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新入大学生と不思議な指輪の異世界探索  作者: 蜜柑(みかん)
第二章 指輪の記憶
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第六十八話 魔境の精神汚染

 ブックマークや評価をしていただき、ありがとうございます。

 本日は平日の午前に予約投稿です。

―ー僕たちが日本へ帰るのにあたって、一番の課題は『魔境越え』であった――


 とある休みの日。


 僕、タクヤ、コウタロウの三人でもう何回目かの魔境越えの相談をした。しかしいくら話し合っても全く進まないので、実際に魔境を越えるにあたりどの程度の装備が必要かなのか、そもそも魔境越えは不可能なのか。


 感覚がずっとつかめずにいたが、ツェンたちとの狩りの休みの日を利用して魔境へ三人で行ってみることにした。ちなみに僕が魔境の隠者の里に協力していて、往復していることをタクヤたち二人は知らない。


 朝一番で王都へ出発して、彼らを引き連れて移動する。二人がついてこれるようにと、いつもより速度を落として軽い駆け足で向かった。


 僕の全力で移動したときの所要時間には遠く及ばないが、それでも昼前には余裕をもって魔境の境界までたどり着くことができた。


「ここがそうなのか……?」


 魔境を目の前に彼らは身震いしている。


「そんなに寒いですか?」


 当たる風は確かに少しだけ冷たいが、僕はそれほど寒いとは思わなかった。新品の魔素服は予想以上に保温性に優れていて、今日はその上から二枚も旅人の服を着込んできた。僕は暖かいので、指輪の防寒能力は切ってもらっている。今の条件はタクヤたちで変わりない。


「あっ。そういうわけじゃないんだ。なんというかこう……」

「……背筋が凍る感覚だな」

「それよっ! それが言いたかった」


 タクヤとコウタロウの意見は一致しているようだ。


(そうなのか……?)


 僕は二人がいう悪寒という感覚はなかった。毎日隠者の里の連中と魔石狩りをしていたからなのかもしれない。


「さっ、入りましょう」

「お……おうぅ」


 三人で魔境だと警告する看板を越えた。


 その後三人で少しだけの時間、魔境を探索した。



 結論から言うと、僕たちは『今の状況では魔境を越えられない』ということになった。


 理由の一つは寒さである。今の季節で魔境辺縁の森林部はそれほど平地と標高が変わらず、少し肌寒い程度であった。しかしやはり長時間の活動には適さないと二人は判断した。さらにそこから山越えとなるので、山頂とまではいかなくてもそれに近いところで夜を明かさなければいけないこともある。圧倒的に装備が足りず、ここから冬になるのに魔境越えは自殺に等しいと結論付けた。


 もう一つは彼らの階位が原因だと思われた。魔境に入る前から悪寒がしていたが、中に入って十数分もしないうちにタクヤとコウタロウの二人は『これ以上進めない』といった。


 なぜかという問いに『殺されそうな気がする』と、二人で打ち合わせしたかのように答えた。


 これは『ある程度の強さがないと魔境の奥まで入れないのではないか』と僕は推測した。


 現在の僕の階位は不明だが、以前の鑑定では少なくとも階位三十以上ある。


 対して彼らは直前の教会による確認で、それぞれ階位十二と十三であった。二十あるいは三十以上ないと魔境を精神汚染なく進めないのではないだろうか。


 結局、その日は魔境境界から少し進んで引き返しておとなしく王都に戻ることになったのだ。



 帰り道にて、


「これでは到底日本へ帰れない」


と言って二人は落ち込んでいた。


「そんなにがっかりしないでください。別に命を失ったわけではありませんし、奴隷に戻ったわけでもありません。一つ一つ課題を見つめてクリアしていけばいいだけのことです」

「むっ! その通りだな」


 彼らの気持ちは王都正門に戻るころにはどうにか持ち直していた。


「また明日から単調な日々か……」

「大丈夫です。道は必ず開けます。一歩ずつ進みましょう」

「ありがとう。シュウって本当心強いよ」

「ところで僕はこれから寄るところがあります」

「もしかして――これか?」


 タクタとコウタロウは小指を立てて僕にニヤニヤしながら問いかける。


「違います。女性じゃありません」

「はははっ。そう嘘をつかなくてもいいぞ。いってこい、いってこい」


 若干ムキになったがそれ以上言われることはなく、二人と正門前で別れた。


******


 王都クラスノの正門から入って、すぐ近くの人目につかない角を曲がってから、


「そこにいるんでしょう?」


と僕は呟く。


「……わかっていましたか」


 道角から姿を現したのはコトエだ。


 コトエもギンジもそうだが、王都内の人間族の通行人たちと全く変わりない。体の細い線にニホントウを隠している。歩き方もそれを感じさせないほど達者であり、ぱっと見では『通行人A』である。


 ちなみに二人とも今年でようやく二十歳だそうだ。


 実は先ほど魔境に入ったとき、複数の気配に囲まれていることに僕だけが気づいていた。それはいつも一緒に狩りをしている隠者の里の人たちだとすぐにわかったので、あえて放置していた。


 タクヤとコウタロウは隠者の里のことを知らせていないので、不用意に会わせるのを避けたのだ。


 僕が二人と一緒に行動していることと隠者の里に協力していることは、その目的も違うのも理由だ。


「あの者どもと何をしていたのですか?」

「国へ帰る段取りをつけていたんだ」


 最近、自分は隠者の里の連中から尊敬されるようになり、敬語で話されるようになった。実力が知れ渡るにつれて、隠者の里に顔が売れて、今では里に入るなり皆振り向いて挨拶してくれる。ちなみに僕は彼女たちに友達感覚で素直(フランク)にしゃべることにしていた。


 元々は異世界から来ている部分を隠して、話しても支障がない範囲でカスツゥエラ王国に戻りたいことをコトエに伝えた。


「隠者の里のみんなは魔境を山側から越えたことはあるのかい?」

「いいえ。あくまで私たちは魔境の王都側に住んでいるだけです。魔境の奥にはすさまじい魔物が眠っていると聞いていますので、お頭を含めて近寄った者はおりません」

「そうか……」

「あの者たちと魔境を超えるつもりなのですか? 失礼ですが会話が聞こえてしまいまして……」

「いや、別にいいよ。コトエたちに隠すことでもない」

「そうですか。あのように女子のことを話す奴らなど捨ててしまっては?」


 コトエは女性関係には厳しいようだ。この手の話題はなんとなく地雷のような気がする。最近鍛えられた僕の危機回避能力が作動した。


「さっきのは男同士の会話だよ。そんなつもりじゃないさ」

「そうですか……」


 コトエは少しだけ嫌そうな顔をしていたが、すぐにおさまったようだ。


「ところでコトエだけどうして王都までついてきたの?」

「お頭からの伝言です。『予定していた魔石は順調すぎるぐらいたまって、向こう一年は全く魔物を狩らなくても、隠者の里を隠したままで過ごせそうである。里側から約束を果たすために里の蔵を見せる許可を出す』と」


(よし!)


 里には間違いなく古来の日本人が関わっていると僕は睨んでいた。確証を得たから何がどうなるわけでもないが、興味があったのでいつか蔵に所蔵されている物品を見たいと申し出ていた。今回、その許可が降りたという連絡である。


「わかったよ。近いうちに行くのでよろしく、と伝えて」

「はいっ」

「あと戦闘訓練も頼みたい。もしそちらが大丈夫なら、の話だけど」

「私たちを誰だと思っているのですか? その手の訓練は血反吐が出るぐらい相手できますよ」

「それは楽しみだ。ところでコトエたちは魔境にいて寒気を感じたことがあるかい?」

「と言いますと?」

「今日連れて行った二人は魔境が怖くて奥に進めなかったんだ。そんなことってあるのかな?」

「ありますよ」

「やっぱり!」

「弱い階位の状態だと魔境の森の脅威に打ち勝てず、精神が病んでしまいます」

「どうすれば?」

「強くなるしかないですね。大体階位二十前後で耐性を持てるようですが、多少前後するようです」

「階位が低いけど里にいる人たちがどうしているの?」

「魔境の特定の草を煎じて飲ませます。それで限られた時間の間だけ耐性を得ます。耐性が失われたらまた飲んで……その繰り返しです。魔境の境目ぐらいであればそれで十分対応できます」

「では魔境のもっと奥へ行くと?」

「ダメですね。奥では薬の効果は減弱します」

「そうなのか、ありがとう。貴重な情報だった」


 僕は腕くみしながら、また今後のことを考える。


 ふとコトエがまたそばに待っていてくれた。用事を済ませたので家に戻ることを伝えたら、彼女も戻るという。


「送っていく?」


 僕は気を利かせて聞いてみた。


「それは変ですよ。私の方で用事があったので王都まで後をつけてきましたので」


と返される。照れているのか少し顔が赤い。


「帰り道、気を付けてね」

「ありがとうございます」


 先に彼女が歩いて大通りへ戻っていった。すぐに後ろから追いかける形で僕も歩き始めたが、角を曲がると先にいたはずのコトエは姿を消していた。


(すごいな、さすが『忍者』だ)

『そういうお主はさすがの助平(すけべ)じゃ。手の付け所が絶妙すぎる』

(うるさいぞ、指輪)


 僕は王都内の宿へ戻った。


******


 その日と翌日の休みを使って、僕たち男性日本人三人とアリサの合計四人で話し合いの場をもった


 要点は四つ。


・今のところアリサを含めて四人は生活にそれほど困っていない。特にスミルノフのアリサに対する保護は十分行き届いている

・みんなで日本へ戻ることを最終目標とする

・冬期間の魔境越えは不可能、少なくとも春まで待つ

・タクヤとコウタロウに魔境に耐性を付けるため、階位を上げると同時に魔境境界付近での狩りを追加する。アリサは可能な限り階位を上げておいてもらう。


となった。


 アリサは今まで迷惑をかけるとのことで遠慮していたが、タクヤたちの熱い説得により日本に帰りたい気持ちを素直に言ってくれるようになった。全員でどうにかして帰る。アリサの移動方法は今のところ誰かが背負うことが有力になった。これで魔境の森で戦闘要員が一人減るが仕方がない。


 ちなみにアリサの階位は占いをすることで経験値が入って上がるらしい。すでに階位十を優に超えているとのことで、その点に僕は安心した。


 まだ課題だらけに違いないが、一つ一つ解決していくしかなかった。


(もしかすると僕の転移の魔素術の方が完成は早いかもしれないな。その時は……)


 自分でルベンザまで行って転移陣を作って、魔境を経由せずに直接王都まで往復を可能にする。実はその構想も考えつつあった。


******


――トントンッ――


「……んっ?」


 宿での早朝、扉が叩かれて起きた。


「はい?」


 半分寝ぼけた顔で扉を開けたら、宿の主人ベッツが怖い顔をして立っていた。


(寝起きにこの顔は良くないな)


 今日は不吉な予感である。


「シュウ、この間の連絡した返事が返ってきたぞ」

「えっ! どんな内容ですか?」

「王都クラスノの冒険者ギルドへ行けってよ」

「?」

「多分なんかあるんだろう」

「そうか!」


 ベッツが言う返事というのは僕がカスツゥエラ王国の貿易都市トレドへ飛ばしてもらった連絡である。返事がギルドに行けっていうのはきっとそこに何か送ってくれたと予想がつく。


 礼を言って僕はすぐに着替えて王都クラスノの冒険者ギルドへ向かった。



 ギルド内の受付ラメルに話しかける。


「おはようございます、ラメルさん」

「おはよう、シュウ」

「僕宛に何か届いていませんか?」

「う~ん、シュウに?」

「はい」

「えぇと……あ! あれかな」


 そういってラメルは受付机下から一枚の紙を取り出した。


「これね。シュウジ=クロダ宛、間違いないわね?」

「はい」

「確かに渡したわよ、ここに署名して」


 僕は受け取りの確認欄へ署名した。


 早速手紙を見ると、



「シュウへ


 夢幻の団の皆さんは無事にトレドへ戻っています。あなたの祖国にも無事の連絡を入れました。戻る方法ですが海路が使えませんので良い方法が今のところありません。海がおさまって船が出せるようになったらすぐに迎えに行きます。それまで無理しないように。


貿易都市トレド クリス」


「えっ? これだけですか? 何かお金とか道具とか」

「何言ってるのよ。この文面も相当なお金がかかっているのよ。向こうのクリスとかいう人に感謝しなさい」


 ラメルはクリス表記なので、向こうの送り主が領主の娘であることに気づいていない。


 要は『そっちでうまくやってくれ、波がおさまらないとどうにもならないよ』ということであった。


(さーて、どうするかな)


 王都クラスノでの生活はとうに数週間が過ぎた。


 初めはぎこちなかった宿の人たちとも親しくなり、僕やタクタたちの稼ぎも安定してきたので、生活に困っているわけではない。


 コトエに話していた訓練を明日からでも依頼しようか。そんなことを考えながら通りを歩いていた。


(ん?)


 どうもスミルノフ運行の店前が騒がしい。行者が周囲の人だかりに一声かけたら、集まっていた人がはけていった。


「どうしたんですか?」


 通行人に聞いてみる。


「聞かなかったのか、あんちゃん。スミルノフ運行の馬車が襲われたらしい。どうもドルドビ盗賊団じゃないかってよ」

「えっ! またですか?」

「そうみたいだ。今から全面運休になるんだとよ」

「そうですか」


 僕は王都に入るとき疑惑を警備兵からかけられたが、にスミルノフにかばってもらった。さらにアリサも大変お世話になっている。


 きっと困っているだろうから、今度は僕が彼のため何か力になれればと思い、彼の店へ入った。


 読んでいただいてありがとうございます。すごく嬉しいです。

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