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私が苦しめている人

 それから私はお茶をいただいて、瑠璃姫と琥珀王子の前を辞した。

 その時にはバルコさんがついてきた。

 今は何かと物騒だから真帆さんの執務室まで送ってくれるということらしい。

 バルコさんがいるからかあるいは帰り道だからか、来る時ほど厳密な調査は受けずに私たちは楔石城から出ることができた。

 そしてしばらく歩いたところで、バルコさんは私に見せたいものがあると、とある木の下に私を誘った。

 そこでバルコさんは手で印のようなものを組み、聞こえるか聞こえないくらいの声で呪文を唱えはじめる。


「え?」


 ふわりと空気が下から上に動いた気がして、私は声をあげた。

 なんとなく周りの風景も歪んで見えるような気がするし、これは逃げた方がいいのかな。

 辺りを見回せば少し離れたところを忙しく歩き回る人たちが見える。

 こんなところで私に危害を加えることができるのかな。

 でも…。

 動くべきか叫ぶべきか悩む私を落ち着かせるように、バルコさんは軽く片手をあげた。


「半径1メートルに簡易な結界を張りました。今、私が話している声程度ならば周囲には漏れません。また、私たちがここにいることを人々は気には留めないようにしていますが、あなたが叫べば聞こえますし、結界から出れば気づかれます。ですからどうか、警戒を解いていただけませんか」


 私たちの周囲に張った結界をそう説明して、バルコさんは頭を下げた。

 いつもはおだやかなバルコさんのせっぱつまった様子に、私は逃げるのはやめにした。

 でも、警戒心を解くこともできない。

 何を言われるのだろうと身構える私に、バルコさんは単刀直入に切り出してきた。


「亜香里さん、あなたは何者ですか?」

「え? あの…」

「あなたがしてくれた話を、私は聞いたことがありません」

「え、あ、あの…」

「ガーファンクルが、時の神マヒナより『有限なる無限の鞘』の作り方を教わると言う話です」


 やっぱりさっきのガーファンクルの話かー。

 中途半端な記憶喪失設定でごまかせないかなぁ。

 ぐるぐると言い訳を考えている私から目を反らし、バルコさんは小さくため息をついた。


「いえ、あなたがどんな方でもどうでもいいんです。ただ、教えてください。あなたがした話は本当ですか?」

「バルコさん?」

「どこにも根拠のない、荒唐無稽な話であるはずなのに、私はあなたの話に希望を見出してしまった」


 ふたたびこちらに視線を向けたとき、バルコさんの瞳は赤く変わっていた。

 深紅の瞳を見て、私は彼が誰だかわかってしまった。


「ば、バルコさん。あなたは…」


 私が何を言おうとしているのかわかったんだろう、バルコさんはきゅっと眉根を寄せた。

 そして彼はまるで泣いているような顔でほほ笑んでみせる。


「探していたんです。ずっと探しているのです。友を救う方法を探し続けていたんです」

「あああ…」


 あまりのことに私はうめき声をあげていた。


 この人は…バルコさんは、ガーファンクルだ。


 希代の大魔導師で、アロンゾ英雄王の親友で。王亡き後も己の魂に魔法をかけて転生を繰り返し、友を救う方法を探し続けている孤独の人。

 私がそう『設定』した人。

 自分の『設定』の残酷さに吐き気がする。

 私が、この人を孤独に突き落としてしまった。

 あまりのことに体の震えを止めることができない。

 私はバルコさんの顔を見ることができずに、ただひたすらに震え続ける自分の手を見つめることしかできなくなってしまった。


 と、その手にバルコさんの手が触れた。

 突然のことにびくりとしてしまったけれど、私はその手を振り払うことはできなかった。

 バルコさんの手もまた、震えていたからだった。

 思わず見上げると、深紅の瞳と目があう。


「お願いです。本当だと言ってください」

「ごめんなさい」


 かすれた声で懇願され、私は謝るしかできなかった。

 そして声を出したとたんに、我慢していた涙までがあふれ出してしまった。



「ご、めんなさい…」

 鼻の奥がいたくて、声が出にくい。

 それでも私は声を振り絞った。


「ほ、本当です」

「亜香里さん?」

「私の話したのは本当の話です」


 これ以上バルコさんを…ガーファンクルを苦しめちゃいけない。

 私の『設定』が彼を苦しめているんだから、救われる『設定』をちゃんと話さなきゃならない。

 もしそれで私の正体が知られても、あるいは狂人として扱われたとしても、これだけは話さなきゃ。

 まだ手は掴まれたままだったので、流れ続ける涙をぬぐうことができずに私は話し続けた。


「まず108の精霊と契約を結んでください。そして『マヒナの持ち分』の時にその契約の証をマヒナに示してください。そうすれば、あなたはマヒナからルビニア・ガーファンクルを納める『有限なる無限の鞘』の作り方を教わることができます」

「あ、それは…」

「でも…、ごめんなさい」


 表情を明るくさせたバルコさんに私はまたあやまった。


「でも、それがいつになるかは、わからないんです」

「いいえ、十分です。ありがとうございます」


 だって私が書き散らしたのは物語じゃなくてただの『設定』だけだから。

 私はただアロンゾ王の魂の解放のしかたを考えただけで、それがいつになるかなんて決めていなかった。

 もしかするとずっとずっと先のことかもしれない。

 それなのにバルコさんは私にお礼を言い、跪いた。


「あなたに最大の感謝を捧げます」

「お礼なんて、言わないでください」

「いいえ。たとえ今生でなかったとしても、友を救うことのできる方法が分かっただけでも充分です」


 感に堪えない様子で、バルコさんは私の手に額を押し当てた。


「あなたは私の女神です」

「やめてください!」


 私は大声をあげていた。

 私は女神なんかじゃない。

 むしろ私はバルコさんにとっては悪魔だろう。そんな私にお礼なんか言わないでほしい。跪くのもやめてほしい。


 パリン


 そう言おうとした瞬間、ガラスが割れるような音がして、同時に私は後ろにひっぱられていた。


「何をしている」


 頭上から低い声が降りそそぐ。

 見上げればそこには無表情でバルコさんを睨む秀一さんの姿があった。

 秀一さんの声にも表情にも特別な色は見ることができなかったのに、彼がひどく怒っていることが分かった。

 私が泣いていたから、バルコさんにいじめられているとでも思ったんだろうか。

 そんなことはないと言いたかったけど、びっくりしすぎて声がでない。

 そしてそんな私には目もくれず、秀一さんはもう一度同じ言葉を繰り返した。


「何をしている」

「何もしてはおりません」

「何もしていなくて、亜香里嬢がやめろと言うのか? それにこんなに泣いて」

「亜香里さんが泣いてくださったのは、私の昔話に同情してくださったからです。そして彼女が拒否したのは、私が彼女に膝をついたからです」

「なぜお前が亜香里嬢に膝をつく」

「それを将軍にお話しする義務はありますか?」


 そばにいるだけで失神しそうになるほどの秀一さんの怒気を、バルコさんは涼しい顔で受け流した。

 それどころか秀一さんを挑発するようなことまで言って見せる。

 含みを持つような言い方に、秀一さんのこめかみがぴくりと動いた。


「魔導師…」

「秀一さん! 何もありませんからっ」


 バルコさんに一歩進もうとした秀一さんを私はしがみつくようにして止めた。

 そこで秀一さんは足をとめ、私を見下ろしてくる。


「本当か?」

「本当です。ただ、私が悪いんです…」


 やっと声を出すことができたのに、情けなくもまた涙が出てくる。

 ああ、もう。いい年して恥ずかしい。

 あわててハンカチを探すけれどなかなか見つからない。この服、ポケットはあるんだけど探すのがちょっと難しいんだ。

 おろおろしていると頭の上で秀一さんがためいきをつくのが聞こえた。

 そして目の前に大きな手とハンカチが差し出される。


「使え」

「ありがとうございます」


 結局ハンカチを見つけることができなかった私は、秀一さんのハンカチで涙を拭いた。


「君が何もないと言うのならば信じよう」


 そう言って秀一さんは私の肩にかけた手をそのままに向きを変えた。

 つまり、肩を抱かれている私もいっしょにバルコさんに背を向けることとなる。


「あ、あの…」

「そのままで歩いていると誤解をまねきかねないから、真帆のところまで送ろう」


 穏やかだけれども有無を言わせない調子の秀一さんに私はただ頷くことしかできなかった。

 それから秀一さんは振り返ってバルコさんに鋭い視線を投げかけた。


「…魔導師、今回は見逃すが次にこのような場面に出くわした時は問答無用で殴らせてもらう」

「肝に銘じます」

「あ、あの。バルコさん」


 秀一さんの威圧にも負けず慇懃無礼に頭を下げるバルコさんの名を呼んだけれど、私はそれ以上何も言えなくなってしまった。

 どんな言葉をかけても、それはただ私の独りよがりだ。

 それなのにバルコさんは顔を上げて微笑んでくれた。


「亜香里さん。また、お会いしましょう」


 そう言ったバルコさんの瞳は、いつのまにか穏やかな琥珀色に戻っていた。





【大魔導師ガーファンクル】

 銀髪、赤い瞳の痩せ型。

 テンペ大陸最高の魔導師。彼より偉大な魔導師は生まれていないと言われている。

 魔導師ギルドの祖でもある。

 英雄王アロンゾの放浪時代に出会い、無二の親友となる。

 その後は彼と行動を共にし、ルビニア・カーバンクルを得るときにもそばにいた。

 死の直前に自分に呪いにも似た魔法をかけ、転生しても前世の記憶を無くならないようにした。

 何度も転生を繰り返しながらアロンゾ王の魂を解放する方法を探している。

 ガーファンクルが金剛国の首都である黒曜の都に結界を張ったのは、魔王戦のときに一般の人々を黒曜の都に避難させたから。

 その後アロンゾ王が金剛国の姫君を娶ったため、結界はそのまま残されることとなった。

 現在はその結界を国お抱えの魔導師たちが修理しながら維持している。

 ただし維持はできるが、現存の魔導師にはその結界を張りなおす能力はない。


ガーファンクルの正体がわかりましたね。

次は亜香里がぐずぐずと悩みます。

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