戦士はかわいいがお好き?(後)
「ところでさ、そろそろうちの連中を許してやってくれないか?」
「許す?」
何を言われているのかさっぱりわからなくて首をかしげた私に、真帆さんは視線だけで後ろを示した。
「?」
振り返ってみると真帆さんの部下――地裂陣の戦士たちがなんだか申し訳なさそうにこっちを見ていた。
「ええと…許すって…」
「こいつらみんな悪い奴じゃないんだよ。ただ、亜香里があまりにも目端がきくから、警戒しちまってさ。戦士なんてものをやっている奴らの性だから、許してやってほしい。そしてできたら怖がらないでやってほしいんだ」
あれ、私が引かれているんじゃなくて、私が戦士たちに引いているみたいな言い方されてない?
え? もしかして戦士たちが私に一歩引いた態度をとっていたのは、キレまくった私に引いていたからじゃないの?
怒っているか怖がっている私を刺激しないようにしていたの?
めちゃくちゃ誤解されてる!
「べ、別に気にしてないですよ。私が不審者だったのは本当にその通りなんで」
あたふたと言うと戦士たちの表情が変わった。
それまでしかつめらしい表情をしていたのに『ぱああぁ』と、擬音をつけたくなるくらい明るいものになる。
彼らも緊張してたのかぁ。
そう思うといかつい戦士たちがかわいく思えて、少し笑いたくなった。
「よかった。ありがとう」
私がリラックスしたのがわかったのだろう、真帆さんもほっとしたように笑い手招きで戦士たちを呼び寄せた。
「あの時はすみませんでした」
戦士たちを代表して、高村さんと呼ばれていた人が声をかけてくる。
彼は人狼に遭遇した時に私をそばで守っていてくれた人で、そしてそのあと一番早くに私に剣をつきつけた人でもあった。
「こいつは高村一。地裂陣では私の次に若い奴だよ」
真帆さんの説明に頷き、高村さんは手を差し出してきた。
「高村です。よろしくお願いします」
「林亜香里です。よろしくお願いします」
挨拶をして手を重ねると、高村さんは恐る恐る握ってきた。
この高村さんという人は私が設定を作っていない、いわゆる『その他』の人だ。
年齢は20代半ばくらいだろうか、戦士らしく背は高くて肩幅も広いがっちりした体格はしているけれど、その顔立ちはいかめしくはなかった。
一重の目とそんなに高くもない鼻に薄い唇は特徴のつかみづらい、はっきり言うと印象に残らない顔だった。
そんな姿も顔もまさに脇役中の脇役、モブの人って感じ。
まあ、私もどちらかと言うとそちら側の容姿なんですけどね。
その他の戦士たちも戦士らしく背が大きいとか、強面で顔に傷があるとかの特徴はあるけれど、それらは戦士としてのテンプレートのようで、印象には残りづらい。
そのせいでみんなから自己紹介されたけど、特にわかりやすい特徴のある四人を覚えるのがやっとだった。
もともと人の名前を覚えるの苦手だしね。
「みんな強面でいかついけど、気はいい奴らだし、慣れるとかわいいところもある奴らなんだぜ」
全員と握手をし終わったところで、真帆さんが内緒話のように声をひそめて話しかけてくる。
いたずらっこのように笑いながら瞳を輝かせる真帆さんは、それだけでまぶしくて別の世界の人のようだった。
主要人物である真帆さんとその他大勢の人々の顔面偏差値の差ってすごいわ。
そう思って高村さんをちらりと見たら、左手の薬指に指輪をしているのに気付いた。
「高村さんは結婚されてるんですね」
そう聞いたとたん、真帆さんと戦士のみんなが笑い出す。
「いや、あの…」
高村さんもなぜか真っ赤になって照れている。
「こいつさ、先々月結婚したんだけどそのプロポーズに至るまでが大変でさー」
「真帆さん」
私の肩に手をかけて話し始めた真帆さんを高村さんが必死で止める。
しかし真帆さんはそんな制止などどこ吹く風で、指を折りながら高村さんの失敗をあげつらねる。
「緊張しすぎて倒れること3回。緊張をほぐそうと酒を飲んで泥酔すること2回。そうでなくても言えなかったことが…5回だっけ?」
「…4回です」
何か言いたげに口をもごもごさえていた高村さんだったけれど、結局なにも言えないまま回数を訂正しただけだった。
「それは…よく、成功しましたね」
って言うか彼女さんもよく冷めなかったな。
あ、でも真っ赤になって泣きそうな顔をしている高村さんてちょっとかわいいかも。
彼女さんもこういうところに惚れてんのかな。
「いや、結局こいつはプロポーズしてないんだよ」
一番背が高くてがっちりした一ノ宮さんがにやにやしながら言った。
「そうそう、高村の野郎がはっきりしないんで、しびれをきらした美幸ちゃんからプロポーズしたんだよな」
その隣の顔に傷がある渋沢さんが話を続けた。
「ああああ、もう好きにして…」
けらけらと笑う戦士たちに背をむけてうずくまり、高村さんは地面に『の』の字を書いている。
「よくご存じですね」
「いや、見てたんだ」
「はい?」
真帆さんの答えに私は目を瞬かせた。
すると即座に髭面の木村さんと眼帯の田中さんがそのシーンを再現しはじめた。
「宿舎で鍛錬しているときに、美幸ちゃんがやってきていきなり高村にプロポーズしたんだよな」
「『あなたに任せておくと一生結婚できないかもしれないから、私から言うわ』って言って、高村がポケットに隠していた指輪をとりだしてさ」
「『高村一さん、私と結婚してください』」
「『よろこんで』」
「わーお」
内股で立ついかついおじさんの手を眼帯のおじさんが握るというものすごい絵面だったけれど、思わずはやすような声がでてしまう。
「男前な奥さんですね」
「ああ、高村の三倍は男前だと思うぜ。しかも顔はかわいいんだ」
「高村さん、幸せものですね」
そう言うと高村さんはしゃがんだまま顔を真っ赤に染めた。
彼は照れ臭そうに頭をかく。
「はい、美幸と結婚できて幸せです」
「………っ!」
…なんだ、このかわいい生き物は!
モブ顔の戦士にうっかり萌えてしまい、変な声が出そうになるのを必死でこらえる。
「な? かわいいだろ」
そんな私に気づいたのか、真帆さんはまた内緒話のようにささやいてくる。
いたずらっこの表情をしている真帆さんがかわいくて、こっちも笑顔になってしまう。
「はい(真帆さんも高村さんも)めちゃくちゃかわいいです」
「もう勘弁してください…」
真っ赤になってうめいていた高村さんは、とつぜんがばりと立ち上がった。
「それだったら、田中もかわいいんですよ。あいつ、あんな顔してるけど花を育てるのがとてもうまいんです。そして育てた花をブーケにして嫁さんにプレゼントするんです」
「ちょ、な」
いきなりかわいいエピソードを暴露されて、眼帯の田中さんが赤面した。
この人こんな顔して花好きの愛妻家なんだー。
確かにかわいい。
「だったら一ノ宮もかわいいだろ。こいつ、こんななりで手芸が得意で、ちょっとしたかぎ裂きなんかすぐ直しちまうし、ついでに趣味は刺繍なんすよ」
自分だけかわいいを暴露されることが我慢できなかった田中さんが、大柄な一ノ宮さんのかわいいを話はじめる。
ほうほう、ひときわ大柄でひげ面の一ノ宮さんは手芸男子なのだね。
うん、かわいい。
「あ、ああー。そしたら渋沢も結構かわいいっすよ。この間なんか…」
「やめろ一ノ宮、俺を売るなーっ」
「うるせぇ、こうなりゃ道連れだ!」
騒ぐ渋沢さんを押さえつけながら一ノ宮さんは渋沢さんのかわいいを暴露する。
そしたら渋沢さんが木村さんのかわいいを暴露しだして…。
と、あっというまに私は戦士たちのかわいいエピソードを聞かされるはめになった。
そのかわいいが、ぜんぶ私のツボをつくかわいいで。私は必死に心のノートにそのかわいいエピソードを書き連ねた。
そしてそのおかげで私は地裂陣の戦士たちの名前と顔をかわいいエピソード付きでしっかりと覚えることができたのだった。
【地裂陣】
金剛国の軍である十絶陣のひとつ。陣将は岩敷真帆。
十絶陣の中でも最も勇猛な陣として名を馳せ、正面突破などの戦い方を得意とする。
またそのような戦い方をするにもかかわらず戦死者が少ない陣と言われている。
傭兵からの登用を多く行っており、そのため人種や性別にも偏見が少ない。
次回、やっと金剛国の王都・黒曜の街に到着します。