のうちに、走ってください」


 それを隙と見たボルグさんは私の背を押してここを去らせようとする。

 確かに私がここにいては足手まといにしかならないだろう。

 でも、私がいなくなった後のボルグさんは? 

 それに高村さんをどうしたらいいの?

 逡巡する私の耳に高村さんの声が聞こえてくる。


「お、俺ハ、人間ダ…あああああっ」


 不明瞭な声で自分の変化に抵抗する高村さんを前に、私は動けなくなってしまう。


「まさかここま変化が進んで抵抗できるとは。だが、もうすぐそれも終わるでしょう」


 苦しむ高村さんを前にボルグさんが低くつぶやいていた。


「さあ、亜香里さん。走って!」


 再度ボルグさんに促されて私は心を決めた。

 走り出そうと背を向けた瞬間、高村さんが絶叫を上げた。


「ああああああああおおーん!」


 絶叫は途中で咆哮へと変化する。


「振り返らないで走れ!」


 ボルグさんはそう叫んだけれど、私はつい振り返ってしまった。

 そこにあったのは、まだ人の姿を残した高村さんにとびつくボルグさんの姿だった。


「ボルグさんっ!」


 タックルをするように腰のあたりにすがりついたボルグさんにむかって高村さんの手がふりあげられる。


 あんな爪で引き裂かれたらボルグさんが死んでしまう!

 そんなのだめ!


「真帆さん!」


 ボルグさんを死なせたくなくて、高村さんにボルグさんを殺させたくなくて、私は真帆さんを呼んでいた。


 私の主人公。

 この状態を打破できるたったひとりの名を、私は声をからせながら呼んだ。


「真帆さん! 真帆さんっ! 助けてっ」


 助けて、高村さんとボルグさんを助けて!


「があああ!」

「やめろっ!」


 高村さんの爪がボルグさんに触れる直前、銀色のものがその手を跳ね上げていた。

 思わぬ攻撃をうけた高村さんは、とっさにボルグさんを振り払って大きく後退した。


「お前…、高村か」


 そんな彼の姿に驚愕の声をあげたのは、鬼切丸を手にした真帆さんだった。

 真帆さんに数瞬遅れて、地裂陣の戦士たちも高村さんを取り囲む。


「高村?」

「なんで」

「なにやってんだ!」


 一ノ宮さんや渋沢さん、田中さんたちはみんな、高村さんの変化に驚いた声をあげた。


「あおおおーん! がうううっ!」


 驚きながらも剣を下ろさない戦士たちに威嚇の吠え声をあげながら、高村さんは右手を振り上げた。

 真帆さんの一撃は峰打ちだったのか、高村さんの腕は切れてはいなかった。

 その代わりに強烈な打撃で折れた腕は腫れあがり、ひどく歪んでいる。

 本来ならひどく痛むはずだろうに、高村さんはそんな様子など少しも見せずに吠えている。

 そして、その手は月光にさらされている部分からまるで魔法のように治り、より一段と獣の姿へと変わっていく。

 こげ茶の髪はすべて灰色に変わり、顔も狼のように鼻先が伸び始めていた。


「お前っ! 狼人になっちまったのかよっ!」


 彼の変化に悲鳴のような声をあげたのは渋沢さんだっただろうか。

 私が声の主を確認するよりも先に、真帆さんが高村さんにむけて走り出した。

 真帆さんは勢いのまま飛び上がると、上段から高村さんに切りかかる。


 がきん!


 鉄同士がぶつかるような音がして、真帆さんの動きが止まった。

 真帆さんがまだ峰打ちだったのも原因かもしれないけれど、さっきのように折れることもなく、高村さんの腕は真帆さんの攻撃を受け止めていた。


「があっ!」

「くっ」


 高村さんは刀を受け止めたのと反対の手で真帆さんを横にはらう。


「くっ」

「真帆さんっ」


 まるで人形かなにかのように簡単に横に飛ばされた真帆さんに私は悲鳴をあげた。


「大丈夫だ」


 真帆さんは飛ばされた勢いそのままに地面の上で回転し、すぐに体勢を立て直す。

 腹部のあたりの布が裂けていたけれど、高村さんの爪は身体にまでは届かなかったらしく、血は滲んでいなかった。


「亜香里は下がってろ」


 ちらりと私を見て頷いた真帆さんはすぐに表情を引き締めて厳しいまなざしを高村さんに向けた。


「高村ぁっ!」


 鬼切丸を正眼に構え、真帆さんは高村さんを呼ぶ。

 彼女の声に、高村さんは一瞬だけ反応した。


「高村っ! てめぇそれでも地裂陣の戦士かっ! しっかりしやがれ」


 そう言って再び高村さんに向かって真帆さんは駆け出していく。


「真帆に続け!」


 真帆さんに続いて地烈陣の戦士たちも高村さんに挑んでいく。

 今度は真帆さんは頭上からの攻撃を行わず、高村さんの大ぶりの一撃をかわすと低い姿勢のまま右へと移動した。

 彼女の動きに高村さんが翻弄された隙を見逃さず、一ノ宮さんが左側から襲いかかった。


「がああっ」


 高村さんの悲鳴とも咆哮ともつかない声が響いた。

 真帆さんとは違い、両刃の剣を使っている一ノ宮さんに峰打ちなんて技はない。

 けれども彼は高村さんの命を奪わないように、肩に剣を突き刺していた。

 地裂陣でも最も大柄で怪力な一ノ宮さんの力をもってしても、剣が高村さんの肩を貫通することはなかった。

 骨にでもあたったのだろうか、剣先がめりこんだところで止まり、一ノ宮さんは慌てて剣を抜こうとした。


「くそっ! 抜けねぇ」

「一ノ宮、離れろ!」

「があああ!」

「うわっ」


 剣をあきらめて下がろうとした一ノ宮さんの腕を高村さんがつかんだ。

 今や一ノ宮さんよりも大きくなった高村さんはほとんど狼なった口を大きく開ける。

「ひいい!」

「一ノ宮をはなせ! 高村っ」

「がっ」


 高村さんが一ノ宮さんに噛みつくよりも早く、真帆さんは高村さんの左手に切りつけていた。

 峰打ちをあきらめた真帆さんの一撃は、高村さんの左腕を半ばまで切りつけていた。

 その傷から流れ出る血が手首のミサンガを汚すのを見た瞬間、私は喉が裂けるほど叫んでいた。


「高村さんっ! 左手を見て! 美幸さんを思い出してっ!」




狼人(おおかみびと)

 人狼に噛まれた人間がなる魔獣。

 その姿は二足歩行の狼のような姿で人狼とほぼ見分けがつかない。

 また己の意思で変身できる人狼に対し、狼人は満月の光でのみ変身し、その時は理性をもたず、ただ主である人狼の意のままに動く獣となり果てる。

 身体能力も体格も人間のときの数倍以上になるが、それでも人狼には及ばず、治癒能力も人狼には劣る。



高村が狼人になってしまいました。

真帆はどんな選択をするのでしょうか。

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