森の中での出会い~異世界転移は突然に~(後)
「待てっ!」
「やめろ、追うなっ」
人狼を追おうとした男たちを少女は一喝して止めた。
「真帆さん、でも…」
「深追いは禁物だ。やめろ」
屈強な男たちを一声で抑えると少女は剣を鞘に納めた。
「ふー」
彼女が大きく息を吐くと、ぴんとした雰囲気が薄れていく。そこでようやく少女は私の方に視線を向けた。
「さてと。それであんたは大丈夫かい?」
「は、はい。ありがとうございます」
慌てて座りなおしてお礼を言いながら、私はひどく混乱していた。
何これ、夢じゃないの?
森の中で気づいたときからずいぶん時間がたっているのに一向に目が覚める様子はないし、人狼なんてものが出てきた時点でおかしいし、それに出てきた人たちの姿もおかしい。
着ている服は中世ヨーロッパ風なのに、姿も名前も言葉も日本のものってありえないでしょ。
それになんだかこの子を知っているような気がする。
そっと顔をあげて少女を見ると、彼女はにっと笑って見せてくれた。
そうやって笑うときつめの表情がやわらかくなって、親近感が増した。
「まあ無事でよかったな。でも、なんであんたこんなところにとりでいたんだ? 旅の途中にしては軽装だし、護衛もいないみたいだし」
「いやその、気づいたら森の中にいたんです…」
「は?」
自分でも変な話だと思ったけれどありのままを言うと少女は変な顔をした。
「えっと、誰かに拉致された、とか?」
「わかりません」
「帰り方はわかるか?」
「わかりません。と言うか、ここはどこなんでしょうか」
「ここはアトロポス山のふもとの青樹の森だけど、知っているかい?」
「わかりません」
「そうか…」
わかりませんを連発する私の顔を少女はじっと見つめた。
うう、疑われてる。
いきなり変な格好であらわれて変なことを言うやつなんて胡散臭いよね。でも本当のことしか言ってないし…。
いい年をして泣きたくなってきた私に、少女は肩をすくめた。
「ま、いいか。とりあえずこの場を移動しよう」
あっけらかんと言い放って彼女が手を差し伸べてきたので、反射的にその手をつかむ。
何かコツがあるのか、彼女はちょっとひっぱっただけで私を立ち上がらせてしまった。
さっきは気づかなかったけれど、こうやって並ぶと彼女の背はずいぶんと高いことがわかる。
私が153センチだから、170センチくらいかな。
そんなことを思いながら見上げていると少女が思い出したように聞いていた。
「そういえばあんたの名前を聞いていなかったな」
「あ、申し遅れました。林亜香里と申します」
「そうか。私は真帆だ。よろしくな」
「は、はい」
真帆…さんはそれから少し困ったようにぼりぼりと頭をかいた。
「とりあえずあんたをここからいちばん近い町まで送るとして。今夜一晩は私たちと一緒に野営してもらうしかないんだが。…女の亜香里を男ばっかりの場所で眠らすのもなぁ」
そう言って周囲の男性を見回す真帆さんに今度は私が首を傾げた。
「あの、男ばっかりって、真帆さんは女の子でしょう?」
「え?」
「はぁっ?」
「っ!!」
「おいっ」
「ひやぁぁっ」
真帆さんを女の子と言った瞬間、私は四方から彼らに剣をつきつけられていた。
その中にはさっき私を守ってくれていた高村さんという人もいた。
「貴様、何者だっ」
「えええ?」
高村さんに睨みつけられて私は悲鳴まじりに叫んだ。
「何者って、さっき言ったけどよくわかりません!」
「真帆を女と見破れるなんてただ者じゃないだろ」
「うそでしょーっ」
高村さんとは別の眼帯の男性の言葉につい叫んでしまう。
「どう見たって女の子でしょ」
何でボーイッシュな女の子を女の子だと分かっただけでこんなに怪しまれなきゃいけないのよっ。だいたいそれって真帆さんにも失礼でしょ。
混乱が極まってなんだか猛烈に腹がたってきた。
さらにひときわガタイのいい男性がたたみかけるように言ってくる。
「どう見たって男だろ。背は高いし髪も短いし出るとこ出てねぇし男の格好をしてるし、いいところ変声期前のガキって感じだろ」
「余計なお世話だ」
彼の失礼な言葉に真帆さんは苦笑いをしている。
どう見ても十代のこんな美少女に失礼な言葉を吐きまくる男どもに、とうとう私の堪忍袋の緒が切れた。
「その言い方は真帆さんに失礼ですよ! 髪は短いだけでしょう。それに男の格好をしているのはそれだけだし。背も高めだけどあなたたちと人と比べると小柄だし、それに骨格も肩幅もウェストとか全然細いじゃないですか。それに顔もきりっとしてるけどまつ毛長いしお肌ぷるぷるだしめっちゃ美少女でしょおお!」
一息でそれだけ言い切ると男どもはぽかんとした顔をした。
「いや、そのな」
「うん…」
「美少女?」
私の剣幕に引いたように彼らは顔を見合わせる。
「あはははははは」
それでも同意しない彼らにもう少し文句を言ってやろうかと身構えたとき、真帆さんが急に笑い出した。
「引け。あんた、洞察力がすごいんだな」
ようやく笑い終えた真帆さんは、戦士たちに剣を納めさせると私の肩を軽くたたく。
「気に入った。私のところに来い」
「真帆さん!」
「真帆っ」
「副将」
そのとたん、周りの戦士たちがとがめるように真帆さんを呼んだ。
うん、私も彼らの意見に賛成だな。いくらなんでも初めて会った人間を信用しすぎでしょ。
でも真帆さんは気にした様子もなく手をひらひらと振ってみせた。
「大丈夫だって、この目を見れば悪い奴じゃないってわかるだろ。それにこのままこの人を離しちゃいけない気がするんだ」
そこで真帆さんは真顔に戻って私を見た。
「私はあんたを信用する。だからさっきごまかした名前をちゃんと名乗るよ」
戦っていたときのようなぴんとした空気が彼女の周囲にたちこめる。
「私の名は岩敷真帆。金剛国の岩敷伯爵家の第四女で地裂陣副将をやっている、戦士だ」
「うそ…」
「お、おい? 亜香里っ? 亜香里っ」
真帆さんのフルネームと出自を聞いた瞬間、私は驚きのあまり気を失った。
これが私、林亜香里と生涯の主となる岩敷真帆の出会いだった。
【アトロポス山】
金剛国と隣国エイトリアルの狭間にある山。
富士山くらいの標高。死火山。
山のふもとには大きな森が広がっている。
アトロポス山は神々が住む山と言われている。その山頂には一本の剣が隠されているという伝説がある。
金剛国側の森は青樹の森という名で呼ばれている。