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新入大学生と不思議な指輪の異世界探索  作者: 蜜柑(みかん)
第二章 指輪の記憶
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第六十四話 接触

 一部表現を修正しました。

 最近宿では連日の会議が開催されている。メンバーは僕とタクヤにコウタロウの三人で、議題は帰路のことだ。


 日本へ戻るためにはカスツゥエラ王国の貿易都市トレドまで戻る必要がある。その方法を三人で夕から夜まで検討するのだ。



「今日見てきた魔境は……」


 僕はタクヤとコウタロウに宿で食事をとりながら見てきたことを伝えた。


 道にもよるが倒した蜘蛛のように危険な魔物が多いこと、移動は魔境内の森を抜けたら複数の山越えがあること、その山の麓でもすでに雪が積もっていたこと、通常の服装では森に居ても寒く体力を奪われることが主な内容であった。


 二人は大学のワンダーフォーゲル部に数年以上在籍していて、山登りに詳しいようだ。


「難しいな」

「そうだな……」

「魔物はシュウに倒してもらうとして、それでも今の装備では途中で凍え死ぬのがいいところだな」


(僕もそう思う)


 結局その日は良い案が出ずに、議論を途中でやめて討伐成果の余韻に浸るのであった。


 余談だが、王都クラスノにも酒が売られており、二人は次の日が生活費稼ぎの狩りに行くときは二日酔いにならない程度に毎回宿で飲んでいる。


 対して休みの前日のことを彼らは『花金』と呼び、思うことをさんざん叫びながら大量に呑んでいた。そして頭痛で目が覚めて、魔素術の扱いが荒くなり僕に怒られるのである。


 彼らが言うには、奴隷だった頃はこういった娯楽がなく、また日本に居た時は酒飲みだったこともあり、毎晩あーだこーだと言いながら酔っていくのが楽しいんだそうな。


 僕は付き合っていられず、食事を終えると早々に寝るために部屋へ戻った。


 ふと部屋に入る扉の下に紙きれが挟まっているのに気づく。


(なんだろう?)


 身を屈めて紙を取ると折られていたので不思議に思いながら中を見ようとした。


「もしもし」


 いきなり声を掛けられた。反射的に音の方向へ身構える。


 音は宿である火雲亭二階の廊下突き当り方向からで、そこには窓があった。人が一人くぐれるような比較的大きな窓だったのだが、その枠に黒装束を着た者が器用に立ち座りしていた。


「シュウ殿」


 全く見覚えがない声だ。衣装だけ見れば夕方襲ってきた奴にすごく似ている。


「だれだっ!」


 宿の二階廊下には僕とこいつ以外いない。


「しっ! 静かに。周りに気づかれると面倒です」

「貴様は誰だと聞いているんだ。森で襲ってきた仲間か?」

「お(かしら)が呼んでいます。明日その紙の書かれている場所にて待っています」

「なんだと!」


 僕の行動をお前が決めるんじゃない。そう言ってやろうと思い、近づいてとっ捕まえようと一歩を踏み出した。黒装束の者は、


――ボォン――


と廊下に何かを投げつけると音出して弾けて煙が廊下を埋め尽くした。


 そのまま警戒しつつ窓枠へ移動したが、そこにはすでに誰の姿もなかった。指輪も魔素を追ってくれていたが黒装束の者が庭に降り立ち、そこで探知不可能となったらしい。


(手練れが多すぎる)


 僕は二人が無事か気になって食堂まで降りたが、大変盛り上がっているのが確認できたので部屋にそのまま戻った。扉に挟んであった紙には『明日の正午、ミスト通り、王都正門側にて』と書かれていた。


 ミスト通りとはウォー通りと並行して走る王都クラスノの大通り名称のことだ。ウォー通りは商店が連ねているが、対照的にミスト通りは商店がなくて住宅街であり、平民からどちらかというと比較的裕福な人たちが住む場所にあたる。


 そこの正門側を示していた。


(……面白いじゃないか)


 黒装束は今回武器で襲ってこなかった。興味が湧いた僕は、明日言われた通りにその場所へ行ってやろうと思った。


 夜間は指輪に警戒を任せて僕は眠りにつく。


 指輪は不眠不休なので『暇じゃないか?』と聞いたら、『地面に放置されていた長い長い時間を考えれば夜明けまでなど瞬きする時間に等しい』とのこと言われてしまった。


******


――翌朝――


 僕は例のごとく自分の稽古や魔素術訓練と、タクヤにコウタロウの訓練に付き合ってから食事をとった。


 体が資本。


 この世界では病気や怪我だと行動が大きく制限されてしまって収入も減る。政府側による補償などあるわけがない。


 今日は黒パンほどではないにしろ固いパンと、肉と野菜が入ったスープが朝食メニューだった。滞在が長期化しているので、栄養バランスを考えて一品多くつけてもらうよう宿側とそろそろ交渉しようと考えている。


 出発前には宿の主人か女将に行き先と宿へ戻るおおよその時間を告げる。これは到着が大幅に遅れた場合には、王都の警備兵に問い合わせてもったり、万が一の場合には捜索してもらうためだった。


 警備兵側が応じるかはなんとも言えないが、主人は相変わらず『フンッ』といって僕と二人を送り出してくれた。この『フンッ』という言葉を僕は毎回『気を付けて行ってらっしゃいませ。何かありましたら全力で探します』と拡大解釈することにしている。


 さてさて。


 約束の正午までたっぷり時間があったので、僕はデイビッドの武器防具店に用事があったので向かった。


 相変わらずボロ屋に風が吹けば壊れそうな扉を開いて店内に入ると、奥からむさくるしいドワーフが出てきた。


「こんにちは、デイビッド」

「おまえか。今日はなんだ? もう金でも出来たのか?」


 先日デイビッドの好意にて武器を前渡ししてもらっていた。群れ蜘蛛討伐の報酬で僕はさっさと支払いを済ませた。さらに僕はこの腕のよさそうなドワーフに依頼することがあった。


「あのう」

「なんだ、まだ用事か?」


 金を受け取り奥へ引っ込もうとしたドワーフを呼び止めた。


「魔素の通りの良い防具がほしいです。やわらかく体を包み込むように着ることができて防御力は高い。肩回りとかは一切戦闘の邪魔にならない。そんな衣類がほしいです」

「けっ! そんな都合の良い防具なんてあるかよっ!」


 彼は否定したが僕は食い下がる。


「奥に空き地はありますか?」

「あるが……工房は見せられないぞ。おれの秘密だ」

「わかっています。邪魔はしません。見せたいものがあります」


 敷地内の人目のつきにくい武器防具屋奥の敷地まで出て、僕は保管庫(インベントリ)から群れ蜘蛛の親を出した。いきなり目の前に五メートル近い蜘蛛が出現したので、デイビッドはかなり驚いたがすぐに興味を示した。


「こいつぁ、群れ蜘蛛の親玉じゃねぇか。しかも上物だ」


 彼は蜘蛛の亡骸の周囲を歩きながら、その素材を真剣な眼差しで見つめている。彼は『頭部があれば毒袋が回収できたのに……』と嘆いたが、頭部と潰して倒したので回収は不可能だったことを説明した。


「こいつの糸は強靭で力では切れませんでした。それに魔素の通りもすごくいいです。この糸でさっき話したような防具を作れませんか?」

「フンッ!」


 僕はこの『フンッ!』を『できるに決まっているぜ!』と解釈した。


「いくらになりますか?」


 構わず続けてみた。


「素材の解体に、防具づくり……素材の持ち込みで……」


 彼はしばらく考えたのち、指を四本立てた。


「銀貨四枚ですか? ありがとうございます」

「ばかやろう。金貨四枚だ。それは譲れん」


(ちっ。結局、稼いだお金が消えていくのか)


 少しため息をついたが、今のただの布では防御力も防寒性もない。僕はその値段を払うことにした。


「何人分作れますか?」

「やってみなきゃわからねぇ。だが二人分はいけると思うぞ」

「さっき言った通りに糸は上下の服としてください。なるべく全身を覆うように、最低三人分でお願いします。一つは僕の分で、残りの二つは身長と体格が僕よりやや小さくて細いです」

「ん」

「それに外殻。あれも防具にしてください」

「わかった」


 彼はそこまで言うとさっそく奥から解体の道具を出してきて作業を始めた。そこからはほかに良い素材が取れる場所がないか聞いてみたが、全く耳に入らないようで諦めた。僕はその場を後するのだった。


******


 正午少し前に指定されたミスト通りの王都正門側に着いた。


 先に到着して昨日の奴を見つけて脅かしてやろうなんてと思っていたが、人通りが多すぎて全く分からなかった。これだけいると指輪も魔素探知で個別に判別するのは難しいみたいだ。


「もしもし」


 僕はハッとして後ろを振り返った。後ろには昨日宿で見た人物と背格好の似た人が中央に一人、その脇に二人の男性が立っていた。体や四肢は細いがそのバランスや重心はやはり只者ではないと思った。


「昨日の奴だな?」

「その通りです。その節は大変失礼しました」


 中央の男性は礼儀正しかった。


(いけない。僕はこういうやつに騙されやすいんだ)


 気を引き締める。


「何の用だ? 見たところ襲撃してきた奴らとお前は同じ集団じゃないか?」

「昨日のことを言っているのでしたら、その通りでございます」

「だったらなおさら何の用だ?」


 語気を強めて僕は問う。


「お頭があなたと話したいと言っています。ぜひご足労いただけないでしょうか? それほど時間は取らせません」


 そこまで言われて敵の意図を考えてみた。襲撃ならば昨日宿で寝てから襲ってくればいい。それをやらなかったということは、攻撃の意思はない可能性が高い。もしかしたら本当に会って話したいだけなのかも……。


 そこで僕は、


「どうしても話したいんならばそのお頭とやらが来い。場所は僕が指定する」


と言ってみる。


「いいでしょう。どこにしましょうか?」


 思いのほか僕の意見が通った。


「そうだな……」


 その先のことを考えていなかったので、場所をどこに指定しようか思案していると目の前に良さそうな店があった。


「そこはどうだ?」

「……いいでしょう」


 僕が指差した店というのは通りに面して見通しが良いところに、日本でいう喫茶店のような商売をしていた。今は秋から冬にかけて寒いので、暖かい飲み物を売っているようで、鍋から湯気が出ていてそれが通る人々の目にとまり、客足を止めていてかなり盛況だった。次々に客に飲み物を渡すようで、客の回転も良い。


 商品や金銭の受け渡し、受け取り場所の横には長椅子が複数置かれていて、座って楽しむこともできる。


 僕はその三人に前を歩かせて指定した店に入った。


 向き合う形で長椅子に腰かける。すぐ傍には他の客がすでにいて、いい香りのする茶を飲んでいるようだった。


 店員が『注文はいかがしますか?』と言ってきたので、メニューの一番上にあった飲み物を四つほど頼んでやった。


(お前らのおごりだからな)


 僕は一切支払うつもりがない。


 飲み物が運ばれてくるまでに僕は三人の様子を伺う。が、一切話しかける気はなく、若干笑いながら僕の方を見ているだけだ。


「なんだよ?」

「いいえ。なんでもないですよ」

「用件があるならさっさと言え」


 どうも僕はこいつらに弄ばれている気がしてきた。座っている長椅子をひっくり返して、怒って帰ってやろうかと思い始める。


 間もなく先ほどの注文を受けた店員が、頼んだ飲み物を四つ持ってきて手渡ししてきた。


「こちらは王都クラスノ特産の香り茶になります」


(たしかに良い香りがする。心が休まるようだ)


 香り茶と言うのは日本でいうハーブティにあたるのではないかと思った。香りを楽しみ、味を楽しむ。


「どうじゃ? うまいじゃろ」


(ん? いきなり会話に入ってきたな)


 僕が座る前に隣に座っていた男性に突如声を掛けられた。思い出すまで少し時間を要したが、この声には覚えがあった。


(! 昨日の襲撃者だ!)


 慌てて声の方に向き直ると、そこには白髪の男性がのんびりと座って茶を楽しんでいた。


「聞こえたか? 旨いじゃろ?」

「!」


 間違いない。


 眼元は昨日の黒装束の合間から見ていた襲撃者である。もっとも今は戦意がないが。


 慌てて僕はその場から飛びのこうとする。が、気づかぬ間に両の足が、盛り上がった土に埋まっていて、それに気づいていないため飛べなかった。カクンと力の行き場を失い、乱暴にまた長椅子に腰かける形になってしまう。


「そうそう、慌てるでない」

「おまえはっ!」

「こーれ、人がいっぱいおるぞ。声を抑えよ。それにわしらに敵意はないぞ」


 確かに殺気もなく、ただ茶を楽しんでいるおじさんが座っているだけだ。周りは僕を不思議に思ったが、やがて興味を失ってまた通りの左右へ流れていった。


 仕方ないのでおとなしく僕も長椅子に座り直した。


 前に居る三人の様子も変わりない。


「おぬし、流派は?」

「えっ?」

「流派は?」

「流派?」

「そうじゃ。あれだけの立ち回り。きっと良い師がおるのじゃろう」


 昨日の集団戦はアオイの祖父であるジュウゾウさんに仕込まれたものだ。なので、


如月(きさらぎ)流」


と僕はそれだけ答える。


「キサラギ流か。いい名前じゃの?」


 ずずぅと美味しそうに再び茶を飲み干すと、


「昨日はすまなんだ。あれはこちらの不手際である」


と言い出す。


「?」

「昨日おぬしが投げてきた武器があったじゃろう」


(僕が襲撃者から回収した暗具のことか)


「あれはわしらの仲間から抜け出た『裏切り者』が使っていた武器なのじゃ」

「……」

「それを使っていたので、初めは裏切り者の仲間かと思い、捕まえて居場所を割らせるつもりだったのじゃ」

「……」

「お主はまるで関係ないようなことを言っておったので、あの後わしは仲間を使って事実を確かめた。すると新人冒険者のシュウと呼ばれている者が捕縛したということがわかった。今日は謝罪のためにお主を呼んだのじゃ。ささ、遠慮なく飲んで食うがよい」


 昼時で腹が空いていた。相手の意図もわかったような気になり、僕は遠慮なく運ばれてくる物を食べる。そこには串刺しされた三つの丸い何かに黒い何かが掛けられていた。


(こっ、これはっ⁉)


「気に入ったか? これがここのもう一つの名物である『ダンゴ』じゃ」


 間違いない。日本の団子(ダンゴ)である。かかっているのは緑色の粘調のある液体だが、味は先ほどのお茶の味に似ていた。


(旨い)


 すっかり懐柔された僕におじさんはそのまま話を続けてきた。


 読んでいただきまして、ありがとうございます。

 よろしければブックマーク、評価をお願いしたいと思います。

 よろしくお願いします。

 

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