医療費負担と騎士の叙任(後)
青柳青年の言葉に真帆さんが一瞬だけ苛立たし気な顔を見せた。
それを青年の背後から『私は大丈夫!』とジェスチャーで示して抑える。
それで少し冷静になったのか、真帆さんは紅茶のカップを手に取る。
青柳青年も真帆さんにならって紅茶をひとくち飲んでからまた話を続けだした。
「騎士の叙任後には金光陣に入隊するもの決まっております」
「ほう金光陣ですか」
入隊するという話に真帆さんは顔をあげた。
金光陣は王子様の直属の部隊で、親衛隊の役割も担っている隊だったよね。
王宮でちらりと見たけれど、青い地に銀の模様が入った鎧を着ていて格好よかった。
この青柳青年もスタイルがいいし顔立ちも整っている方だから、あの鎧を着たら似合うかもしれない。
真帆さんは彼の選択が意外だったみたいだ。
「意外ですね。青柳どのはお父上が大臣ですから、そちらの方面に進まれると思っていました」
「ええ、父の仕事を継ぐのも考えましたが、やはり王子をお守りしたいと考えました」
「なるほど」
「それに、騎士となり金光陣に入隊すればあなたと同じ立場になれますから」
「は?」
青柳青年の言葉に真帆さんは目を瞬かせた。
それから何か面白いことを聞いたかのように口元に笑みを浮かべた。
「同じ立場などと。青柳どのと比べたらやっと成人を迎える私などただのひよっこでしょう」
「成年の儀を迎える前からこうして地裂陣に入隊されている真帆さんが何を言われるんですか」
「私のはただのわがままですよ」
こうやって会話を聞いていると、真帆さんはちゃんとTPOを使い分けて会話できる人なんだとわかる。
男性の格好をしているからって不作法なわけでもない。
真帆さんの本質は秀一さんや孝明さんといっしょにいるときのやんちゃな子の方なんだろうけど、こういうときはちゃんと大人の会話ができるのって本当にすごい。
今だって真帆さんなら青柳青年よりも剣の腕も戦士としての経験値も違うだろうに、謙遜してみせている。
でも多分、青柳青年はそんなことを言いたかったんじゃないと思うの、真帆さん。
青柳青年はまた紅茶を口にするとため息をついた。
「それでも私は、あなたと同じ場所に立ちたかったんです」
ほら、焦がれるような声を出してる。
きっとこの青年は真帆さんのことが好きなんだろう。
たくさんいる貴族の姫君の中で真帆さんに惚れるなんて、見る目あるな。
この世界に来てからずっと真帆さんといるせいか、私の中で真帆さんは大切な妹みたいな気持ちになっている。
だから真帆さんに惹かれたという一点だけで、青柳青年の株があがってしまった。
まあ真帆さんには孝明さんという未来の恋人がいるから、とりあえず君は失恋確定だけど、君の見る目は確かだぞ。
私は青柳青年に素敵な恋人ができるようにそっと祈った。
まあ真帆さんはあげられないし、そもそも彼女は青柳青年の恋心に気づいてないみたいだしね。
それから青柳青年は気をとりなおして真帆さんとか会話を続けた。
その会話の端々にも真帆さんへの好意がにじみ出ていたけれど、そのことごとくを真帆さん本人がつぶしていた。
そんな会話が20分ほど続いたころ、真帆さんがちらりと青柳青年の背後にいる私を見つめた。
あ、つらそう。
確かに実のない会話をし続けるのってつらいよね。
「こほん」
そこで私はわざと咳ばらいをした。
それで青柳青年の言葉が一瞬止まった。その瞬間にすかさず真帆さんのもとに向かって話しかける。
「お話し中申し訳ありません。そろそろ鬼頭青龍将軍のもとへご報告に行かれるお時間です」
「ああ、もうそんな時間だったか」
私は真帆さんの秘書ってことだからスケジュールを把握していてもおかしくはない。
もちろん報告の予定なんて何もなかったけれど、真帆さんはその嘘にのってくれた。
秀一さんの名前を出したのは私の知っている人で真帆さんの上司にあたる人のなかでは一番地位が高い人だったから。
それくらいの意味しかなかったのだけれど、青柳青年はその名にびっくりするほどの反応を見せた。
「鬼頭将軍…ですか」
「ええ、ですので申し訳ありませんがお引き取り願えますか」
心の底から忌々しそうに秀一さんの名をつぶやく青柳青年を気にしたそぶりも見せずに真帆さんは笑みを浮かべた。
そんな彼女の様子にため息をつき、青柳青年はようやく席を立つ。
「いずれまた、鬼頭将軍のことなど気にせずにお話ができたらいいですね」
「また、成人の儀で」
青柳青年は真帆さんに会釈をすると執務室を出て行った。
来た時よりは重々しく聞こえる足音が完全に去ったところで、真帆さんはぐったりとソファに身を投げ出す。
「あああ~、やっと帰ったー。亜香里、グッドタイミングだったよ。って言うか、意味ない話が長いー」
「お疲れ様です」
ソファの上で足をばたばたさせる真帆さんにいたわりの言葉をかけてから、私はもう一度紅茶を淹れた。
それを真帆さんの前に置き、私も彼女の向かいに腰を下ろす。
真帆さんも身を起こすと紅茶をすすった。
「あいつが、亜香里に失礼な発言をしたときはまあ腹たったわ」
「そこは気にしてないですよ。むしろ、普通の貴族はああいう感覚なんだなって分かって面白かったです」
「それならいいけどさ。次は許さないから」
私が気にしていないのにも関わらず、真帆さんは私が下に見られたことが許せないみたいだった。
それより私にはもっと気になることがあった。
「ところであの青柳さんて方、真帆さんのこと…」
「…知ってる。もの好きな奴だよな」
『好きなんじゃないですか?』と、聞く前に真帆さんは憮然と答えた。
その答えに私の方が驚かされてしまった。
だって真帆さんのとぼけ方、ものすごく上手だった。
「気づいてたんですか?」
「亜香里は私のことどれだけ鈍いと思ってるんだ?」
「すみません。でも、真帆さんはなぜ気づかないふりをされるんです?」
とぼけるってことは、真帆さん自身には青柳青年に対する興味はないってことでしょう?
白黒はっきりつけがちな真帆さんだったら、その気のない相手に言い寄られたらばっさり切ると思っていた。
だから真帆さんの気づかないふりは本当に気づいてないのだと思っていた。
多分、青柳青年もそう思っている。
そんな私の問いに真帆さんは肩をすくめた。
「だってあいつ、何にも言ってこないじゃん」
「そう言えばそうですね」
確かに青柳青年は好意をにおわせるばかりで好きだとかそういう言葉は使ってこなかった。
「だろ? だから何にも言ってこない奴にどうやって断るんだよ。って言うか何も言ってこないのに断るって、ただの自意識過剰な奴になっちゃうじゃないか」
「ああ、それは…」
真帆さんの言い分に私は深く頷いた。
確かにされてもいない告白を断るのは自意識過剰ととられても仕方がない。
「だったらとりあえず気づかないふりでいくしかないだろ」
「そのとおりですね」
そしてとぼけているうちに向こうの熱が冷めるか、真帆さんに恋人でもできるかしてしまえば何事もなく終わる。
真帆さんという人は小細工が苦手のように見せながら、本当はきちんと立ち回れる人なのだ。
まだ16才なのに、本当にすごい。
真帆さんの大人びた考え方に感心しつつ、もうひとつ気になったことを聞く。
「ところで青柳さんが『成人の儀の際に騎士に叙任される』と言ってましたが。青柳さんて真帆さんと同じ年なんですか?」
「いや、あいつは私より2才上だよ。もちろん成人と同時に騎士に叙任される奴もいるけど、あいつは今年騎士の位を買ったんだろ」
「買った?」
「ああ、騎士って戦士と同義じゃないから。文官で騎士の位を持つ者は腐るほどいるよ。もちろん戦果をあげて叙任される奴もいるけど、騎士の位は金を積めば与えられる」
金剛の国は名君に治められていて、政治も腐敗していないと思っていたけど、多少は賄賂とかもきくんだ。
しかも真帆さんはそれについてあまり悪い感情を持ってないみたい。
「気にはならないんですか。その、地位を買うってことに」
「騎士なんて叙任されても別に何も変わらないからな。ちょっとした箔がつくくらいで、文官でも武官でも重用されるにはそれなりの努力と才能が必要だよ。むしろ無能な奴が騎士の位をもらって満足してくれるんならいいんじゃないか」
ああ、本当にこの子は清濁を併せのむことができる子なんだ。
幻滅したというよりは、真帆さんの度量の広さに感動してしまう。
そこでふと私はとあることに気づいた。
「騎士への叙任式は、確か成人の儀の前に行われるんですよね」
「ああ、年に何度も行われる騎士の叙任式より、年一回の成人の儀の方がイベントとしては大きいから後にするな」
「だったら。真帆さんが騎士に叙任されたら、成人の儀には騎士として参加できますよね」
「ああ、そうだけど?」
「騎士の盛装は?」
「祝賀用鎧と帯刀…そういうことか!」
私の言いたかったことが分かったのか、真帆さんは両手を打った。
「真帆さんが騎士の位を買うことに思うところがなければ、という話になってしまいますが」
「いや、でも。うん…」
真帆さんは膝の上で手を組んで考え始めた。
成人の儀でドレスを着ることを真帆さんがあまりにも嫌がるからしてみた話だったけれど、これは完全なるズルだ。
真帆さんが清濁を飲みこめる人だとしても、自分で汚いことをするのは納得できないかもしれない。
「ちょっと、孝明のところに行ってくる」
「はい…」
あ、私が幻滅されたかな。
「心配するな」
不安が顔に出てしまったかもしれない。
私の顔を見た真帆さんは口元をゆるめた。
「この案を実行するために、孝明に相談してくるだけだよ。亜香里のおかげで光明が見えたんだ。感謝してるよ」
「ズルですけどね」
「正攻法だけじゃ戦いには勝てない」
歴戦の戦士らしいことを言うと、真帆さんは執務室を出て言った。
【金光陣】
皇太子直属の陣。
王子が戦場に行かない限りは戦場にて戦うことはないため、実戦経験のほとんどない者で編成されている。
またその性質上、貴族の子弟が入隊することも多い。
皇太子の直属の金光陣と王直属の天絶陣は傭兵として『狩り』にも派遣されない。
次回は鬼頭陣将と亜香里の話




