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戦士はかわいいがお好き?(前)

 森の中で真帆さんたちと出会ってからすでに2日がたった。

 今私たちは真帆さんたちの母国である金剛(こんごう)の国の王都に向かって街道を進んでいる。


「はあぁぁ」


 小さな馬車の中で私は絶望のため息をついた。

 あのあとすぐ気絶から復活した私は真帆さんや他の人に色々質問をして、この世界のことをいくつか知った。

 そしてひとつの結論に達したのだった。

 

 この世界は、私の考えた物語の世界だ。


 ぎゅうと、肩から下げたバッグのひもをつかむ。

 そこには私がこの世界に来た時に身に着けていたTシャツとジャージと、一冊のノートが入っている。

 私はバッグからノートを取り出すとおもむろに開いた。

 古ぼけたA5サイズのノートの1ページ目には、中学時代の私の字で『金剛国:設定』と書かれている。

 それは私が中学二年から三年にかけて考えていた物語の世界。

 でも物語とは言いながらこの話は始まってもいなければ終わってもいなかった。

 今よりもずっと夢見がちだった少女時代に、架空の世界の三国志のような話が書きたくてただひたすら設定だけを書き連ねていた設定だけの世界。

 そしてそのうちのひとつの国、真帆さんたちの住む金剛国はこんな設定だった。


『金剛国。

 テンペ大陸の東側にさほど大きくない領地を持つ王国。

 国民は黒髪黒目。言語は日本語、名前も日本風である。

 水と鉱山資源にめぐまれたこの国は『東の宝石』とも呼ばれ、他国から常に狙われている。

 しかしこの国が一度たりとも他国の侵略を許したことがないのは、この国のもつ軍隊が超強力であったから。

 四神しじんの名を持つ四神将軍と呼ばれる四人の将軍と十絶陣将(じゅうぜつじん)と呼ばれる十人の隊長たちによって構成された軍は時に秘密裏に他国に貸し出され、裏では『最強の傭兵王国』とも呼ばれている…』


 ここから察するに、きっと真帆さんたちは他国に傭兵として派遣された帰りなんだろう。

 彼女らが何の印もない黒い鎧を着ていたのは、その所属を隠すためで…。

 傭兵として戦いに行くのを真帆さんたちになんて言わせてたっけ?

 たしが隠語を使わせてた気がするんだけど。

 そんなことを考えながら次のページを開く。

 国の設定のあとは人物たちの設定が書かれている。

 最初にあるのは『主人公:岩敷真帆(いわしき まほ)

 …私を気に入ってくれた真帆さんの設定だった。


『岩敷 真帆

 身長170センチ前後。黒髪黒目。猫のようにつったアーモンドアイと少し長めのウルフカット。声も少し低めなので少年と間違われやすい。情に厚いが直観力にも優れていて、彼女が気に入った人間で彼女を害するものは誰もいない。また、戦いに出れば全戦全勝。無敗の戦姫(せんき)とも呼ばれる。岩敷伯爵の四女で幼いときからある使命をもって戦士として育てられる。初陣は12才。16才で地裂陣陣将となる。』


「あれ?」


 確か真帆さんはさっき自分のことを『地裂陣副将をやっている』って言わなかった? 

 だとしたら私は自分が考えていた時代より少し前に来てるってこと?

 ただでさえ理解しがたい異世界に来てしまった現実をどうにか飲みこんだっていうのに、微妙に複雑な状態になっていることに私は頭を抱えた。


 だいたいなんで私は私のままでここにいるんだろう。


 異世界に行くきっかけって事故にあうとか病気で亡くなって転生するとか、現世でなにかあるものじゃないの?

 締め切り近くで少し寝不足ぎみではあったけど、この間の健康診断で問題はなかったから突然死した線はない。

 そもそも転生なら小説の中の誰かに転生するんじゃないの?

 これが何かの召喚術によるものなら召喚の際に特殊能力のひとつやふたつ発現してもおかしくないし。

 能力もないただのOL兼売れない小説家のままって、どういうことよ。

 何もないのならせめて素敵な男性に一目ぼれされるとかそういう話はないの?


 真帆さんには気に入られているけれど、彼女の部下である戦士たちからはあれ以来微妙に距離をおかれている。

 そりゃいきなりキレちらかした奴なんて仲良くしたくないよね…。

 ぐるぐると色々なことが不安となっておしよせてくる。


「もー、これからどうしよ」


 無一文で知り合いも身よりもいない世界でどう暮らしていったらいいんだろう。

 とりあえず言葉は通じるし字も読めるから、真帆さんの自宅で下働きとかで雇ってもらうしかないのかな。

 そんなことを考えていたら馬車が止まった。

 休憩時間かな。

 窓から外を覗こうとしたら、ふいにドアが開く。


「亜香里、少し休憩だ。外に出て体を動かした方がいい」


 ドアから顔を出したのは真帆さんだった。


「わかりました」

「気をつけて」


 外に出ようとしたら真帆さんが手をかしてくれた。

 普段着ないような長いスカートの扱いに困っていたから、正直とても助かる。

 これも着替えを持たない私を見かねて真帆さんが用意してくれたものだ。

 綿のワンピースはわりと着心地がいいけれど、くるぶしくらいまであるスカートが動きづらい。


「ありがとうございます」

「いつものくせだよ。気にするな」


 ああ、確かに女性が普段からこういう服装をしているのなら、男性は手を貸すのが当たり前なんだろう。

 そして自らを戦士と名乗り、男の子のように育てられた真帆さんは自然と男性側の所作が身についているんだ。

 紳士的でかっこいい。

 きっとこんな真帆さんにメロメロな女の子っていっばいいるんだろうな。


 そんな罪作りな真帆さんは今日はシャツの上に着た皮のチュニックを黒い幅広ベルトでとめ、下はややゆるめのタイツのようなものとブーツを履いている。

 まあファンタジーなんかで見る普通の中世の服って感じ。

 腰に剣は差しているけれど、鎧の時より体形がわかるおかけで手足の長さや腰のラインの細さが際立って、余計に真帆さんが女の子にしか見えなかった。

 でもこの世界には髪の短い女性はほとんどいないし、女戦士と呼ばれる人はボンッキュッボンッのスタイルの人が多いらしい。

 そのため真帆さんのようなスレンダー体形で髪が短いと男性と間違われるそうだ。

 うん、まあ確かにバストやヒップに関しては真帆さんのお肉は少ないと言っていいかもしれない。


「疲れたか?」


 私がそんな失礼なことを考えているとは少しも気づかずに、真帆さんはにっこりと笑ってくれた。


「いえいえ、私は馬車に乗っているだけですし。昨夜も私ひとりの部屋まで用意していただいてますから、大丈夫です」


 真帆さんたちと会った日は野営だったけれど、昨日は真帆さんが宿屋をとってくれた。

 それに馬に乗れない私のために馬車まで借りてくれた。

 これで疲れたなんて言ったらバチが当たってしまうだろう。

 そう言うと、真帆さんはひらひらと右手を振った。


「ああ、宿屋は私がベッドで寝たかっただけだから気にしなくていいよ」


 真帆さんはこんな風に言ってくれるけれど、根っからの戦士である彼女が寝る場所を気にするタイプじゃないのは設定した私がよく知っている。

 本当にかっこいい女の子だよね。


 ところで馬車は小高い丘の上で止まっていた。

 真帆さんに誘われて丘の端まで行くと、平野の向こうにもやかすんだ塔のようなものが見えた。

 真帆さんがそれを指さした。


「あれが金剛国の王都・黒曜(こくよう)の都だ。少しだけ見えるのは太陽神ラヴィの塔。えーと、太陽神のことは覚えているか?」

「はい、大丈夫です」


 心配そうに聞かれて私はうなずいた。

 この世界のことをなにひとつ知らない(設定ノートがあるからまったく知らないわけではないけれど)私のことを真帆さんは事故かなにかで記憶を無くしたんだと思っているみたい。

 だからはじめてこの国を旅する人を相手するように説明してくれる。


「このペースで進めば黒曜の都には夜半前には到着すると思うんだ」

「…はい」


 少し返事が遅れたのは恥ずかしかったから。

 地名とか神様の名前を聞くたび恥ずかしくなる。

 あああ、ネーミングがダサい。

 この世界を考えた頃は金剛国の地名は宝石の和名をつけたらかっこいいんじゃないかと思っていたのよね。


「どうかしたのか?」


 耐えられず赤面する私に真帆さんは不思議そうに首を傾げた。


「いえ、なんでもありません」


 人目がなかったら地面につっぷしてじたばたしたくなるほどの羞恥心をどうにか抑え込んで返事をする。


「ならいいけど」


 そう言ったところで真帆さんが話を変えるように咳ばらいをした。




【四神将軍と十絶陣将】

 四神将軍…青龍・白虎・朱雀・玄武の名を関する軍をそれぞれ束ねる将軍。

 十絶陣将…天絶陣(てんぜつじん)地裂陣(ちれつじん)風吼陣(ふうこうじん)寒氷陣(かんひょうじん)金光陣(きんこうじん)化血陣(かけつじん)烈焔陣(れつえんじん)落魂陣(らっこんじん)紅水陣(こうすいじん)紅砂陣(こうさじん)からなる十の軍を束ねる将。

 青龍:地裂陣・風吼陣

 白虎:烈焔陣・紅砂陣

 朱雀:化血陣・紅水陣

 玄武:寒氷陣・落魂陣

 をそれぞれ従えているが、直属の兵よりは陣将たちの方が自由度が高い。

 天絶陣は王の直属。金光陣は王子の直属。

 陣将には貴族でなくてもなることができ、陣将になった時点で貴族と同じ待遇が与えられる。

 

 



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