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惑いの回廊と魔断剣(前)

次の日、私は再び太陽の広場に来ていた。

 昨日と違って市がたっていない広場は広く、そして人手のなさも相まって閑散としていた。

 太陽の柄が描かれた石畳を踏みしめ、私は広場を横切る。

 その先には、太陽神ラヴィの神殿があった。


「止まれ」


 神殿の入口のところで、左右をまもる番兵さんに止められる。

 目の前で槍を交差させるのは以前真帆さんと訪ねたときと同じだった。

 なぜかその変わらなさにほっとしながら私は軽く頭を下げた。


「地裂陣陣将・岩敷真帆さまの秘書で林亜香里と申します。本日は主の使いで結城貴子神官にお届け物がございます。結城神官にお目通りを願います」


 次いで首から下げた私の身分を示すメダルを見せると、番兵さんたちは互いの顔を見合わせたのち、槍を引いた。


「それは失礼いたしました。どうぞお通りください」

「ここをしばらく歩くと右手側受付でがありますので、そこでご用件をお伝えください」

「ありがとうございます」


 きっちり30度の角度でお辞儀をしてから、番兵さんたちの間を抜ける。

 あー、なんか会話といい、お辞儀といい、OLだったときのことを思い出すなぁ。

 歩きながらふと私の知ってるビジネスマナーとこの世界のマナーが同じかどうか不安になったけれど、まあ番兵さんたちが変な顔をしなかったから問題ないんだろう。 

番兵さんたちに教えられたとおりしばらく歩くと右手側に受付が現れる。

 まるで遊園地のチケット売り場のような部屋の中には、年配の女性が座っていた。


「失礼します。地裂陣陣将・岩敷真帆さまの秘書で林亜香里という者ですが、結城貴子神官にお目通りがかないますでしょうか?」

「結城神官ですね。少々お待ちください」


 私が身分メダルを見せながら言うと、受付の女性は傍らにある水晶玉のようなものに左手を乗せた。

 しばらくすると水晶玉が光りだし、それに向かって女性が話し始める。


「結城貴子神官、今よろしいでしょうか?」

『はい』


 驚いたことに水晶玉から貴子さんの声が聞こえてきた。

 この水晶は内線電話みたいな機能があるんだな。


「岩敷陣将の秘書で林亜香里さまのおっしゃる方がいらっしゃっているのですが」

『亜香里さんが? すぐそちらに参りますのでお待ちいただくようお伝えください』

「承知しました」


 そう答えた女性が水晶玉から手を離すと、光が消えた。


「結城神官が参りますので、そちらに掛けてお待ちください」

「ありがとうございます」

 女性にお礼を言って示されたイスに腰掛けて待つ。


 さっきの内線電話的なやつ、きっと魔法がかかっているんだろうけど、相手の声が聞こえてきたのには驚いた。

 もしこれで面会を断ったり居留守を使いたいときはどうするんだろう。

 それこそ『居ないって言って~』とか相手にまる聞こえだったら受付の人困っちゃうよね。

 そんなことをつらつらと考えていたら貴子さんが廊下の奥から歩いてきた。


「亜香里さん、お待たせして申し訳ありません」

「いえ、全然待ってないですよ。こちらこそいきなりの訪問で申し訳ありません」

「真帆さんのご用ならばお気になさらないでください。もちろん、亜香里さんもいつでもお越しくださいね」


 にこりと微笑む貴子さんはめまいがするくらいに美人だった。

 ここのところ地裂陣の人たちとしか会話をしてなかったので、余計に貴子さんの美しさが身に染みる。

 思わず目を瞬かせる私に小首をかしげる姿まで綺麗すぎて、眼福としか言いようがなかった。


「面会室にご案内します。どうぞこちらへ」

「ありがとうございます」

「では、どうぞ」

「え?」


 すいっと差し出さされた手に今度は私が小首をかしげる番だった。


「ああ、亜香里さんはご存じなかったのですね。この角を曲がると『惑いの回廊(まどいのかいろう)』につながります。そこは神官といっしょでないと通り抜けることができませんから」

「惑いの回廊?」

「直接目にされた方が分かりやすいでしょう。どうぞこちらへ」

「はい」


 貴子さんに手をひかれて歩き出す。

 入口からまっすぐ伸びた廊下の突き当りで左に曲がる。

 確か、前に来たときは右に曲がっていたので右側は神官たちの私室、左は公的な場所になっているんだろうか。

 そこをしばらく進んでいくと、貴子さんの言った通り回廊にたどり着いた。

 回廊と言ってはいるがそこは広い空間でその周囲を囲むように等間隔で柱がたっている。

 その柱と壁の間の通路を何人かが歩いていた。

 彼らはきっと神殿に祈りを捧げにきたんだろう。ラヴィ神への供物らしきものを手に、それぞれ静かに歩いている。


「あれ?」


 そんな人々を目で追っていた私は、不思議な光景に小さな声をあげる。

 ちょうど私たちが立っている場所の正面に神殿への入口があり、空いているドアから内部が見えている。

 にもかかわらずその前を通り過ぎる人と、神殿に入っていく人がいた。

 通り抜けた人はお祈りをしに来たわけじゃなかったのかな。

 そんな風に考えているとその人が回ってきて私の前を通りすぎる。

 身なりのいい中年の男性はとても疲れた顔をしていた。

 彼は私どころか貴子さんにも気づかないようで、ただ視線を落して歩いている。

 そして彼はまた回廊を進んで行った。


「あの方は己の悩みが見つけられていないようですね」

「悩みが見つけられない?」

「この回廊は特殊な目くらましがかかっていまして、己の悩みに気づいている方、悩みのない方、ただ神への感謝を伝えたい方はすぐ神殿に入ることができますが、己の内の悩みに気づかぬ方は神殿の扉にたどり着くことができないのです」

「悩みに気づく…」


 すっと、貴子さんの手があがり、うつむいて歩く男性の背中を示す。


「あのように、ただひたすらに己の内と会話をしながら歩くことで悩みの本質に気づき、本質に気づけば解決への糸口も見えてくると言われています」

「もし、気づくことができなかったら?」

「さすがに何日も歩かせるわけにはいきませんので、ある程度時間が経ったところで私たち神官がお声をかけます。そしてお話を聞いて、悩みの原因への気づきをお手伝いします。…でも、やはりご自分で気づかれた方がご本人も納得されますね」


 神官て神様に祈るのが仕事だと思ってたけど。カウンセラーみたいなこともするんだ。


「あの方にはここはどんな風に見えているんですか」

「少しだけ手を離してみましょうか」


 私が聞くと、貴子さんは静かに私の手を離した。

 その瞬間、貴子さんの姿が消え、柱の間に壁が現れる。

 さっきまで光があふれていた回廊はどこまでものびる薄暗い場所へと変わっていた。

 そして不思議なことに回廊をあるく男性の姿も消え、私はただその場所にひとりで立っていた。

 誰かの歩く足音だけが響くそこは落ち着くような、どこか怖いような空間だった。


「た、貴子さん」

「どうでしたか?」


 慌てて貴子さんを呼ぶと、右手をつかまれる感触とともにふたたび空間に光があふれる。

 穏やかな貴子さんのほほえみを見て、私はいつの間にか止めていた息を吐きだした。


「あれが惑いの回廊の姿なんですね」

「怖いですか?」

「少し、怖いかもしれません。私には神殿が見えませんでした」

「亜香里さんも何か悩みがあるようですね。ご用が終わりましたら少しこの回廊を歩いてみますか」


 貴子さんに問われて私はふるふると首を振った。

 多分私が神殿に行きつくことはないと思う。それは私がここの神様たちを信仰していないっていうこともあるけれど、何よりも自分の悩みと向き合うのが怖かった。


「家に帰れなくなりそうなので遠慮します」

「そうですか? 一応こちらには簡易宿泊所もありますよ」

「いえいえ、本当にお気遣いなく」

「ふふふふ、それは残念」


 必死で断る姿が面白かったのか、貴子さんが笑い出した。

 からかわれてたのかしら。

 思わず恨みがましい目で見てしまう私に、貴子さんは微笑みを崩さないままで軽く頭を下げる。


「申し訳ありません、必死な亜香里さんがかわいらしかったものですから」

「かわ…?」


 10才も年下の女の子にかわいいと言われて喜ぶべきか、怒るべきか考えあぐねて、結局私はあいまいな笑みを浮かべた。

 こういう優柔不断なところがだめなんだよねぇ。

 まあでも、無邪気に笑う貴子さんて多分レアだから、いいものを見たと思っておこう。うん。

 そう思えるくらいに年相応に笑う貴子さんはかわいくて、そして美人だった。


「どうぞこちらに」


 そうこうしているうちに貴子さんに導かれて、私は回廊の途中にある一室に誘導された。

 そこにはソファとローテーブルと、そしてなぜか壁一面に飾られた長剣があった。


惑いの回廊(まどいのかいろう)

 すべての神の神殿にあるめくらましの魔法がかけられた回廊。

 本来は回廊ですらない広間に魔法をかけて回廊に見せている。

 神殿へ祈りを捧げに来た者はこの回廊を通って神殿へ向かう。

 己の悩みに気づかぬ者は神殿にたどり着けない為、『惑う者はたどりつけない回廊』と言われている。

 黒曜の都にあるラヴィ神殿の回廊はひときわ広く、そのため哲学者などはわざと惑うためにこの回廊を回り続ける者もいる。

 王族が祈りに来た際や災害などで神殿に避難民を受け入れる場合などは魔法が解かれ、広間として利用する。


亜香里が貴子さんのところにやってきました。

彼女は何を目にするのでしょう。

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