第六十七話 転移の魔素術
タイトルと紹介文を変更しました。
(これで終わりかいっ!)
ストラスプール国の王都クラスノにて。宿の火雲亭主人ベッツは犬人族の遠吠えを屋上で使った。
僕から見れば自分家の屋上で吠えただけである。
彼は『明日には連絡がつくよ』って言ったが、こんな連絡網があったとは……。
後で教えてもらったことだが、犬人族には種族のつながりがあるらしく、連絡用の遠吠えを聞くと、その場で同じ遠吠えをおこなう。つまり王都クラスノから波打つように輪が広がって瞬く間に連絡が届くという仕組みになっていた。
(今までの苦労は何だったんだ……)
嬉しさよりも今までの浪費した時間を思ってむしろ余計に疲れた。
疲れてはいたがまだ夜は始まったばかりであったので宿の庭まで出て、隠者の里で教えてもらった転移の契約魔素術を残りの魔素を使って練習した。
地面に転移元と転移先の術式を二か所に描く。
(いきなりの発動は難しかったがだんだんとコツをつかんできたぞ)
転移の魔素術式を構築する時、一定量の魔素量を常に放出し続けて、同じく一定の速度で魔素文字を描く。あと文字の太さは変えない。この約束を守ると術が発動しやすいことが練習を重ねるうちにわかってきた。
しばらくは転移の魔素術そのものが不発で光り輝かなかった。しかし最近は発動することが多くなってきたので次の段階に入っていた。すわなち『物が実際に移動するか』を試すのである。
いきなり生物で転移させるのはいろんな意味で怖いので、そこらに落ちている硬そうな石でまず試した。
――ボワァン――
自分の右側に組んだ転移の魔素術。こちらは転移元。
さらに左側にも転移の魔素術で、こちらは転移先となる。
鈍い音を出して、石は右側から左側へ移動した。
(やった! 成功だ!)
僕は移動した後の石を入念に観察した。
石は壊れていなかったが、表面に傷が二つほど付いていた。何らかの衝撃を受けての傷であり、転移させる前にはなかったので転移の最中に傷ついたという結論になる。この状態では生物で試すことはできない。
距離にしても足先から足先でわずか二十センチメートル程度である。
(はぁ……簡単には会得させてくれないな……)
道は険しいなと思い、大きなため息が出た。
僕は保有する魔素の量がこの世界の常人よりも遥かに多い。魔素の枯渇するということは滅多になく、一定量の回復もあるようでほぼ休まずに練習することができた。
この日も日中は隠者の里での索敵と狩り、その後転移の魔素術練習をおこなったが、それでも体感でまだ一割強ほどの魔素を体内に残していた。
僕は残りの魔素を使って、魔素術を込めるための『箱』の練習もした。これはケンザブロウたちが転移の魔素術を発動させるときに、先に箱に仕込んでおいた物を地面に投げつけて割ることで、術を発動させる技術を持っていたのを真似したものだ。
こちらは割れれば中の術が発動するようにするだけの『箱』なので、それほど苦労しなかった。
『箱』の術を発動させると同時に、雷の魔素術も発動させるようにして封じ込める。
――バン――
――ズバァン――
箱が地面にぶつかって壊れる音に続いて僕が仕込んだ雷の魔素術が地面に放散した。
(よし! これも成功だ)
こちらはそれほど時間がかからずに習得できた。込める雷の魔素術が強ければ、脆弱な『箱』では内側から壊れてしまうのでその点は注意しなければいけない。
さらに難点といえば同時に二つの系統の違う術を発動させる必要があり、戦闘中には作製できないといったと問題があるが、事前に大量の仕込みを行えばいろいろと利便性が高いことには違いなかった。
僕はこの技術を『魔素玉』と名付けることにした。
もっと実験しようと思っていたのだが、とうとう魔素が枯渇気味になり眠気が強烈に襲ってきた。宿の庭でも音が多少出るので、眠りにつく近所からの苦情が来てしまう前に今日の術練習をやめることにした。
******
火雲亭での朝。
僕とタクヤにコウタロウの三人で宿の朝食をとっていた。最近は僕がこっそりと宿の主人女将にお金を払っておかずを増やしてもらっていた。それをモリモリモクモクと食べる。
タクヤは元奴隷主の扱いが酷く、以前は筋骨たくましい健全な大学生だったのだが、僕が引き取るまでの間で相当痩せてしまっていた。しかし最近では鍛錬と食事改善の影響で、体重が戻りつつあり、前よりも筋肉質になっているといった。
(階位が上がった影響もあるだろう)
口には出さないが、経験上ではわかっていることである。
「なぁ、シュウ。今日はずっと宿で休むのか?」
タクヤが話しかけてきた。
「いいえ、まず港にいってコウタロウの身請けのお金を払って、奴隷契約を正式に解除してもらいます。あとついでに港の様子ももう一度見てきます」
「おっ。とうとうだな」
「それにアリサのことも考えなければいけません。ある程度お金に余裕があるので、一度スミルノフに話をつけに行こうと思います。それに注文してある防具の引き取りもします」
「わかった。それでいい。一緒に行こう」
朝食後三人で宿を出て、港へ向かった。
王都クラスノの港は前回僕が寄ったときよりもさらに閑散としていて人ひとり見なかった。どうみても港から船が出向する気配がない。
港内の管理宿舎のような建物へ行き、コウタロウを引き受けるときに約束した金を渡して、奴隷契約を解除するところまで見届けた。
元奴隷主人は今日も酔っぱらっていて、呂律も若干回っていなかった。お金を受け取っている最中にも奥から『お前の番だぞ~はやくこ~い』という仲間らしき声が聞こえてきた。どうやら賭け事に熱心なようで相当暇なのだろうと思われた。用事もないのでさっさと港を後にした。
「相変わらず仕事なさそうですね」
「船はまだまだ無理だな~」
海が不可能ならば陸路でカスツゥエラ王国に戻るしかない。
そのための障害は寒さとアリサの移動方法である。
寒さの問題を解決できるかは何とも言えないが、この間注文した群れ蜘蛛の糸で作った防具を受け取るために先にデイビッド武器防具店へ寄った。
――ガランガラン――
壊れそうな扉を押して店に入ると、いつもの髭面ドワーフが出てきた。
「ハンッ!」
いらっしゃいませ! ともどのようなご用件でしょうか? とも言わない無愛想なドワーフのデイビッド。
しかし僕にはわかっている。この『ハンッ!』を『完璧に仕上げといたぜ』と解釈した。
「デイビッド。頼んでおいた防具を受け取りに来ました」
僕がそう話しかける前から受付机の下に手を突っ込みゴソゴソと動かすと、机の上にバンと包まれたものを何個か置いた。
「とっくに出来上がっているよ。受け取りが遅いんで、他人に売っちまおうかと思っちまったぜ」
「ははは」
僕、タクヤ、コウタロウの三人で真新しい魔素服に腕を通す。日本でいう薄いダイビングスーツを想像してほしい。予想通り体にフィットしてこれなら旅人の服の中に着込むことができる。
「完璧」
破損して使い物にならなくなった以前の魔素服と同様、体の動きを制限することがない。魔素の通りも綿でできた旅人の服よりはるかに良い。僕の雷変にも支障がなさそうだ。これなら以前と同様か、それ以上の防御力を期待できるに違いなかった。
「ありがとうございます」
「ハンッ! いいってことよ」
「ところでその横の堤は?」
「ん? こいつはな……」
そういうと彼は三人分の靴と二人分の胸当てや肘膝当てを取り出した。
「あまりにもでけぇ群れ蜘蛛の親玉だったんでな。糸をいじるついでに作っちまったい。どうだい?」
「僕たちに?」
「それ以外に今誰がいるんだ?」
一応店を見回したが店主と僕たち三人以外にはだ~れもいない。店の隅には塵埃が積み重なり、それこそ小さな蜘蛛が巣を張っていた。
無言で靴を受け取って履いてみる。靴底を足して大きさを微調整するとジャストサイズになった。
「こっちは余った糸で作った。この糸加工に苦労したぜ」
靴は柔らかいが服と同じ素材で作られていて魔素の通りが良い。
「靴底には鉄とミスリルの合金を薄く加工して挟めてある。これで衝撃から守ってくれるし、蹴りの威力は倍増するぞ」
「なるほど」
靴底で店の床を力強くたたくと金属の感覚が分かった。それでいて糸の弾性もあるので音が非常に出にくい。
今度は二人分の胸当てを装備する――が僕たちは三人いてちょうど一人分足りない。
急遽話し合い、タクヤとコウタロウに装備してもらうことにした。黒光りする胸当てなどの一式を着込んだ姿を見ると、到底冒険初心者には見えない。悪くても中級だ。
「似合うじゃねぇか」
「何から何までありがとうございます」
「いいってことよ。こっちも貴重な素材扱ったし、余った素材はこっちでさばく。お互いにいい商売だったじゃねぇか」
「そう思います」
「またきなっ!」
三人で店を出る前に、初めてデイビッドの笑顔を見た気がした。
******
「なぁ、コウタロウ。この服寒さはかなり防いでくれるけど、山越えできると思うか?」
「無理だろう」
店を出てから三人でスミルノフの店へ向かっている途中での会話である。タクヤがコウタロウに意見を求めていた。
ついさっき新調した魔素服の防寒性は非常に高い。着込んだら秋風の王都が真夏とまでは言わないが、初夏ぐらいの体感温度にまで改善した。二人が言うには森まではいいけども、冬の山は別格で避けるべきだと言っている。
となると一冬を越えて雪解けを待って春に魔境経由でカスツゥエラ王国へ戻るのがベストだと考えた。
山登り経験豊富な二人の話を聞きながら、僕はこの後スミルノフとの話し合いに向けて、切り出し方を考えていた。
アリサはスミルノフに保護されていて、奴隷契約ではないと言った。ならば相応の礼を述べて、上手く身元を引き受けなければいけない。ここでこじれてしまうと奴隷契約の解除以上にやっかいになりそうで、気を引き締める。
王都クラスノの正門前にはスミルノフがいるはずの馬車移動を所倍とする店があった。
看板には『スミルノフ運行』と書かれいる。前回の王都正門での兵士とのやり取りと言い、看板と言い、おそらく店の代表なのだろうと推測した。
さらに言えば初めてドルドビ盗賊団に襲撃された時に、僕は彼が襲撃の黒幕だという可能性を残していた。
しかし周囲の評判や、あの時の対応をみると、やはり彼は盗賊団関係の者ではないと結論付けた。
スミルノフ運行の店は二階建ての木造の家で、その作りは簡素であるが立派である。奥からは馬の匂いが漂ってくるので、後ろには庭があって運行に出す馬を大量に飼育しているに違いない。
店内に入り、受付と思われる店員に話しかけた。初めはスミルノフが代表であることを確かめた上で、面会を希望したが『忙しくて会えない』と言われてしまった。そこで僕は『ドルドビ盗賊団を捕縛した時にいた冒険者と伝えてください』と言ったら、その数分後奥へ案内された。
そのまま階段を上がって二階へ行くとスミルノフが座って待っていた。
「お久しぶりです。シュウ殿」
「こちらこそ」
「その節は大変お世話になりました」
「いえいえ、とんでもないです」
向こうも僕のことを確かに覚えていて、その流れで先日移動途中に行方不明になったスミルノフ運行の店員について聞いてみた。
「あの者は解雇しました。大切なお客様を盗賊団に売ったのですから当然です。いま王都警備隊の捜査が始まっていますので、少なくとも王都内には居場所は直になくなるでしょう」
「何か理由があったのですか?」
「……借金です。賭場で大負けして多額の金を周囲から借りていました。それも筋のよろしくないところから。それで盗賊団の誘いに乗ってしまったのでしょう。運行中に大切なお客様の情報を漏らして襲わせるなど話になりません」
「そうでしたか……」
「これは当社からのお礼です。どうぞ受け取ってください」
スミルノフは幾ばくかの金銭を差し出してきた。金欠の僕はありがたく頂戴する。
「ところで……」
僕は本日の主要な用事である『アリサ』のことを切り出した。簡便にアリサは僕と同じ国の仲間で本人の意思に反してこの国へ移動したこと、保護したことを深く感謝していること、今後の身元引受をしたいことを伝えた。
スミルノフはしばらく腕組みをして考えた後、
「シュウ殿たちはどちらまで戻るつもりですか?」
と聞いてきた。
「カスツゥエラ王国の貿易都市トレドです」
「であれば今はまだ私の庇護下にいた方がよいと思います」
「それはどうしてですか?」
「ご存じか知りませんが、沖海が大荒れですべての国外行きの船が止まっています。もしトレドまで戻るのでしたら陸路となります。その場合は王都北から西へ続く魔境を通らねばなりません。あるいは途方もない距離を回るか」
「私も同じ意見です」
「もし魔境を通過するつもりならば、足の悪いアリサには無理だと思います。それに最近では魔境を越える冒険者はおらず、どうなっているか奥地の情報はありません」
「実は僕たちもその点で行き詰まっています」
「気持ちは立派ですが、やはり安全にトレドに戻れるまで、冒険者家業をなさっている方々よりも私の方でみた方が良いです。こう言っては失礼ですが、いつ死ぬかわからない冒険者と定住して安全運行している店の代表とでは比べ物にならないと思うのです」
「……」
そこまではっきり言われると僕たちは反論できなかった。
「私の話は決してアリサを今後も縛りつづけるということではありません」
「わかります」
「せっかく保護した方を失うというのは辛いものです」
そこまで話して扉がノックされスミルノフが呼ばれたので、
「お忙しいようなので失礼します」
と僕たち三人は店を出ることにした。
「何かあれば連絡ください。ちなみに護衛の依頼ならばシュウ殿たちへ依頼したいと思いますので、今度ぜひ受けてください」
「ありがとうございます。依頼が来る日まで腕を磨いておきます」
「それではまた」
僕たち三人はスミルノフの店を出た。
宿までの帰り道で再度話し合ったが、スミルノフのいう通りでしばらくは彼の庇護にあやかったほうがアリサは安全だという方針になった。
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