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医療費負担と騎士の叙任(前)


 はじめて登城してから数日。

 真帆さんも何かをあきらめたらしく、彼女が登城するときは私もつれていってもらえるようになった。

 鬼頭陣将はもうほとんどの業務を真帆さんに任せているらしく、城にいくとそれなりにやることがあった。

 私も私にできることの範囲ではあったけれど、真帆さんのお手伝いをさせてもらっている。

 今日は地裂陣の戦士たちの医療費の計算だった。


 金剛国では戦士たち…特に最も『狩り』への稼働率の高い十絶陣の戦士たちの医療費の一部を持つ制度がある。

 ケガはもちろんのこと、体が資本の職業だからとある程度の病気まで医療費負担は認められていた。

 医者や薬師から出された請求書、もしくは領収書を確認してそれぞれへの負担金を計算する。


 この世界で良かったと思うのは金剛国の文字が日本語であることと、数字と計算のやりかたが同じこと。

 これで知らない言語や十進法でない計算方法だったりしたらそれこそただの役立たずになっていたところだった。

 まとめて出された領収書などを人ごとにして計算して、帳簿に金額を書き込む。

 そして負担金は給料に上乗せして払う仕組みだ。

 領収書の中身はほぼ捻挫や擦り傷などの軽いケガばかりだったけれど、ひとつ気になるものが目に止まった。

 その領収書を手に、真帆さんに声をかける。


「高村さんが、野良犬に噛まれたんですか?」

「ああ、なんでも一昨日西の城壁の近くで犬に襲われている人がいて、助ける際に噛まれたんだそうだ」

「大丈夫なんですか?」

「大丈夫だ。私も昨日確認したけど、噛まれたって言っても野犬の歯が手の甲に当たったくらいの傷だったから心配しなくても平気だよ」

「それはよかったです」


 真帆さんがそう言うのならば本当に心配はないんだろう。

 ほっとして領収書にチェックをいれ、それを確認済みの箱に入れる。


「黒曜の都にも野犬なんているんですね」

「まあそう多くはないが、野良犬なんかはそこそこいるな。だが、ここのところ野良犬に襲われたって事件が何件か発生してるんだ」

「普段はそんなにないんですか」

「ああ、食べ物のへる冬場に1件か2件くらいあればいい方なんだが、今週に入ってもう5件も発生してるんだ」

「野良犬が大発生するような何かがあったんですかね」


 野良犬って現代日本だとあまり見ないから、何匹も徘徊していたらかなり怖いかも。

 ひきつった私に真帆さんはふと笑みを浮かべた。


「とりあえず原因を調査中だが、それと並行して罠を仕掛けて捕獲の準備もしているから。まあ心配なら買い物のときは一緒に行くぞ?」

「さすがにそれは申し訳ないです」


 多忙な真帆さんを私なんかの買い物につきあわせるなんて申し訳なさすぎる。

 それに最近分かったんだけれど、真帆さんは市民にも人気が高い。特に十代のお嬢さんたちからの人気はアイドル並みだったりする。

 そんな真帆さんと連れ立って歩いたりなんてしたら、とっても嫌な予感しかしない。


「それは残念だ。亜香里とデートも楽しそうだと思ったんだけどな」

「そういう言い方は誤解を誘うからやめてください」

「はははは」


 軽くたしなめると、真帆さんは肩をすくめるようにして笑った

 ふと外を見ると日が高くなってきて、お茶にはちょうどいい時間みたいだった。


「真帆さん、よかったらお茶でも入れましょうか?」

「そうだな、少し休憩するか」


 そう誘ってみると、真帆さんも同意してくれる。

 そして真帆さんは両手を上にあげて大きくのびをした。


「んあーったく。じじいのやつ、私が副将になってからこれ幸いと書類仕事とか全部押し付けやがって」

「それくらい真帆さんを信用しているんですよ」


 鬼頭陣将への恨み言をつぶやく真帆さんをなだめながら私は執務質の隅に向かった。

 そこにはカップや急須やティーポットと茶葉などが収納されている棚と簡単な作業台がある。

 その作業台の上には普通の水差しと魔法の水差しが置かれているのだけれど。

 この魔法の水差しは熱々のお湯が満たされている。これは朝湯を沸かしていれたら一日中その温度を保ってくれるという超便利魔法グッズだったりする。

 水差しは普通のガラス製のように見えるけれど、持ってみると少し重いから、もしかすると素材自体にも保温性に優れたものを使っているのかもしれない。

 そこに魔法で補正をかけてさらに保温性を高めているんだろう。 


 さて、今日のお茶は何にしようかな。

 確か昨日いただいたクッキーがあるから、紅茶にしようかな。

 まずカップを決めてそこにお湯を注ぐ。

 こうしてカップを温めている間に茶葉とティーポットを準備して、そこへカップにいれておいたお湯を入れる。

 茶葉のジャンピングには少しお湯が足りない気がするのでもう少しお湯を足して蒸らす。

 その間にクッキーの準備をしよう。

 棚に手をのばしたところで私はこちらに近づいてくる足音に気づいた。


  たたたたたた。


 と、リズムよい足音は若い人のように思えた。

 でもこんなに足音をたてる人って誰だろう?

 ここ数日で知ったことだけれど地裂陣陣将の執務室に顔を出す人はあまり多くない。

 その中でも鬼頭陣将や秀一さん、孝明さんはほとんど足音をたてないし、地烈陣の戦士たちも足音は大きくない。

 お城からのお使いの人かな。

 だったらクッキーとお茶をもうひとり分用意しておくか。

 私のカップは冷えたままになってしまうけれど、それは仕方ない。

 もうひとつカップを用意して、ちょうどいい色になった紅茶を三杯注ぐ。


  コンコンコン。


 紅茶を注ぎ終わったのと、執務室のドアがノックされるのはほぼ同時だった。


「岩敷真帆さまはいらっしゃいますか」

「どうぞ」

「失礼します」


 真帆さんの許可を聞いて入ってきたのは、意外にも身なりのきちんとした若い男性だった。


「お久しぶりです、青柳(あおやぎ)どの」

「お久しぶりです、先々月に行われましたお姉様がたの誕生日パーティ以来でしょうか?」


 青柳と呼ばれた青年は真帆さんと目が合うと嬉しそうに笑った。


「どうぞこちらへ」

「失礼します」


 青柳さんは真帆さんに勧められてソファ席に座った。

 真帆さんもその向かいに腰を下ろす。


「今日はどのようなご用件で?」

「ああ、はい。実は来月の成人の儀の際に、騎士に叙任されるという内示をいただきまして」

「それはおめでとうございます?」


 お祝いの言葉を述べる真帆さんの語尾に『?』がついている。

 真帆さんの態度から察するに、この青柳さんという人は真帆さんとあまり親しくないみたい。

 そんな間柄の人が『騎士に叙任されます』と言っても真帆さんからしたらお祝いの催促にしか思えないだろう。

 ほこらしげな青柳さんにそう問うわけにもいかない真帆さんは瞬きを繰り返した。

 そのふたりの間にすかさず紅茶とクッキーを置く。


「ありがとう」

「?」


 真帆さんが私に礼を言ったことで、はじめて青柳さんは私の存在に気づいたようだった。


「こちらは?」

「林亜香里、私の秘書をやってもらっています」

「ああ、真帆さんの使用人ですか」


 青柳さんの言葉に私はただ黙って頭を下げ、ふたりから少しだけ距離をとった。

 青柳さんの『使用人』という言葉に侮蔑はなかった。

 ただ彼は自分と真帆さんという人種と使用人とみなした私の間に線をひいただけだった。

 おそらく貴族の子弟であろう彼にとって、同じ立場である真帆さんの使用人である私は礼を言う存在でも、気にかけるような存在でもないということだろう。

 不思議と見下されたことに対する怒りは湧かなかった。それは多分、この青年に悪意がないからなんだろう。

 彼はただ息をするようにごく自然に、人を下に見るような生活をしてきただけなんだ。

 そして多分、青柳さんのような人が貴族の大半なんだろう。

 今までぴんとこなかった貴族という存在を肌に感じて、私はむしろ感動すら覚えていた。




【魔法の水差し】

 魔法便利グッズのひとつ。

 保温力に優れた石を削って作った水差しの底面に魔法陣が刻まれ、注ぎ込まれた液体は注がれたときの温度を保ち続ける。

 極小の魔法で作られるとても便利なグッズではあるが、高価なため基本的に貴族や裕福な商人の家でのみ使われている。


ちょっと長くなっちゃった。

亜香里のちょっとした悪だくみは次回につづきます。

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