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ご主人様になりました

 買い物と食事を済ませて岩敷伯爵のお屋敷に戻ると、裏庭でちょっとした騒動がおこっていた。

 裏庭の一角に使用人たちが10人以上も集まって何か騒いでいる。

 その人々の隙間から何か毛皮のようなものが見えた。


「何かあったんですか?」

「林さんっ、危ないから離れてください」


 使用人さんたちの隙間を縫って前へ出た私を菊池さんがひきとめる。

 そこにはでっかい猫が2匹いた。

 猫?

 いや、猫と言うには大きすぎるから猫じゃないかも。

 でもどう見ても猫。

 とりあえずそこには体長4m以上はありそうな巨大猫が2匹うずくまっていた。


「ええと、猫?」

「大砂猫です」


 砂猫ってあのスナネコだよねぇ。

 確かに体毛のもふもふ具合はスナネコっぽいけど、毛色が私の知っているスナネコとは違った。

 だってその2匹はどう見ても三毛猫と黒猫だった。

 多分この世界における独自進化をした猫なんだろうけれど、大きさが大きさなだけにうなる姿は確かに怖い。

 でもこの子たちがうなるのには何か理由があるはずだ。

 よくよく見ると三毛の子の方の右前足に血がにじんでいるのが見えた。


「足を怪我してるの?」

「ええ。何かを踏んで傷をつくったようなのですが、それで手当てをしようとしても唸って近づけさせてくれないんです」

「あの大砂猫たちは千穂お嬢さましか触らせませんから」


 メイドさんや馬丁さんたちもおろおろしながら困っている。

 千穂お嬢さまというのは真帆さんのすぐ上の姉で岩敷伯爵の三女だ。

 そしてこの人が岩敷伯爵夫人が言っていた『うちの娘たちの拾い癖は慣れていますから』のうちの娘『たち』のもうひとりだったりする。

人間の拾い癖のある真帆さんに対して千穂さんは動物の拾い癖があった。

そして千穂さんは天性の動物使いで、どんな猛獣でも一発で手なずける人もあった。

 この大砂猫たちも千穂さんが知人からもらい受けて育てていて、彼女にしか触らせないらしい。

 しかもタイミングの悪いことに千穂さんは今日お友だちの家に出かけてしまっていた。

 でもだからと言ってこのままにはさせられないよね。

 痛みでうなる三毛が昔飼っていた猫とかぶってしまって、私はいてもたってもいられなくなった。


「あの、私があの子たちをおちつけますんで、シーツみたいな大きな布を用意してもらえませんか?」

「危ないですよ!」


 私がそう言うとみんながぎょっとしたように止めた。


「真帆お嬢さまのお客人にケガなんてさせたら私たちの立つ瀬がありません」

「私には秘密兵器があるんで大丈夫です。それに無理そうならあきらめますから」


 心配する使用人さんたちに根拠のない大丈夫を繰り返し、私は大砂猫たちにそっと近づいた。


「ちっちっちっ」

「ぐるるるる」


 おおう。

 見た目が猫とはいえこれだけの大きさの動物に牙をむかれると正直怖い。

 でもきっとこの子たちも怖がってるよね。


「怖くないよー。大丈夫、ひどいことしないよー」


 できるだけ姿勢を低くして大砂猫たちを怖がらせないようにしながら、私は背負っていたバッグから小さな紙袋をとりだした。

 そう、これこそが私の秘密兵器。

 美幸さんからもらったまたたび茶だ。

 どう見ても猫のこの子たちだもん、絶対またたびに反応するはず。


 紙袋を破いて開いて、大砂猫たちから1mほど離れたところに置く。

 そして私はさらにそこから1mほど後退して待った。

 しばらくして黒毛の子の方が先に近寄ってきてまたたび茶の葉の匂いを嗅ぎだした。

 ざりざり。

 大きな舌をだしてまたたび茶を舐めはじめた黒毛はたちまちうっとりとした顔をしだした。


「なおおん」


 甘えた声を出しながら黒毛はまたたび茶のあたりに顔をこすりつけ始める。

 するとその様子を見ていた三毛も警戒しながら寄ってきて、またたび茶の匂いを嗅ぐ。

 そうしているうちに三毛もうっとりとしてピンク色の舌でまたたび茶を舐めはじめた。


 よしよしいい感じ。

 そうこうしているうちにすっかりまたたび茶に酔った三毛はごろりと寝ころび、しきりと体を地面にこすりつけ始めた。

 うん、今だ。


「シーツを貸してください」


 メイドさんからシーツを受け取ると、私は大砂猫たちを驚かせないようにそっと、けれどもできるだけすばやく近寄った。

 そしてシーツを広げると三毛の子を包み込むようにかける。


「にゃー」

「大丈夫よ、怖くないからね」


 見かけよりもずっとかわいい声で鳴く三毛を上から抱え込む。

 本当は抱きしめてあげたかったけれど、体格の差でただ縋り付くようになってしまった。

 けどシーツで頭を包み込めたからよしとしよう。

 これはうちの猫がパニックになったときとかにしていた対処法。

 布でくるんで視界を狭めて、体温を移すように抱きしめているとうちの子は落ち着いてくれた。


 ちらりと見ると使用人さんたちは私の行動に真っ青になっている。

 そりゃそうよね、これで失敗したら大けが確実だもんね。

 でも三毛は鳴く以上の抵抗はせず、そのままじっとしていた。

 しばらくシーツ越しに眉間のあたりを撫でていてやると、それも効果的だったのかそのうちに喉を鳴らしてくれるようになった。


 ごろごろごろ。


 サイズがサイズなので喉の音もなかなかすごい。


「よしよし、いい子ね」


 私は一度三毛から離れて地面にぺたりと座り込んだ。


「おいで」

「なーう」


 膝をたたいて呼ぶと、三毛は甘えた声を出して膝に頭をのせてくる。

 頭だけとはいえかなりの重量があったけれど、そこでもう一度眉間を撫で、刺激しないようにしながらシーツをはぐ。


「なーう?」


 今度は少しだけ抗議するような声を上げたが、三毛は私から離れるようなことはしなかった。


「いい子ね。ちょっとだけお手て見せてね」


 三毛はすっかり私になついてくれたのか、右前足に触っても嫌がるそぶりは見せない。

 三毛の右前足の肉球にとがった釘のようなものが刺さっていた。


「なにか釘の刺さったところでも踏み抜いちゃったのかな。痛かったね。すぐ抜くからね」

「にゃっ」


 こういうときに躊躇すると余計痛がらせてしまうから、私は一気にその釘を引き抜いた。

 そしてシーツでにじんできた血を抑える。


「よく我慢したね、いい子いい子」


 三毛は自分の力の強さを理解しているみたいだ。

 しきりに前足を払いたそうな仕草をするけれど、そうすると私にケガをさせてしまうのがわかっているのか、ずっと我慢してくれている。


「あとちょっとだからね。我慢ね」


 優しく声をかけながらメイドさんに投げてもらった消毒液をかけ、薬を塗って、ガーゼを貼って包帯でとめる。


「お手てすぐなおるからね。その間はこの包帯とっちゃだめだからねぇ」


 さすがにこの子サイズのエリザベスカラーはないだろうから、そう言い聞かせて両手を離した。

 すぐ私から離れるかと思っていたけれど、三毛は甘えるように頬ずりをしてきた。


「ん、わふ。なに、お礼してくれるの? うふふふふ」


 さっきまでは必死で毛並みを愛でる余裕はなかったけれど、こうして触れるとやっぱりもふもふで気持ちがいい。


「にゃー」


 三毛を存分にもふっていると、反対側から黒毛もすりよってくる。


「なあに、あなたも撫でさせてくれるの?」

「にゃー」


 三毛よりは遠慮がちに頬ずりをする黒毛もここぞとばかりに撫でさせてもらう。

 あー、幸せ。

 大きな猫2匹に埋もれてもふもふを堪能していると、背後が騒がしくなった。


「おかえりなさいませ」

「おかえりなさいませ、千穂お嬢さま」

「ただいまぁ」


 使用人さんたちの声に鈴の転がるような声が答える。

 その声が聞こえたとたん、黒毛の子は私からすっと離れた。


「にゃおん」

「ただいま、沙羅」


 私に対して鳴いたのよりもずっと甘えた声を出して、黒毛はその少女――千穂さんにすり寄っていた。

 千穂さんも慣れた様子で黒毛の喉を撫でている。

 それから千穂さんは笑みを浮かべたまま私に顔を向けた。


「あなたは確か真帆ちゃんのお友達の亜香里さんとおっしゃったかしら」

「は、はい。こんな格好で失礼しました」


 私はあわてて立ち上がり、砂だらけのスカートをはたく。


「なーう」


 三毛も千穂さんのペットのはずなのになぜか私のそばから離れようとはしなかった。

 むしろさっさと撫でろといわんばかりに私の手に頭をこすりつけてくる。


「そうなの。やっと見つけたのね」


 そんな私たちの様子を見て、千穂さんはひとり納得したように笑う。

 そして彼女はゆっくりと私に近づいてきた。

 千穂さんは真帆さんの実の姉なのだが、真帆さんとはあまり似ていなかった。

 真帆さんがきりっとした猫顔の美少女だとしたら、千穂さんは目は大きいけれどたれ気味でおっとりとした狸顔の美少女だった。

 髪質も固めでストレートの真帆さんに対し、千穂さんはやわらかなウェーブのある髪を長くのばしかわいらしく結っている。

 そして何より長身の真帆さんに対し、千穂さんは私とそう変わらないくらいの小柄だった。

 いや、多分真帆さんが規格外に大きくて、千穂さんはこの世界の女性の平均身長くらいなんだろう。


「亜香里さん」

「は、はい」


 おっとりと甘い声で千穂さんは私の名を呼んだ。


「沙羅は私のことを主人と認めてくれたけど、この加羅はずっとずっとご主人様を探していたの」

「にゃん」


 沙羅というのは黒毛のことで、加羅というのはこの三毛の名前らしい。

 千穂さんが呼ぶと加羅は小さく返事をした。


「それでやっとご主人様を見つけたみたい」


 それはどういう意味なんだろう?

 千穂さんの言いたい意味がわからずに黙っていると、彼女は私の両手をとった。


「どうか、加羅のことをお願いしますね。かわいがってあげてね」

「え? えーと、私がこの…加羅ちゃんのご主人様?」

「ええ、そうよ」


 にっこりとほほえみをうかべる千穂さんに私をからかっている様子はなかった。


「か、加羅?」

「にゃおーん」


 半信半疑で名前を呼べば、加羅は『そうだ』と言わんばかりに元気よく返事をしてくれた。



 …えーと、これからこの子のご飯どうやって調達しよう。




【大砂猫】

 テンペ大陸の砂漠地帯に生息するネコ科の動物。

 雑食でなんでも食べるが、特に砂漠に住む砂虫を好むため、砂虫の天敵ともいわれている。

 体長4~5mに達し、あまり人には慣れない。

 その毛色は多岐にわたるが三毛はあまりおらず、その上雄は希少。


亜香里は三毛ちゃんのご主人様になりました。

次回は亜香里が王宮に行きます。

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