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新入大学生と不思議な指輪の異世界探索  作者: 蜜柑(みかん)
第二章 指輪の記憶
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第七十三話 影の戦い

 ブックマーク、評価ありがとうございました。

「ふぁあ~あ~」


 顔が半分ほど口に置き換わる大きな欠伸(あくび)をして、宿の火雲亭で僕は起きた。


 昨日……というか今日の明け方までドルドビ盗賊団の王都クラスノ内拠点を潰していった。朝までずっ~と続き、ようやく朝日が見えるぐらいで引き上げて例の茶屋に戻り、皆の無事を確かめたのだった。


 ケンザブロウはそれまで指示だしと現場視察をしていただけだが、どうも『ここが肝心だ』という時に力を発揮できるタイプらしい。


 すぐに敵情報をまとめて複数の紙に書き写し、それらを各冒険者ギルドや王都内の警備所に投げ入れるよう部下に指示した。


 これでドルドビ盗賊団の隠れ家を含んだ居場所が、王都警備兵や冒険者たちの知るところとなる見込みだ。


 時刻はもう昼過ぎ。


 もう一度大きな欠伸をして僕は寝床から起きた。顔を洗い、身支度を整え、きっと大混乱しているのであろう冒険者ギルドにこれから顔を出す。


 横の寝床を見るとタクヤたちはとっくに起きてどこかへ出かけたらしく、宿内を一応みたけども姿はなかった。



 王都正門近くの冒険者ギルド建物に近づくにつれて、予想通り人だかりができていることがわかった。


 どうやら建物内に入れずにあふれている冒険者たちと、それをみている野次馬で混雑している。


「どうかしたんですか?」


 ある程度予想はついていたが、僕は通行人へ聞いてみる。


「ドルドビ盗賊団が出たんだってよ! どうやら盗賊団の情報を詳しく調べた奴がいたらしくて、それを漏らしたみたいだ。今、ギルドも王都警備所も大混雑でてんやわんやしているぞ」

「盗賊団は結局どうなったんですか?」

「それがよ、情報を漏らした奴が大方片づけたらしい。実は王都内や周辺の大きな街道のそこら中に住処(すみか)があって、情報の確認と残りの盗賊団員討伐のため緊急依頼が出たって話だぜ」


(それでこの大混雑か)


 状況はわかった。


 人ごみをかき分けるようにして、僕はどうにか冒険者ギルド内の建物に入る。


 掲示板の前はさらに混雑していて、とてもギルドからの依頼の張り出しを見ることはできない。


 それを事前に察知したギルド側は建物内の高い位置に、それも太文字で依頼を出していた。


「急募 

ドルドビ盗賊団の情報、および捜索や討伐に出られる冒険者を求む

条件は受付まで」


 受付は大行列だ。


 金額は明示していないが王都を封鎖近くに追い込んだ盗賊団の討伐を相当するチャンスを警備側が逃すはずはない。これで僕や隠者の里の目的は達成したと言っていいだろう。


 当然この依頼を受けることはせずに、ギルド内の混雑の間をぬうようにどうにか建物外へと出た。


「シュウ殿」


 背後から声をかけてきたのはギンジだ。


「どうした?」

「もうすぐシュウ殿が気にされていた『あの場所』へ王都警備兵が乗り込むようです」

「そうか……」


 あの場所というのは指輪が強い魔素を持つ者がいると警告してきた場所にほかならない。昨日の拠点襲撃ではこの場所を外している。


(一応だけど見に行くか……)


「行ってみようかな」

「わかりました」

「コトエは?」

「シュウ殿がそう言うと思って、すでに近くで待機しています」


(さすがです)


 僕はギンジと一緒に襲っていない敵拠点へ向かった。


******


(もうすぐ見えてくるな)


 前回は建物付近にも探知の魔素術が施されていると指輪は言ったので近寄らなかった。


 しかし今日はもうすでに王都警備兵たちが二十名以上で徒党を組んで建物正面にいる。今まさに門が蹴り破られるところだ。


(間に合ったな)


 流れ込むように王都警備兵たちは盗賊団拠点へ入っていく。


――なんだってめぇは!――

――敵だー! 警備兵だー!――

――ばれてるぞ! 戦えっ!――


 庭では小競り合いが始まったらしい。金属音がぶつかり合う音がここまで届いた。


 通りには事態を察知した住人はそそくさと家の中に戻り、遠巻きに野次馬が集まってきた。


 拠点に残っている盗賊団員は十人に満たないようだ。指輪の魔素探知が教えてくれた。多勢に無勢で不幸にもその場にいた犯罪者たちは間もなく捕縛されるのだろう。


『シュウよ』


 指輪は再び念話を送ってきた。


(ん?)

『中が変じゃぞ』

(どういうことだ?)

『間違いなく王都警備兵が突入するまでは強い魔素の反応があった。しかし戦闘が始まった後に急に消えた』

(逃げたのかな?)

『わからんが敵は間違いなく魔素を消している。逃げるのではないかと思うぞ』

(やっかいだな)


 指輪の話は敵の中に魔素を自在に操れる者がいるということだ。


(王都警備兵が気づけるかな)

『無理じゃろうな。皆いきり立っておる』

(だろうな)


 仕方ないので僕が雷の魔素術を張ってあぶりだしてやろうかなんて考えていたら、家探しが始まった盗賊団拠点建物の二階の小窓が少し空いた気がした。


 そのまま注目して見ていると……。


(ん?)


 何かが動いた気がした。ただし周囲の景色に大きな変わりはない。


(んんん?)


 よーくみるとやはり何かが動いている。その何かの周囲の景色がわずかにぼやけて見えた。目の錯覚ではない。


(指輪、あそこに何かいないか?)

『魔素は出ておらんぞ』

(でも何かこう……人ぐらいの大きさが動いている)


 そのまま見ていると透明で周囲が揺らいだ物体は屋根から隣の屋根へ移り、そのまま離れていった。


(怪しいな……)


 僕はギンジとコトエに状況を伝えて二人をその場に残し、怪しい物体を追うことにした。



 怪しい物体は屋根から屋根へ飛び移り、通りの一本裏の道に降り立った。降り立って角から角へ移動するときに、パッと姿が見えるようになる!


(見たか! 指輪)

『うむ、確かに見たぞ』

(あれは……)

『……迷彩の魔素術じゃ』


 指輪が言うには周囲の景色と溶け込むようにして視覚による覚知をできなく、あるいはしにくくする魔素術だそうだ。


『隠者の里を覆っていた術も見事じゃが、この術もなかなかじゃ』

(あいつから魔素は?)

『ない。完全に消えたままじゃ』

(そうか……)

『あやつが以前に感じた力強い魔素に違いないぞ』

(どうしてそう言い切れる?)

『あほぅ! 魔素探知にかからずに、迷彩の魔素術を使えるのじゃ。要は魔素術を使っていながら、周りへ無駄な魔素が拡散しておらん。それが手練れでなくて何になる』

(理解した)

『気をつけよ。あそこにいるものはコトエたちと同レベルかそれ以上じゃ』


 後姿が見えるようになり追跡は容易になった。だが相手は警戒しているに違いない。


 人ごみに紛れようとする姿を見失わないように僕は追った。


 そいつは何喰わぬ素振りで王都正門の警備所を抜けて外へ出た。


 王都から出ても僕は尾行を継続しているが、どうしても距離を取らないと不自然になる。街道を見失わないようにと気を付けながらどうにか追ったが、しばらく歩いて見失った。


 慌てて見失った場所まで走る。


 道は次の町へ続く王都が整備した街道と、その脇に山奥へと走る一本道が出ていた。その脇道へ続く方角に真新しい足跡がある。


(脇道のほうに入ったな)

『うむ』

(敵はすでに後ろから尾行していることに気づいている。足跡が急に目立つようになったのが証拠さ。僕のことを誘っているのさ)

『同意見じゃ』

(『来れる勇気があるのなら来てみろ』と言われているようだ)

『仲間を呼ぶか?』

(いや、僕一人でやってやるさ)


 警戒しながら脇道へ足跡を追って再び歩き出した。


******


 そこからしばらくは高い木々と落ち葉が続いた。木々は決して密集しすぎず、それぞれが数メートルの間隔を保っていた。落ち葉で敷き詰められた地面は、意識せずとも自分の足音を消してくれた。


 顔に当たってくる風は当初王都に来た時より確実に冷たくなっている。


 敵はすでに僕を補足しているのではないかと考えて、最大限の警戒をした。相変わらず指輪の魔素探知には反応なし。


 僕は周囲に雷の魔素で探知をおこないつつ、静電気でもいいので敵の痕跡を見つけられるよう、慎重に歩みを進める。


 もう十分以上その状態が続いた。


――もしかすると敵は逃げたかもしれない――


 その気持ちが少し芽生え始めたとき、僕の魔素探知範囲が小さくなった。ほんのわずかである。


 油断して集中力が落ちたのだ。


 その時!


――ヒュッヒュッ――


 甲高い音が空気を割きながら自分に急接近する。見逃せば気づけないほど小さな音。


 油断していたとはいえど、警戒をすべて解いたわけではない。


 しかも僕はこの音を何回か聞いている。以前に盗賊団員を捕縛した時、敵が使ってきた暗具のうち『吹き矢』に相当する隠し武器と同じだ。


 反射的に前方へ回転するように飛び込み、前転をした後にすぐ体制を立て直す。同時に左手で雷の魔素術を練りこみ、音がした方向へ雷伝を放った。


――ズバァァンン――


 雷伝は木を焼いた。


 焼き切れたそれなりの太さの木が、その上部分の重量を支え切れずに倒れこんだ。轟音が響いて木の葉が舞ったが、すぐにまた静かになった。


(どこだ……?)

『さきほど、あやつは間違いなくお主の攻撃方向にいたぞ。魔素をすぐに出して、またすぐに消えた』

(手練れじゃないか)

『だから言ったじゃろうに』


 その時、ザザッと後ろから足音がした。


 警戒して振り向くとそこにはコトエがいた。


「大丈夫ですか?」

「ああ、敵はすごい手練れのようだ。気を付けてくれ」

「わかりました。手伝いますよ。シュウ」


 違和感を覚える。


「コトエ。ところで……」

「どうしましたか?」


 あたりを警戒しながらコトエは話していた。僕はコトエの方を注視しながら、


「僕たちはどこで知り合ったんだっけ?」


と聞く。


「シュウ、こんな時に何を?」

「その……緊張をほぐそうと思ってさ」

「いやだ。忘れたんですか?」

「どこだっけ?」

「王都の茶屋ですよ」


 答えを聞いた瞬間――


 右腕に魔素を纏わせて僕はコトエを全力で殴った!


「ゴフッ」


 空気を吐き出して顔面を殴られたコトエ……ではなくて先ほど追っていた後姿が間違いなくそこにあった。正確には変身が解けたので『出てきた』というべきか。


「……なぜわかった」


 敵は口元の血をぬぐいながら、話しかけてきた。


「僕の知っているコトエは優秀だ。足音を出して、仲間に近づくことはない。それに貴様は僕のことを『シュウ』と呼んだ。だが彼女が僕のことを『シュウ殿』と呼ぶ。……必ずなっ」

「ちっ」

「一から勉強しなおした方がいい」

「ほざけっ!」


 このやり取りの中、僕は敵の姿を観察していた。


(狐人族だ)


 身長は僕より低く、隠者の里の者と同じような細身の体形に細長い手足。顔は狐で、背中にはしっぽが生えているのであろう。しっぽは警戒のためか、僕が術を見破って殴ったためか、気が立っているようで毛が逆立ちしていた。


 ちょうどその時、コトエとギンジが後ろから出てきた。今度の彼女たちは間違いなく足音がなかった。



 敵を正面に見据えたまま、僕はもう一度コトエに問いかけた。


「コトエ。僕が君と出会った場所は?」

「魔境の森です。遠慮なく蹴り飛ばされましたが」

「ん。正解」


 狐人族は憎たらしそうな顔をさらに歪める。


「あいつが盗賊団拠点から抜け出した奴だ」

「ええ。気配はここに来るまでに気づきました」

「ついでに言うと相当な手練れだ。気配を絶つ術も、変身の術も持っていて、暗具も使える」「知っています」

「?」

「あいつは隠者の里から抜け出した一人ですよ」

「……やっぱりか」


 共通点が多かったし、何よりも暗具とその使い方がそっくりだったので、その線は考えていた。


 僕はコトエ、ギンジと協力して狐人族を追い詰めることにした。語らずとも意図を悟った二人は僕を中心に扇形に、こいつを囲むように動き始める。


「……久しぶりじゃないかぁ。コトエ。それにギンジ」


 狐人族が話しかけた。


(僕は無視かい)


「……」

「……」


 二人は応じる気がないようだ。


「シュウ殿。こやつは土と風の魔素術を使います。十傑に選ばれたほどの腕です」

「了解した」


 狐人族の元忍者は僕らから逃げる気配がない。相手から見て敵が三人となった状態でもそのまま戦闘()るつもりだ。


 距離おおよそ三メートルでこいつは歩みを止めて、ペロリと舌なめずりをした。


「実力は里長以上だがなっ」


 どうもこいつは自己主張が強いようだ。先ほどの術のようにおとなしく過ごしていれば望みの里長とやらになれたかもしれないのに……。


「注意してください」

「わかった」


 僕は再び雷の魔素術を練りこみ、すばやく放出した。


――ズバァァンン――


「ぐっ」


 狐人族の元忍者はそれをまともに受けて硬直する。発動と到達までの時間がすごく短いので避けられなかった。


 その隙を僕が見逃すわけがなく、接近して強烈な蹴りをその細身の胴体へくりだした!


――ボフッ――


 実体をとらえた感覚があった。


 しかし見れば僕は狐人族と同じ輪郭をした土を蹴っていた。直前まで確かに敵がいたはずなのにっ!


(変わり身の術かっ!)


――ヒュッ――


 先ほどと同じ暗具が僕に吹かれた。


(雷壁だっ!)


 自分の周りに密な雷の壁が展開されて敵が放った暗具が弾かれる!


 雷壁を解いたとき、敵から続けて攻撃が放たれた。それはナイフの投合でありハエが止まるほど遅い。僕は余裕をもって、片手で自分の肌が傷つかないようにと柄の部分でキャッチした。


 狐人族はその様子をみてニッと笑った。


(嫌な予感がする)


 ナイフを投げ捨てようとしたが、掴んでいた柄の部分から無数の針が出てきた。


「痛っ」


 ナイフを地面に落とす。


「シュウ殿っ! 毒です!」


(そうきたか……)


 見たところ針が右手の平側に数か所刺さったみたいで、そこが赤くなっている。掴んだり、仕掛けから時間差で針が出てくるタイプのナイフのようだ。


 自分の手の感覚はやや鈍いが、別に自分の短剣を握れなくなったわけでもないし、魔素は十分に扱える。


 念のため傷口からもう片方の手で血を押し出した。


「問題ない」

「よかったです」


 コトエたちは安心したようだ。そんな僕たち三人の様子を見て狐人族は笑った。


「さぁ、楽しい夜の始まりだ」


(お前はこれから一方的にボコボコにされるんだよ)


 僕は短剣を鞘から抜いた。


 次で百話目の投稿になります。翌日投稿します。

 今後もご愛読いただければ嬉しいです。

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