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デビューダンスと魔道鋼(前)

 成人を祝うパーティの会場は王宮の1階にあるひときわ大きな広間だった。

 多分色々な催しものに使われるのだろうその部屋は、ありとあらゆるものが豪華で、私は一目で圧倒されてしまった。

 と、言うか。この部屋怖い。

 何かひとつでも――それこそ今踏んでいる床ですら――傷つけたら何百万単位の損失になりそう。

 もう絶対転べないし、乱暴に歩くこともできない…。

 そう考えただけでも怖くて、私はエスコートしてくれている秀一さんの腕をしっかりと掴んでしまった。


「どうした? 顔色が悪いぞ」

「いやあの。この部屋全部が高価そうで…正直怖いです」

「ああー」


 てっきり笑われるか呆れられるかと思っていたのに、秀一さんは同意するような声をあげた。


「確かに俺もここには何度か入っているが、そのたびに緊張するな」

「全然そうは見えませんけど」

「それはまあ、君をエスコートするわけだから、少しは見栄をはっているだけだ」

「嘘でしょう? ものすごく自然体に見えますよ」

「そう見えるのならまあよかった」


 おどけて肩をすくめる秀一さんに私もつい笑ってしまい、おかげで少し緊張がほぐれた。

 それからは指定された立ち位置まで岩敷夫人のレッスン通りに歩くことができた。

 少しして王と王妃が入場し、玉座についてから成人たちの入場が始まる。

 成人の儀のときは個人だったが、さすがにパーティとなるとそれぞれパートナーとの入場となる。

 それは婚約者であったり、成人となる者の異性の兄姉、親戚など様々だった。

 それに皆――特に女性はドレスを成人の儀のときより華やかなものへと着替えてきていて、なかなかに見ごたえがあった。


「地裂陣陣将・岩敷真帆様、ラヴィ神高級神官・結城貴子様ご入場」

「かっこいい…っ」


 ふれ係の声と共に入場してきた真帆さんと貴子さんを目にした瞬間、私は小さく声をあげていた。

 そのままあやうく叫びそうになった口を慌てて抑える。

 真帆さんは黒地に赤の模様の入った地裂陣陣将専用の式典用鎧に、黒いマントをつけ、腰には王から賜った地裂陣陣将の証である剣を携えていた。


「あの鎧は孝明さんが用意したんですか?」

「あいつだけじゃないがな」

「と、言うことは秀一さんも手伝ったんですか?」

「俺は金を出しただけだが、金に関しては実は真帆も出してる」

「え?」


 さっきの孝明さん、あの鎧の存在を真帆さんは知らないような言い方してなかった?

 言われている意味がわからなくて首を傾げた私に、孝明さんは薄く笑って耳打ちしてきた。


「真帆が用意した『賄賂』を使ったんだ」

「ああ、あの騎士用の」


 そう言えば真帆さん、成人の儀でドレスを回避するために騎士の位を買おうとしていたんだった。

 そのためにはえらい人たちに賄賂を贈る必要があって、そのための手はずを真帆さんは孝明さんに相談していたはずだった。


「爺さんの引退は内々ではあったが俺たち将軍・陣将には示唆されていてな。で、その金を使う必要がなくなったから、じゃあ鎧を作るかって話になったんだ」

「真帆さん、驚いたでしょうね。…ちょっと見たかったかも」

「ああ、それは俺も見たかった」

「ふふふふ、あとで孝明さんに聞きましょう」


 ふたりでひそやかに笑っていると、真帆さんが何か言いたげにこっちを見た。

 器用に片方の眉だけをあげてみせるその表情が、真帆さんがしてやられたと思っているのを表していた。

 ちょっと拗ねたようなまなざしもかわいくて、笑みが深くなるのが自分でもわかる。

 普段はかっこいいのに年相応なかわいさを見せる真帆さんは本当に魅力的で、どんなに見つめていても飽きなかった。

 入場してきた成人たちが整列すると、会場内にシャンパンの入ったグラスが配られる。

 そして王の音頭で乾杯が行われたのちに成人たちによるデビューダンスがはじまった。


 みんな貴族の子女としてきっちりと教育を受けてきた人たちだからだろう。まごつくような人はひとりもいなくて、そのダンスは中々に見ごたえがあった。

 素人目にも上手だとわかる人たちの中で、真帆さんと貴子さんのペアは軍を抜いて美しかった。

 戦士として鍛えている真帆さんの体幹はしっかりしていたし、貴子さんの足取りはまるで羽が生えているのかと思うほど軽やかだった。

 それに貴子さんも衣装をさらに豪華なものへと着替えていて、その白い服に施されている金の刺繍がたまたま真帆さんの鎧に刻まれている模様とよく似ていたため、ふたりはまるで対のお人形のように見えた。

 ふたりが回るたびに貴子さんの長い黒髪と、真帆さんのマントがふわりと舞うのも綺麗で、それに見とれているうちにあっという間にデビューダンスは終わっていた。


 それからパーティはフリーなものへと移行していく。

 ダンスをする人たちや談笑する人たちが入り乱れて、真帆さんたちの姿が見えなくなってしまった。

 まだ踊っているのかな。


「踊りたいのか?」

「え?」


 踊る人たちの中に真帆さんを見つけようと目をこらしていたら、秀一さんに聞かれた。

 今にも手をとってダンスホールへ連れて行ってくれようとする秀一さんに、私は全力で首を振った。


「いえ、もし踊らなくていいのでしたら踊りたくないのですが…」

「それはよかった。俺もあまりダンスは苦手なんだ」

「本当ですか?」


 確かに無骨なイメ―ジのある秀一さんだけれど、さっきまでのエスコートは完璧だった。そして彼の運動神経が生半可なものでないことは設定した私がよく知っている。

 そんな人がダンスが苦手だなんてちょっと疑わしい。

 そう思っているのが顔に出てしまっていたのか、秀一さんは小さくため息をついた。


「相手の女性が小さすぎて腰が痛いし、軽すぎて怖い」

「あー」


 それは納得。

 ハイヒールを履いた私とですら秀一さんとの身長差は30cm以上ある。

 この世界の女性たちは皆小柄だから、彼女たちに合わせようとするとかなりかがまなきゃいけないし、気を付けていないとターンなどで振り回してしまうんだろう。

 それは苦手と言っていいだろう。


「疑ってすみません」

「いや、俺も君がダンスが得意でなくてありがたい」

「そうですね」


 あははと笑ってから私はもう一度周囲を見回した。


「ところで真帆さんたちはどこにいるんでしょうね」

「多分そこらの奴らにつかまっているんだろう。まあ、しばらくしたらこっちに来るだろ」

「それはどういう」


 意味ですか? と、聞く前に私は真帆さんと貴子さんの姿を見つけた。

 軽く手を振ると、真帆さんはほっとしたように笑いながらこちらに向かってくる。


「やーっと話しかけてくる奴らから逃げてこれたよ。しかし、こういうとき秀一は目立つからいいよな」

「周りの方から頭ひとつ出てらっしゃいますからね。おかげですぐおふたりを見つけられました」


 やれやれと言わんばかりの真帆さんをフォローする貴子さんの言葉に、私はさっきの秀一さんの言葉の意味を理解した。

 なるほど、長身の秀一さんはこういう場では人々より頭ひとつ分高くなるから、目印として使えるんだ。

 納得したと言うように見上げれば、秀一さんもうんうんと頷いている。

 まあ、おかげで真帆さんたちを探す手間が省けたから、ここは素直に秀一さんの長身に感謝をしておこう。

 ここで私はきちんと姿勢を正し、真帆さんと貴子さんに頭を下げた。


「真帆さん、貴子さん。成人おめでとうございます」

「ありがとう」

「ありがとうございます」


 私のお祝いの言葉に、真帆さんも貴子さんもお礼を言ってくれる。

 本当はもっと早い段階でお祝いを言いたかったけれど、今日真帆さんにちゃんと会えたのが今だったから仕方がない。

 それに情けない話だけれど、岩敷夫人の貴婦人教育が厳しすぎて、ふたりへのお祝いの品も準備できてなかったりする。

 何をあげようかな。おそろいのものとかいいよね。

 そんなことを考えながら私はふたりをつくづくと見つめた。

 腕を組んで並ぶふたりは、宝塚の男役と娘役のカップルみたいに素敵でお似合いだった。


「おふたりとも本当に素敵ですね」


 感嘆のためいき交じりに言うと、貴子さんが口元をほころばせた。

 あー、もうすごい美人。

 

「亜香里さんこそ、とてもお綺麗ですよ」


 それなのにこの美人さんは何のてらいもなく私をほめてくれたりなんかする。


「そうだろ?」


 貴子さんの誉め言葉になぜか真帆さんが胸を張る。

 それに秀一さんがすかさずつっこみをいれた。


「何でお前が誇らしげなんだ」


 うん、そのつっこみは正しい。

 それに真帆さんや貴子さんに比べれば私が『綺麗』なんて言われたら鼻で笑う人の方が多いだろう。


「綺麗と言われるとこそばいゆいですが、いつもの数倍はましになれたのはひとえに真帆さんと岩敷夫人のおかげですから」

 そう言いながら真帆さんを見て、私はあることに気づいた。




【成人のデビューダンス】

 成人のデビューダンスは成人を祝う宴の最初に踊られる。

 それに参加できるのはその年に成人する者とそのパートナーのみであり、左回りのワルツが通常とされている。

 この左回りのワルツにはダンスの基礎となる動きがすべて入っており、デビューダンスを踊ることができればすべての社交ダンスを踊ることができるとされている。


次回は魔道鋼のお話をします。

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