第九話 異世界探検再開
異世界に入ると名前はカタカナ表記になります。例 麗奈→レイナ です。主人公は修二ですが、シュウとなりますのでご注意ください。
早朝、目覚めると熱は下がっていて一番に顔を洗った。
三日間寝込んで水だけだったはずなのに体はすごく調子が良かったので、トレーニングを再開した。母親には無理するなと言われたが、調子のいい体を使ってみたかった。
それから木刀を持たずして、忘れないうちに教えてもらった型の体裁きを繰り返す。
ふと左手を見るとこの間まで十字の紋章が二つで黒色と灰色だったのに、今日気づいたときには二つとも黒色になっていた。灰色の紋章はシゲを戦闘した直後から、発熱で寝込むまで間違いなく灰色だった。
『はやくも欲望と嫉妬を授かったか』
(? 指輪、また意味の分からないことを言うな)
「あんまり無理するんじゃありません」
「はーい」
母親に怒られてしまい、おとなしく朝ご飯にした。
明里は学校へ向かう。
僕は通うはずだった大学の校舎そのものが消失しているので、通う場所がない。先日、郵送で正式に通学に関して連絡が来て、都内のほかの大学からオンライン講義を受けることになっていた。講義は関連する項目をネット上で選択して閲覧して、各講義で設定された質問に対する回答や感想を提出しなければいけない。
ネットに接続して放置したでは講義を受けたとは認めない措置が取られていたが、動画は倍速表示ができるので、集中すれば通常よりも早く終えることができるのであった。試験などについては後に連絡が来ると言っていた。
どんなものかと思っていたが、家で受講できるのはアルバイトで時間が欲しい僕にとっては、有難い対応だった。
身体能力の上昇はここでも役に立って、二倍速表示で講義を受け続け、一週間で空き時間を見つけて講義を受け続けることでかなりの数を消化できた。
連日のオンライン講義、アルバイト、さらにトレーニングと剣術の型稽古をこなして、一週間ほど経過した頃、テレビから流れるニュースは次の話題に移り始めていた。芸能人の浮気、政府の不正、警察の不祥事、中国関連ニュース……
ほどなくして僕に付いていた警察官が警戒を解いて見張りがいなくなった。僕は事件に関与したが、この事態を引き起こした本人ではないので当然だと思った。
******
その日の早朝、今までは行動監視がついていたがはずれて一人で自由に行動できるようになり、大学の方がどうなったのか気になって通うはずだった大学校舎を見に行くことにした。
大学入試と入学手続き、それに講義初日の三回行っただけだったが、場所はしっかり覚えていて迷うことなく校舎に着いた。途中の最寄り駅で見知った顔に声をかけられた。
「修っ!」
相変わらず綺麗な声で、僕は振り向く前にすぐに麗奈だとわかった。
「麗奈、久しぶり」
「お久しぶりです。たまには連絡くださいね。修は最近どうしていましたか?」
家に戻ってアルバイトしていること、シゲの家に行ったこと、その後熱を出していることを伝えた。
オンライン講義が始まって詰め込みながら勉強を続けていたが、麗奈はあんなことがあったので気分転換に旅行に出かけていたと言った。道理で手ごろなスーツケースを持っていて、その帰りにたまたま寄ったとのことだった。
「あっそういえば。葵の家に行って、重蔵さんっていうおじいさんに武術を習ったんだ」
「えっ」
麗奈の興味は武術に習ったよりも、葵の家に行ったことにあったようで、泊ったことを言ったら不機嫌になってぶつくさ言い始めた。
「遅れてしまい……。私も……」
よく聞き取れなかったけど、聞こえなくて正解の気がした。
大学校舎の前に着いて、改めてその敷地を見直す。
僕があの日くぐった門だけが残っていて、そこから先と校舎敷地を囲んでいた塀が一切なくなっていた。
地面も数メートルは低くなっていて、地面がむき出しになっている。
周囲を囲むように警察立ち入り禁止テープが張られていたが、すでに調査は終わっていたようでそれ関係と思われる人はいなかった。珍しそうに行き交う人たちが視線を送り、写真を撮っている人もいた。
「こんなになってしまったんですね」
「ひどいね。正直、よく戻って来れたと思う」
立ち入り禁止のテープが張り巡らされていたが、テープを越えて残された門の近くに一人の男性が立っていた。いや立ち尽くしていたと言った方が正しい。
どこか力ない様子でいた男性は、事件の関係者かと思った。当事者で顔が出ているかもしれない僕が声をかけるのはまずいと思ったが、彼がなかなか動かないので、門の様子を見るだけと思って二人で近づく。
男性はまだその場にいた。
「ねぇ、この門ってあっちにもありませんでしたか?」
「そうなんだ。そこに違和感があるんだ。確かに僕は向こうで、みんなに帰れる可能性を示すためにこの門に触れて魔素を放ったはず。で、大学校舎は戻ってきていないのに、この門だけここにあることがおかしい。麗奈はどう思う?」
「うーん、私にはわからないです。ちょっと近づいてみましょうか?」
近づくと間違いなくあの時の門だった。誘惑に駆られて僕は魔素を放った。門はすぐに反応して淡い光を放ち輝き始める!
門の中に引き込まれるような突風を感じて、
(しまった!)
そう思った時には遅かった。
僕と麗奈、そこにいた男性一人を巻き込んで、門の中に引きずり込まれてしまった。
******
「ここは?」
男性がつぶやく。
立ち尽くす僕は質問に絶望で答えられない。
間違いなく日本から消えた大学校舎が目の前にあった。
「また異世界へ戻ってしまいましたね」
少し嬉しそうな顔をしてレイナが僕に言う。一緒に巻き込まれた男性は唖然としていたが、僕たちの説明をよく聞いてくれた。
すぐに戻ることになって、あのオークと殺し合いをした洞窟へ向かった。途中の景色も洞窟の位置もそのままでまちがいなくあの世界だった。
洞窟の奥にたどり着いた僕は、前と同じで返す『門』とやらに魔素を流す。魔素に反応して地面に描かれた門は輝きだして風がおこったが、輝きも巻き起こった風も依然と比べて格段に弱かった。魔素を出し尽くした疲労で僕は膝をついた。
「はぁはぁ……。ダメみたいなんだ。何が違うだろう」
「うーん、私も手伝ってみますか?」
きょとんとしている男性をそのままにして、今後は僕とレイナの二人でやってみた。さっきよりは光は強いが、それでも門は起動しない。
「二人だとさっきより可能性を感じるけど、まだ足りないな」
「私もそう思います」
二人で連れてきてしまった男性を見たが、とても戦力になるとは思えなかった。何よりこの世界でまだゴブリンを倒していない。
「帰れる可能性は残っていますので、一度大学校舎に引き上げませんか?」
レイナの提案に僕は頷く。大学校舎内は前と変わらないようで、サークル棟へ行って予備のバッドを確保した。その後保管庫へ行って食糧を荷物の中にありったけ詰めて、またサークル棟の新体操部部室へ戻った。
「こんなことになってしまってすまない」
「いいえ、仕方ないと思います。それよりもシュウは魔素を日常でも使えたんですね」
「だまっていてごめん。みんなが使えないのに、僕だけが使えると疑われると思ったんだ」
「当然だと思います」
彼女は僕を許してくれていた。さて、もう一人の男性に話しかける。
「聞いていたと思うけど、僕は黒田修二です。シュウと呼んでください。こちらはレイナです。知っていると思いますが、僕らは大学が一瞬で消えてしまった〇×大学消失事件の被害者です。いま僕たち三人がいる世界はいままでの僕たちの知っている世界と違っていて、しかもここは事件に巻き込まれてしまった人たちがいた大学校舎で間違いないと思います。ここから脱出するのに協力してもらえませんか?」
「ここがそうなんだ」
悲観せずにそういった男性は、今野時雨と名乗った。シグレは僕たちに着いてきてくれることを約束してくれた。
(なんとしても生きて帰られなければいけないな。最悪、レイナとシグレだけでも)
『これからどうするのじゃ?』
(まずは近くにいる人を探す。確かレイナと屋上で夜中に会ったとき、明かりを見た。まずはそちらに向かってみようと思う)
『そうじゃったな。たしかおぬしの勇気が足りず、レイナを抱かなかったときじゃ』
(うるさいぞ、指輪)
まだ昼間だったので、屋上からみた渓谷の方向に人が住んでいる可能性があることを説明して、僕ら三人で一度様子を見に行くことになった。
先頭を僕が、後ろをレイナとシグレがついてくる。
途中でゴブリンに数匹出くわしたのできっちり倒して、シグレにも初めの一匹を倒してもらった。身体能力の変化はシグレも実感していた。
さらに道中ですでに亡くなっていた一人冒険者の亡骸を見つけた。遺体はすでに白骨化していた。情報が少しでも欲しい僕は地図でも出てこないかと思って、全身を探った。
残念ながら地図はなかったが、靴の中からお金と思われる硬貨と手紙を見つけた。硬貨は日本の五百円玉ぐらいで三種類の色をしていた。高価にみえる金色に光った硬貨も数枚あった。役立つかは分からなかったが、遺体の着ていたぼろくなった服とさびたナイフを回収した。
(なぜ隠すようにこの遺体は所持品を靴に入れていたのだろうか?)
手紙の文字は読めず、疑問は解決しないままその場を後にした。
しばらく歩くと渓谷を抜けて丘に出た。さらに丘の向こうに数件の集落を見つけて、僕らは飛び上がりそうになった。
集落にたどり着くと、日本でいう大正ぐらいの古い木製の家が数件集まっていて、一番大きい二階建ての家の前に立って扉を叩いた。家の住人が出てきて、姿は間違いなく僕らと同じ人間だったが、いかんせん言葉が通じなかった。
身ぶり手ぶりで説明しているが一向に話が通じない……。
出てきていたのが女性で四十歳台、しかめっ面しているおばさんだったが、奥から別の住人と思われる男性が入ってきた。五十歳台の結構いかついおっさんではっきり言って犯罪者顔だった。
僕らを一瞥するとニヤっと嫌な笑いをして、さらに右手の親指と人差し指で円を作り、こちらをさらに覗き込むようにみてきた。お金か? と思った時、レイナがさきほどの硬貨を男性に見せてしまった。お金とレイナを見た男性はさらに悪そうな顔で笑い、女性と一言二言会話をかわすと離れた。
女性が僕らを奥へ案内始めた。
(もう嫌な予感しかしないな……)
疑うことをあまり知らないような様子でレイナがついて行ってしまったので、仕方なく僕らもついていくと奥の部屋に通されて、待っていろと言わんばかりの合図をされた。僕らは腰を下ろして女性を見ると、何も言わずに立ち去って行った。
(やはり、そうきたか)
上がった僕の聴力は先ほど女性が僕らを家の奥へ案内する合間に、男性が裏の方と思われる扉から出て走り去ったのを聞いていた。しばらくして部屋の窓から、眼付きの悪いごろつきのような男達が、先ほどの男性と一緒にこちらへ向かってきているのが見えた。そいつらは槍や剣で武装していた。
「レイナ、見ろ」
「えっ」
「さっきのあやしい男が仲間を呼んできた。多分僕たちを殺して、お金を盗むつもりだと思う」
「そんな……」
「僕もうかつだった。よく僕たちの恰好を見るんだ」
案内した女性や犯罪者顔の男性が着ていた服はぼろく、対して僕が着ているのはアオイに買ってもらった新品同然のジャケットとメンズパンツ、中は真っ白なシャツ。
旅行帰りのツインテールの茶髪十八歳美少女は、ファッションセンス抜群で白のシャツと黒のミニスカートで靴だけは履き替えていたが、この世界でなくても男に大うけしそうな恰好。
シグレは上下ジャージであったが、少なくともこの集落にはないタイプの恰好をしていた。
この三人が三種類の色のあるお金を持ってきたのである。
「彼らにとって僕らはいいカモなんだ。さあ、戦うか逃げるか決めよう」
「逃げよう」
シグレが即答する。
「殺してもいいと思うけど、追ってきたら返り討ちにすればいい。僕たちの来た道の方向に逃げて、追ってきたら渓谷で仕掛けるってのはどう? ここは彼らの方が詳しいし、応援の数も正確にはわかっていない」
「オーケー。彼らの能力がどんな感じかわからないけど、荷物を持って窓からさっさと逃げよう。追いつかれたら僕が先頭で戦うから、後ろからレイナは魔法で援護して」
「わかりました。シュウ、ごめんなさい」
「いいよ。さぁ、早く出よう」
バレないようにそっと窓から出た僕らは、正面とは反対方向へ音を立てないように移動した。どんどん集落から離れて、丘の茂みの中に隠れてそっと様子を伺うと、先ほどの犯罪者顔の男性が数人を引き連れて付近を探し始めていた。
見える範囲ではさっきの窓から見えた男性達と、ほかで合流したらしい男性が合計八人で全員が刃物を持っているのがわかった。
(油断できないな。こんなときにアオイとナオキもいれば)
アオイの風の魔素を使えば逃走はもっと容易だし、ナオキは水の魔素を覚えてすぐ『水攻』を編み出すほど狡猾だった。四人揃っていたら彼らを簡単に撃退できたかもしれない。不用意に魔素を放って、この世界に来てしまった自分を反省する。
「次はどうしますか?」
「俺は行く当てがないから言われるままに付いていくよ。まだ死にたくないし」
レイナとナオキはそう言って、僕に判断をゆだねる。実はさっき集落に入るときに、僕たちが入ってきた方向とは反対方向に道が続いているのを見ていた。
「……というわけで、あの集落を越えて先に行けばまた人の住んでいるところにたどり着けるんじゃないかと思うんだ」
ほかに行くところもなく先ほどの人たちに見つからないように迂回して、旅を再開する。道なりに歩くと彼らに捕まる可能性が高いので、脇に入って慎重に行動した。今度もゴブリンに何回か遭遇したが苦労せずに撃退する。
さっきの集落の人には遭遇することなく、小一時間ほど進んだら道のわきにすでに亡くなって白骨化した遺体を発見した。遺体は白骨化していて、先ほどは一人だけだったが、今回は十数人いてみんな武装していた。それぞれの武器・鎧には五個の星が刻まれており、みんなが同じ武装であったためおそらく仲間だと推測できた。
「さきほどと同じですが、亡くなられた方の数が多いですね」
「何かと戦って敗れてしまったのだろうか? その割には鎧や装備を使った形跡がないな。いずれにせよ、武器と役に立ちそうなものはいただいていこう」
剣、短剣、槍と硬貨を回収してその場を離れる。
鎧は動きが制限されてしまうし、白骨化遺体からいただく勇気と時間がなかった。さらに進むこと小一時間。そろそろ野営か、大学校舎まで戻ることを考慮しないと、日も少し落ち始めていた。
そんなとき僕らはとうとう城とそれを囲むように存在する広大な街を発見した。
さきほどの集落をみていたので、そこは都市という印象だった。二メートルほどの壁で周囲を囲んでいたが、丘から見下ろした僕らはその概要を先に知ることができた。
広大な平野の中心に城壁に囲まれた高い城があって、その周囲に街とその周りにさきほどの外堀を備えていた。ここからだと左右に数キロメートル以上はある大きな街だった。
街に入るためには門を通らないといけないようで、門は複数個所設置されていた。門では警備兵と思われる兵士がなにかをチェックしているらしく、街に入るために並ぶ行列ができているのがわかった。
(さーて、どうするかな)
僕はみんなに提案する。
「この後なんだけど、僕だけで様子を見て来ようと思うんだ」
「えっ⁉」
「なんだい、そりゃ?」
「さっきの集落でのことを思い出してほしい。今度あそこで捕まったら自由に動けないと思う。特にレイナは女性で、その格好だろう? トラブルのもとは少ない方がいいんだ。最悪あの壁は飛び越えて戻ってくればいい」
そういって僕は今まで来ていた服を預けて、勇気を出してさきほどの遺体から回収したボロを着て、ナイフとお金を少しだけ持つことにした。
「なんとしても休める場所の確保をしたい。もし明日の朝まで僕が戻らなかったら、何かトラブルがあったと思ってほしい。その時は悪いけど大学校舎へ戻って、身をひそめるなりうまくやってほしい」
レイナは心配そうに僕を見たが、それでも現状ではその行動が一番だと思った。
いざとなれば、魔素も使えるし生意気な指輪もある。方針を決めてさっそく門へ入る列に僕だけで並んだ。相変わらず周囲の人たちの言葉はなにを言っているか全くわからない。
とうとう僕が警備兵に呼ばれる番がきた。
引き続きご愛読いただければ嬉しいです。よろしくお願いします。