楔石城の月姫と太陽の騎士
そのあと鬼頭さんと秀一さん、孝明さんは将軍と陣将の会議のために出ていった。
本来ならば地裂陣副将である真帆さんも会議に参加する権利はあるのだけれども、まだ未成年なために参加が許されていなかった。
地裂陣のひとたちはそれを歯がゆく思っているようだったけれど、当の真帆さんは飄々としたものだった。
「どうせ成人の儀を迎えたら出席しなきゃいけないんだし、今はまあ別にいいや」
そう言って鬼頭さんたちを見送った真帆さんは、せっかくだからと私に王宮の中を案内してくれるらしい。
「わぁ」
楔石城の中に入った私は、その荘厳さにため息をついた。
王宮は黒曜の都の東側の小高い丘の上に位置し、城壁にかこまれた中にはいくつもの建物が配置されていた。
その建物の中心にあるのは楔石城と呼ばれる金剛国の王様とその家族が住む建物だった。
楔石というのはチタナイトとも呼ばれ、カットの仕方によってはダイヤモンドよりも輝くと言われている石だ。
その名の通り、楔石城は薄緑色にきらきらと輝く外壁をしていた。
街の中央にある太陽の塔の白く輝く荘厳な姿と東側にある楔石城のまばゆいばかりの輝きで、黒曜の都は『地上に二つも太陽を持つ都』とも言われているらしい。
実は私もお買い物などのときに太陽の光に輝くお城を目にして、ものすごく興味をそそられていたりした。
だからこうやって城内に入れるのは本当に嬉しかった。
そしてやっぱり城内は外観を裏切らない豪華なつくりだった。
まだ入り口に入ったばかりだと言うのに、その豪華さに目を奪われてしまう。
大理石や金・銀・そしてお城の名前を示す楔石がふんだんにあしらわれ、けれどもそれが下品ではないぎりぎりのラインでまとめられていた。
その中を真帆さんに連れられて歩いていく。
「すごく今更なことを聞いちゃいますが、こんなに勝手に入ってきて大丈夫なんですか?」
「ははは、本当に今更だな」
私の今更の問いに真帆さんは軽く笑った。
本当に今まで気づかなかったけど、白の衛兵たちは真帆さんの姿を見ると、連れの私を含めて何も確認をしないで通してくれていた。
「一応私はこれでも貴族の娘で地裂陣副将だし、それにちょっとした理由で城内の立ち入りは顔パスなんだ」
「そうなんですか」
確かに真帆さんが顔パスなのはいいとして、私までこんなに簡単に城内に潜入させてしまっていいんだろうか。
悪さをする気なんてこれっぽちもないけれど、私の得体の知れなさはこの上ないだろうに。
まあ、今回はラッキーだからよしとしちゃおう。
思い直して元気よく一歩をふみだしたら、思いの他大きな音がした。
お城の床はやはり大理石が敷かれていて、そこに靴があたると固い音がする。
いや、足音をたてているのは私だけだった。
真帆さんは底の革が固い編み上げブーツを履いているのに、不思議なことに足音がまったくしなかった。
「真帆さん、足音がしないんですけど」
「ああ、これは癖だなぁ。秀一や孝明も全然足音しないぜ」
「それは真帆さんたちつかう剣技に共通する足さばきとかですか?」
確か真帆さんに剣を教えたのは秀一さんで、その秀一さんと孝明さんを指導したのは鬼頭さんだから、彼らは同じ流派の一門と言ってもいい。
その流派においては足音を立てないようにするのが基本なんだろうか。
「いや、そっちって言うよりは…まあ『狩り』に行っているうちに身についたって感じかな」
「それは…」
真帆さんは少しだけ言いにくそうに言った。
『狩り』というのは金剛国の軍たちが他国から請われて傭兵として戦地に赴くときの隠語だ。
だからつまりそれは、戦場に何度も立つうちに身についた所作だということなのだろう。
足音をたてないということが戦場においてどれほど有利になるかは私にはわからなかったけれど、戦場における所作がくせになるほど彼らは戦ってきたのだと気づかされる。
それをどう言うこともできなくて、私は話を変えた。
「ずいぶん奥まで来てしまいましたけど、どちらに向かわれているんですか」
「うん、我が姫君に亜香里を紹介しようと思ってさ。そこに向かってる」
「姫と言うと、瑠璃姫ですか」
「お、さすがに姫のことは知ってたか」
知っていると言うよりは姫も私が『設定』した人物ですから。
とは言えずにいる私に真帆さんは先ほどよりも格段に明るい笑顔を浮かべた。
「瑠璃姫は私の守るべき姫なんだ。姫を守るために私は生まれ、強くなったんだ」
「素敵ですね」
「そう思うか?」
「ええ。だって瑠璃姫が真帆さんの『忠誠を捧げる女性』なんでしょう?」
「――ああ」
『忠誠』という言葉に真帆さんは鼻の頭をかきながら首を縦に振った。
真帆さんが瑠璃姫のために生まれたと言ったのはあながち嘘じゃない。
私の『設定』の瑠璃姫はとても特殊な生まれをしていた。
マヒナの月のマヒナの日、マヒナの時間の最後の1秒は、時折消滅することがある。
その人工的に進める1秒のことをこの世界では『時の神サメイの取り分』と言われおり、その1秒を進めるかどうかはサメイの巫女たちが神託をうけて決めると言われている。
その消滅する時間に生まれた子どもは――特に青い瞳で生まれた少女は月の神マヒナの加護をうけその身に奇跡を宿すと言われている。
その奇跡は人間はおろか精霊や魔物までもが欲する力であり、月の加護を受けた少女――『月姫』はそれらに狙われ続けることとなる。
そんな月姫を守ることができるのはルーシーンの日とサメイのちょうど間の瞬間に生を受けた者――『太陽の騎士』だけであるとも言われていた。
その太陽の騎士になれるのは、当時の金剛国においては真帆さんだけだった。
そのため、金剛王は岩敷伯爵に頼み込み、それをうけた伯爵は真帆さんを太陽の騎士とすべく男の子のように育てたという。
わー、中二病も真っ青の設定。
うるう秒について知ったばかりだったから、どうしても『設定』に取り入れたかったんだよね。
でも、瑠璃姫か。
この姫も貴子さんに勝るとも劣らずの美少女設定にしたから、それはそれで会うのが楽しみだな。
「瑠璃姫にお会いできるのが楽しみです」
「きっと姫も亜香里に会えたら喜ぶと思う」
「そうですかね」
「私が大好きなものは姫も気に入るから大丈夫だよ」
「ふふふ」
遠回しに真帆さんに大好きと言われて、つい照れ笑いをしてしまう。
こんな風に無条件に好意を持たれるなんて、ちょっとこそばゆい。
そうして歩いているうちに城内の装飾がさらに上等なものへと変化していく。
そろそろ王様一家の居室へと近づいたということなのだろうか。
ひと際大きな扉の前で真帆さんは足を止めた。
そこには場外の衛兵たちとはまた違った白銀の鎧をつけた衛兵が立っていた。
「やあ」
「今日は姫とお会いになるご予定はありましたっけ?」
「いや、不意打ち」
「それはそれは、きっと喜ばれますよ」
アポイントもない訪問をとがめることもなく、兵たちは真帆さんをあっさりと通した。
そして当然のように私もおとがめなく通してもらえる。
んー。お城のセキュリティ弱すぎない?
まあこれは真帆さんがそれだけ信頼されているってことなんだろうけど。
扉の向こうは王様一家のプライべートエリアのようだった。
中に配置されている家具などはとても上等なものだったけれど、それまでの道のりにあった豪華さとは違った、ごく落ち着いたものばかりだった。
少し進むと全面がガラスの部屋にたどり着く。
「ここは姫のお気に入りの場所なんだ。多分今頃の時間なら、ここにいると思う」
勝手知ったるという感じで、真帆さんはその部屋の扉を開けた。
「瑠璃姫はいらっしゃいますか?」
そこで真帆さんが少し声を張り上げると、その部屋の中にいた人物が振り返った。
「真帆っ」
満面の笑みで走ってくる金髪の美少女、それが真帆さんの『忠誠』の相手、瑠璃姫であった。
【サメイの日とサメイの取り分】
サメイの日とはうるう日のこと。
4年に1度うるう年がくるのは現代と同じだが、日は固定されておらず、毎回該当月の最終日に1日増える。
たとえば今年がラヴィの月の番でその月に29日目としてサメイの日があれば、次のうるう年のときはラヴィの月の翌月であるマヒナの月が29日となる。
対してサメイの取り分とされる1秒進ませる日は決まっており、マヒナの月のマヒナの日のマヒナの時間の最後の1秒が進まされる。
ただしこの1秒進める行為は毎年あるわけではなく、この1秒を進めるか進めないかを決めるのは時の神サメイの巫女である。
次回は瑠璃姫とお話します。