成人の儀と嫉妬
真帆さんが四将軍と陣将たちに祝福される姿を見届けた王は、満足げに頷いてから玉座に戻った。
そして真帆さんも王に一礼すると成人の儀を待つ若者たちの列の最後尾に戻る。
こうして騎士の叙任と陣将の叙任は終わり、いよいよ成人の儀の始まりとなった。
居並ぶ成人を神官たちが祝福し、寿ぎの歌を歌う。
次に成人の代表が成人の誓いを述べ、それから一人一人が玉座の前に赴き、王と言葉を交わし、王妃より成人祝いの品を手渡される。
神官の祝福も、公爵子息による成人の誓いもそれなりに厳かで素晴らしかった。
の、だけれども。
正直言って真帆さんの陣将への叙任式がすごすぎて、本来メインであるはずの成人の儀はひどく儀礼的なものに見えてしまうのは否めなかった。
成人を迎える若者たちは全部で20人ほどだった。
最後から2番目に貴子さんが玉座の前に立つ。
ざわっ。
貴子さんが進み出ると、会場が一瞬ざわめいた。
成人の儀ということで若者たちは皆きらびやかに装っていた。
その中で、貴子さんだけは神官の儀礼服を纏っていたのだった。
主神ラヴィに使える貴子さんの神官服は白地に金で太陽の紋章が刺繍されていて、それなりに華美ではあったけれど、他の姫君たちと比べるとかなり控えめだった。
アクセサリーも両耳につけている金のイヤリングと神官位を表すネックレスだけ、神は金のバレッタでハーフアップにしているだけなのに、貴子さんは会場中の誰よりも美しかった。
貴子さんが歩を進めるたびに長い黒髪が揺れ、それが白い神官服とあいまってため息がでるほどに美しかった。
化粧だってほんの少し目元と唇に色をのせているだけなのに、はっとするくらいの艶が出ている。
ああ、もう本当に美って、それだけでどんな装飾にも勝るんだ。
王と王妃もまた貴子さんの美貌には感嘆の表情を浮かべていた。
「結城貴子。そなたもすでに神官となったのだな」
「はい。本日、神官としての位を頂戴いたしました」
「ではいずれそなたに世や世の家族を祝福してもらう日がくるかもしれぬな」
「その時は全身全霊をもってお祈りいたします」
「うむ」
王と短い言葉を交わした貴子さんは、王妃より祝いの品を受け取ると優雅に一礼をした。
それですらまるで映画のワンシーンのように美しくて、周囲からため息がもれた。
「神官とは…もったいない」
「神官服ですらあの美しさ。彼女が盛装をしたらどれほどのものか」
「数年後には国一番の美女の座を争うこととなりましょうな」
「いやその前に成人となった今、求婚者をさばくのも大変そうですな」
どこからともなくそんなささやきが聞こえてくる。
大神官の娘で本人も神官としての能力を持ち、さらにあの美貌とあれば彼女を欲しがる人間は星の数ほどいるだろう。
貴子さんの恋人まで設定はしなかったけれど、彼女の恋愛観てどうなっているんだろう。
そう思って見ているとすました顔で歩いていた貴子さんがふと笑みをうかべた。
目じりを少し下げて口元をほころばせただけで、冷たいと感じてしまうまでの美貌に温かさがともる。
その視線の先にはもちろん真帆さんがいた。
真帆さんもすれ違いざまに貴子さんに微笑みかけ、王の前へと出る。
こちらは先ほどまでのやりとりがあったせいか、王からは淡々とした祝いの言葉を下され、王妃から祝いの品を手渡しされた。
そして真帆さんがもとの位置に戻ったところでもう一度神官たちから成人となった若者たちへ祝福が行われる。
それが終わると王と王妃が退出し、成人の儀は終わりを告げた。
「ふう」
一連の儀式が終わり、成人たちが退出したところで私は小さく息をついた。
別に私が式に参加していたわけでもないのに、妙に緊張して体がこわばってしまった。
肩を回して緊張をほぐしたいけど、まさかこんなところでそんな動作をするわけにはいかないよね。
ゆっくりと首を動かすだけにしていた私に岩敷夫人が声をかけてくる。
「どうしたの?」
「いえ、何か緊張してしまって」
「そうね、私もまさか真帆があんなことになるなんて知らなかったものだから、びっくりしたわ。亜香里さんはこのことを知っていたの?」
「あの、ええと。ここへ来る馬車の中で、秀一さんに」
「あら…」
ここにくるまでの馬車での話をすると、岩敷夫人は目を丸くした。
「亜香里さんはそんなお話をするくらいに鬼頭将軍と仲良しになったのね」
そんなことを言う彼女の声はなぜか少し大きかった。
いや、さっき話したときは成人の儀が始まる前でひそひそとしゃべっていたから岩敷夫人の声が大きく聞こえるだけなのかな。
「ええ、真帆さんのおかげです」
どちらかと言うと国一さんの方が気安いんだけど、ここでそれを主張する意味もないので、真帆さんに紹介してもらったということだけを言っておこう。
私がそう答えるとなぜか背後の空気がざわついた。
「真帆嬢に?」
「確か真帆様は鬼頭将軍に剣を習ったとか」
「じゃあうちの娘も真帆嬢と仲良くさせておけば…」
「まだ遅くないかも…」
えーと、何かな?
ささやき声は聞こえていたけれど、意味がわからずに首を傾げる私に岩敷夫人は楽しそうに笑っていた。
「ふふふ。そろそろ旦那様たちも出てきたころでしょうから、私たちも移動しましょうか」
「あ、はい」
「これから成人を祝う宴があるのだけれど。その広間にはパートナーと入るのが常なのよ。でも宴が始まるまでは少し時間があるでしょうから、用意していただいた部屋でお茶でもいただきましょうか」
「そうですね」
そんなことを話しながら階段を下り、少し進んだ先にある開けた場所には何人かの人が談笑していた。
その中には岩敷伯爵と秀一さんもいた。
あれ? なんであいかわらず秀一さんがいるんだろう。てっきり国一さんがいると思ってた。
岩敷夫人は伯爵のもとへ行ってしまったので、私も秀一さんのそばへ寄る。
とりあえず差し出された手をとり、私は小声で聞いた。
「あの、国一さんは?」
そう聞くと、秀一さんは低身長の私に合わせて身をかがめてくれた。
そしてこちらも小声でささやいてくる。
「爺さんはこのあとも方々にあいさつがあって、今日は申し訳ないが俺がパートナーで我慢してくれ」
「申し訳ないなんてとんでもない。秀一さんで我慢なんて言ったらばちがあたっちゃいます」
「ならばありがたい」
低い声でささやかれて耳がぞわぞわするのを抑えてそう言うと、秀一さんは小さく笑った。
おお、かっこいい。
無骨な男性がふと見せる笑顔ってなんでこんなに魅力的なんだろう。
これはきっと周囲の女性たちもメロメロだろうなー。
ちょっとそんな女性たちの顔を見てみたくて、さりげなさを装って周囲をみわたしたけれど。不思議なことにこちらを見ていた女性たちはみな、不機嫌そうに顔を反らしただけだった。
あ、そうか。こんなに素敵な秀一さんに私みたいな冴えないのがくっついているのに納得がいかないんだ。
大丈夫ですよ。私はたまたまお相手していただいているだけですからね。お嬢様たちの敵じゃないですよ。
と、いう気持ちをこめて愛想笑いをしてみたんだけれど、彼女たちはもっと険しい顔をして顔を反らした。
あ、嫌われた。
『プイっ』という擬音をつけたくなるような顔の反らし方に、逆に楽しくなってしまった。
まああんなにかわいい子たちに嫌われるなんて経験、きっとこの先にはないだろうから味わっておこう。
人生で最初で最後であろう嫉妬されるという経験を味わっていた私に――正確には私と秀一さんにいつの間にかやってきていた孝明さんが声をかけてくる。
「やあ、秀一が急いで出ていくんで何かと思ったら、こういうことだったのか。お前もなかなか隅におけないな」
「うるさいぞ、孝明」
からかう口調の孝明さんに秀一さんは渋面をつくった。
そんな秀一さんなど気にした様子もなく、孝明さんは私に会釈をしてくれる。
「お久しぶり、亜香里嬢」
「お久しぶりです、鈴嶋陣将」
私も夫人から習ったマナー通りの礼をする。
「今日は一段とお綺麗ですね」
「ありがとうございます。岩敷伯爵夫人と真帆さんのおかげです」
孝明さんみたいな美形に綺麗なんて言われると照れてしまうけれど、やっぱり褒めてもらうのは嬉しい。
でも私が少しでもよく見えるようになったのは、岩敷夫人と真帆さんの手柄だからそこはちゃんと言っておく。
真帆さんの名前を出したら、孝明さんは納得したように首を縦に振った。
「ああ、だからこの間から真帆が『やっぱり青いドレスを着せたのはやりすぎだったかな』とかつぶやいていたのか」
「そう言えば真帆さんたちは?」
私が聞くと孝明さんはとても楽しそうな笑みを浮かべた。
その笑みがなんとなく真帆さんがいたずらを思いついた時と似ているような気がする。
もっと言うとここへくる馬車の中で秀一さんの浮かべた笑みとも似ていた。
「まだ何かサプライズがあるんですか?」
小さな声できくと孝明さんはまた笑った。
「それは宴が始まってからのお楽しみってことで」
これまでのもろもろから彼らが真帆さんに悪いことをしないのは分かっているけれど、彼らはまだまだ真帆さんにサプライズをしかける気みたいだな。
それにしても、国一さんの弟子たちはみんな師匠に似ていたずら好きで人が悪いらしい。
【神官服】
神官服は基本皆同じで、チャイナカラーの裾の長いローブを身に着ける。
白が基調で略式の場合は襟と袖にそれぞれの神を象徴する色の糸で刺繍が施されている。
儀礼用の神官服となるとローブ全体に神の紋章などが刺繍される。
ちなみに貴子は主神であり太陽神であるラヴィの神官であるため、神官服には太陽を象徴する柄が金糸で刺繍されている。
次回は成人を祝う宴の話です。




