第六十三話 魔境の襲撃者
夕日が海側の地平線を橙色に染める頃、僕は魔境をそろそろ抜け出せるという位置まで戻っていた。
(あと少しで魔境入口の看板だったはずだ)
もうすぐ魔境の森を抜けて草原となり、王都クラスノを目視できる位置まで着くはず。急がねばタクヤたちと約束した日没前までに、集合場所である王都の正門へたどり着けない。そうしたら彼らたちは心配して、魔境へ来てしまうかもしれない。
考え事をしながら走っていたら、急に足元で何かが引っかかる。かなりの速度で走っていたので止まることができず、『プチッ』と引きちぎる感覚があった。
――ヒュヒュッ――
続いて空気を裂くように接近する音が複数!
感覚で飛び道具だと判断して僕は素早くその場から離れる。すぐに元僕のいた場所の地面にはナイフが複数本刺さった!
(魔物の攻撃じゃない。罠だな。それに……)
ナイフの形状には見覚えがあった。王都への移動中に襲撃してきたドルドビ盗賊団の強かった二人が使っていた『暗具』の形状に酷似していた。
同時に指輪と僕の魔素探知が十以上の反応を捉える!
どうやら囲まれてしまったようだ。
敵は気配のほか、魔素を隠す技術にも長けていることがわかった。
(こいつらも盗賊団かっ!)
僕はすぐに戦闘モードのスイッチが入れる。複数で接近されるとタコ殴りにされて非常にまずいので、反射的に僕は保管庫へ手を突っ込み、回収していた盗賊団のナイフを最も人数が多い方角へ投げつけた。殺傷目的よりは次の行動までの時間稼ぎだったが、敵は素早く投げつけた武器を躱した。
前回は加減した雷伝で大してダメージを与えられなかった。今回はそれがわかっているので初めから全力の雷で対応する。
ただし敵も黙って見ているわけではない。複数方向から姿を現して飛び道具を僕の逃げ場を潰すように放ってきた!
(喰らうかよっ!)
僕は体を包み込むように雷壁を展開させた。雷壁は以前より強力となり、その密度を増した状態で周囲に展開させ、飛び道具をすべて弾き落とす。
「!」
敵の驚きが聞こえるようだ。
そこから雷壁を変化させて雷伝として周囲へ放散するように解き放った!
――ババババァンン――
今まで防壁だった雷が突如展開されたので敵は対応できない。複数の敵に命中、地面に倒れ込んだり、木から落ちる敵が出た。当たらなかった雷は周囲の木々をことごとく焼き切る。
(まだ五人以上動いているなっ!)
背後から濃厚な殺気を感じ前方へ飛び、前にいた敵を殴りつける!
――ボゴッ――
身長百八十、体重八十キロ以上をゆうに超す僕の全力パンチをガードしきれず、襲撃者の一人が吹き飛んで後方の木に打ち付けられた。
(まだ来るかっ!)
この時間で短剣を取り出して構えるが、敵は戦意を落とす気配なく果敢に向かってきた。
ふと前方の人だかりに守られるように動きの良い一人が眼に入ってくる。そいつは僕よりも小柄であった。
(あいつが親玉だ!)
僕は雷変を使って護衛と思われる襲撃者を置き去りにしてすり抜けて、そいつの背後で実体化する。
(喰らえよっ)
背中同士を合わせたままの状態から強烈な回し蹴りを放ち、再び鈍い音を周囲にまいて攻撃を受けた敵が吹っ飛んだ!
「キャッ!」
(女だったかのかっ!)
女性だった襲撃者も木にぶつかると思ったが、傍に居た襲撃者が木との間にクッションのように入り込み受け止めた。見事な連携である。
だが襲撃者は動揺しているようで統率に乱れをみつけた。
(一気に全滅させてやる)
全方位に雷伝を放とうと急激に魔素を高めた。その時!
――おまえらでは手に負えん。引け――
どこで発声を出したのかわからない。僕には聞いたこともない声だが、襲撃者たちはそれを合図に一斉に僕から距離を取り始めた。
(逃がすかよっ!)
頭領格と思われる女襲撃者を守るように襲撃者たちが魔境の奥へ引き始めたのを僕は追う。
しかし動こうとした時、自分の足を掴まれて動けないことに気づいた。
(何がっ⁉)
足元を見ると土から人間と思われる手が生えている! 続いて近くの土がわずかに動き、切っ先の鋭い刃物が土中飛び出てきた!
(雷変っ!)
掴まれていた足首を振り払うように雷に変化して抜け出し、その直上で具現化した。そのまま重力の力に任せて下降して、思いっきり踵を地面に落とす!
――ドゴォン――
地面が陥没した。
土を圧縮させることで負傷させたかと思ったが、背後に気配を感じた。振り向けば黒装束を身に着けた男が仁王立ちしていた。
「さっきの声はおまえか」
僕はそいつに話しかける。
「質問がある」
声は男性でおそらく四十歳前後。先ほどの攻撃の回避方法といい、土中に潜んでいた経緯といい、かなりの実力者とみた。
「貴様のその短剣、それに投げたナイフ。どこで手に入れおった?」
「……」
「答える気はないか」
「……」
僕は無言で相手の様子を観察する。探知では相当離れた距離に先ほど襲ってきた者たちを確認した。動きはなく、こちらの気配を伺うようだ。
先ほどの攻撃や仲間を逃がして自分に注意を向けさせるスキルといい、全く油断できない相手である。
「では……」
「……」
「……死に晒せっ!」
濃厚な殺気と共に僕に急接近してくる!
(……はやいっ!)
こいつの本気の速度は僕よりも上のようだ。
――ビュッ――
鋭い鋭利なものを納めた状態から瞬く間に抜き斬ってきた。
(これは居合じゃないか!)
それに男襲撃者の武器形状も『ニホントウ』に違いない。
アオイと毎朝訓練していた時、数えぎれないぐらい体に痣をつくり、ぶっ飛ばされた技だ。反射的に躱してそのまま短剣で反撃に出る。
「むっ⁉」
敵は僕の反撃を予想していなかったらしい。そう簡単にやられるかよと思いながら、短剣の間合いで敵にニホントウを自由に振らせないよう絶妙な距離で攻撃を繰り出していく。
「むむッ⁉」
やはり敵は手練れで短剣やそのフェイントからの殴打をいなしてきた。
(!)
殴りにいった腕を掴まれて今後は僕が向こう側の空中へ投げられる。が、それも体験済みでジュウゾウさんに教え込まれていたので、軽く一回転して着地した。
「……」
「……」
振り向いて短剣を体の前に出して敵と再び向き合う。口元も黒装束で隠して、眼元だけが出ているがその眼光は鋭い。
「貴様、さきほどの問いに応えろ。先ほど投げつけた武器。あれをどこで得た?」
「襲撃した奴らを撃退した時に手に入れたんだ。おまえこそ、俺の質問に答えろ。何者だ⁉」
「……」
「ドルドビ盗賊団の一味か?」
「……」
男襲撃者は答える気配がない。
魔境の森の木々が風でこすれる音だけが響く。
「撃退したという者は複数だな?」
男襲撃者が僕の質問に答えずに、質問を重ねてきた。
「……二人だ」
「そやつらはどこへおる?」
「捕縛して今頃王都の警備兵に渡した。今頃は拷問にあって死んでるさ」
「そうか……」
この反応は予想外だった。僕は敵が眼の色を変えて攻撃を仕掛けてくると予想していたので、痛烈な反撃をお見舞いしてやろうと雷の魔素術を体内で練って発動直前にしていた。先ほどからこいつらは僕の雷の魔素術の速度に対応できていなかったので大ダメージを当てるチャンスだと考えていた。
「……」
敵は僕を睨んだ後、突如土中へ姿を潜るように姿を消した。
「逃すかよっ!」
――ズバババァンン――
発動直前だった雷伝を男襲撃者が消えた地面の土に放ち、盛大に土を掘り下げて爆散。さらに雷は周囲の地面を少し焼いて消えた。
(……)
『気配が消えたのう』
指輪が敵が逃走した可能性を伝えてくる。
(やはりか? 僕の探知にはかからない)
『こちらもじゃ。気づけば先ほど周囲で様子をうかがっていた襲撃者たちの魔素も範囲内にない』
(どうやら、逃げられたようだな)
『よい。多数対一の戦いとしては立派じゃ』
(一人も捕まられなかったな)
『ここに罠を張っていたのじゃ。何かあるに違いない。また調べればよい』
(やることばかりだ)
『だが、おぬし。嬉しそうじゃぞ』
(暇するのが嫌いなんで)
『ところで仲間との待ち合わせは良いのか?』
(あっ!)
いかんと思った。
すでに陽は沈んでいた。
僕は急いで王都クラスノへ向かって再び駆け出した。
******
王都の正門前では予想通りタクヤとコウタロウが篝火を持って待っていた。
「遅れました、ごめんなさい」
「心配したぞ」
「どうしたんだ?」
二人は僕に駆け寄ってくる。先ほどの戦闘のことを短めに伝えた。
「危ないじゃないか」
「手練れであったことは間違いない。それに引き際も見事だった」
「明日からどうする?」
「今まで通りやってほしい。襲撃者の件は僕が調べる」
二人は一瞬口ごもったが、こちらの世界での戦闘ははるかに僕の方が修羅場をくぐっていたので最終的には理解してもらえた。
そのまま三人で本日の討伐報告と報酬を冒険者ギルドに寄って渡す。
「ん? シュウ。お前、魔石多いな」
多いと言ったのは子蜘蛛から取り出した魔石のことであった。保管庫を持っていることを不要に知られないように、王都近くの冒険者ギルドに入る前から取り出していた。袋にまとめて入っていた魔石を見て、彼らはそう言ったのである。
「魔境で数の多い敵と当たりまして」
「ふ~ん」
ギルド受付のラメルは素早く魔石と討伐証明部位の確認をおこなった。
「タクヤたちの報酬は銀貨合計四枚になります。依頼はどうしますか?」
「引き続き受けた状態のままにしてください」
「わかりました」
四人で相当な数を倒したらしい。冒険者階級八級と九級の四人での成果と思えば相当なものだ。一日で一人銀貨一枚を手にすることができた。
「僕もお願いします」
「あら、シュウも別にあるのですね」
受付嬢は僕を完全に覚えたらしい。
袋ごと渡して中身をみたらラメルの顔つきが変わった。
「あら? これはもしかして群れ蜘蛛の魔石じゃないですか?」
「群れ蜘蛛?」
「あらら? ひょっとして狙って倒したわけではないの?」
「違います」
道中を邪魔されましたので倒したとは決して言わない。
「魔境の有名な蜘蛛です。一匹いたらその十倍は隠れていると思えっていう要注意の魔物です。蜘蛛なのに群れで統率されて行動して獲物を狩って、強力な糸で獲物を捕獲してそのまま食べます。リーダーは親蜘蛛ですが、親蜘蛛がいなくてもその連携は見事だという話です」
「うへぇ」
タクヤが声を上げて口を抑えた。
「討伐は冒険者階級の低いうちは危険で、適性は中級の四~六級。群れの数が多いと中級下位では危険だと言われています」
ラメルは話しながら、復路を逆さにして魔石を机へ並べ始めた。
「ってこんなに大量の魔石! 群れ蜘蛛の死骸でも見つけたんですか?」
(僕が狩ったとは思われないか……)
だが好都合だと考え、話を合わせることにした。
「迷って魔境に入ってしまって、偶然巣穴で大量の蜘蛛が死んでいました。なのでそこで魔石だけいただいてきちゃいました」
ハハハと愛想笑いをして魔石が入った袋を握らせて、鑑定するよう促す。ラメルは『少し時間をくださいね』といって、同じくハハハと笑ってギルド建物の奥へ消えていった。
「おいっ、シュウいいのかよ?」
「実力ないって思われているぞ」
「帰路を見つけるまでは少なくとも目立ちたくないのです。それに宿に戻ったら二人に話があります。思っていた以上に魔境越えがきつそうなんです」
「……そうか」
一日でも早く帰りたがっていた二人は残念そうだった。
ところで魔境であった謎の襲撃者たち。おそらくドルドビ盗賊団だと思われたが、その辺の情報も欲しいので、ギルドの別職員を捕まえて聞いてみたら、『盗賊団のアジトは不明だが、魔境みたいな魔物の多いところにアジトを構えるわけねーだろう』と一蹴された。
(そりゃそうか)
じゃあなんだったんだ? と思うのだが、そこへラメルが鑑定を終えて戻ってきた。
「シュウって本当についているね~」
机に音を出して置かれたのはそれなりの数の金貨だった。
「幸運なシュウにギルドから色もつけたからね」
この分なら親蜘蛛は相当な価値がありそうだったが、使い道をすでに考えていた僕はさっさとギルドを出ることにした。
これでしばらく金欠に悩まず、王都で暮らせそうだと頬を緩ませる。ちなみに倒したわけではないと自ら宣言したので、冒険者階級には加算されなかったのだった。
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