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貨幣と泥酔(前)

「こんにちは」

「おお、お嬢さん。いらっしゃい」

「亜香里さんと…真帆さん?」


 私たちが声をかけるとボルグさんはにこやかに、高村さんはぎくりとした表情をした。

 そんな高村さんに、ボルグさんは不思議そうな顔を向ける。


「おや、どうしましたかな、高村さん。お嬢さんがなにか?」

「いえ、亜香里さんではなく…」


 ぼそぼそと言いながら高村さんは私たちに頭を下げた。90°に頭を下げる動きはかくかくとしていて、何かあったみたいだった。

 前から何となく思ってたけど、高村さんて隠し事できない人だよね。


「お疲れ様です、真帆さん」

「ああ、お疲れ」


 真帆さんもそんな高村さんの態度に疑問をもちつつも、とりあえず挨拶をかえした。


「真帆さん…ということは、こちらが高村さんの上司の岩敷陣将ですか」


 高村さんの態度と呼んだ名前に、ボルグさんもようやく合点がいったらしかった。


「ああ、岩敷真帆だ。よろしく頼む」

「それはそれは、店主のボルグ・レアンと申します。このような質素な店に岩敷陣将にお越しいただくなど、恐悦至極に存じます」


 真帆さんがそう挨拶をすると、ボルグさんは胸に右手をあててうやうやしく頭を下げた。

 国々を渡ってきた人らしく、様になっている仕草にちょっと私は見とれてしまった。

 しかし真帆さんはその態度が気に入らなかったようだった。

 真帆さんは少し嫌な顔をして片手をひらめかせる。


「堅苦しい呼び方も態度もやめてくれ。私のことは真帆でいい」

「それではお言葉に甘えて真帆さんとおよびいたします」

「ああ」


 そこで真帆さんは何かに気づいたようにボルグさんの顔をじっと見つめた。


「お前とは以前会ったことがあるな」

「そうでしょうか?」

「先月の…アアグの日に城にいなかったか?」

「ああ、その日なら」


 思い当たったようにボルグさんはぽんと右手で左手の平をたたく。


「確かに王宮にて国王陛下と王妃陛下に謁見いたしましたが。その場に真帆さんはいらっしゃいませんでしたよね?」

「ああ、だが登城はしていたんでな。そのとき見かけたようだな」

「さようでございますか。あのときは残念ながら私どもの品は記念品には選ばれませんでしたが、これを機にご贔屓にしていただけますと幸いです」


 さも残念そうに言いながらもこの好機を逃すまいと言うボルグさんはさすがに生粋の商人みたいだった。

 そう言われた真帆さんは改めてテーブルに並べられた商品に目を移す。


「この店は亜香里の用事で来たんだが、なかなか面白い商品が並んでいるようだな。それにまさかここで高村に会うとは思わなかったしな」


 そう言って真帆さんはさりげなく後ずさりをしていた高村さんにむかって笑顔を向けた。


「なあ、高村」

「ひ、ひゃい」


 真帆さんの満面の笑顔に、高村さんはその場を立ち去ることができなくなってしまう。

 だらだらと汗をかきながら戻ってくる高村さんをフォローするようにボルグさんが言った。


「おかげさまで亜香里さんにも、高村さんの奥様である美幸さんにもご贔屓にしていただいております」

「高村は何を買ったんだ」

「美幸にたのまれて、化粧品と布を少々買いにきたんですが」


 真帆さんに聞かれて、高村さんはぼりぼりと頭を掻きながら言った。


「布?」

「赤ん坊の服とか肌着の布です」

「…ああ、そうだったな。美幸の調子はどうだ?」

「つわりが少しあるみたいですけど、おかげさまで順調ですよ」

「そうか、それはよかった」


 高村さんと美幸さんの子供の話は成人の儀の少し前に聞いていた真帆さんは、本当に嬉しそうに言った。

 真帆さんて基本はかっこよく笑う人なんだけど、美幸さんの話を聞いたときの笑顔はほんわりとしていて、ものすごく嬉しそうだった。

 初めて見る種類の笑顔のかわいさに、私もほんわりとした気分になる。

 あー、いいもの見たー。

 つられてほわほわと笑っていると、真帆さんがこっちに視線を向ける。


「で、亜香里は何を買うんだったっけ?」


 あ、そうだ。当初の予定を忘れるところだった。

 真帆さんに聞かれて私もあわててテーブルの上を見る。

 綺麗並べられた商品の中からお目当てのものを選びだす。


「私はこの前買ったバラの化粧水と、クリームと…。あ、あとこの日焼けどめを」


 他にお店をしらないというのもあるけれど、前回購入した化粧水もクリームも、ついでにおまけでもらった日焼けどめも使い心地も効果もすごくよくて、私は即次回購入をきめていた。

 そう言うとボルグさんは嬉しそうに両手を広げてくれる


「化粧水やクリームのみならず日焼け止めも気に入っていただいて何よりです」


 それからボルグさんはいきなり身をかがめると私の頬のあたりの匂いを嗅いだ。


「ひ」

「ああ、今日もつけていてくださっているんですね」


 すん、とか鼻を鳴らしてから微笑んだりしないでよ~。

 突然のことに硬直する私などおかまいなしにボルグさんは鼻を鳴らしてから微笑んだ。


「ほら、バラの香りはやっぱりお嬢さんによく似合う。ますます美しくおいしそうになっていますね」


 そう言って頬に触れようとしたボルグさんの手首を、真帆さんが横から掴む。


「店主、それ以上亜香里に触ると怒るぞ」

「おや、今日は怖い方と一緒なのを忘れていました」


 わざとらしくハンズアップしたのち、ボルグさんは私が選んだ化粧水とクリームと紙袋につめてくれた。


「全部で小金貨1枚です」

「あ、はい」

「確かに。ありがとうございます。あとこれはおまけです。今回のはハンドクリームです。お嬢さんの手がさらに柔らかくなっておいしそうになること間違いなしですよ」

「あ。ど、どうもありがとうございます」

「ちっ」


 ウェストポーチにいれたお財布からお金をとりだして渡す私の手を握り、ボルグさんは小瓶を手渡してくる。

 そして私の手を握ったまま話続けるボルグさんに真帆さんが音高く舌打ちをした。

 さっきとはうって変わって剣呑な表情をする真帆さんにもボルグさんはどこ吹く風の顔で私が選んだ商品を私が背負っていたナップザックにつめてくれた。

 それからボルグさんは高村さんに向き直る。


「高村さんは布と美幸さんの化粧品でしたね」

「いや、その…」


 ボルグさんに言われて高村さんは困ったように眉尻を下げた。

 あれ、まだ買ってなかったんだ。

 じゃあ彼が大事そうに抱えている紙袋はなんだろう?

 私が首を傾げると、真帆さんも不思議そうな顔で高村さんを見ていた。

 私たちの視線に気づいた高村さんは、あきらめたようにため息をつくと手にしていた紙袋をボルグさんに差し出した。


「これ、うちのからです。あの…この間のお礼です」

「そんなに気になさらなくても大丈夫ですのに」

「いえ、本当に助かりましたから。美幸からも重々お礼を言ってほしいと言われてきました」

「では、お言葉に甘えていただきます」


 真っ赤になりながら何度も頭を下げる高村さんに、ボルグさんは頬笑みをうかべて紙袋を受け取った。


「お礼って、何があったんだ?」

「いや、そのっ」

「大したことではありま…ふふっ」


 そんな2人のやりとりに真帆さんが問いかけると、高村さんは慌てだし、ボルグさんはごまかそうとしてなぜか吹いた。


「ボルグさん」

「すみませ…くっ、くくく。や、つい。思い出してしまって」


 とがめるように声をあげた高村さんを見て、またボルグさんは笑った。

 そんな2人に真帆さんは疑わしそうな視線を向ける。


「何があった?」

「いえ、先日業務帰りの高村さんにお会いしまして、一杯だけつきあっていただいたんですよ。そうしたらひどく酔ってしまいまして…」

「高村が?」


 高村さんが泥酔したということに真帆さんは驚いたようだった。

 広い肩幅を縮める高村さんをまじまじと見てから、真帆さんはボルグさんに向き直った。


「こいつはザルだぞ」

「では、お疲れだったんですかね?」


 真帆さんに言われてボルグさんは顎をこすった。


「その日は何杯か飲んでいるうちにろれつかおかしくなって、足取りもおかしかったんで送ろうとしたんですが…ふふ」

「すみません、本当にすみません」


 また笑い出したボルグさんに高村さんが謝りだす。

 これって、よっぽど迷惑をかけたんだろうな。 もしかして酔ってねむっちゃったのをかついで帰ってもらったとか。吐いたものをボルグさんにかけちゃったとかしたのかな。

 真帆さんも若干引きながら高村さんに聞いた。


「何やったんだ、高村」

「ええ、いきなり川に飛び込んで泳ぎだしたんです」

「あああああああ」

「はあ? 何やってんだ、お前」


 その問いにボルグさんが答え、高村さんは声をあげてしゃがみこみ、そして真帆さんは大声をあげた。

 泳いだって言うのは予想外だったけど、それはびっくりしただろう。


「それは大変でしたね」

「そうでもありませんでしたよ」


 私がしみじみと言うと、ボルグさんは肩をすくめながら軽く否定した。


「何度か名前を呼んだらもどってきてくれましたから。ただ…その、その時はなぜか全裸だったんですけど」

「馬鹿だろ」

「あああああああ」


 真帆さんのつっこみに高村さんはすべて音階の違う「あ」を言うしかできなくなってしまっていた。

 そんな高村さんに容赦なく、ボルグさんはその情景を細かく説明してくれる。


「泳ぎながらどうやって脱いだのか、上から下まで脱いでいて、しかも川からあがったとたんにその場で眠ってしまったんですよね。まあ結局私がしたのは起こして服をお貸しして家まで送ったってだけですから」

「十分大変だったって言ってもいいと思いますよ」


 いきなり泳ぎ出したのも慌てるけど、上がってきたら全裸だったなんて、私だったら置いて逃げてる。

 それを最後までつきあってあげるなんて、ボルグさんは面倒見がいい人なんだろう。


「うちの部下が迷惑をかけて申し訳ない」


 真帆さんもさすがに高村さんがそこまでやらかしていたとは思わなかったのか、さっきまで疑わしそうにしていたボルグさんにきちんと頭を下げていた。

 それから真帆さんは未だに頭を抱えている高村さんに冷たいまなざしを向けた。


「高村、この件はみんなに暴露しておくから」

「そうだと思ったー! 真帆さんには知られたくなかったぁああ」

「一生語り継がれろ」


 真帆さんは呻く高村さんに向かって鼻を鳴らした。


【貨幣】

 テンペ大陸において貨幣はそれぞれの国で作られるが、価値はすべて同じでありどの国でも使える。

 価値としては

 小銅貨:1円  大銅貨:10円

 小銀貨:100円 大銀貨:1000円

 小金貨:10,000円 大金貨:100,000円

  一般に流通しているのは小金貨まで。大金貨は高価なものを買うときや旅行などで荷物を軽くしたいときに使われる。

 またそれ以上の価値のある白金貨や聖金貨などもあるが、それらはほぼ市場では出回らない。

 また、物価は現代よりやや安い。

 ボルグさんと高村さんが再登場。

 貨幣が大陸共通なのは亜香里がこの世界を設定したときにファンタジー世界のお金は貨幣しかないと思っていたからです。

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