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新入大学生と不思議な指輪の異世界探索  作者: 蜜柑(みかん)
第二章 指輪の記憶
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第六十話  奴隷解放Ⅱ

 50万文字突破しました!

「シュウ、ありがとうよ」


 僕は先ほどから何回もタクヤにお礼を言われていた。タクヤは大学の年次では四学年なので僕(一年生)の先輩にあたる。ワンダーフォーゲル部だと言ったので転移初日にサバイバルナイフを拝借した部活に違いなかった。あの時は大変お世話になった。


 知らぬ間に物品をいただいた恩もあり、先輩に対して僕は敬語で話すことを決めていた。


「もういいですよ。そんな何十回もお礼を言われると恥ずかしいです」

「そういうな。本当に、本当にありがとう」


 彼は今ボロを着ているが、それは今から行く冒険者ギルドで討伐報告をすれば多少の金銭は貰えるはずなのできちんとした服を着てもらう予定だ。宿もそのお金で火雲亭に一緒に泊ろうと考えている。


 冒険者ギルドに着くと、押し車を残して僕だけが中に入った。受付にはつい昨日応対してくれたラメルが都合よく勤務している。


「あら、シュウ」


 彼女は僕のことを覚えていてくれた。


「こんにちは、ラメル」

「どうしたの? もう切羽詰まっちゃったの?」


 ラメルも僕のことをかわいそうな最低級の冒険者として見ていないようだ。


「違います」


 少しだけムキになる。


「討伐した魔物の報告と報酬を貰いに来ました」

「? どこにあるの?」

「外に置いています。数が多いので」


 そう言って信用していない彼女をギルド外へ連れ出す。僕の言う通り、押し車には先ほどの店へ納めなかった魔物や討伐証明部位、売れそうな皮などが大量に積まれていたので大変驚いていた。


「あら、大変」


 彼女は荷台を見ると急いで中に戻って応援を呼んできた。すぐにギルド奥の解体や鑑定に使う場所へ持ち込まれて作業が始まる。ギルド職員は皆慣れているようで、ごまかしの心配もないと判断した僕はギルド内掲示板で新しい依頼を見ていた。このまま今の依頼を受け続けようか、もっとお金になる依頼がないのか探した。


 掲示板脇に冒険者ギルドが直接売っている品物の項目があり、その中には地図があることに気づく。


 僕が日本に戻るためには、どうしてもカスツゥエラ王国の貿易都市トレドにまで行く(戻る)必要がある。


 ストラスプール国からの航路は封鎖されていることがわかったので、陸路で戻るしかないと思っていた僕はどうしても現在位置を正確に知る必要があった。


 やがてラメルが戻ってきて、『貸したお金を引いて、討伐報酬が合計銀貨八枚になります。それに食料に使える分を一緒に売ってもらえるのであれば追加で銀貨四枚です』と伝えてきた。僕は了承して合計一二枚の銀貨を得た。そのついでに地図について彼女に聞いてみる。


「地図ですか? 王都クラスノ周辺だけですか? それとももっと広い範囲ですか?」

「世界地図みたいなものはありませんか?」

「そこまで大きいものはありません。ですがこのストラスプール国とその周囲ならば一番大きな地図に載っています」

「先に少しだけ見せてもらえませんか? それで買うか決めたいと思います」

「本来はできないのですが……」


 彼女は僕に協力的だった。本来は売る前に見せるのを禁止しているのだろうが、こっそり僕に地図を見せてくれた。


 ストラスプール王国と海を挟んで……僕は『カスツゥエラ王国』の文字を見つけることができた!


「買います」


 即決する。


「銀貨五枚になります」

「うっ……」


 せっかく稼いだ銀貨を五枚も払わなければいけない。どうしようか悩んだが、必要経費だと割り切った。魔物はまた狩りに行けばいい。


 地図を手に入れた僕は破かないよう大事に持って冒険者ギルドを後にした。出る前に、今回と同じ討伐依頼を受け続けると依頼がなくなったり、報酬が下がったりするか確認したが、『そのようなことはない』と教えてくれた。


 これは王都が大量の人口を抱えているので防衛や食料問題が常に起きていて、それらに貢献する依頼は常時出ていて何回受けようが報酬は変わらない(下がることはない)という。


 ギルドの外でアドリアン、タクヤと合流して僕はその日の活動を終えて宿へ戻ることにした。


******


――同日の夜、火雲亭の食堂にて――


 僕はタクヤと今後のことを話し合う。驚いたことに彼はまだこの近くに日本人が二名ほどいると教えてくれた。


 一人はタクヤと同じ大学で同じワンダーフォーゲル部の同学年だという。名前が岸上孝太郎(コウタロウ=キシウエ)


 タクヤは今日までの出来事を話してくれた。


――あの日――


 大学がこちらの世界に転移した時、僕は入り口門近くでゴブリンに襲われていたが、タクヤとコウタロウは早朝に体力づくりの一環としてトレーニングを終えて大学の食堂で朝ご飯を食べていた。そこへ見慣れない生物が多数入ってきて場は騒然となったという。入り口近くにいた人が襲われ殺された時に、このまま居てはまずいと思った二人はすぐに食堂から出た。


 食堂の外も魔物だらけでならば大学校舎の外へと考えて走ったが、そこでまた大量の魔物と出会ってしまい、ひたすら逃げたという。大学とその敷地だけがこちらに転移したので、東京都会の周囲の雑多なビルは一切なくて、ただ森林が続くだけだったがそれでも目の前で人が殺された恐怖から大学へ戻ろうとは思わなかったらしい。


 魔物が追ってこなくなってようやく立ち止まったが、その時には自分たちがどれぐら大学から離れたのかもはや位置がわからなくなり、その後一日以上森林を彷徨ったらしい。


 やがて商隊と思われる人間族の集団に出会い、助けを求めたが今度は言葉が通じない。彼らはこちらの世界では珍しい格好をしているので身ぐるみ剥がされて、身柄を拘束され最後には強制的に奴隷として商会に売られていた。ちなみに商会はウォン商会ではないみたいだ。


 言葉を覚えさせられて奴隷教育を受け、二人は船にのせられ気づけばこの王都に居た。売られる前までは二人で奴隷牢屋の中で身を寄せてどうにか助け合って生きてきた。が、健康青年男子の奴隷需要は多い。すぐに売却先が決まり、一度売られてしまえばその先では個人ではどうにもならなかった。タクヤは先ほどの豚店主へと売られて過酷な労働を強いられていた、というわけだ。


 もう一方のコウタロウも似たような境遇だった。彼の仕事は港の荷下ろしの肉体労働だった。ただしこの二カ月は遠方の海が大荒れなので王都クラスノの港は閑散としており、すごく暇だという。コウタロウのほうからは、仕事がなくて食料の配給も減ってしまい、もしかすると自分で食料を手に入れる方法を得なければいけない時期が来るかもしれないと一度相談を受けていた。


 だがタクヤは自分の店は過酷すぎるのでやめろと言ったので、彼はあまっている時間で別の働き口を探しているらしい。


(チャンスだ。明日にでもすぐに奴隷主と話をつけに行こう)


「それで、もう一人の日本人は?」

「それが……」


 タクヤはウォー通りで占いをしている日本人がいると言った。それも随分と流行っているみたいだと言う。


「日本人がここ(異世界のストラスプール国)で占い?」

「多分違いない。一度会って話を聞いてみてくれ」

「ああ、そうする」

「ところでどうやって日本まで帰るんだ」


 僕は冒険者ギルドで買ったばかりの地図を広げた。


「現在位置が……」


 地図には僕が今いるストラスプール国とカスツゥエラ王国の位置関係がはっきりと示されていた。


 すでに僕はカスツゥエラ王国はイタリアのような靴の形としていて、細長い陸地と海に囲まれた国土を持つ国だとわかっていた。靴の底には貿易都市トレドと娯楽都市ラファエル、靴の上部分には魔術都市ルベンザと城塞都市ルクレツェンで、これがカスツゥエラ王国の四大都市である。ちなみにこの王都は真ん中にある。


 魔術都市ルベンザの北東側に魔境があり、そこで僕はカーターに海に突き落とされて、今のストラスプール国にいるわけだ。


 ストラスプール国はカスツゥエラ王国と海を挟んで向き合っていた。すなわち僕たちの元の世界でいうクロアチアの位置だ。さらに魔境はスロベニアと等しい位置にある。


 海が大荒れで航路が使えなくても、陸地経由でストラスプール王国の北西から魔境を抜ければカスツゥエラ王国の魔術都市ルベンザへ到着するのは可能であった。(元の世界でいうクロアチア(ストラスプール王国)→スロベニア(魔境)→イタリア(カスツゥエラ王国)の位置関係である)


 魔境を抜けられるかは後日また冒険者ギルドの受付嬢にでも聞いてみるとしよう。


「明日はそのコウタロウを見つけましょう。それに占い師の件も気になりますので当たってみましょう」

「よし」


 明日からまた忙しくなりそうだと思いながら眠りについた。


******


 翌朝、アドリアンが王都を旅立った。


 元々長期滞在をする予定はなくて偶然に臨時収入を得たので滞在を伸ばしていただけだった。これからメリッサのいる漁村へ一日半かけて彼は戻るのである。


 別れ際にお互いの無事を祈り、梟人族エドガーの店で買った耳飾りを託した。メリッサへ届けてほしいと伝え、途中で売らないよう念も押した。


「わーかったって」


 本当に大丈夫だろうか心配だが、僕が一緒に漁村に戻るわけにはいかない。


「危なくなったら逃げろよ」

「わーかったって」


 アドリアンは僕の心配を半ば迷惑そうにしながら、早朝宿を出て行った。帰りもスミルノフの馬車を使うらしい。ドルドビ盗賊団の襲撃の件から、常時の移動や専用の護衛をつけるといった移動中の安全管理を強化したと聞き、少しだけ安心した。


 僕はタクヤと二人きりになり、こちらも宿を出た。まず初めに所在が判明しているコウタロウのいる港へ向かう。


 港は僕が数日前に訪れた時と同じで閑散としていた。本当に王都なのかと疑うぐらい人の気配が少ない。そこで事務所らしい家を見つけて僕、タクヤの順で入っていく。


「こんにちは~」

「んぁ? どうしたんだ?」


 いかにも港の男といった無精ひげが出てきた。秋なのタンクトップみたいな薄着で上半身がいかつい骨格をしている。近くに来るとぷ~んと酒の匂いがするので朝っぱらから飲んでいることがわかった。


「コウタロウという奴隷と話をしたいのですが?」

「ん? あいつならそこにいるよ」


(しめた!)


 コウタロウは仕事を比較的真面目にやっていたので奴隷の中でも自由に動けるようにしてもらっていたらしい。事務所の裏にて三人で話した。当然日本語である。


 初めに僕が自己紹介して、その後はタクヤが現状を話した。コウタロウはタクヤが奴隷を解放されたことにすごく驚いていた。


「日本へ戻れるのか?」

「どうにかその算段をつけたいです。コウタロウさんの主人は誰になりますか? 僕が交渉してコウタロウを解放するようにします」

「有難い。さっきのオッサンがそうだ。仕事がなくてなくて困っているはずだ。港の需要を見込んで大量に奴隷を購入した矢先に船が出られなくなっちまった。食い扶持が多いのできっと従業員を減らしたいと思う」

「好都合です」


 僕はさっそく酒臭いおっさんとやらと交渉を始めたが、すぐに金銭で話がついた。いかに奴隷であっても主人が食事や生活を最低限与えないと罰せられるとのことで、仕事がない中で奴隷を大量に抱えていてお金が出ていくだけなので、すごく困っていたようだ。


 食事はこちらで渡す条件を提示したら金は後払いでいいと言う。破格の値段なのですぐに契約を結んで、約束の期間までに必ずお金を持って戻ってくると伝えた。酒臭いオッサンはすごく喜んでいて他の奴隷もどうだと言われたが、目的に合わないのでそれは遠慮した。


 ちなみにコウタロウはまだ奴隷契約の術式が生きているが、持ち主の意向を反映して離れても関係ないことをしても作動しないのを確認した。



 今度は港を出て日本人占い師がいるというウォー通りへ行く。


 その過程でタクヤを昨日僕に渡すことになった店の様子を伺ったが、そこの主人が店前で()()()をしていたのでその店だけ客が入っていなかった。評判はこちらの世界でもすごく大事らしい。ちなみに両隣の店は大変な盛況である。タクヤはこれを見て『ざまぁ』と言い、僕は笑った。


 三人で探す必要があるかと思ったが占い師のいる場所はすぐに分かった。と言うのもすごい行列と店前に並んでいる客が食べ物や武器防具を求めている雰囲気ではないので、時間がかからなかった。


 いきなり飛び込んで話すわけにもいかず、おとなしくタクヤとコウタロウの三人で列に並んだ。二時間以上待ってようやく僕たちの番が来た。


 占いをしてもらうのは小さなテントの中で、周囲の雑音は聞こえるが中の様子は見えないように配慮されていた。中に通されて僕たちはその占い師とやらと対面した。


「いらっしゃいませ。本日はどのようなお悩みですか?」


 彼女は四十歳前後の女性。服でこそこちらの衣類を着ているが、顔の形や雰囲気はまちがいなく日本人だった。僕が話しかけられたのはストラスプール語。それに対して、


「良かったら日本語で話しませんか?」


と僕は日本語で話しかけた。


「!!」


 彼女は驚いた顔で手元の水晶から僕に目線を移した。


「あなたは日本人ですよね?」

「……はい」

「僕は黒田修二(シュウジ=クロダ)と言います。シュウと呼んでください。私は政府の依頼を受けて、自分の意に反してこちらの世界へ転移してしまった日本人を探して帰還の手伝いをしています。それで……」

「待ってください」


 彼女は僕の話を遮る。


「ここではなんですので、今日の占いが終わったら店前に出ているろうそくの明かりを消します。そうしたら周囲に気づかれないようにすぐに中に入ってきてください。その時に話しましょう」

「……わかりました」


 タクヤと同じく彼女なりの事情があるのだろうと察した。おとなしく占い料として銅貨五枚を置いてその場を去った。ちなみに占いで銅貨五枚は高い値段設定である。



 三人で雑談をしながらウォー通りにて時間を潰す。太陽はだんだん橙色となり、とうとう地平線の向こうに沈んだ。驚いたことにこの占い師の店にはまだ数人の客が店前に並んでいた。


 それらの客がようやくいなくなり、店前のろうそくがフッと消えた。彼女の言う通り、周囲に不信に思われないよう注意しながら、僕らは再び店の中に入った。


******


「先ほどはすいませんでした。何せあまりにも驚いてしまいまして」


 女性は僕に丁寧に謝った。


「いいえ、こちらこそ配慮が足りませんでした。改めまして僕はシュウです。こちらはタクヤ、それとコウタロウでみんな日本人です」

「まぁ、なんと……」

「政府の依頼にて私はこちらの日本人を見つけて日本へ戻すということをしています。単刀直入に聞きますが、日本へ戻りたくありませんか?」


 実は日本では自分も今頃行方不明者リストに入っているはずだが、そこは一切触れない。


「……戻りたいです」

「では一緒に戻りましょう」

「ですが私は足手まといになります」

「いえいえ、とんでもないです。道中の敵は僕が一掃しますので」


 自信満々に言うと彼女は、

「そういう意味ではありません」


と静かに話を遮られた。


 次に女性はテーブルクロスから足を出す。


「「「!」」」


 全員で驚く。が表情に出さないよう反射的に努めた。


 彼女の左足は膝から先がなかった。



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