神力と魔力
「これはまた手厳しい」
面と向かって嫌いと言われたにも関わらず、バルコさんは大して動じていなかった。
言い切った真帆さんも足を組んだままの姿で軽く肩をすくめる。
「まあ嫌いと言うと言いすぎか。でも好いてはいないよ」
「それはバルコさんと何かあったんですか?」
「ないな」
「でも私、魔導師って人種が嫌いなんだ」
そう言って真帆さんは心底嫌そうに顔をゆがめる。
バルコさんはそんな真帆さんに頷いて見せた。
「まあそういう方は多いですね。特に戦士の方々は我々魔導師を嫌う傾向にはあります」
「どうしてですか?」
「だって魔導師の奴らって、どこかに潜んでいるかと思えば唐突にでかい罠とか仕掛けてくるんだぜ、油断も隙も無いだろ?」
真帆さんは魔導師に対して何か嫌な経験でもあるのか、歯噛みするような表情をした。
でも確かに魔導師とかってどーんと大きな魔法を繰りだすイメージがあるから、真帆さんたち戦士には嫌な敵なんだろうな。
しかしバルコさんは真帆さんに苦笑しながら言った。
「一個大隊を一網打尽にできるほどの罠を仕掛けられる魔導師はそうそういませんがね」
「そうなんですか?」
「ええ、魔法を使うのにもそれなりの準備と集中力が必要ですから」
魔法使いって呪文とか魔法陣とか使うイメージがあるけど、それはそんなに間違っていないのかな?
でもそんなに魔法を使うのって大変なんだろうか。
この間の貴子さんなんて握手しただけで体力を回復してくれたし。
「貴子さんはわりとあっさり使っていたように思えたんですけど」
「それは貴子さんの使う魔法と私たち魔導師が使う魔法の質が違うからですね」
「どう違うんですか?」
「貴子さんたち神官が使う魔法は神力を使う魔法です。その力の源は神の加護となりますから、使える魔法も主に人を祝福したり。傷を癒したり、疲労を回復したり、結界を作ったりと、守ったり助けたりするためのものとなります」
瑠璃姫の先生をやっているだけあって、バルコさんの説明は簡潔でありながらわかりやすかった。
「対して我々魔導師やそれに類する者たちが使う魔法は精霊との契約によって行われるもので、その力の源は魔力となります。そのため、使える魔法についての制約はその精霊との契約により、攻撃や守りなどの縛りはありません」
「それなら、魔導師さんたちの魔法の方が融通がきくということですか?」
いわゆる貴子さんたち神官の使う白魔法は人を傷つけることができなくて、バルコさんたち魔導師の使う魔法は白魔法的なものも黒魔法的なものもどちらも使えるってことだよね。
「そうとも限りません。精霊と契約するのは精霊が高位になればなるほど難しいものですし、神力で作られた魔法と魔力で作られた魔法がぶつかり合えば、大抵魔力の方が負けます」
「そうなんですか?」
「神の力は偉大ですから。それだけ神の加護を受ける方というのは希少なんですよ」
「なるほど」
私、ずいぶん貴重な魔法をかけてもらってたんだ。
ってことは神官でも神様の加護をうけられない人っているのかな。
今度貴子さんに会ったら聞いてみよう。
神力と魔力の違いを説明してくれたバルコさんは次に戦士と魔導師について教えてくれた。
「それから魔導師と戦士が対峙したら大抵魔導師が負けます」
「え?」
「我々魔導師はほとんど戦闘力をもちませんから。魔法を使おうと集中している間に切り伏せられて終わりです。だからこそ魔導師は不意打ちや罠を使うんです」
それからバルコさんは真帆さんに顔を向けた。
「そして大掛かりな魔法を使おうとしたらかなりの時間が必要となります。仮に真帆さんの部隊がそんな魔法をつかわれたとしたら、それはそれだけ真帆さんたちが強力な敵だという証明にもなります」
確かに金剛国の傭兵…特に真帆さんが率いる舞台は無敵って設定だから、彼らを倒せば戦況を一気に逆転できるかもしれない。
「それでやられる被害が甚大だから魔導師ってのはむかつくんだよ」
うん、それはそうだね。
ここまで聞いたら真帆さんの魔導師嫌いも理解できる。
でもなんとなく『魔導師嫌い』って言いながら真帆さんはバルコさんのことを嫌っていないようにも感じるなぁ。
ふむふむとふたりを観察していると、瑠璃姫がくすくす笑いながら言った。
「でもね。魔法ってきれいなのよ」
「きれい?」
「貴子の使う魔法は白くてまぶしいんだけど、先生の魔法はいろいろな色が混ざり合っていて、すごくきれいなの」
「それって…」
もしかして月姫の目のことじゃ…。
『月姫の青い瞳は真実を見抜き、魔法や罠の存在も見つけることができる』
それが私の考えた月姫の奇跡のひとつ。
こんな重要なことを初めて会った私に話していいんだろうか。
思わず真帆さんを見ると、真帆さんは『かまわない』と言うように右手を振り、バルコさんも静かにこう言った。
「瑠璃姫は、無邪気な方ではありますが浅慮ではありません」
いいのかな。まあふたりがいいって言うのならいいか。
きっとこれは私が信用されているって言うより、私を連れてきてくれた真帆さんが信用されているってことなんだろうけど。
私が驚かないでいると、瑠璃姫は身をのりだしてきた。
吸い込まれそうなほど大きな瞳で見つめられるとどきまぎする。
「亜香里さんには見えないの?」
「ええと、はい。残念ながら」
「そっかー。真帆も見えないって言うの。きれいなのにな」
「姫の目が特別なんですよ」
残念そうな瑠璃姫に真帆さんはおだやかに言った。
「同じものが見れたらいいのに」
「私も残念です。だから姫の見えたものを私に教えてください」
「うん」
楽しそうに寄り添って話す真帆さんと瑠璃姫は本当にお似合いだった。
そのお似合いな感じは恋人同士のようだった貴子さんの場合とは違い、仲睦まじい兄と妹のようでついほほえみが浮かんでしまう。
そんな私の視線に気づいた瑠璃姫はちょっとはにかんでほほえむ。
ああ、かわいい。癒される。
同じ『設定』もちの人ばかりのなかにいるはずなのに、瑠璃姫の『圧』は苦しくなかった。
これも月姫の奇跡なのかな。
ほほえみ返すと瑠璃姫はこてんと首を傾げた。
「亜香里さんは別の街から来たのよね」
「ええ、はい。…多分」
別の街と言えば別の街だけど。はっきり言うと世界も違いますので…。
歯切れ悪く答えながら私はとあることに気づいた。
「瑠璃姫さま、私のことも呼び捨てでかまいませんよ?」
先生であるバルコさんはまだしも、真帆さんや貴子さんは呼び捨てで呼んでいるにもかかわらず、瑠璃姫は私のことをさん付けで呼んでいてくれた。
私の上司にあたる真帆さんが呼び捨てなのだから、私も呼び捨てでかまわないのに。
そう言うと、瑠璃姫はまた少しはにかんだ。
「でも、亜香里さんのような大人の女性を呼び捨てにするのは、不作法かなって」
「大人の女性、ですか」
うわー、そんなこと初めて言われたわぁ。
成人年齢や結婚適齢期が早いこの世界では、26才の私なんてとうの嫁き遅れなんだろうけど、こんな言い方をされるとめちゃくちゃ照れる。
熱くなった頬を抑え、照れ隠しに笑うと瑠璃姫はなぜかほうとため息をついた。
「亜香里さんがさっきからずっとそうやってほほえんでいるの見るとね、大人の女性の余裕のようですごく素敵だって思ったの」
「確かに、亜香里っていつも余裕そうにほほえんでるよな」
「…ありがとうございます」
真帆さんまで加わってなに、この褒め殺し。
私、これからなにか悪い事おこるんじゃないの?
と言うか、多分私が笑っていたのって瑠璃姫がかわいすぎたからだし、それ以外はどんな表情をしていいかわからなくて適当に愛想笑いしているだけだったりする。
いわゆる外国人が日本人を不可解に思うときの『意味もなく笑う』ってやつだよね。
金剛国の人たちって見た目は日本人そのものだけど、こういうごまかし笑いってしないのか。
いまさら染みついた習性である意味のない笑いをやめることもできなくて、結局私はまた唇を笑みの形にした。
「私を大人の女性などと思わないでください。私は私でしかないので、どうぞ遠慮などなさらずに亜香里とお呼びください」
これは本心。これ以上瑠璃姫に『大人の女性』扱いされたら恥ずかしさで倒れる自信がある。
大人しいのはただ単に慣れていないだけだし、年齢は重ねてきたけれど、内面はまだまだなんです。
絶対この時代の26才より幼いです。
さすがにこんなことを言うわけにはいかないので、名前で呼んでほしいと頼むと、瑠璃姫は頬をバラ色に染めた。
「じゃ、じゃあ呼ぶね。…亜香里」
「はい」
うっわー、照れるぅ。
これはめちゃめちゃ照れる。
でも真帆さんとバルコさんはほのぼのとほほえんでる。
さっきまで私もこういう笑みしてたわ。
そうか、瑠璃姫といるといい人になりたくなるんだ。
瑠璃姫が私を『大人の女性』と思っているのならば、その通りの行動をとりたくなる。
いつか化けの皮がはがれそうで怖いけど。
静かにほほえんでいると、瑠璃姫は私の手をとった。
「あのね、亜香里に見せてあげたいものがあるの」
「なんですか?」
「私のお父様の国を見てほしいの」
そう言って瑠璃姫は私の手をとったまま立ち上がった。
【神力】
神官などは神の加護によって白魔法が使えるようになる。
その力の源は神の力のため、少々の集中力は必要だがあまり術者の体力などは削られない。
ただしその者が神の加護を失うような行動をすれば神力は瞬く間になくなり、魔法も使えなくなる。
【魔力】
魔力は精霊たちとの契約で得る。
力の源は契約と己の集中力や体力など。そのため大掛かりな魔法などを使おうとすると準備が必要になる。
ただ、契約には術者の人柄や行動などは反映されないため、魔力を失うということはほぼない。
次回は塔の上からの景色の話