鬼頭陣将とお茶を
真帆さんが部屋を出たあと、私が残った書類を片付けているとドアがノックされた。
「はい、どうぞ」
「失礼するよ」
「鬼頭陣将」
入ってきたのは鬼頭陣将だった。
「今日はいらっしゃる予定でしたか? あいにく真帆さんは今席をはずされてまして」
「ああ、慌てんでもいい。顔を出したのはたままたじゃし、真帆にはさっき会ったしな」
「そうですか、ではお茶でも用意しますね」
どうも今日はお茶ばっかり淹れているような気もするけれど、とりあえず鬼頭陣将のためにお茶の用意をする。
真帆さんとは紅茶を飲んだけれど、鬼頭陣将は緑茶派だから玉露のいいのを淹れることにしよう。
「のう、亜香里さんや」
「はい」
「さっき真帆に『私は騎士になるぜ』って言われたんじゃが」
岩敷陣将の言葉に私はばっと振り返った。
まずい。鬼頭陣将、真帆さんが悪だくみしたと思ってる。
誤解を解かなきゃ。
「すみません、私が提案しました」
そう叫んで私は思い切り頭を下げた。
そのあまりの勢いに鬼頭陣将は目をぱちぱちと瞬かせた。
「亜香里さんが? あの案を」
「はい。真帆さんがドレスを着るのを回避するためにずるい策を出しました」
そこで私は青柳青年が来たことと、青柳青年が『騎士に叙任される』という話と騎士の位は買えると聞いた話から真帆さんに騎士になることを勧めたのだと話した。
「なるほど」
「申し訳ありません」
「なんの、それはかまわんよ」
お茶を飲みながら話を聞いていた鬼頭陣将はふたたび頭を下げる私にひらひらと手を振った。
なんとなく、この飄々としながらも一本芯の通ったような鬼頭陣将を前に頭を下げていると、学校の先生に叱られているときのような気分になる。
それもズルして何かをしたのがばれてしまった時のような。
だから私は自分から自分の提案の悪いところを口にしてしまう。
「でも賄賂とか…」
「悪事のための賄賂ならば切り伏せてでも止めるがなぁ。この程度のことでいちいち目くじらをたてる必要もあるまいて」
真帆さんに贈賄をさせようとしているのに、鬼頭陣将はまったく気にしていなかった。
むしろ真帆さんが騎士の位を買おうと思ったことに喜んでいるような風も見える。
「正直真帆が己の信念を貫くためにドレスを回避するならば、この手くらいしかないとはワシも思っていた」
「よろしいのですか?」
「清廉潔白な人間が名君になるとは限らんのと同じじゃよ」
鬼頭陣将は空になった茶碗を私に手渡し、『もう一杯』と言うように人差し指をたてた。
それに頷き、もう一杯お茶の準備をはじめる。
鬼頭陣将は真帆さんがなぜドレスを着るのを嫌がっているのか、ちゃんとその理由を知っているんだ。
だから真帆さんがドレスを着なくてすみ、かつ礼も失しない方法にたどり着いたのが嬉しいんだ。
それはきっと彼が真帆さんの師匠だからなんだろう。
一杯目よりすこい濃いめに淹れたお茶を出すと、鬼頭陣将は礼を言ってから口を湿らせた、
「わしはのう、弟子たちに部下たちをひとりでも多く戦場から帰還させるためならばどんな手でも使えと教えておる。罠を張るのも、だまし討ちもまちぶせも、勝てばそれはすべて正攻法じゃと」
「そうですか」
忠誠心を育てて『国のために命を惜しむな』と教え込むのが当たり前のこの世界で、自分の弟子たちにこんなことを教える師匠がどれほどいるだろう。
でもだからこそ金剛国は強い軍を持ち得ているんだな。
そして真帆さんの行動も認めてくれるのなら…。
「では、真帆さんの騎士の叙任にお口添えをしていただけるのですか」
「それなんじゃがの」
私の問いに鬼頭陣将はがらりと表情を変えた。
目をくるくると回して口元に笑みをたたえた顔は、真帆さんがいたずらをかんがえついたときの顔とそっくりだった。
「孝明には真帆の話は保留にしておけと言うておる」
「どうしてですか?」
「地裂陣陣将・岩敷真帆。いい響きじゃと思わんか?」
「っ!」
鬼頭陣将の発した言葉に私は息を飲んだ。
だって真帆さんがそれを名乗るということは、鬼頭陣将の引退を意味する。
私の『設定』では真帆さんは16才で地裂陣陣将となっていたから、ひきつぎは近いと思っていたけど。
「まさか、真帆さんが騎士になろうとしてるから、ですか?」
騎士にならせるくらいなら陣将位を与えようとした?
だとしたら鬼頭陣将の引退を進めてしまったのは私だ。
青くなる私に岩敷陣将は軽く首を振った。
「亜香里さんのせいではない。もともと真帆は陣将としての資質は十分に持っておった。じゃが、いかんせんまだ若く、清濁の使いどころをきちんと理解しておるか不安じゃった。陣将となれば時に悪事にも関わらなければならんことがあるからな」
孫を思う祖父のような顔で鬼頭陣将は言った。
「じゃがあんたが提案した策を、真帆はきちんと考えて受け入れた。それを聞いて安心したんじゃ。あの子は正義も悪も、きちんと受け入れ、己の度量で使いこなせるとな」
「はい」
「亜香里さん、それをワシに気づかせてくれて礼を言う」
「お礼を言われるようなことは何もしていません」
鬼頭陣将に頭を下げられて、今度は私の方が首を振った。
真帆さんを強い戦士に、そしていい指揮官に育て上げたのは鬼頭陣将の方なのに。
あ、なんだか泣きそう。
泣きたい気持ちをごまかすように眼鏡をあげた私に、鬼頭陣将はまた笑う。
顔に刻まれた皺が深くなる、穏やかなほほえみだった。
「25才の時に先の王に地裂陣陣将を賜ってから40年。まあいい潮時じゃろう」
「鬼頭陣将…」
「国一と呼んでくれんか? まあ予行練習のようなもんじゃ」
ぱちりと片目を閉じられて私はつい笑ってしまった。
「国一さん」
「職名で呼ばれないのもいいのう。もう一度読んでくれんか」
「はい、国一さん」
「もう一度」
頼まれて何度か鬼頭陣将…国一さんの名前を繰り返し呼んでいると彼は小さくため息をついた。
「昔、ワシは戦場で命を落とすものだと思っていた。それが戦士としての最高の死にざまじゃと願ってもいた。じゃが、息子に戦死されたとき、その願いはなんと親不孝なものだと知った」
国一さんが亡くした息子さんは確か秀一さんのお父さんだったはず。
真帆さんが教えてくれた話では息子さん亡き後、国一さんは孫の秀一さんをひきとって育てあげたということだった。
これらはみんな私の『設定』外の話。
だからこそ心に響いてくる。
「それ以来、ワシは絶対に戦場では死なんと誓い、弟子たちにも死ぬなと教えた」
「国一さんは、素敵な師匠ですね」
「そうじゃろうか」
「ええ、真帆さんは…いえ、きっと秀一さんも孝明さんも国一さんの教えを守って、決して戦場では死にませんよ」
「そうなるといいがのう」
「なりますよ。彼らは『最強』ですから」
国一さんの弟子たちの強さを知っている私は、これだけは言い切ることができた。
彼らは絶対に戦で負けることはない。それだけは私の『設定』だから覆らない。
そう心の中で言い切ると、国一さんはふっと姿勢を緩めた。
「引退したら何をするかの。孫やひ孫を集めてほら話でもするかのう」
「それは素敵ですね。その時はぜひ参加したいです」
「亜香里さんならいつでも大歓迎じゃよ。茶飲み友達じゃな。ああでも、あんたがひ孫の母親になってくれたら嬉しいんじゃがな」
ん? ひ孫の母親って。
確か国一さんには秀一さんのお父さん以外に息子はいなくて、あとは嫁にいった娘ばかりじゃなかったっけ?
秀一さんに子供がいる『設定』はないから、他のお孫さんの誰かがすでに結婚していて、奥様を亡くされたとか?
いやいや、この世界では行き遅れ認定だろうけど、まだ26才なんで後妻はちょっと…。それにいきなり母親になる自信もないよ。
「えーと。ちょっとまだ結婚とかは考えてないんですよね」
「はははは」
頬をかきながら辞退すれば、国一さんは声をあげて笑った。
「そのあたりはおいおい秀一に頑張らせるか」
「はぁ」
まだ結婚もしていない秀一さんにいとこの嫁さん探させるのは荷が重くない?
まあそこは私が口だすようなものでもないけど。
「ところで亜香里さんは成人の儀に参加したことはあるかの」
「や…う、うーん。多分、ないと思います」
もとの世界の成人式なら出てるけど、多分それとは全然毛色が違うよね。
自分の話の中では大雑把に『成人の儀』って書いちゃったけど、その儀式がどんなものになるかは決めていなかったから、さっぱりわからない。
今回は真帆さんや貴子さんの成人でもあるし、できるものなら見てみたいな。
そう思っていたら、国一さんが渡りに船のようなことを言ってくれた。
「そうか。じゃったらこのジジイの話し相手になってくれた礼に、真帆の晴れ姿を見せてやろう。亜香里さんはドレスを持っておるか?」
「いえ…」
ドレスってどんなドレス?
今着ているロングワンピースだって私の中では十分にドレス扱いなんだけど、そんなんじゃないよね。
首を傾げてしまった私に国一さんは爆弾発言をかましてくれた。
「では特急で用意させよう。今度の成人の儀はワシのパートナーとして参加してもらうからのう」
「ええええええ」
ちょっと待ってえええ。
見せてくれるってそういうこと?
え、ドレスってどれくらいするの?
私のお給料で買えるものなの?
混乱のあまり私は大声を張り上げていた。
【将軍位・陣将位のひきつぎ】
将軍や陣将の地位は基本死ぬまで継続される。
ただし、王と四将軍および他の陣将たちの了承を得れば引退することができる。
またその際に次にその地位をひきつぐ者を指名できるが、それもまた王と四将軍・他陣将の承認が必要となる。
次回は亜香里のドレスの話です




