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森の中での出会い~異世界転移は突然に~(前)

――少しだけ目を閉じて休もう。


 それだけのはずだったのに、次に目を明けた瞬間に飛び込んできた光景に私は唖然としてしまった。

 本来ならばあるのは自分の部屋の天井のはず。なのに私が目にしたのは満天の星空と太い木の枝だった。


「な、なんで?」


 慌てて飛び起きると、手の下には湿った苔の感触。どうも私はとても大きな木の根元に寝転がっていたらしい。


「え、どういうこと? って言うかここどこ?」


 混乱しながらあたりを見回しても空と木しか見えない。

 そして暗い。

 星明りでかろうじて見える両手を見つめ、私はとりあえず自分のことを思い出して落ち着こうとする。


 私の名前は林亜香里(はやしあかり)。26才。

 普段は事務の仕事をしているけれど趣味で書いていた小説が編集さんの目にとまって、とある出版社で2冊ほど単行本も出ている。

 けれど売れ行きはいまいちで事務の仕事はやめられそうにない。今日も仕事と締め切りに追われながら小説を書いていて、ちょっと仮眠をとろうとしたところ…。


「うん、やっぱりこれ夢だよね」

 

 ちゃんと自分のことを思い出せた時点で私はそう判断した。

 だってそうじゃなきゃこの状況はおかしすぎる。

 だいたい服装だってさっきまで着ていたTシャツにジャージだし、裸足だし。所持品なんて眼鏡と居眠りをする前に見ていた黒歴史のノートしかない。


 さて、これからどうしよう。


 こういう夢を夢だと思いながら自在に動くことができるのを明晰夢って言うんだっけ?

 こんな経験めったにないからいろいろ試してみたいんだけど、この夢、妙に感覚がリアルなんだよね。

 私は少しだけ手をのばして近くに落ちている小石を拾ってみた。ちゃんと重さを感じるし、とがったところに触るとちょっと痛い。

 今座っている場所は草がいい具合に生えていて気持ちいいんだけど、その辺の砂利の上を裸足で歩くのは嫌だなぁ。

 夢なんだから痛みとか感じないとか、超能力で飛べるとかできればいのに。

 夢ですら平凡な自分にちょっとがっかりして私は膝を抱えた。


  ホーホー。

  リーンリーン。

  かさかさかさ。


 ぼうっとしていると、さっきまで耳に入らなかった周囲の音が聞こえてくる。

 どこか遠くで鳴いているフクロウの声? それから虫の声に風にゆすられる木々の音。

 少し怖い気もするけれどそれらの音はやさしくて、少しだけ眠くなった。

 このまま夢の中で眠ってしまったら、現実世界で目が覚めるのかな。

 せっかくの明晰夢なのにもったいないなぁ。

 そう思ってうとうとしていたら、何かの気配を感じて私は顔をあげた。


  ガサガサガサ。

  ハッハッハッハッ。


 草むらをかき分けるような音と荒い息が近づいてくる。


「え…」


 最初に見えたのは犬の顔。でも、ずいぶんと位置が高い。


 違う、犬じゃない!


 犬よりもずっと大きな顔に黄色く光る目はむしろ狼かなにかのように見えた。

 そしてあり得ないことにその狼は二足歩行をしていた。


「じ、人狼(じんろう)?」


 とっさにそんな言葉が出てしまうのは、やっぱりこれが夢だからだろうか。

 でも私の声に反応したように人狼がこちらを向いた。黄色い瞳が私をとらえると歓喜に輝く。


「オ…アアア」

「ひぁあああ」


 よだれをたらしながら開けられた口から吐き出された生臭い息に、私は情けない悲鳴をあげた。

 大きく開かれた口にはとがった犬歯が見えた。

 仮にこれが夢だとしてもこれだけリアルな夢なんだもん、噛まれたら絶対痛い。


 逃げなきゃ。


 今自分が裸足だとか考えている暇なんてなくて、私は震える足を叱咤して走り出した。

 人狼はそんな私をあざ笑うかのようにゆるゆると追いかけてくる。


「誰か助けてぇ」


 小さな声しか出ないのが自分でも悔しい。

 走りながら大声なんて出したことがないから、たったそれだけでも息が苦しくなる。

 そして人狼の足音も吐く息もどんどん近づいてくる。


「ガウッ」

「あああああ」


 ときおりからかうように人狼が吠えるのも怖い。

 もう言葉にすることすらできなくなって、私はただ声をあげながら走り続けていた。


「伏せろっ!」


 それからどれほど走っただろう、もうだめだと思った瞬間に誰かの声が聞こえた。

 それと同時に私は何かに足をとられてすっ転ぶ。


 ヒュン ヒュン ヒュン


「ひぃ」


 とっさに抱えた頭の上を何かが通り過ぎていく。


「ガアアアアアッ」


 そして背後からあがる獣の咆哮。


「大丈夫か?」

 わけがわからなくてうずくまったままだった私は、急に強い手にひきずりあげられた。

 私を起こしてくれたのはショートカットの美少女だった。


「ケガはないか?」

「え、あの…」


 猫のようにつりあがった瞳で私を見つめていた少女は、私に大きなケガがないようだと判断するとふっと笑みを浮かべた。


「とりあえず無事みたいだな。おい、高村(たかむら)。彼女のそばにいてやれ」


 少女はそばにいた男性を呼び寄せ、自分は剣を抜くと背後の人狼へ向かっていった。

 黒い鎧を身に着けて剣を携えてはいたけれど、普通の人間に見える少女がひとりで立ち向かうのは危険に見えた。


「あ、危な…っ!」


 思わず声をあげた私の肩をそばにいた男性がそっとたたいてくれる。


「大丈夫。仲間たちもいるし真帆(まほ)さんは俺たちの中で一番強いから」


 その言葉通り真帆と呼ばれた少女に続いて何人もの男たちが人狼に向かっていく。

 またその人たちを援護するように弓矢が飛んでくる。


「グアアアア!」


 その一本が人狼の左目を射抜いた。

 痛みからか、人狼が体を大きくねじる。


「だああああっ」


 その隙に乗じて少女が近くにいた男の肩を踏み台にして飛び上がった。

 大きく振りかぶった剣に全体重をかけて振り下ろす。


「ガアアアアッ」


 頭をかばうように掲げられた人狼の左腕に半分くらいまで剣が食い込んでいく。

 けれどそこで少女は両手を剣から離して人狼から距離をとった。


「ガ…オ、オオ」

「剣をよこせ!」


 少女が叫ぶよりも早く、彼女に向けて新しい剣が鞘ごと投げられる。

 それを抜き放ち、少女は人狼と相対した。

 腕に傷をつけられた痛みと混乱からか、人狼は腕に刀を差したまま彼女を睨みつけていた。


「グ、オオ。き、きさ…ま」


 人狼の口から人の言葉がもれた。


「その顔…、忘れない、ぞ」

 人語を発音するのに向いていない口のはずなのにはっきりと言うと、人狼は一声吠えて森へと姿を消した。




人狼(じんろう)

 普段は人間の姿をしているが、危険が及んだときや戦うときは二足歩行の狼の姿になる。

 人狼に噛まれた者は狼人(おおかみびと)と呼ばれる人狼の僕になる。

 人狼は好きな時に変化できるが、狼人は満月の夜だけ狼の姿になる。

 その時は理性がなく、主である人狼の命令通り動いてしまう。

 人狼も狼人も普通の武器では殺すことができない。傷をつけることはできるがすぐ治癒してしまう。

 銀のナイフで心臓を刺した場合のみ倒せる。


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