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誤解と家族席

 そしていよいよ成人の儀の日。

 私は私が成人を迎えるわけでもないのに、昼前からお風呂に入れられ、メイドさんたちに四方八方から磨き上げられた上に飾り立てられていた。

 髪を結われ、化粧を施されてドレスを着せられアクセサリーを身につけて最後にかかとの高い靴を履かされたとき、私はほとんど息も絶え絶えになっていた。

 お風呂からこの完成にまでかかった時間はなんと5時間。

 ほっとしてお茶をちょっと飲んだだけで国一さんとの約束の時間がきてしまった。


「鬼頭将軍がいらっしゃいました」


 少しだけ落ちてしまった口紅を塗りなおしているとメイドさんが飛び込んでくる。


「鬼頭将軍?」


 あれ? 私が約束していたのは秀一さんじゃなくて国一さんの方なんだけど。

 私の聞き間違いかな?

 私が首を傾げている間に、背の高い人物が姿を現す。


「失礼する」

「しゅ…んんっ。鬼頭将軍」


 現れたのはやっぱり秀一さんだった。

 つい真帆さんたちといるときの癖で『秀一さん』と呼んでしまいそうになるのを咳払いでごまかす。


「今日は鬼頭陣将は?」

「…ああ、祖父は用事があってもう城に向かっている」

「そうですか」


 その用事で私を迎えに来ることができなくなったから代理で秀一さんが来てくれたのかな。

 そのせいか秀一さんからよそよそしい感じがした。

 本当は秀一さんも早く登城したかったとか? もしかして迷惑かけちゃったかな。


「わざわざ申し訳ありません」

「いや、こちらこそ申し訳ない」

「何がですか?」


 高いヒールによろめかないよう、心の中で『よっこいせ』とつぶやきながら立ち上がろうとした私に、秀一さんは手を貸してくれた。

 無骨なイメージがある秀一さんだけれど、やっぱり上流階級の生まれらしくこういうときはさっとサポートしてくれる。

 こうして立つとヒールのおかげでいつもよりちょっとだけ秀一さんの顔が近くなって見上げやすくなる。


「鬼頭将軍が私に申し訳なく思うことなどないでしょう?」

「まがりなりにも女性のところに来ているのだから、手土産を持ってくるべきだったなと今頃になって気づいたんだ」

「そんなお気遣いは無用ですよ」


 私は貴婦人でもなんでもないんだから、そんなに気にすることないのに。


「いや、こういうことはちゃんとしないとな。だから俺は朴念仁なんだと真帆や孝明に言われるんだ」

「では今度綺麗なお嬢さんをエスコートするときには花束とか用意するといいですよ」

「花束か…」


 背の高い秀一さんは私がつかまりやすいように少しさげぎみに左手を曲げてくれる。

 その肘の内側に右手をかけ、私たちは歩き出した。

 朴念仁なんて言いながらも秀一さんのエスコートは完璧だった。

 歩幅が全然違う私に合わせてゆっくり歩いてくれるので、私も慣れないヒールでちゃんと歩くことができた。

 ええ、もちろん私もこの2週間、岩敷夫人にみっちりとマナーや立ち居振る舞いを叩き込まれましたけれど。

 そのおかげで私も何とか見られる程度の立ち居振る舞いはできるようになった。

 でも、できることならもうあんなスパルタ授業はうけたくない。


 慎重に階段を下りて正面玄関へと向かう。

 そこで秀一さんと私は岩敷伯爵夫妻に出会った。

 真帆さんの保護者として成人の儀に参加する為、岩敷夫妻もこれから王宮に出発する予定なんだろう。

 こうして礼装した岩敷伯爵夫妻は美男美女のそれこそお似合いのご夫婦だった。

 岩敷伯爵は40代半ばくらいの年齢で、背が高くてきりりとしたお髭のダンディ。

 岩敷夫人は多分40代前半の小柄で4人のお母さんとは思えないほどほっそりとして若々しい人。

 そんなお二人に秀一さんは軽く会釈をした。


「岩敷伯爵、奥方、本日は真帆さんの成人の儀、おめでとうございます」

「ご丁寧にありがとうございます」


 岩敷伯爵は軽く、夫人は丁寧に頭をさげて秀一さんのお祝いの言葉を受け止める。

それから岩敷伯爵は私に一度目を向けてから秀一さんに向き直った。


「亜香里さんは真帆の秘書という立場の方ですが我が家でお預かりしているお嬢さんでもあります。どうぞよろしくお願いいたします」

「心得ております」


 いや、なんで秀一さんがお願いされてるの?

 疑問いっぱいの私に岩敷夫人が満面の笑みを浮かべる。


「うふふふふ、やっぱり青いドレスにして正解ね。お似合いだわぁ」


 いやいや、私のパートナーは国一さんですから。秀一さんは代理で迎えに来てくれただけなんですよ。

それにこんな私なんかと『お似合い』なんて言ったら失礼ですよ。

 と、言うか秀一さんも否定してくださいよ。


「ああ、本当によく似合っている。真帆もその姿を見たら喜ぶだろう」


 岩敷夫人の勘違いを訂正するよりも先に、岩敷伯爵に声をかけられてしまった。


「それではまた王宮でお会いしましょう」

「はい、それでは」

「またあとでね、亜香里さん」

「はい、またあとで」


 やっぱり岩敷伯爵も急いでいるのか、夫人を伴って玄関前に待機させていた馬車に乗って行ってしまった。

 私と秀一さんも鬼頭家の馬車に乗り込む。

 …同じ場所に行くんだから4人で一台の馬車で行けばよくない?

 って考えたけどそうしないことに何か理由があるんだろう。

 その理由を聞くよりも成人の儀のことが気になってしまって、私は秀一さんに声をかけた。


「あの、真帆さんは騎士の地位を受けられるんですか?」

「いや、あいつは騎士にはならない」

「え? それはどういう意味ですか?」

「君が爺さんを納得させてくれたと聞いたが」

「それは、国一さんが真帆さんに陣将を譲るという話ですか?」


 私が聞くと秀一さんは少しだけ驚いた顔をした。


「君は爺さんのことを名前で呼ぶんだな」

「あ、すみません。陣将を辞したあとの予行練習で呼んでほしいと言われたので」

「そうか」


 なぜか秀一さんはそこで小さく息を吐いた。


「爺さんはずっと戦い続けてきた人だったから、そろそろ心安らかな生活をしてほしいと思っていた。だから、君には感謝している。…ありがとう」

「いえ、私は何もしていません。ただ、国一さんは真帆さんの成長に納得されて、陣将を譲ろうと考えただけなんですから」


 頭を下げてくる秀一さんに慌てて首をふる。

 本当に私がつくったのはきっかけにしかすぎない。

 そうか、そのお礼が言いたくて秀一さんは私を迎えに来たんだな。

 この後の宴は国一さんにバトンタッチされるんだろう。

 あれ、でもなんか気になることがあるな…。


「でも真帆さんは自分は騎士に叙任されるって思ってますよ」


 そう、昨日までの真帆さんは騎士に叙任されるということで男性用の盛装を準備していたはずだった。

 私がそう聞くと、秀一さんはにやりとした笑みをうかべた。


「爺さんも俺たちも実は人が悪いんだ」


 そう言って彼は人差し指を唇の前にたてる秀一さんは格好良かった。

 やばい、かっこいい!

 そりゃそうよ、私が『設定』してるんだもん。私好みの格好良さに決まってるよ。

 あー、これが自分の部屋で、こんなに素敵なドレスを着ていなかったら枕抱えて手足ばたばたしたい。

 もちろんそんなことができるわけではないので、私も同じように人差し指をたてる。


「サプライズですね」

「真帆にはいつも俺たちの方が驚かされているからな、たまにはいいだろ」


 真帆さんが秀一さんたちをどんな風に驚かせていたのかはしらないけれど、その言い方があまりにも切実だったので、つい笑ってしまう。

 笑ったおかげて緊張が解け、私はリラックスした気持ちで馬車の中を過ごすことができた。


 そして馬車は王宮の前に止まる。

 秀一さんにエスコートされて王宮内に入り、成人の儀の行われる広間の前で私たちは分かれた。

 将軍である秀一さんは王のそばに並ぶために広間の中に、私は儀式を見守るために広間の上に設えられた家族席へ。

 係の人に案内された先にはすでに岩敷夫人が座っていた。

 王の臣下として重要な地位についている岩敷伯爵はやはり広間の方にいるらしかった。

 成人の儀の家族席というのは広間の三方を囲むように作られた席だった。

 そこから成人の儀を迎える若者の家族などが儀式の様子を見守るようになっていて、ちょっと舞台かなにかの観客席のようだった。


「失礼します、奥様」

「あらついたのね、亜香里さん」


 岩敷夫人の隣に腰を下ろすと、同じように座っていた貴婦人たちが一斉にこっちを見た。

 うわー、不審そうな目。

 そりゃそうよね、どこの馬の骨かわからない人間がいきなり顔を出したら不審だよね。


「どなたかしら?」

「岩敷伯爵家の居候らしいですわよ」

「真帆嬢がどこかから拾ってきたらしいのよ」

「ああ、あの噂の…」

「でも何であの子が鬼頭将軍と…」


 ひそひそ声が聞こえてくる。

 って言うかわざと聞こえるように言ってない?

 まあ好意的に受け入れられはしないだろうとは思ってたけど、あたりきつすぎない?

 上流貴族怖い。


「下を向いてはいけませんよ」


 すくんでいた私に岩敷夫人がささやいてくる。


「あなたはどこに出しても恥ずかしくない貴婦人なのだから。こういうときは顔をあげてまっすぐ前をみていなさい」

「は、はい」


 岩敷夫人のアドバイス通り背筋をのばして広間を見下ろす。

 そこにはもう貴族や将軍や陣将、そして成人の儀を迎える若者たちが並んでいた。

 その最後尾に黒地に赤の模様が入った男性用盛装の真帆さんと、白い神官用の礼装を纏った貴子さんの姿があった。

 彼女らも着飾った若者たちの中で異彩を放っていたけれど、周囲の視線を気にせずにまっすぐ前を見つめていた。

 その潔い姿を本当に美しいと思う。

 2人の姿を見ているうちに外野の声は気にならなくなってくる。

 そして鐘がなりふれ係の声が響く。


「国王および王妃のご入場です。ご起立してお迎えください」



【岩敷伯爵夫妻】

 岩敷伯爵:岩敷真悟(いわしきしんご)

 48才 175cmくらい 真帆の父。王の腹心の部下

  ひげをたくわえていてきりりとしている。文官だが剣のうでも達者。

 伯爵夫人:岩敷沙帆(いわしきさほ)

 40才 150cmくらい 真帆の母。若々しくておっとりしているが芯は強い。もとは別の伯爵家の娘。

次回は真帆さんの叙任のシーン

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