第六十九話 理性の指輪
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本日も午前投稿です。
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スミルノフ運行の店内は外よりずっと慌ただしく、職員と思われる人たちがひっきりなしに動いていた。
その中ですさまじい剣幕をした王都の住人ではないかと思う男性が受付の机に詰め寄っている。
「なんだって! 貴様らっ! 盗賊だろうが野党だろうが、襲われているんだったら助けに行けよっ! 安否を確認しに行けよっ!」
「申し訳ありませんが先ほど申しましたように、これ以上被害を拡大するわけにはいきません。いま王都の警備兵に連絡入れて、彼らの出発を待っています。いましばらくお待ちください」
「そんなんじゃ、間に合わねぇよ。おれの家族が死んじまうっ!」
「申し訳ありません」
店員はただひたすら謝っていた。
店員と民間人男性の話し合いがまだ続くが、話に落としどころが見つからない。一方は安全確保、もう一方は安否確認であり、両者の主張が交わることは不可能だ。
店奥から怒声を聞いたのであろう。店長のスミルノフが出てきた。
「代表のスミルノフと申します」
彼は僕が王都で疑惑をかけられた時と同じように堂々と、それでいて落ち着かせる声で話しかけた。
「貴様かっ! 危険な旅を組んだのはっ!?」
この世界の旅に危険はつきものである。襲撃の予測は向こうが本気で狙うのならばそれは難しいのだ。
男性はスミルノフに対して今にも殴りかかりそうな気配で、やむなく僕が間に入った。
「スミルノフさん、お久しぶりです」
「おおっ! シュウ殿」
「騒がしいですね。どうかしたのですか?」
「実は王都から近隣の町へ往復している定期便が襲われました。敵は複数で馬車を襲ったところまでは情報が入っています」
「どうやって知ったのですか?」
「襲われた馬車の乗客に足の速い人がいて、負傷しながらも王都まで到着することができました」
「敵の人数や場所は?」
「十人は確実にいたそうで、正確な人数はわからないと言っています。場所は王都から徒歩でもそれほど時間のかからない距離です」
「そんなに近く?」
「はい」
(ずいぶん大胆に行動するな)
僕は襲撃の場所が王都から近いのでそう思った。
自分がもし襲う側ならば王都からできれば離れた場所でやるのに。やはり内通者か、何らかの形で情報が襲撃者側に漏れているのでは? とそこまで考えて、
「よければ私が様子をみてきましょうか?」
と言った。いつものトラブルスイッチを押してしまうのが僕という人間である。
「おおっ! 本当ですか? それは助かります」
スミルノフは前回僕が活躍したことを実際に目で見ているので、信頼してくれていた。
「場所はここです」
王都を中心とした運行の地図を出して、おおよその襲撃地点を示した。
「了解です」
「誰か人数をつけますか?」
「いいえ、一人の方が動きやすいです」
そこまで言って僕がさきほど大声を出していた男性へ話しかけた。
「僕が様子をみてきます」
「たのむっ。たのむっ」
先ほど店員へ見せていた怒りはなく、男性が店の地面へひざまずき、ただひたすら頼み込んできた。
(最悪の結果ならなければいいが……)
時間が惜しいので、そのまま僕は店から駆け出して王都正門から外へ出た。
******
「そこにいるんだろうっ⁉」
僕は走りながら大きな声で呼びかけた。
今、王都から出て草原を全力で走っている。もちろん魔素を纏った本当の意味での『全力』だ。
その状態でも先ほどから二人が僕と並走してついてきている。その気配は指輪がはじめ気づいたが、ほどなく僕の視界でも捉えることができた。
「はいっ」
「はっ」
出てきたのはコトエとギンジだ。
驚いたことに彼らは僕の全力疾走にピタリとついてくる。
「いいのかっ? ただの野党だったら、もう終わっているかもしれないぞ!」
「お頭から、何かあったら協力するように言われています!」
走りながら息を切らさずに僕に問いかけに返事ができる。
(これは彼らの能力をなめていたな……)
「助かるっ!」
「いいえっ! 前から血の匂いがしてきます」
「近いっ!」
蛇行した街道と両脇に続く草原の数少ない木々の向こうから、とうとう襲撃されたという馬車らしき影を見つけた。
「ちっ」
襲撃の報告が王都のスミルノフの耳に入ってから僕らが現場に到着するまでの間に、少なくとも一時間以上経過したであろう。予想してはいたが、馬車周辺や荷台に生きている者はいなかった。
「むごい……」
おそらくスミルノフ運行の行者と思われる人間族男性が二人、馬車乗客と思われる他種族を含む九人が斬り殺されていた。さらに金目の物や装備品を奪われた跡まである。
(物盗りの犯行か)
「そういえば馬がないな」
「気づきましたか?」
コトエとギンジは素早く襲撃現場を見ながら、敵の装備や手口を推測していた。
「馬は自分の足にも、売れば金にも、殺せば食料にもなります」
「それで攫っていったと?」
「はい、足跡を追います」
「そんなに間抜けかなぁ」
「向こうはよほど自信があるのでしょう。ですが私たちは追跡能力に長けています。罠であれば見破れますし、危ない場合には決して深追いしません」
どうも二人が後を追ってくれるらしい。僕も追うといったが、二人の方が相手に悟られにくいと。どうも僕は足音を殺す技術がないので、いろいろと彼らはやりにくい。
「ありがとう。僕はこのことを王都に戻って報告してくるよ」
「では後ほど、宿へ行きます」
「わかった。決して無理はしないで」
二人は頷くと足早に王都とは反対側へ駆け出した。
すでに馬の移動方向を検討つけていたのか、一目散に走ってすぐ視界から見えなくなった。
(はやい、はやい)
さてと思いながら、僕はこの遺体をどうするか悩んだ。一度に背負って運べないし、放置すれば間もなく血の匂いで魔物がすぐに寄ってくるだろう。
(仕方ないが、保管庫を使うか)
できれば隠しておきたいこの能力。スミルノフにみられてしまうが、それでも遺体を放置するのは心が痛んだ。
遺体を自分の魔素で包み込み、保管庫へ収納する。
妙に胸糞が悪いが、今僕ができることはこれ以上ない。
警戒しながら、足早にその場を離れた。
******
「おおっ! シュウ殿。無事で何よりです。それでどうでしたか?」
スミルノフ運行に戻った僕は再び彼と話していた。
「広い部屋がありませんか? 周囲から見えない場所が良いです」
手ぶらの僕を一瞬不可解に思った彼だったがすぐに奥の部屋に案内してくれた。ここは倉庫代わりのようで、馬舎に使う草がそこら中に置かれていた。
部屋の中には僕とスミルノフしかいない。
「覚悟はしていたと思いますが、全員殺されていました。いまから遺体を出しますので、驚かないでください」
「!」
彼は一瞬息をのむ様子を見せたが、覚悟はすぐに決まったらしい。
僕は保管庫より一人ずつ遺体を出して藁の上に乗せた。すぐに十一名の遺体が並ぶ。
「……なんと……」
スミルノフは自分の部下である職員を失ったことと、乗客が死亡したことのダブルで衝撃を受けている。
「……」
無言のまま、目をつぶり黙とうを捧げていた。僕もそれにならう。
しばらくして深呼吸をしてから、
「残念な結果です。私は被害者の方たちの身元確認を王都警備隊まで依頼しなければいけません。シュウ殿、本当にありがとうございました」
と落ち着いた声で言った。
「あまり力になれませんでした」
「とんでもないです。これから騒がしくなりますので、裏口から出てお戻りください。王都の警備兵には私から説明しますので大丈夫です」
僕は退出を促された。スミルノフの手腕ならば変なことにはならないだろうと思い、スミルノフ運行から出た。
入れ違いで先ほど詰め寄っていた男性が呼び入れられ、後方から叫び声が聞こえてきた。
僕は再び胸悪い気持ちが抑えられないまま宿への帰路へついた。
両手を強く握る。左手が熱くなり、その甲にある十字の紋章二つが淡く輝いていた。
(力が暴走しそうだ……!)
気持ちをどうにか静めながら歩いているとだんだんとおさまってきた。
宿では僕は食事をとらずにそのまま寝床へ伏せた。
******
「シュウ殿……シュウ殿」
声で目が覚めた。同室のタクヤたちではなく、そばにはコトエとギンジが立っていた。
「ん?」
外をみるともう日が沈みかけている。僕はだいぶ寝ていたらしい。
(どうやって部屋に入ったんだ?)
部屋の外へ通じる扉の鍵はまちがいなく施錠したし、合い鍵は宿の主人かタクヤたちしか持っていない。
「部屋にシュウ殿がいるのはわかったのですが、返事がないので勝手に入らせてもらいました」
「ああ、いいよ」
彼らの技術なのだろう。
「襲撃の件ですが……」
コトエたちはそのまま馬の後を追跡することに成功したという。
「馬はあそこからしばらく走った後の街道沿いにある宿まで続いていました。王都から整備された道沿いで、周囲にはその宿以外には家はありません。驚いたことに宿の馬舎にそのままつないだようです」
「ずいぶん大胆だな」
「話は続きます。外から見る限りは宿には客はいません。これは気配を消して中に入って確かめましたので間違いありません」
「えっ⁉ ということは……」
「はい。ご察しの通り、宿の者が襲撃の一味と思われます。さらにそこから複数の足跡がさらに続いていたので、二人で手分けして追いました」
「それでどうなったの?」
「私が追跡した方はさらに別の町まで続いて、そこで人ごみに紛れてしまい、判別がつかなくなりました。申し訳ありません」
「いや、全然いいよ」
コトエの報告はこれで終わりだった。
今度はギンジが話す。
「私のほうはもう少し追跡が可能でした。宿から続く足跡はこの王都へ再び戻っていました。それも道を変えています」
「王都内での行動は?」
「王都の正門ではない方角から入って、民家の一角に続きました」
「家まで追跡できたの?」
「その通りです」
「わかった。案内して」
「今から向かうのですか?」
「そのつもりだよ」
僕は寝床近くにある短剣を引き寄せた。
「その家には複数の気配がありました。しかも手練れの可能性が高いです。私は家の外からのみで、この家にこれ以上情報ないまま踏み入るのは自殺に等しいと思いました。それでも今から行きますか?」
彼らは僕の身を案じてくれていた。しばらく考えて、ギンジが敵の力量を見誤ることはないだろうと思いなおす。その家が襲撃者の家だとする証拠もがない。
「賢明な判断だと思います」
「あきらめたわけじゃないよ。襲撃者は結構な組織力を持っているみたいだ」
「ご察しの通りだと思います」
「それぐらいの規模の犯罪組織って王都にはいっぱいあるのかな?」
「私どもが知っている限りではドルドビ盗賊団ぐらいの規模ではないと、ここまで大胆にかつ綿密に行動できないと思います」
(またドルドビ盗賊団が出てきたか)
現時点で確証はない。しかし組織の関与の可能性が高いと彼らはいう。
「わかった。二人にまた頼みたいことがあるんだ。」
「なんでしょうか?」
コトエもギンジも僕の手駒になって動いてくれるようだ。
「一人は街道の宿を見張って出入りする宿の人たちのつながりを確認して」
「はい。では里の者にも協力してもらいましょう」
「もう一人は王都内のその家を見張って」
「はい」
「くれぐれも無理しないで。命は一つだからね」
「「はいっ!」」
階段下から酔っぱらった声と乱暴な足音が二つ聞こえてくる。どうやら本日もご機嫌のタクヤたちが上がってくる。
僕は慌てて部屋の扉を閉めた。彼らが入ってくるまで時間を稼いで、コトエとギンジを見られないようにするつもりだった。だが振り返るともうすでに彼女たちは部屋の中にいなかった。
その後、僕は酒臭い二人に水をたらふく飲ませて寝かしつけるのであった。
******
翌朝。
僕は空き時間に一人で、指輪のサイズ直しを頼んでいた梟人族のエドガー宝石商店へ向かった。
「こんにちは」
「これはシュウ殿、お待ちしていましたよ」
エドガーこちらのことをしっかり覚えていた。
「依頼していた指輪を受け取りに来ました」
「もちろん調整は終わっています」
笑顔で応対、奥からきれいな小箱を持ってきた。
「こちらになります」
開いて見せてくれた小箱には磨かれた指輪が一つはめ込まれていた。
「ありがとうございます。はめてみてもよいですか?」
「もちろんですとも」
自分の物だが慎重に取り出して、左手の人差し指に嵌めた。ちなみに中指に漆黒の指輪(闇が宿る)、薬指には貿易都市トレドのクリス王女からもらったトレドの客人を示す指輪がある。
「きれいだな、ん?」
この指輪。
もともとはメリッサから漁村を出るときにもらった。が、サイズがあわないだけで、貴金属で作られただけだったはず。だが今見るとそれ以外に細かい文字が彫られている。
「これは……ひょっとすると魔素文字ですか?」
「気づかれましたか」
「何かの効果をつけてくれたのですか?」
「実は未完成です。これから最後の仕上げをして付属効果をつけるのです」
「えっ?」
僕は驚いたが、自信満々に答えたエドガーに指輪を返した。
「話した通りの意味です。これは私どものサービスですな」
「そうですか、ありがたく頂戴しようと思います」
「望める効果は一つだけで、強い効果は不可能です」
「わかります。では……」
さすがに『致命傷から一度傷を治して命を救う効果を付けてください』とは言えなかった。
道具に魔素術を仕込む場合は、術式と素材と扱う魔素の量で装備品に付けることができる効果の範囲がおおよそ決まる。良い素材とは思いたいが、貴重な魔術道具とは言えない。そのため高望みができないのはすぐにわかった。
(何にしようかな……)
少し考える。
(そういえば最近、感情が暴走気味だな)
先日の襲撃にあったスミルノフ運行の乗客らの遺体を受け渡した夜。敵のアジトがわかったら、あやうく情報不足のままで乗り込むところだった。
(自制なんてどうだろうか?)
そこで僕は『感情制御』の効果を付けてくださいと申し出てみた。
「ふぅむ」
エドガーは腕組みをして考え込む。
「なかなかない注文ですな。通常は『攻撃力増加』、『素早さ増加』とかそういった身体能力に関する依頼が多いのですが」
「ははは」
「何か媒体があれば確実にできますが。魔素と術式の組み込みだけだと弱いように思います」
「そうですか……」
(媒体ってあったかな?)
ふと僕はボロボロになって千切れた『龍の髭』を思い出した。これは願いの首飾りの材料で、僕を致命傷から救ってくれて効果を発揮したので、今はその効果はないのは違いないが、まだ媒体としてならば使えるのではないかと思った。
エドガーに悟られないよう体で隠して、衣類のポケットから取り出したフリをして、龍の髭を取り出した。
「これなんですが、その媒体に使えませんか?」
「ん? んんん⁉」
彼は『ちょっと失礼』と言って興味深そうに髭を手に取った。
「これは……もしや龍の髭では?」
「やはりわかりますか。すでに効果を失ってしまっていますが、相当に貴重なもののはずです。媒体に使えませんか?」
「残念ですが役目を果たした龍の髭では魔素言語を掘る材料や媒体には使えません」
「そうですか……」
「しかし、これはこれで非常に貴重なもののです。よろしければですが龍の髭を私に譲っていただき、代わりに私から媒体を提供しましょう。それで魔素言語を指輪に刻みます。どうでしょうか?」
僕は使わないものを持っていてもしょうがないと思った。指輪からも反論がないようだ。
「それでお願いします」
「承知しました」
エドガーは指輪を店奥に持っていき、しばらくして魔素言語が完成した指輪を渡された。
「毎度ありがとうございました。今後ともご贔屓にお願いします」
最後まで丁寧な対応で僕を見送ってくれた。
新しい指輪は『理性の指輪』と呼ぶことにして、左の人差し指にはめ込んだ。
お読みいただきありがとうございます。非常に嬉しいです。




