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果物と領地

 しばらく加羅の背中を撫でて心を落ち着けてから、私は質問をぶつけた。


「いつから、知ったの?」

『ご主人の血を舐めたときにね、ご主人の世界がちょっとだけ見えたんだ。だからもうちょっと撫でて』

「あ、うん」


 『だから』の後の言葉がおかしくない?

 と思いつつも請われるままに加羅の頭を撫でる。

 眉間のあたりを撫でてあげると、気持ちがよかったのか加羅の喉の鳴る音はさらに大きくなった。


『ご主人の世界が見えた時にね、ご主人はこの世界の人じゃないってわかったよ。でもね、ボクはご主人の好きな気持ちに変わりはなかったよ』


 そう得意げに言って、加羅は耳をぴこぴこと動かした。

 その動きがかわいくて、私は少し笑ってしまった。


『ねえ、ご主人。せっかくお話できるようになったんだから、ご主人のことをもっと教えて』

「そうだね」


 加羅の質問の仕方があんまりにも軽かったから、私は気負うことなく話をはじめることができた。

 この世界に来た時のことや真帆さんや地裂陣のみんなのこと。真帆さんが話していた運命の3人のこと、国一さんや秀一さんや孝明さんのこと。それから瑠璃姫やバルコさんのこと。

 そしてこの世界が私が考えた設定が生きている世界であること。そのせいで大魔導師ガーファンクルの生まれ変わりであるバルコさんを苦しめてしまっていること。

 とりとめがないうえに長くなってしまった話を、加羅はときおり質問を交えながら聞いてくれた。


『じゃあご主人はどうしてこの世界に来たのか、どうやってもとの世界に帰るかもわからないの?』

「うん」

『もしさ、もとの世界に帰れるって言われたら帰りたい?』

「それは――」


 加羅の質問に私は答えることができなかった。

 帰れるのならば帰りたいけれど、きっと帰っても後悔するだろう。

 ここで出会ってしまった真帆さんやみんなを忘れられないだろうし。何よりもバルコさんがこれからどうなるか気になってしまう。

 だから、どうしたいかわからなかった。


「わからない」

『ふーん』


 素直にそう口にした私に自分で聞いたくせに加羅は興味なさそうに返事をし、前足を舐めた。


『まあ別にボクはどっちでもいいや。もしご主人が前の世界に帰るのならついていくし、ここにいたいのならずっといっしょにいるだけだし』

「どうしてそんなに私のこと好きでいてくれるの?」

『ご主人の手が気持ちいいからだよ』

「それって私がこの世界を作ったから?」

『んー? それはわかんないけどちがうと思う』


 毛づくろいをしはじめた加羅はもうそれ以上答える気はないようだった。

 でもつい疑ってしまうのは、真帆さんや加羅が私に好意的なのは私がこの世界の作者だからじゃないかってこと。

 それこそさっきの話とは矛盾してしまうけれど、私がこの世界をつくっているから、この世界にいる人は無条件で私を好きになるんじゃないかって。

 みんなに好意を持たれるのはありがたいことだし、まさにチートなんだろうけど。

 それはそれで善意を疑っているみたいで申し訳ない。

 考えれば考えるほどに悪い方に思考が向かってしまうのは私の悪い癖だ。

 気にしなければいいんだろうけど、この思考にはまってしまうと数日は抜け出せない。


「はぁあああああ」


 膝の上でうとうとしはじめた加羅を見つつ、私は長いため息をついた。


 コンコン


 息をすべて吐ききったところでドアがノックされる。


「は、はい」

「亜香里、真帆だけど。入ってもいいかな」

「どうぞ」


 静かにドアを開けて入ってきたのは真帆さんだった。

 警備から戻ってきてお風呂にはいったんだろう、彼女の髪は少し濡れていたし、服もかなりラフなものになっていた。


「どうしたんですか、真帆さん」

「いや、今日様子がおかしかったし。それに夕食も食べなかったって聞いたからさ」


 そう言って真帆さんは左手に持っていた籠を渡してきた。

 その中にはあんずやさくらんぼなど何種類かの果物が入っていた。


「果物なら食べられるかと思って持ってきてみた」

「ご心配をおかけしてすみません」

「謝らなくてもいいけど、少しでも食べた方がいいと思うぞ」

「はい…」


 本当は果物ですら喉を通る気がしなかったけれど、真帆さんの好意を無にすることもできなくて私は籠へと手をのした。

 けれど籠に指が届く前に真帆さんにとりあげられてしまう。


「え?」

「なんか今の亜香里は危なっかしいから、私が剥いてあげよう」


 ちょっと偉そうに言って、真帆さんはあたりを見回した。

 私が寝泊まりしている部屋は真帆さんの客人専用の部屋で、あまり調度品が多くない。

 ベッドとクローゼットとソファとローテーブル。それにちょっとした書き物をするための机とイスのセットなどが配置よく置かれている。

 実は他の客間に比べるとあまり広くない部屋なんだそうだけど、私にはこれで十便だった。

 と、言うか私がもとの世界で住んでいたワンルームよりずっとこの部屋の方が広いんだよね。


 ソファの方に座った真帆さんに手招きされて、私は加羅を抱いたまま彼女の隣に座る。

 そうしたら真帆さんは持っていた籠の中からお皿と小さなナイフをとりだして、あんずを切り分け始めた。

 軽く切れ目を入れて左右にひねるようにしただけで、あんずはぱかりと半分に割れる。

 オレンジ色の果肉はまさにあんずそのものだったけれど、サイズが桃と見まごうほどに大きい。


「それはあんず…ですよね?」

「ああ、上村(かみむら)のおっさんからもらったんだ」


 一応聞くと、真帆さんは半分に割ったあんずから皮を取り除きながら言った。

 真帆さんの言う『上村のおっさん』という人を、私はひとりしか思いつかなかった。

 でも、『おっさん』なんて軽々しく呼んでもいいものなんだろうか。


「上村さんと言うと、玄武将軍ですよね」

「そう、その上村のおっさんの領地の特産物なんだ」


 …当たってた。

 真帆さんが『上村のおっさん』と呼ぶのは玄武将軍の上村久吾さんのことだ。

 年齢は52才。白髪交じりの黒髪にがっちりとした体つきで、いつもしかめつららしい表情をしている。

 たしか規律にも厳しくて、玄武軍はとても規範的な軍だって聞いている。

 それなのにそんな人のことをおっさん呼ばわりしちゃう真帆さんてすごい。

 私が妙な感心をしているうちに真帆さんはあんずを手早く四つに切り分けてしまう。


「はい、とりあえず食べて」

「ありがとうございます」


 あんずがもりつけられたお皿を受け取り、ひときれかじる。

 あまり生のあんずというものを食べなれてはいなかったけれど、記憶のそれよりはずっとこのあんずはおいしかった。


「おいしい…」

「だろ?」


 思わずつぶやくと、真帆さんは子供のような顔で笑った。


「上村のおっさんの領地は北の方にあるからさ、果物がうまいんだよ。今の時期はあんずとさくらんぼが最高だけど、冬になるとりんごもめちゃちゃうまいのができるんだ」

「そうなんですね」

「だからもっと食べな」

「はい」


 真帆さんに促されて、私はふたきれめに手をつけた。

 口にするまでは全然食欲がわかなかったのに、くどくない甘さのあんずはするりと喉を通った。

 後から真帆さんがお皿に乗せてくれたさくらんぼも甘くて、結局私はあんずをまるまる一個とさくらんぼを五個食べきってしまっていた。

 そんな私を見て、真帆さんは満足そうに笑っている。

 10歳も年下の女の子に気を使われて、情けない気持ちもあるけれど、お腹が満たされた分気分も少し上向いた気もする。


「もう少し食べるか?」

「いえ、もう大丈夫です」

「そう? じゃあ私が食べてもいいか?」

「もちろん、どうぞどうぞ」


 真帆さんがもらってきた果物なのだから、私に聞かなくてもいいのに、彼女は律儀に聞いてからあんずを剥き始めた。

 さっきと同じように一周切れ目をいれて、左右を逆方向にひねると、ふたつに割れる。

 それから皮をさっと剥く真帆さんは手慣れていた。


「亜香里はフルーツが好きか?」

「ええ、大好きです」

「じゃあファイの月になったらうちの領地からみかんを取り寄せような」

「岩敷伯爵の領地ですか?」

「いや、私の領地だな」

「真帆さんの領地?」

「正しくはまあ、地裂陣陣将の領地なんだが」


 真帆さんは切り取ったあんずのかけらをそのままナイフから食べながら言った。


「将軍や陣将になると領地が与えられるんだ。で、その領地を守るのと同時に運営して、部下たちの給料を賄えってことなんだ」

「そうなんですか」

「ああ、地裂陣陣将の領地は黒曜の都から少し離れたところにあるから、来月になったら亜香里もいっしょに行かないか?」

「私もですか?」

「ああ、本当なら陣将を拝命してからすぐに戻っていろいろ手続きをするべきだったんだが、月番もあったし襲撃の件も重なったんで後回しにしたんだ。まあでも来月には月番が変わるし、事態がもう少し収束したらいっしょに行こう」

「秀一さんや孝明さんの領地も近くにあるんですか?」

「いや。秀一の領地は東の方だし、孝明の領地は北の方だな。で、私の領地は西南なんだ」

「意外と離れているんですね」

「ああ、そうだな」


 話しながらも真帆さんはあんずを口にほおり込んでいく。

 ナイフで果肉を削って直接口に入れるやり方は、貴族のご令嬢のマナーではありえなかったけれど、真帆さんに似合って、とても恰好よかった。


「私の領地はさ、一年を通じて温かくてあまり雨も降らない、のんびりしたところなんだ。で、屋敷から見える風景がとてもきれいだから、亜香里に見せてやりたいんだ」

「いいですね」


 おだやかに言う真帆さんにつれられて、私も笑みを浮かべていた。



【将軍・陣将と領地】

 将軍や陣将には固有の領地がある。

 それは個人の領地ではなくそれぞれ地位に対して付随している領地であり、その地位に就いた者が管理を行う。

 将軍・陣将には国から与えられる給与および予算があるが、それだけでは到底部下たちの給与は賄いきれない。

 そのため、将軍・陣将たちは国を守るのと同時に領地経営をし、自軍の維持と蓄財を行う。

 ちなみに将軍位・陣将位を退くときにはその期間に貯めた財産の6割までは己のものとすることが認められている。

 四神将軍は青龍は東・白虎は西・朱雀は南・玄武は北にその領地を与えられている。

 十絶陣将は己の直属上司である将軍とは離れた場所に領地を与えられている。

 これは将軍が部下と共に挙兵しにくくしているためや陣将たちに辺境伯の役目を負わせているためなどと言われている。

 ただし王直属の天絶陣陣将および王子直属の金光陣陣将に関してはその役目上都にほど近い場所に領地を与えられている。


ちょっと果物の話と将軍や陣将の収入源の話。

この世界の果物は現代の果物と遜色ないくらいにおいしいです。


次は少し話が動きます。

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