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襲撃(前)

 その後の真帆さんたちの行動はさすがとしか言いようがなかった。

 真帆さん、秀一さん、孝明さんは即座に王と王妃を守るべく玉座へと向かった。

 王の親衛隊でもある天絶陣の戦士や、その他将軍や陣将たちも同じように玉座へと集まり、自然と守るための陣形をとる。

その間に貴子さんは私の手を引いて壁際まで誘導してくれた。


「ここでじっとしていてください」


 貴子さんに言われて私は言葉もなく頷いた。

 10才も年下の少女に言い聞かされる自分が情けなくもあったけれど、こういうときに私にできるのはできるだけ足手まといにならないことだけだ。

 やけに響く心臓の音を聞きながら、私はパニックにならないように意識してゆっくりと息を吐いた。

 そうしていると、玉座の正面を守る真帆さんの前にひとりの衛兵が駆け込んでくる。

「何事だ!」


「も、申し訳ありません!」


 左腕から血を流す衛兵は、微かにふるえながら頭を下げる。


「どこからか野犬の群れが現れました」

「野犬?」


 まるで真帆さんの言葉に誘われたように、数匹の犬が何もない空間から現れた。


「ガルルルルッ!」


 口からよだれを垂らしながら唸る犬たちの姿に、広間にいた人々は口々に悲鳴をあげた。


「きゃあああっ」

「化け物だっ」

「狼よ!」

「なんだ! 敵か!」


 犬の姿を見た人たちの叫びから、あたり恐怖が伝播していく。

 パニックに陥った人々は我先にと広間の出口へと押し寄せる。

 しかし、犬たちは逃げ惑う人々には目もくれずに玉座へと突き進んできた。


「ギャンッ!」


 先頭を走っていた犬が声をあげて飛び退った。

 真帆さんがさっきまで持っていたグラスを犬に投げつけたのだった。

 そしてその一瞬のうちに真帆さんは剣を抜き放っていた。

 抜刀していたのは真帆さんだけではなく、彼女の両隣に立つ秀一さんと孝明さん、そのほかすべての戦士たちが皆剣を抜き、王と王妃を守っている。


「ガウッ!」


 真帆さんにグラスを投げつれられた犬は、その瞬間はひるんだものの、牙をむきだしにして敵意をあらわにしている。

 普通だったら、あんなことされたら尻尾をまいて逃げ出すんじゃないの?

 そもそもどうしてこんなところに野犬が現れるの?


「ワオーン!」


 一匹の犬が遠吠えのように吠えた瞬間、犬たちはいっせいに真帆さんたちにとびかかってきた。

 しかし、すでに迎撃態勢を整えていた真帆さんたちは臆することなく犬たちを切り捨てていく。

 主に犬たちに対抗しているのは玉座の正面を守っていた真帆さんたちだった。

 秀一さんを中心に左右に真帆さんと孝明さんが展開し、彼らは瞬く間に最初に現れた犬たちを仕留めてしまった。


「ガウウウ!」

「こいつら、どこから出てくるんだ!」


 けれどもまた空間から犬が現れた。

 そして犬たちはまたまわりは目もくれずに王と王妃を守る戦士たちにとびかかっていく。


「魔導師! こいつらの出所を探れ!」

「今探しております!」


 真帆さんの叫びに答えたのはバルコさんだった。

 いつの間にか王と王妃の近くに立っていたバルコさんは、手にした杖を掲げて何事かをつぶやいていた。

 すると空中に半透明の地図のようなものが現れる。

 いくつかの建物の形に見覚えがあるのは、それが王宮の敷地を表しているからだろう。

 地図の中に三か所、光っている場所がある。


「ここに我らが設置したものではない魔法陣があります。撤去を!」

「紅水陣、東」

「紅砂陣、西」

「寒氷陣、北」


 バルコさんの要請に即座に反応して、王と王妃を守っていた陣将とその部下たちが離れる。

 そしてその手薄となった部分をカバーするために残った戦士たちが瞬時に隊列を組みなおす。

 それはまさに戦い慣れた者たちの行動だった。


「魔法陣を破壊すれば犬たちの出現は止まるはずです! それまで持ちこたえてください」

「承知!」


 何人かの戦士たちが離れた関係で真帆さんたち最前線で戦う者の人数は少し減ってしまっていた。

 しかし百戦錬磨の戦士たちは戦力的に薄くなってしまったところを互いにカバーしあい、襲いかかってくる犬たちに怯むことなく切り捨てていた。

 さすが傭兵王国…。

 個々の技能もさることながら、戦いの場における判断の速さに私は感心するしかなかった。

 そして徐々に減っていく犬たちに少し落ち着いてきて、真帆さんたちの戦い方を観察する余裕も出てきた。


 今夜の真帆さんはいつもの鬼切丸ではなく地裂陣陣将位を示す両刃の剣を振るっていた。

 そのため得意とする抜き打ちが使えないようだったけれど、そのハンデをものともせずに戦っている。

 孝明さんは細身の双剣を両手に持ち、犬たちの間を駆け抜けながら切り捨てていく。細身の剣は致命傷に至る傷をつけるのが難しいように思えたけれど、そのぶんその素早さと斬撃の正確さで、犬たちの動きを止めるような傷を負わせていた。

 そして両刃の大剣をふるう秀一さんは玉座の前から一歩も動かず、他の戦士が逃した犬やとどめを刺し損ねた犬たちを正面で待ち受けて一刀のもとに両断していく。

 そうしているうちに襲い掛かってくる犬の数は大分減ってきた。


 よかった、この調子ならみんなケガもなく終わりそう。

 でも、どうしてこの犬たちはこんなに不自然な動きをしているんだろう。

 誰かに操られているとしても、動きが単調すぎる気がする。むしろ、わざと王と王妃を守る戦士たちに襲い掛かっているように見えるのは気のせいだろうか。

 そんな犬たちの中に、何匹か首輪をつけている犬がいることに気づいた。

 その犬たちは犬種はまちまちだったけれど、皆同じ形の赤い石のついた首輪をしていた。


「貴子さん、あの犬の首輪についている石ってなんだかわかりますか?」

「どちらですか?」

「あの、赤毛の犬」


 私が一匹の犬を指すと、貴子さんはその犬を――犬がつけている首輪をじっと見つめた。


「…何か魔道の波動を感じますね。おそらく何らかの罠が仕掛けられているかもしれません」

「真帆さん、その犬に触らないで!」

「何っ?!」

「ガアアアアアウ!」


 貴子さんの言葉をうけて私が叫んだ時にはすでに遅く、ひときわ大きな唸り声をあげてその犬が真帆さんに襲いかかっていた。


「だあっ!」


 とっさのことで真帆さんは私の言葉に反応できず、その犬を切り捨ててしまう。


 ブ……ン。


 犬が絶命した瞬間、何かモーターが回るような音が広間に響いた。


「何これ、どこから鳴ってるの?」

「あちらのようです」


 貴子さんと音の出所をさぐると、王と王妃の頭上当たりの空間がひずんでいるのが見えた。


「上っ!」


 私が叫ぶのとほぼ同時に、貴子さんが走りだしていた。

 彼女は戦士たちが犬と戦っている間をかけながら、何か手を動かしていた。

 その手の中に光の玉が宿る。


「ラヴィ神よ、我らが王を守りたまえ!」


 貴子さんの声とともに宿った光が王たちへと放たれた。

 その光はドーム状に広がり、王と王妃を包みこんだのとほぼ同じタイミングで、彼らの頭上の空間に空いた穴から野犬の群れが飛び出してくる。

 本来ならば王たちに飛びかかっていたはずの犬たちは、貴子さんの作った光のドームにはじかれて周囲を守る戦士たちのところへと落下した。


「何だこいつらっ!」


 落ちた犬たちは王と王妃に届かないとわかると、戦士たちにとびかかってきた。

 戦士たちはいきなり現れた犬に動揺しつつも、すぐに反撃をはじめた。


「ガアアウ!」

「命を触媒にして新たな空間をつなげる特殊魔法です!」


 杖をかかげながらバルコさんが叫んだ。

 彼の持つ杖の先から光が出て、王と王妃の頭上に開いた空間を破壊する。


「首輪についた石から魔道が感じられます! おそらくそこに魔法陣が彫られているかと」


 王と王妃を守るバリアのようなものを張り続けながら貴子さんが叫んだ。

 しかし、その間にも戦士たちは犬を切り、広間のあちこちから空間が開く音がしはじめる。

 バルコさんはそこでまた杖を掲げた。


「首輪をした犬の命を奪うとまた空間が現れます! 犬を殺さずに石を破壊してください!」


 そう叫んだあと、彼は何か呪文のようなものを唱え始めた。その呪文とともに杖の先に青白い光が集まる。


「難しい事言いやがって! 空間をふさぐの頼んだぞ!」


 悪態のようにそう言うと、真帆さんは剣を鞘にしまった。

 他の戦士たちも舌打ちをしながら剣を納めている。

 バルコさんの魔法が間に合ったのか、ひずんだ空間から犬たちは飛び出してこないけれど、広間にはまだ20頭以上の犬がいた。

 しかもみんな口から泡を吹いてぎらぎらとした目をしている。

 こんな犬たちを相手に、真帆さんたちは素手でどうすればいいの?



【空間移動魔法】

 魔法陣を用いて二つの場所をつなぐ魔法。

 魔法陣が設置している場所同士であれば行き来はたやすい。

 ただし、片方に魔法陣が設置されていない場合は難易度はあがる。

 バルコが行っているのはその魔法を解析し、分解して効力を亡くすという解呪。


 もう少し緊迫した場面が続きます。

 次では亜香里もすこしかんばります。

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