地裂陣陣将執務室~『設定』もちの人たちの圧がすごいんです~
その日、私は王宮内の地裂陣陣将の執務室でお茶を飲んでいた。
「かっかっかっかっ」
この、まるで水戸黄門のような笑い声は、今私の目の前にいる男性が発してるものだった。
その男性は…もともとないのか剃り上げているのか…つるりとしたスキンヘッドに白い眉毛という、特徴的な姿をしていた。
にこにこと笑う顔の皺は深いけれど、しゃんとのびた背中や、きれいに筋肉のついた腕などが、本当の年齢を分からなくさせている。
この男性の名前は鬼頭国一。
現地裂陣陣将であり、真帆さんの上司でもある人だ。
なぜそんな人と私が向かい合ってお茶を飲んでいるのかと言うと、簡単に言えば呼ばれたからということになる。
ある日真帆さんが王宮から帰ってくるなり、微妙な表情で私に告げたのが
「うちのジジイとあいつらにばれた。そんで亜香里を王宮に連れて来いって」
と、いうことだった。
その真帆さん言うところの『うちのジジイ』が鬼頭陣将というわけだった。
鬼頭陣将はぬるくなったお茶をぐびりと飲むと言った。
「真帆の奴が拾いものをした割にワシに会わせにこんと思っておったが、こんなにかわいらしいお嬢さんならばさもありなんじゃな」
「あの、真帆さんはそんなに鬼頭陣将に拾った人を紹介していたんですか?」
「おお、大抵あいつが拾うのはがたいのいい男ばかりだったからな。とりあえずそいつらを従えて、ワシに紹介するのが恒例なんだ」
「その人たちってそのまま地裂陣に入隊したりとか?」
「だいたいの者がそうじゃったな」
それは拾ってるんじゃなくてスカウトしてるんじゃないですかね…。
そういう拾いものばかりだとしたら、岩敷伯爵夫人が私のことを『まし』というのも分かる気がする。
「だから亜香里は連れてこなかったんだよ!」
私と並んでお茶を飲んでいた真帆さんが拗ねたように口をとがらせる。
「確かにそういう意味ではお前が亜香里さんをワシに紹介しない理由はわかった。だが、秀一や孝明にまで紹介しなかったのは珍しいことじゃないのか」
『秀一』と『孝明』というのは鬼頭陣将の両側に座る男性のことだ。
秀一さんこと鬼頭秀一は短く切った黒髪とがっしりとした体格の青年で、青龍軍を率いる将軍をしている。
地裂陣陣将の鬼頭国一さんの孫でもある。
その反対側にいるのは孝明さんこと鈴嶋孝明。
長身ではあるが細身の体格で、明るい茶色の髪を首の後ろあたりでひとつにまとめている。
穏やかそうな見た目に反してこの人も武人で風吼陣陣将をしている。
このふたりは金剛国の将軍・陣将クラスでは若い方で、真帆さんの仲良しだったりする。
…ええ、まあつまり『設定』のある人たちです。
もちろん陣将の鬼頭さんも『設定』されているので、あまり広くない部屋の中に『設定』のある人たちが4人も集まっているので圧がものすごい。
少し息苦しいような気がして、私は意識して息をついた。
「だって、秀一や孝明に亜香里とられたら嫌だもん」
真帆さんはふたりに私を紹介しなかった理由をこんな風に言った。
いやいや、ふたりとも私なんていらないと思うよ。
それに孝明のほうは真帆さんにそんなこと言われるとショックだと思う。
だって孝明は真帆さんの未来の恋人として『設定』したんだもん。
ふたりの関係がいつ発展するかまでは詳細に決めなかったけれど、真帆さんと孝明さんはいつか恋に落ちる。
あの頃の私は恋人になるのは結婚するのとイコールのように思っていたけれど、この世界ではどうなんだろう。
でも少なくとも何らかの感情はお互いに持っているんじゃないかなぁ。
注意深く孝明さんの顔を見たけれど、彼は繊細な美貌に苦笑を浮かべただけだった。
対して秀一さんは盛大に顔をゆがめている。
「とらねーよ。お前な、そんなこと言ってるから『岩敷真帆が女を囲った』とか噂になるんだぞ」
「ぶん殴るぞ、秀一」
真帆さんは言葉のとおりこぶしを固めて腰を浮かせた。
うわぁ、そんな噂が流れてるんだ。
普通に考えたらかわいそうな身の上の女を助けて家と仕事を与えたって美談でよくない?
それともこの国って同性愛に寛容だったりするのかな?
そんなことを考えているうちに真帆さんは秀一さんのもとへ歩み寄った。秀一さんも迎え撃つようにイスから立ち上がって手をぱきぱきと鳴らす。
「上等じゃないか、表にでろ」
「望むところだ」
「秀一、からかいすぎだ。あと真帆も調子にのってケンカをふっかけない」
ひどく楽しそうにケンカをはじめようとする秀一さんと真帆さんの間に孝明さんが入り込む。
秀一さんの胸を軽くたたいてから孝明さんは真帆さんを見下ろし、言い聞かせる。
「真帆が亜香里嬢が気に入ったのはいいけれど、僕たちにまで彼女の存在を隠していたらこういう下世話な噂がたったときに助け船が出せないだろう」
「別に私の悪評なんて今更だろ」
「確かに真帆に対する風当たりが強いのは認めるけど。今回のは亜香里嬢にだって悪影響を及ぼすってことだからな」
「あ…」
あ、確かに。
その噂のままだと私『年下の女の子に囲われている得体の知れない女』になっちゃうわ。
孝明さんに指摘されて、真帆さんは申し訳なさそうに私を見た。
さっきまで威勢がよかった真帆さんのしおれっぷりに、逆にこっちの方が申し訳ないような気持ちになる。
それに私はこの世界の知り合いなんてそうそう多くはないから、変な噂を流されてもさほどダメージがないことに気づく。
「大丈夫ですよ。ちょっとくらい悪い噂がながされても、私には大したことないですから」
「亜香里」
「亜香里嬢」
「…あんたすごいな」
真帆さんを元気づけたくてそう言うと、真帆さんたちは驚いた顔をした。
特に秀一さんにいたっては感心したようにこちらに近づいてきた。
「普通嫁入り前の娘がこんな噂ながされたら不名誉だろう?」
「嫁入り先も嫁に行く予定も全然ないのでご心配なく」
うう。秀一さんの設定は確か195センチくらいだったはずだから、近寄られると威圧感がすごい。
しかもこちらは座ったままだから首がちょっとつらい。
私だけ座ったまま話をするのが申し訳ない気がして立ち上がる。
立ち上がってもなお秀一さんの顔は遠かった。
「それに私の周りの人は私と真帆さんがそんな関係ではないと知ってくれていますから。知っていてほしい人たちがちゃんと理解していてくれれば、あとはどうでもいいです」
どうせ私に『あなた悪評たてられているわよ』なんてわざわざ言ってくる人もいないだろうし。
真実は違うんだから堂々としていればいい。
開き直りの精神でそう言うと、秀一さんは言葉につまったようだった。
まじまじと見られ、居心地の悪い気分にさせられる。
この人、視線がめちゃくちゃ強い。
蛇に睨まれたカエルのような気持ちになり、私は愛想笑いを浮かべた。
知らない人たちに対して開き直ることはできるんですが、面と向かった人には人見知り気味になるんですよ私。
そこでようやく秀一さんが口を開く。
「あんた…いや、君は強いんだな」
「いえ、弱いです」
つい本音が出てしまった。
この世界で知り合いなんていないからダメージは少ないと判断したけど。ご近所とか職場とか自分がテリトリーだと思っている場で変な噂を立てられたらめちゃくちゃ怒るし凹みます。
それに精神的な強さや物理的な強さならば真帆さんたちの方がずっと強い設定だし。
秀一さんは金剛国で最も強い剣士だし、孝明さんは使っている武器は違うけれど秀一さんといい勝負ができる腕前。
そして真帆さんも秀一さんと試合をすれば三本中一本はとれるほどの剣士。
そしてもちろん鬼頭陣将も老獪な戦術を駆使する名将。
多分私なんて彼らに比べたら弱い事この上ないだろう。
「かっかっかっかっ」
素直にそう言ったら急に鬼頭陣将が笑い出した。
いつの間に近づいていたのか、彼は笑いながら私の頭を撫でてくれる。
「こりゃあ大したお嬢さんだ。気に入った。ワシの孫の嫁にならんか?」
「こら、ジジイ。亜香里に触るなっ」
びっくりして反応が遅れた私の代わりに真帆さんが鬼頭陣将の手を払いのけてくれる。
「亜香里は私のだって言ってるだろ」
その発言はどうかと思うな~。
ほら、秀一さんは嫌そうな顔をしているし孝明さんも苦笑いしてる。
けれども鬼頭陣将は全く気にした様子もなくからからと笑った。
「もちろんワシののち添えでも大歓迎じゃぞ。そのときは真帆もまとめて面倒みてやろう」
「ジジイっ」
「じーさん!」
「鬼頭さんっ」
このとんでも発言には真帆さんどころか秀一さんと孝明さんも声をあげた。
【鬼頭秀一】
短めの黒髪に、黒目。身長195センチ。
年齢24才。青龍将軍。
両刃の大剣を使う。
真帆に剣を教えた人で国一番の剣士。
【鈴嶋孝明】
長い栗色の髪に茶色の瞳。身長183センチ。
年齢22才。風吼陣陣将。
秀一の親友で幼馴染。武器は細身の剣の二刀流。暗器も使う。
真帆とは将来恋人同士になる。
【鬼頭国一】
スキンヘッドに、黒い瞳。身長175センチ。
年齢65才。地裂陣陣将。
秀一の祖父。真帆の上司で戦い方を教えた。
また秀一と孝明の剣の師。
次回以降も亜香里は王宮で『設定』もちの人と出会います。