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惑いの回廊と魔断剣(後)

「これは?」

「申し訳ありません、こんな物騒なものがある部屋しか空いていなくて…」


 私の問いを勘違いしたのか、貴子さんは申し訳なさそうな表情をした。


「いえ、それは平気なんです。ただ、神殿にどうしてこんなにたくさんの剣が置かれているんですか?」

「ああ、そちらですか」


 私が質問の趣旨を正すと、貴子さんは納得したように頷いてくれた。

 先ほどの番兵さんたちのように神殿にも兵士はいるから、彼ら用の武器があってもおかしくはないと思う。

 それに見たことはないけれど、神剣や魔剣のようなものならば神殿で管理しているんじゃないかなとも思っている。

 でも、ここにある剣たちはみんな同じつくりをしているし、管理はされているようだけれど、特別なものという印象もない。


「これらの剣は魔断剣(まだんけん)と呼ばれています」

「まだんけん?」

「魔を断つ剣と書いて魔断剣と読みます。読んで字の如く魔を…魔物や魔獣を倒すために使われる剣ですね」

「魔物や魔獣…」


 よく見ると剣の表面に何か文字のようなものが刻まれていた。

 ルーン文字にも似ているそれをよく見ようと近づくと、貴子さんに穏やかに制止された。


「見るのは構いませんが触れないでくださいね。許されていない者が触れると警報がなりますから」

「あ、はい。すみません」


 あわてて一歩下がると貴子さんは剣の説明を続けてくれる。


「これらは対魔物に関しては聖呪文を彫り込み、神官が定期的に祝福を施すことで聖性をもたせ、加えて魔獣に対しては魔道鋼に銀を混ぜることで対応できるようにしてあります」

「なるほど…?」


 神官が定期的に祝福を施さなきゃならないから神殿で管理しているのか。

 バルコさんも銀には魔を払うことができるって言ってたよね。

 でも、銀で作った武器って強度がなくて武器として使い物にならないって聞いたことがあるんだけどな。

 私がそう問うと、貴子さんもそれを肯定してくれた。


「ええ、ですから戦うときには第一撃は魔道鋼で傷をつけ、第二撃で表面に銀を浮かび上がらせて再び同じ場所を切り傷をふさがらなくさせるんです」

「つまり同じ場所を二度切るということですか」

「そうです。それが対魔獣の戦い方ですね」


 真帆さんと最初に会った時に知ったのだけれども、魔獣は普通の武器でもなんとか傷はつけられる。

 けれどもその傷はすぐにふさがってしまうから、倒す手段がない場合は、何度も攻撃して相手が怯んだうちに逃げるしかないらしい。

 そう考えると魔断剣は魔獣を倒すことはできるけれど、その倒し方が難しそうだ。


「すごくスピードと精度が必要な戦い方ですね」

「ええ、それに加えて魔断剣は扱い自体が難しい剣です。おそらく、現在の黒曜の都にいる戦士の方で魔断剣を使えるのは十数人くらいではないでしょうか」

「真帆さんは?」

「もちろん扱える方ですよ。将軍位や陣将位にいらっしゃる方は皆さん扱えると思います」


 じゃあ秀一さんや孝明さんも使えるんだ。あとは…副陣将の一ノ宮さんは使えるかな。


「そんなにご心配なさらないでください」


 魔断剣を扱える人のことを考えていた私に何を勘違いしたのか、貴子さんは安心させるような声音で言った。


「黒曜の都には大魔導士ガーファンクルの築いた結界がありますので、魔物や魔獣が入り込むことはまずありません。この都の中で魔断剣が必要になるようなことはないと思いますよ」

「え、ああ。そうですよね」


 つい野犬の件があったから考え込んでしまったけれど、確かに黒曜の都には城壁に沿って結界があるから、魔物や魔獣は入れないだろう。


「一応の準備として各神殿に魔断剣は保管されておりますが、都より辺境の町や村の方が利用率は高いでしょうね」

「そうなんですか」


 確かに黒曜の都に来る前に寄った町ではここまで頑丈な城壁はなかったから、魔獣とかの侵入もありえるかもしれない。

 納得していると貴子さんが優雅な手つきでソファを示した。


「お話が過ぎてしまいましたね、どうぞお掛けください」

「あ、すみません」


 貴子さんに促されて、私はあわててソファに腰を下ろす。

 もう少しで今日の用事を忘れてしまうところだった。

 貴子さんが向かいに座ったのを確認すると、私は背負っていたナップザックから紙袋をふたつ取り出した。

 小さい方の紙袋からは少しだけバラの香りがする。


「これは?」

「真帆さんからです」

「真帆さんから?」


 真帆さんの名前を出すと、貴子さんは不思議そうな顔のまま紙袋の中からお酒の瓶と美容液の小瓶を取り出した。

 それらは先日真帆さんがボルグさんから買ったものたちだった。


「真帆さんからの伝言なのですが『その酒と美容液を調べてほしい。もし何もなかったら美容液は貴子にやる』だ、そうです」

「真帆さんらしいお話ですね」


 できるだけ真帆さんの口調を真似て言うと、貴子さんは少しだけ笑った。

 いきなりの依頼に驚かないってことは、こういうことはよくあることなんだろう。

 貴子さんはまずお酒の瓶を両手で掲げると軽く目を閉じた。


「………」


 私には聞き取れない言葉を貴子さんがつぶやくと、お酒の瓶が不思議な光に包まれてふわりと浮いた。

 その光がつくった瓶の影が机にゆれながら映っていた。

 ゆっくりと目を明けた貴子さんは瓶の影にむかって低く、厳かな声で問う。


「我が主ラヴィの名において問う。其は何ぞ」


 すると、貴子さんの声に導かれたように瓶の影にゆるゆると文字が投影されはじめた。


 名…トゥルーザ

 正体…蒸留酒

 産地…エイトリアル国

 アルコール度…96%

 原材料…ジャガイモ、麦

 その他属性…なし


 それらの文字を見つめていた貴子さんが小さく息を吐くと光が消えた。

 お酒の瓶もすでに貴子さんの手に戻っている。


「薬物などの混入もありませんし、魔術的なものも特に問題はないようですね。ただ…その」


 ここで貴子さんは言いにくそうに口ごもりお酒の瓶を見つめた。


「アルコール度が、ちょっと高いようですが…」

「ええ…」


 私もアルコール度96%なんてお酒を見るのは初めてだ。

 そりゃあ高村さんも泥酔しちゃうよね。

 貴子さんはお酒を私に返しながら心配そうに言った。


「真帆さんはこれをお飲みになるんでしょうか」

「いえあの…自分でも少しは飲むんでしょうが、秀一さんと孝明さんに飲ませる気みたいです」

「鬼頭将軍や鈴嶋陣将に…」


 私の言葉に貴子さんは目を丸くさせた。

 普段の貴子さんはクールビューティーって感じだけど、こんな表情をすると年相応に幼く見えて可愛い。

 美人は美人だけどね。

 そして次の瞬間、彼女は楽しそうに笑ってみせた。


「真帆さんのいたずらですね」


 あ、そこはとがめないんだ。

 さすが真帆さんの親友だけはある。

 妙に納得している私の考えていることが分かったのか、貴子さんはこほんと咳ばらいをした。


「鬼頭将軍も鈴嶋陣将も大人ですから、一口お飲みになればこれがたいへんなお酒ということはお判りになるでしょう。さすがに、飲みすぎることはないと思いますよ」

「まあ、そうですね」


 でも案外彼らも子供っぽいところもありそうだからなぁ。特に秀一さんとか大丈夫かしら。

 彼らがつぶされる不安をもちつつも変なものが入っていないことに安心して私は貴子さんからトゥルーザの瓶を受け取った。

 そして次に貴子さんは美容液の瓶を手にする。

 金彩の施された優美な瓶は、貴子さんの華奢な手によく似合った。

 再び貴子さんが呪文を口にすると美容液の瓶が浮き上がる。


 さっきと同じように美容液の成分が浮かび上がる。

 名…スンダラール

 正体…美容液 肌・髪用

 産地…ミース国

 原材料…ローズエキス、ローズオイル、ヒース、ローヤルゼリー、ブドウ果実発酵液、オレンジ果皮オイル、水、他

 その他属性…なし


「こちらも美容成分だけで特に問題はありませんね」

「…そうですか」


 ついついつめていた息を私はふぅと吐き出した。

 これらの商品に問題がないとわかってもボルグさんが安心できる人だと決まったわけじゃない。

 でも安心して使える製品だとわかっただけでもいい。

 私がほっとしていると貴子さんは美容液の蓋をおもむろに開けた。

 とたんにバラの香りが強くなる。

 それがまた貴子さんによく似合う。


「いい香りですね」


 そう言ってほほえみながら貴子さんは手の平に数滴美容液を落した。そして手の平同士をすり合わせてのばしてから髪を梳くようにしてつけていく。

 たった数滴だけどその美容液は伸びがいいみたいで貴子さんの髪の輝きが増した。

 それに香りもほのかにだけど香ってくる。

 香水ほど主張する香りではないけれど、ちゃんとバラの香りだとわかる香り。

 私がつけている化粧水とかクリームもバラの香りのシリーズだけれど、この美容液の方が…なんというか高級そうと言うか強そうなバラの香りがした。

 でもその強さが貴子さんの凛とした感じによく似合った。

 今でも完璧美人な貴子さんがさらにこんな艶と香りを纏ったら、もう鬼に金棒だよね。

 ボルグさん、怪しい人ではあるけれど商品は素晴らしいものをありがとう。


「髪に輝きが増しましたね。それに香りもとてもお似合いです」


 美容部員さながらに褒めちぎると貴子さんは少しだけ照れたように瞬きをした。


「私には少し大人びているような気がしたんですが、真帆さんにいただいたものが似合うと言われるのは嬉しいですね」


 あ、そうか。貴子さんて自分の美醜にあんまり興味ないんだった。

 それよりも親友である真帆さんにもらった少し背伸びをしたものが似合うって言われた方が嬉しいんだ。

 やだ、この美女かわいい。

 心の中でもだえていると、貴子さんが私の手を握った。


「少しだけですが、おすそわけです」

「え? あ、すごい」


 貴子さんは私の手にも美容液を落してくれて、その綺麗な指で塗りこめてくれた。

 ちょっと塗ってもらっただけで少しかさついていた手が潤った。

 これ、本当にすごいよ。

 今度の市がたったとき、私も買おう。

 でも香りは…これじゃないバラの香りってないかな。

 どうもこの香りは貴子さんのもののような気がする。

 そう考えていると、貴子さんが下げていたペンダントから声が響いた。


『結城神官、お時間をよろしいでしょうか』

「はい、何でしょう」

『巫女様が結城神官にお話を伺いたいと…』

「わかりました、すぐ参ります」


 貴子さんもペンダントに触れながら返事をしている。

 これが窓口の水晶通話の受信機なんだ。

 内線かと思っていたけどこれはどちらかと言うと子機とか無線に近いのかもね。

 そんなことを考えていると通話を終えた貴子さんが申し訳なさそうに私に頭を下げた。


「亜香里さん申し訳ありませんが、用事ができてしまいました」

「こちらこそ急におしかけてしまって申し訳ありません」


 アポイントもなくやってきたのはこっちの方なんだから、貴子さんが申し訳なく思うことはない。

 むしろ私の方こそ申し訳ない気持ちで頭を下げる。


「では、これで失礼します。本日はありがとうございました」

「真帆さんのお役に立てるのでしたらいつでもお越しください。それに亜香里さんも、いつでも遊びにきてくださいね。今度はゆっくり神殿をご案内させていただきます」

「はい、ぜひ」


 優しい言葉をかけてくれる貴子さんにもういちど頭を下げた。





魔断剣(まだんけん)

 かつての混乱時代、とある戦士と神官と魔導士、そして刀鍛冶が共同で開発した対魔獣・魔物に特化した剣。

 魔道鋼に銀を混ぜて、都度によって銀を表面に浮き上がらせて魔獣に傷を負わせる。

 さらに剣の表面に聖呪文を刻んで聖別し、対魔物にも使える武器にしたのは、当時魔断剣の開発に協力した神官だったため、魔断剣の管理は神殿に任されている。

 数か月に一度聖別をしないと聖呪文の効力が衰えるため、その方が都合がよいとの判断もあったらしい。

 ただし、実戦に投入する場合は将軍の許可が必要となる。

 また、個人での扱いが難しく、扱える戦士はさほど多くない。


気を抜くと間が空いてしまってもうしわけありません。

魔断剣のありかたについて悩んでました。


次はお城で昔の魔導士のお話をします。

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