ハーブと魔法の王国
ボルグさんの店には、私の期待していた以上の商品が並んでいた。
特に繊細なつくりの瓶にいれられた化粧品たちは見ているだけで楽しくなるようなものばかりだった。
特にハーブで作った化粧水はたくさんあって、どれにしようか迷ってしまう。
悩む私と美幸さんに焦れることなく、ボルグさんはそれぞれの蓋をあけて香りを嗅がしてくれた。
「こっちがローズで、こっちがペパーミントにラベンダー、それからオレンジの香りのものがこっちで、あとこれはジャスミン、こっちはローズマリー」
「このペパーミントとオレンジが気になるかも」
「私はローズマリーかな」
「じゃあ試しにつけてみるかい?」
試供品らしき液体をボルグさんは美幸さんと私の手の甲に少しずつ垂らしてくれる。
ハーブの化粧水というからもっとさらさらしているのかと思ったけれど、案外しっとりと手になじむ。
香りもふんわりと草のような香りがして、好きかもしれない。
「ねぇ一。これどう?」
「どれどれ。ああ、いい香りだ。すっきりするな」
「こっちはどう?」
「これは…オレンジ? さっきのよりこっちの方が俺は好きかな。いや、ちょっともう一度右手の方を嗅がして」
「はい、どうぞ」
右手にペパーミント、左手にオレンジをつけてもらっていた美幸さんは、その手を高村さんに交互に嗅がせて感想を聞いていた。
おっと、さすが新婚さん、幸せオーラが半端ないぞ。
いちゃつく彼らを尻目に私は手の甲をもう一度嗅いだ。
「これにしようかな」
「どれどれ?」
「ひゃっ」
ローズマリーの香りのものを購入しようと手をのばしたら、ボルグさんにその手をつかまれた。
そしてその手を自分のほうに引き寄せると軽く香りを嗅ぐ。
おおおおお、手の甲にちゅーでもされるのかと思った。
とっさのことに反応できないでいると、ボルグさんは私の手を握ったまま上目づかいでにやりと笑ってみせる。
やめて、なんで設定のない『それ以外の人』なのにそんなにセクシーなのよ。
「確かにこの香りもいいけれど、お嬢さんにはこっちの方が似合うと思いますよ」
とっさのことで反応できない私の逆の手をとると、ボルグさんはそこに別の瓶からの化粧水を垂らした。
ついでにそれを手の甲になじませてくれる。
こすったこととボルグさんの体温で少し気化したのだろう、ふわりと華やかな香りが漂ってくる。
「バラ?」
「そう、お嬢さんみたいに大人の女性にはこれくらい華やかな香りの方がいい」
「いや、大人の女性だなんて…」
ただむやみに年を重ねてるいだけです。中身は子供のまま成長してません。
と、心の中で続ける私の尻目に、ボルグさんはさらにその上に黄色の液体を一滴たらした。
「そしてその上にこのホホバオイルを垂らせば保湿も完璧。お嬢さんの美しい手がさらに美しく、おいしそうになった」
なんて言いながら最後に手の甲にキスをしてくる。
あーもー、この人本当にただの商人なの?
前世ホストとかしてない?
実はここだけ『ナンバーワンホストの異世界転生~ホスト時代に磨いたテクで大商人に俺はなる~』とかいう話の世界だったりしない?
いっきに身体か熱くなって私は手でぱたぱたと顔を仰いだ。
「い、いや本当にしっとりしますね。香りもいいし、ものすごくいい商品なんでしょう?」
「それはもう『魔女の谷』一押しの商品ですから」
「魔女の谷?」
はじめて聞く単語に私は興味を覚えた。
「『魔女の谷』というのはミース王国にある女魔導士ばかりが住んでいる場所の名前なんです」
「そこの女性魔導士さんたちは薬草に詳しくてね。よく効く薬とかも作るけれど、こんな風にお化粧品とかも作ってるんですよ」
そこへやっといちゃいちゃからもどって…購入する商品を決めたらしい高村さんと美幸さんも話に参加してくる。
その彼らに頷いて、ボルグさんも話してくれる。
「普通こういうハーブ水は2週間程度しか保たないんですけどね、魔女の谷の製品は余裕で1か月保ちますから、少々値が張ってもじゅうぶん元がとれる商品ですよ」
「ボルグさんは『魔女の谷』に行かれたことはあるんですか?」
「いや、あいにく私は一度もありません。あそこの女魔導士たちはよそ者の男には厳しいですからね」
ボルグさんは話しながら美幸さんの選んだ商品を袋に入れ、お金ももらったりお釣りを支払ったりと手を動かし続ける。
それにしてもミース王国か…、軍事力と鉱石・農業も盛んな東の金剛国と北に広大な大地を持ち、数々の伝説を持つエイトリアルに対抗するために南の地で農業と魔法の国として設定したのがミースだったんだよねぇ。
魔法の国なら魔導士だってたくさんいるよね。
そして昔から魔法使いと薬学というのは密接な関係にあるといわれているから、魔導士たちの副職としての薬づくりっていうのは考えられることだった。
「ミース王国の魔女の谷かぁ。すごく行ってみたい」
「遠巻きに見ただけですが、緑豊かないい場所でしたよ。きっとお嬢さんなら歓待してもらえるんじゃないですかね」
「ボルグさんはミースの国の人ですか」
私の知らない国のことをもっと知りたくて、ぜひ話してほしいとねだるとボルグさんは困ったような笑みを浮かべた。
「いやあ、実は私はミースには商売で年のうち何か月が過ごすだけで、住まいはエイトリアルなんですよ」
「え、そうなんですか? あ、でもそうかも」
確かにボルグさんの明るい色の髪の毛は、金剛やミースよりもエイトリアルによくいるものだった。
それにしてもエイトリアルとミースと金剛を行ったり来たりするなんて大変だろうに、ボルグさんはそれを感じさせない人だった。
「エイトリアル!」
そして美幸さんがエイトリアルに食いついた。
「エイトリアルが住まいってことはじゃあエイトリアル製の布とかも扱ってます?」
「もちろんありますよ。布も革も、製品」
「わぁ素敵」
「かわいい!」
ボルグさんが机の下から出したもろもろに、美幸さんと私は同時に声をあげた。
特に美幸さんは何か作りたいものでもあるのか、いくつもの布を手にとって吟味をはじめる。
「この布は肌触りがいいな、こっちは汗とか吸ってくれそう」
「このバッグいいなぁ。あ、このウェストポーチもいい」
布に集中する美幸さんと逆に私は革製品の方に目が行ってしまう。
まだ工業化がすすんでいない世界だから、ひとつひとつ手作りで作られたそれらはとてもしっかりしていて、しかも綺麗だった。
私は蔦のような模様が彫り込まれたバックパックと同じデザインのウェストポーチを手に取った。
これならちょっと重い荷物を入れても大丈夫そうだし、こっちのウェストポーチにはちょっとした小物やお金なんかを入れておくのにいい感じ。
「あの、この二つと、それからさっきのローズの化粧水とホホバオイルください」
「ありがとうございます。バッグとポーチはつけていきますか?」
「はい、お願いします」
ボルグさんは私が背負いやすいように背負いベルトの長さを調節してからそこに化粧品をつめた。
そのときに彼は何か他の瓶もひとつ入れてくれる。
「これはたくさん買ってもらったんでサービス。日焼け止めのクリームです」
「え、そんな」
「お嬢さんのしみひとつないおいしそうな肌を日に焼けさせるわけにはいかないんでね」
「あ、ありがとうございます…」
だからー、ウィンクしながらそういうこと言うのやめてー。
私、こういう扱いに本当に慣れてないんだからさー。
ボルグさんの独特のリップサービスに赤面しながら、私は荷物を受け取って背負った。
うん、見た目よりずっと軽いし、背負い紐の幅がひろいから肩にも喰いこまなくていい感じ。
私がちょっと体を動かして背負い心地をためしている間に、美幸さんも買う布を決めたらしい。
気づけば高村のさんの両手は美幸さんの買った商品でいっぱいになっていた。
「ありがとうございます、こちらはサービスです」
さすがに旦那さんといる女性にはホスト営業はしかけないのだろう。
ボルグさんは私の時よりはあっさりとした態度で商品を受け渡している。
「これは?」
小さな紙袋にいれられたものを美幸さんはそっと振った。
袋の口を少しだけ開けて匂いを嗅いで、彼女はちょと顔をしかめる。
「またたびという木の若芽でつくられたまたたび茶です。飲むと血行がよくなって体の調子を整えてくれるんですよ。よかったらどうぞ」
「どうもありがとう」
ボルグさんの気遣いに礼をいい、美幸さんはまたたび茶をバッグにしまった。
【ミース王国】
テンペ大陸の南側に位置する王国。
国民は暗い色の髪に浅黒い肌を持つ。
山々に囲まれた王国で農業と魔法の国。
エイトリアル建国の立役者のひとりである大魔導士ガーファンクルが生まれた国でもある。
次は大きな動物がでてきます。