襲撃(後)
「鬼切丸だったら峰打ちができたんだがな」
左手を盾のように胸の前におき、右手は腰だめに構えた状態で真帆さんは隣の孝明さんに言った。
「僕の剣を一本使うかい?」
「確かに孝明の剣なら致命傷にはならないかもしれないが、それでも間違って殺しちまう可能性があるからな。だから孝明も剣を納めたんだろ」
「まあね」
真帆さんの言う通り、孝明さんもその剣を鞘に納めていた。
孝明さんの細身の双剣ならば、確かに犬を殺さないですむかもしれない。けれど、剣であることに変わりはないから、切った場所によっては動けなくなったあとに絶命する可能性はある。
王の戦士である孝明さんや真帆さんは主を危険にさらす可能性がある戦い方をするわけにはいかないのだろう。
もっと致命傷を負わせない、けれど武器になるものはないの?
何か棒とか、イスでもいいから。
どうしよう、どうしよう。
「ガアアアウッ!」
私がぐるぐると考えている間にも、犬たちは真帆さんたちに飛びかかっていた。
大きな口を開けて飛びかかってくる犬に向けて、真帆さんは左手をつきだした。
その拳に犬は待っていたとばかりに牙をたてる。
「真帆さんっ!」
「ギャン!」
私が悲鳴交じりに真帆さんを呼ぶのと、彼女に飛びかかった犬が鳴き声を上げるのはほぼ同時だった。
犬は、確かに真帆さんの左拳に噛みついたはずだった。
それなのに悲鳴をあげて飛び退っている。
「大丈夫か、真帆っ!」
自分に襲いかかってきた犬を蹴り飛ばした秀一さんが聞いた。
「ああ。これのおかげでうまくいったぜ」
再度飛びかかってきた犬を交わしながら、真帆さんは左手を軽く振ってみせた。
さっきまで何もつけていなかったはずの左手は、いつの間にか銀色の手甲に覆われていた。
「さっき亜香里に指輪の形を変えられないのかって聞かれただろう? それで武器として利用できないか試してみたんだが、ばっちりだったぜ」
「は、とっさによくやる」
「でも、使えるぜ」
再度飛びかかってきた犬牙を左手の手甲で防ぎながら、真帆さんは犬の眉間を右拳で殴った。
「キャウゥ」
綺麗に入った正拳突きをくらった犬は、か弱い声をあげて動かなくなった。
魔法は発動しないみたいだから、脳震盪でもおこしたのかな。
「将軍および陣将に告ぐ! 指輪、使えるぞ!」
すでに真帆さんと同じように指輪を手甲にしていた秀一さんは、その手を掲げながら皆に伝えた。
それを見ただけで、その場にいた将軍や陣将たちは即座に指輪を手甲にしたりナックルのような武器に変形させていった。
それ以外の戦士たちもマントを左手に巻いたりして犬の牙から身を守るようにしていた。
でも犬に対する決定的な攻撃はできないために、戦士たちにはケガをする人たちが増えてきた。
さすがに将軍や陣将たちはまだ無傷だったけれど、彼らが傷つくのも時間の問題だろう。
この世界に狂犬病があるかどうかはわからないけど、どんなばい菌を持っているかもわからないんだもん、野犬に噛まれるのはできるだけ避けた方がいいよね。
何か武器になるものを…。
周囲を見回していると、壁際に置かれたテーブルが目に止まった。
今回はダンスがメインのパーティだから料理は壁際にあるものを自由にとる形になっている。
だから料理のそばにはお皿とカトラリーの入った籠も置かれていた。
そうだ! 食事用のナイフなら刃はそれほど磨かれていないから、犬を殺さないですむかもしれない。
私はカトラリーが置かれたテーブルに近づくと、ナイフが入った籠をつかんだ。
そして叫びとともにナイフを真帆さんたちに向かって放り投げる。
「真帆さんっ、皆さん、これを使ってくださいっ!」
「え? うわああああっ」
「うおっ」
「うわっ」
ノーコンの私としては奇跡的にうまく投げられたナイフたちが真帆さんたちに降りそそぐ形で落ちていく。
「あぶなっ」
いきなり振ってきたナイフに驚きの声をあげながらも、真帆さんはとっさにナイフを2、3本片手でつかむ。
秀一さんや孝明さんも同じようにナイフをうまくキャッチしてくれた。
「ギャンッ!」
真帆さんがナイフを構えるよりも早く、とある犬が悲鳴をあげた。
たまたま私の投げたナイフのうちの一本が前足をかすったらしい。
その犬はその場にうずくまってぶるぶると震えだした。
耳をぺたんと折り、尻尾も丸めて震えるその姿は、犬が本気で怯えていることを示していた。
でも、どうして?
食事用のナイフなんて、刃が丸まっているから当たってちょっと傷ができるくらいでしょう?
それまで真帆さんたちに蹴られたり殴られたりしても全く戦意を喪失しなかったのに、ナイフがちょっと当たっただけでこんなに怯えて痛がるの?
「キュゥウン」
かわいそうになるくらいに怯えた声をあげる犬の前足からぶすぶすと煙がでている。
「なんだこれ?」
真帆さんもこの現象に理解できないみたいだった。
油断なくナイフを構えながらも首を傾げている。
そんな彼女に向かって左手側から別の犬が飛びかかってきた。
「真帆っ」
真帆さんが迎撃しようとするよりも一瞬早く、孝明さんがナフを犬に投げていた。
「ギャウ!」
ナイフが鼻先をかすっただけで犬は悲鳴をあげて動きを止めた。そしてさっきの犬と同じようにその場に伏せて震えはじめる。
「え?」
「なんだ?」
これには第2撃をあたえるつもりで構えていた真帆さんも、ナイフを投げた孝明さんも拍子抜けしたように声をあげる。
「銀です!」
ぽかんとする彼らに答えを出してくれたにはバルコさんだった。
「銀は魔を払います」
バルコさんの掲げた杖からはいまだに青白い光が出続け、その光が歪んだ空間を抑えている。
「どうやらこの魔術を行っている者は銀との相性が悪いようです。銀のナイフで傷つけられたことで、犬にかけられている闘争の魔法が解けたようです」
「みんな、聞いたか? 銀だ!」
真帆さんはそう叫ぶとナイフを高々と掲げた。
私もあわててまだ戦っている戦士たちに向けてカトラリーを投げる。
今度はさっきみたいな奇跡は起こらず、ノーコン大作裂だったけれど、みんななんとかナイフかフォークをつかんでくれる。
「こいつでちょっと傷つければいい! 大手柄だ! 亜香里っ」
嬉々として叫ぶとさっきまで防戦一方だったフラストレーションを発散するように真帆さんは犬の群れに飛び込んで行った
秀一さんや孝明さんたちもそれを追うように突っ込んで行く。
ああよかった。これでみんなが大きなケガすることもなさそう。
ほっと胸をなでおろしていると一匹の犬の動きが目に入る。
残っている犬の中では小さい方ではあったけれど、中型犬よりは大きいその犬は静かに身構えていた。
魔法が解けて真帆さんたちに怯えてうずくまる犬とは違う動きに、私は目が離せなくなった。
と、急に犬が走り出した。
真帆さんたち戦士に飛びかかるわけでも、貴子さんが守る王座を目指すわけでもなく、明確な意思をもって一点を目指している。
私はその先にいる人に気づいてしまった。
バルコさんだ。
バルコさんが塞ごうとしている空間はまだ閉じ切っていない。
今ここでバルコさんを襲えば空間はまた開いてしまうだろう。
けれど、バルコさん自身は杖を掲げて動くことができない。
そう思った瞬間、私は犬の進路の前に立ちはだかっていた。
「バルコさんっ、危ないっ!」
「亜香里さん?」
「ガウッ」
私の叫びとバルコさんの声と、そして犬が唸りながら飛びかかってくるのはほぼ同時だった。
犬の形相の凶悪さに、私は目をつぶった。
ああ、こんなところで私、死んじゃうのか。
よく小説だと人を助けて死ぬと異世界に行けたりするけど、異世界で人を助けて死んだら元の世界に戻れたりするのかな。
そんなことを考えて身構えていたけれど、いつまでたっても痛みは襲ってこなかった。
「あれ? わああああ」
おそるおそる目を明けた私は目の前の光景に悲鳴をあげた。
私の鼻先ぎりぎりのところで犬が止まっていた。
止まっていたと言うか、犬の口には棒のようなものが差し込まれている。
「亜香里さん、大丈夫かな?」
低い声で名を呼ばれて、私は犬を止めてくれた人の存在に気づいた。
「国一さん」
前地裂陣陣将である国一さんが、手にしていた杖で犬を抑えてくれていたのだった。
「だ、大丈夫です。ありがとうございます」
めちゃくちゃ震える声でお礼を言うと、国一さんはにやりと笑ってくれる。
「それはよかった。だが、無茶をしてはいかんぞ。こういう荒事はワシら戦士たちにまかせておけ」
「ギャウ!」
国一さんの腕の一振りで犬が払い落された。
そして犬が体制を整える間を与えずに、国一さんは左手に持っていたフォークを犬の前足につきたてた。
「キャウン」
とたんに犬は悲鳴をあげて怯え始めた。
うずくまったその犬の頭を国一さんはそっと撫でる。
「敵対する者に操られて痛い目にあわせてしまったの。ワシら人間の行いですまなかったの。あとで傷の手当てをしてやるから、少しだけ我慢しておれよ」
その優しい声を聞きながら、ようやく現状を把握した私は腰を抜かしてしまってその場に座り込んでだ。
【銀】
古来より銀は魔を払うと言われている。
そのため魔道を使う者の中には銀と相性の悪い者もいる。
その者の使う魔法は完遂する前であれば銀を用いることでたやすく解呪することができる場合がある。
あけましておめでとうございます。
今年もまったり更新ですがどうぞよろしくお願いします。
次は会議です。




