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新入大学生と不思議な指輪の異世界探索  作者: 蜜柑(みかん)
第二章 指輪の記憶
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第六十五話 隠者の里

「あんた、名前は何という?」


 このおじいさん。


 お茶や食べ物などの自慢話ばかりで、今の状況にとってどうでもいいことを永遠に話してくる。


 そこで僕は話題を変えるために、この老獪なおじいさんの名前を聞いてみることにした。向こうは僕のことをシュウと言ってきたのですでにこちらのことは下調べ済みのはずで、こちらからは名乗る必要はないと思った。


「ケンザブロウじゃ」

「ケンザブロウ……?」

「なんじゃ? 文句あるか」


(文句じゃなくて……)


 ずいぶん日本人みたいな名前だなと思う。断っておくがこの人はこちらの世界の住人だという僕の認識だ。


「そこの者がギンジ」


 ギンジは夜の宿に忍び込み僕を今日この場に誘った男だ。ミスト通りで僕の背後をとって声をかけてきた人でもある。


「ついでにそこの娘がコトエじゃ。昨日、お主が蹴り飛ばした女子(おなご)じゃ」

「えっ⁉」


 ケンザブロウが指差したのは先ほどお茶や団子を運んできた女性店員だった。


(……気づかなかった)


 コトエは僕のほうを向いてニコッと笑い、再び店奥へ消えていった。


「どうじゃ、すこーし興味が湧いただろう」

「ええ」


(すこしどころではないぞ。じいさんもそうだが、この店一体何なんだ?)


「シュウよ。時間はあるか?」

「?」


(ずいぶんと馴れ馴れしいな)


「この後まだ付き合わんか? と誘っとるのじゃ」

「ええと。まぁ……」

「なんじゃ。歯切れが悪い」

「それは昨日の今日で『まだついてこい』と言われてもちょっとまぁ……」


 季節は秋から冬、時刻は正午。太陽が寒いなりに一番高い位置にあった。


 短時間であるがここでの話し合いでケンザブロウたちは僕に対して敵意がないことはよ~くわかったつもりだ。


 まだわからないことだらけだけど迂闊にこれ以上踏み入ると何か起きそうで、彼らのことを調べてからまた話そうと考えた。


 あと先ほどのお茶と団子で少し腹の足しにはなったが成長期の満腹には程遠くて、早く宿なり屋台なりで蜘蛛討伐の報酬を使って量のある食事をとりたかったのもある。


「今日はここで引き揚げる」


 僕は誘いを断る。


「つれないのぅ」


 ケンザブロウは眉間にしわを寄せて、よいしょっと腰を上げて店の奥へ歩き始めた。背中を向けたまま、


「来てくれれば旨いもんがまだあるのにのぅ。残念じゃ」


とぼそっと呟いた。


「やっぱり行きます」


 僕は勢いよく立ち上がるのだった。


******


 店奥にそのまま案内されると周囲から視界を遮ることができる塀に囲まれた空き地に出た。


 ちなみに空き地につくまでにちょっとの間に、僕はさんざん指輪に『阿呆』、『馬鹿』だの罵倒を浴びせられたことは言うまでもない。


「今日はこのまま移動しよう。客人に走らせるのも具合が悪いしのぅ」

「?」


 僕はケンザブロウの話した意味が分からなかったが、ギンジが胸元から手で握れる大きさの玉を取り出した。僕の隣には紹介された女性店員のコトエが立っている。


 ケンザブロウが目くばせをしたら、それを合図にギンジが玉を地面にぶつけた。その直後、


――ボワァン――


と鈍い音を出して魔素文字が地面に展開され、一瞬で視界が切り替わった。


(ここは?)


 周囲は森林となり、鳥の鳴き声に交じって魔物の遠吠えのような音まで聞こえてくる。自分の立っているところ周囲には、ところどころ焼き焦げて倒れた木々が目立つ。


(まさかっ⁉)


「そうじゃ、お主が昨日わしらと戦った魔境の森じゃ」


 驚く様子の僕を落ち着かせるようにケンザブロウは言った。昨日の戦闘で襲撃者にあたらなかった雷の魔素術は木々を焼き倒していた。それに違いなかった。


「これは転移では⁉」

「そうじゃよ。また少~し気になってきたであろう?」

「ええ。それはもう」

「さ、こっちへ来るがよい」


 そのままケンザブロウ、ギンジ、コトエと僕の四人で魔境の森を数分ほど歩いた。たしかここは魔境の入り口近くで、魔物は少ないがいないわけではない。警戒しながら僕は進んでいく。残りの三人も街中とは変わり、音を消して歩いていた。


「ここじゃ」


 三人が立ち止まったのは魔境の森のとある場所。今まで続いていた森林が四方に広がってはいるが特別変わった様子はない。


「驚くなかれ」


 そのまま歩くと突然前を行っていたケンザブロウが消えた。


「!」

「そのまま歩いてください」


 後ろを歩いていたコトエが僕に進めと促してくる。綺麗な女性に非常に弱い僕はそのまま歩いたが、ケンザブロウが消えた場所で僕の視界が再び切り替わった。


「おおっ!」


 そこには開拓された平地と多数の畑、藁や木でできた家があった。数は軽く二百以上あって、結構な規模の村だった。住人は千人近くいるのではないだろうか。


 今立っているのは少し高い丘になっていて、そこからあぜ道を歩いている村人と思われる人々が確認できた。どうやら人間族だけでなく、猫人族、犬人族のほか、狼人族などありとあらゆる種族が一緒に暮らしているようだ。訓練中の者たち、畑仕事の者たち、木々や魔物を持ち運ぶ者たちと様々だ。


(周囲から視界を遮って空間を作っているのか?)


 後ろからつい先ほどまで見えていなかったコトエとギンジが同じ領域に入ってきたので姿を確認できるようになった。


 そのまま前に歩くケンザブロウの後を追って再び歩き出す。


「驚いたか?」

「ええ。すごいです」


 いつの間にかケンザブロウに対して僕は警戒を解き、敬語になっていた。間もなく大きな(わら)ぶきの家に着いて中に案内された。


******


「さて、少し腰を落ち着けて話そうかのぅ」

「ええ、お願いします。聞きたいことがいっぱいあります」

「そうじゃろ、そうじゃろ」


 今この場にはケンザブロウとコトエ、ギンジが座っている。驚いたことにこの部屋の床は日本でいう『畳』に非常に近い作りだった。張り替えたばかりなのであろう新しい畳の匂いが寄ってくる。


 僕がいる周囲には三人のほかにも複数の魔素探知と雷探知で引っかかる反応があるが殺気はない。きっと聞き耳を立てているという状況なのだろう。


「まずお主を理不尽に襲ってすまなかった。わしはこの『隠者の里』の(おさ)であるケンザブロウ=フワである。皆は『お(かしら)』と呼ぶがな」


 僕は名前が日本人みたいなことを聞こうと思ったが、話の腰を折るといけないのでやめた。


「シュウが倒したものは、この隠者の里の裏切り者なのじゃ」

「裏切り者ですか?」

「そうじゃ。おおよそ五年ほど前にこの袂を分かれた者たちじゃ」

「それでは裏切り者とは呼ばないのではないのですか?」

「まぁ、そう話を急ぐな。この里は見ての通りいろんな種族が住んでおる。借金地獄になって売られた者、戦争で両親を亡くした子供、人種迫害にあった者、王都の暮らしになじめない者、理不尽な罪を着せられた者……。みなそれぞれ事情を抱えておる。そういった者たちを受け入れて、手を取り合って暮らしていく里なのじゃ」

「なるほど」

「わしらの祖先である初代お頭さまは、そういった弱者を見つけては引き取って今の里の原型をつくった。里人には生活の術として衣類を着ることからはじまり、食物を見つけることや仲間と共同で暮らすこと、狩猟と戦闘の技術、魔素術……ありとあらゆる自立して生活する技術を教え込んだのじゃ」

「素晴らしいことです」

「教え込まれた技術を生かして自立した者たちは出てゆき、いつか里へ恩返しをする。それは外へ出て金を稼いだりといったことを含む」


 顎鬚をなぞりながらケンザブロウは続けた。


「だが里にはそういった掟を嫌がるものが必ず出る」

「……」


 そりゃそうだろうと僕は思う。


「出ていくものを強く止めるわけではないが、最低限この里のことを話すのはやめてもらわねばならない。何せ魔境の入り口とは言え、里を世間から隠しているのじゃ。見つけられるといろいろと都合が悪い」

「わかります」

「今から五年ほど前に里から裏切り者が出た。里を出たいと申し出た者が数人おってな。そやつらは戦闘技術に関してだけはままあるのだが、それほど頭が良くなく世間に疎かった。なので里外へ出たら騙されて借金奴隷落ちするのが目に見えていた。当時のお頭はあくまで説得を続け、どうにか思いとどまらせたらしい」

「それで解決したのでは?」

「説得された様子を見せて、結局は出ていくつもりだったのじゃ。それも説得にあたった里の重職を数人ほど闇討ちで殺してな」

「! どうして闇討ちだと判断したのですか?」

「死体の傷はすべて背後から突き刺してあった。これが裏切りでなくて何になる?」

「……」

「裏切り者たちは何が気に食わんかったのか、今となっては儂には真実はわからん。だがおそらく長年の恨みつらみが出たのではないかと思う。この里は集団行動が必要なので、独りよがりはできんからな」

「そうでしょうね」

「殺された数人には先代のお頭が含まれていた。そのため急遽わしがお頭となり、里の立て直しと裏切り者たちの追跡をすることとなった。もちろん見つけ次第殺す予定じゃった」

「……」

「殺人を犯して里を裏切った者たちではあるが、儂ら直伝の技術を伝えておる。その追跡は極めて困難であった。そこに……」

「僕が偶然捕縛していた、というわけですね」

「その通りじゃ。里に代わって礼を言う。本当にありがとう」


 三人に深々と頭を下げられた僕は少し照れくさくなった。


「暗い話だったがそれだけではないぞ。さきほどの店は一人前となって里を出た後に自立した者が経営している店じゃ。やはり人間族は商売が上手いようで稼いでおる。今でもつながりを絶たずに里へ寄付をしてくれる数少ない協力者の店じゃ。コトエもそこで働いて情報集めをしていた」

「そうでしたか」


 そこまで話してお茶が運ばれてきた。緑色の良い香りがする。先ほどの店のお茶は日本でいうハーブティだと思ったが、今後の茶は緑茶に近いと思った。


「美味しいですね」

「そうじゃろ、そうじゃろ」

「ところでいくつか聞きたいことがあります」

「里の恩人じゃ。遠慮するでない」


 僕が聞き出したいのは先ほどの玉をぶつけて転移した技術、おそらくなにかの魔素術の応用ではないかと思っているが、その点を聞いてみた。しかし、


「里の重大な秘密なので」


と言われてしまう。ちなみに里の者たちに襲撃されたのは罠に僕が引っかかったのだが、そこはいくつかある転移魔素術の転移先に指定されている場所だった。そのため罠に引っかかった僕を、逃げ出したりした里に恨みを持つ者じゃないかとみなして襲ってきたといわれた。


「では質問を変えます。あなたたちの祖先はどこから来たのですか?」

「わしもわからん。もう何十代も前のことで当時の記録を探らねばいかん。それを見つけようとしても一銭の金にも魔石にも代えられんのでやっておらん。蔵には秘蔵の記録があるが……」

「それも重大な秘密、なのですね」


 ケンザブロウは頷いた。


 どうやら教えてくれないようだ。


「まだあります。里の入り口に関してです。あれはどうやっているのですか?」

「あれは光の魔素術を使っておる。初代のお頭様がこの地に居住を決めたとき、不用意に発見されるのを防ぐため、設置したという術じゃ。今でも魔石を足すことで維持できておる」

「なるほど」

「あれは視界をごまかすだけであって、においや音を消すわけではない。魔境から魔物が迷入してくることなんぞ、日常茶飯事じゃ。じゃからここで暮らすには最低の強さが必要となる。そしてそこに至るまでは里の仲間で協力して守る」

「それは良い環境ですね」


 そこまで言って、横に座っていたコトエが口を開いた。


「里の維持にはそれなりの魔石が必要です。ですが魔境の魔物は平原や草原と比べると強く、中には私たちの攻撃や魔素術が通用せずに手こずる種類がいます。先日シュウ殿が冒険者ギルドへ提出した群れ蜘蛛もそうです」

「そこで……」


 コトエに話させておいて、ケンザブロウが再び口を開いた。


「……お主と取引じゃ」

「?」

「お主はどうも探知に非常に長けておる。なぜかはわからぬがな」


(指輪の能力でございます。僕の探知は狭い範囲しかできません)


 決して口には出さない。


「それに群れ蜘蛛の死骸を冒険者ギルドに届けただろう? あれは運で死骸を見つけられる程度の魔物では決してない。十中八九お主が討伐したのじゃろう。非常に珍しい雷の魔素術を使っているのはすでに儂も直接見た。ならばその技術はわしらにとって喉から欲しい。あるいは協力してほしい。そういうことじゃな」

「?」

「まだ話が読めぬか」


 ケンザブロウさんはコトエに目くばせした。今後はコトエが話した。


「私たちの魔物討伐を手伝ってほしいのです」

「なるほど」

「代わりに私たちは……」

「僕に協力してくれる。さらに先ほど転移の魔素技術も教える、といった取引ですか?」

「その通りです」


 彼らの目的が判明して、僕はしばらく考える。


(取引は悪くないどころかかなり良い。転移の魔素術は今の僕にとって喉から手が出るほど欲しい)


「了解しました。取引しましょう」

「やった!」


 コトエはすごく嬉しがった。


「討伐した魔物の報酬はその成果に応じて半々でお願いします。ただし魔石は事情を聴きましたので譲ります。あと里の蔵をそのうち見せてください。もちろん中の者は盗みませんよ。見るだけです」


 ここに双方が利益の出る約束が成立した。



 ケンザブロウはシュウにわからないように背を向けて『予想通り女性に弱い。これは使えそうじゃ』と笑っていたのだった。


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