第五十六話 ドルドビ盗賊団
(襲撃者たちは焦っている!)
悲鳴を聞いてから全力で野営地に戻って、まず高い木の上から全体を見下ろした僕は敵の動きをみてそう思った。
事前に僕が気づいて、周囲も襲撃に備え始めていたことが功を奏したのだろう。戦えない者たちは馬車の中にもうすでに入っていることが探知でわかった。
元々、襲撃者たちは挟撃のつもりだっただろう。川側と街道側からの襲撃計画。川側の野盗たちは僕がすでに片付けた。反対方向からの攻撃がないので、焦る気持ちはわかる。
(人数は……六人か)
確か事前の魔素探知で指輪では七人。一人足りないと思っていたら、襲撃を迎えた野営者たちに野盗六人は必死の形相で襲っていた。
へっぴり腰の剣を構えた男性冒険者が、同じくへっぴり腰の女性冒険者と一緒に、野盗と対峙している。圧倒されてすぐに手元の剣を巻き取られて素手になってしまった。
(あれだとやられてしまう)
木から雷変で冒険者の前に移動してすばやく実体化する! 野盗は予想通り驚いて動きが止まったところで、すばやく足蹴りを放って骨折させた。
――ボギッ――
「うわぁーー」
両脚で立てなくなって、でかい声を出して倒れ込む野盗。続けて武器を蹴り飛ばして無力化した。
「大丈夫か?」
襲われていたのは同じ馬車に居合わせた冒険者二人だった。
「ありがとう、大丈夫だ」
無事を確かめるのもつかの間、
――ヒュッ――
と甲高く小さい音が後方から聞こえたっ! 反射的に僕は身を屈めて前方へ飛ぶ。
――トトッ――
すぐそばの木々に細い何かが刺さる!
(こいつらっ!)
先ほどの手ごわかった襲撃者も、目の前の襲撃者も闇討ち用の『暗具』を扱っている。その危険性はご存じの通り、毒を仕込めば簡単に敵の動きを封じてしまうだろう。
「ちっ」
僕に攻撃を仕掛けてきた奴も首謀者だろう。身のこなしがほかの野盗と一味も二味もちがう。
暗具を使わせないように急接近して格闘を繰り出し続けた。連続する僕の攻撃を見切って躱す襲撃者。単調な攻撃の中に変化をつけて足技を繰り出すがそいつを捉えることができない。それも魔素で強化された体術を使っているのに!
焦る気持ちを抑えて、僕は体術と魔素術の連携へ切り替えた!
殴打の拳を繰り出すと奴は予想通り首をひねって躱した。そこから手のひらを向けて、雷の魔素術を放つ!
「んっ⁉」
シェリルの特訓と、カーターの戦い方から得た経験はここで発揮された。
襲撃者は雷伝を喰らって電撃によって体の動きが一瞬だけ硬直した。その隙を見逃さず、先ほどから避けられ続けていた蹴り技を魔素たっぷり注ぎ込んだ自分の利き足で腹に叩き込んだっ!
「ぐふっ」
腹の底から空気を吐いて、奴は後ろ側に飛んで、一本の木をなぎ倒して勢いを失って地面へ倒れ込んだ。
すぐに駆けよるとこいつはなんとまだ生きていた! 全力で、しかも殺すつもりで、蹴りをどてっ腹に打ち込んだというのに!
僕はこの国では野盗の階位が予想以上に高いのではないかと思い始めた。
もう一度体を蹴り上げて気絶させた。試しに本当に気絶しているかみるのに、雷伝をもう一発撃って確かめたが間違いなく反応なし。
念のため油断せずに相手の装備をはぎ取ると、やはり手元や靴、さらには襟元といった所から隠し武器がいっぱい出てきた。ちなみにこれらの武器は金属製で、僕の雷の探知によってすべて見つけられてしまうのである。
(便利な雷属性)
その後紐で縛りつける。この紐は漁村で使っていた網の素材で、ちょっとやそっとじゃ千切れない。
統率が取れなくなった襲撃者集団はあっという間に瓦解して、その多くが斬り死にした。
まもなく襲撃者が一掃されて、夜の野営地は落ち着きを取り戻し始める。
シュウと呼ばれ背後を振り向くとアドリアンが近寄ってきた。彼の得物にも血がさらに付着していた。激しく切り合ったらしい。
「大丈夫か?」
「ああ」
僕が後半に倒した襲撃者を凝視しながら、アドリアンは僕の心配をしてくれた。
「無傷だ。だけど手ごわかった」
「そうか。昼間の猪よりか?」
「魔物と人間じゃ比べられないよ。攻撃も思考も違う。こいつは暗具を使ってきたんだ。みてくれ」
僕は敵から奪い去った通常とは明らかに形状の違うナイフや吹き矢といった武器を見せた。
「おおっ。よく当たらなかったな」
「実際は危なかったんだ。多分毒が塗ってある。下手に触るとまずいことになるよ」
「げっ!」
アドリアンは昔、腹がすいて雑草を食べて下痢嘔吐で死ぬ思いをしたらしい。その時の苦い思い出から『毒』という言葉に敏感になったそうだ。すぐに彼は手を引っ込めた。
「僕は向こうで気絶させている奴を持ってくる」
「わかった」
初めに暗具を使ってきた襲撃者はおとなしく木に縛り付けられていた。雷伝を受けてその場で倒れた二人は既に事切れていた。
僕はまた生きている魔術耐性の高い一人を木から外して、縛り方を変え肩に担いで野営地に再び戻った。
******
「大変な騒ぎでしたな」
行者は気絶している襲撃者や死体をみてそう呟いた。
「あと向こうに四人ほど死体があります。私とアドリアンで倒しました」
「それは冒険者さま、大変ありがとうございました」
行者はスミルノフといい、今回の移動過程の総責任者の立場だと言った。
「スミルノフさん、馬車を操っていた者に行方不明者やすり変わった者はいませんか?」
「と言いますと?」
「内通者がいると思います。今回の襲撃を誘導して、僕たちの情報を向こうへ渡したんじゃないですか」
「お客様がそう言う根拠はありますか?」
スミルノフは身内に犯罪者がいる可能性を指摘されて、睨むように僕にするどく切り返してきた。自分の魔素探知が広範囲にできること(ほぼ指輪の能力だが)の詳細を隠したまま、襲撃の前に番をしていた一人が抜けていったと嘘をつく。
「しかし乗り合いの人が用を足しに出たことも考えられますな」
「スミルノフ!」
彼を呼ぶのは別の馬車を操っていた行者である。
「人数を確認したが馬乗りのキッズがいないぞ」
「乗客は?」
「全員いる。多少のけがはしている人が出たが、乗客側に死人はいない」
「ふぅむ……」
しばらく向こうを向いたまま考え込んだスミルノフだったが、
「どうやら、お客様の指摘が正しいようですな」
と言った。
この時代にはずいぶん丁寧な対応だと僕は感心する。ただの乗客に『あんたの運航会社は野盗と組んでいる』と言われているのに、状況を考慮しての即決だ。断っておくが、僕はこの時点でまだスミルノフやそのほかの行者にも内通者がいる可能性を排除していなかった。
「お客様は野盗の襲撃が再びあると思いますか?」
「ないのではないかと考えます」
実際にはこれまた探知に引っかからないのでそう言っているだけなのだ。
「ふぅむ……」
再び考え込んだ後、
「今晩は私たちの見張りを強化します。明日朝一番で移動を開始して、早く王都へ着くようにします」
「私たちはそれで大丈夫です」
焚火だけがわずかに周囲を照らす夜に、僕とスミルノフの周囲にはみんな集まっていた。異論はないようだ。
「では、そういうことで」
スミルノフは僕が捕えた首謀者と思われる気絶している二人に近寄って顔をのぞいた。
「気を付けて。そいつらは明らかに手練れです。縄抜けの技術も持っているかもしれない。次に動いたら同じく捕縛できるとは限りません」
僕の警告を聞いたスミルノフは縄をさらに括り付けて、口輪を足して、さらに頭部に布を被せて視界を断った。
「全く見覚えはありませんですな。……ん?」
彼は縛っている途中で一人の腕に何かを見つけたようで、念入りに確認している。続いてもう一人の腕も観察していた。
「これはもしや……?」
彼の表情が突然変わった。
「これはいけません。皆さま!」
馬車に戻ろうとしていた全員を呼びつけるスミルノフ。
「予定を変更します。大変申し訳ありませんが、いますぐにこの場を離れて夜行で王都へ向かいます」
「どうしてですか?」
一人の乗り合い客が彼に言った。
「襲撃者の腕をごらんなさい。ドルドビ強盗団の入れ墨が入っています」
全員の雰囲気が変わった。恐怖におびえている。
「さっ! 早く皆さん乗ってください」
スミルノフは死体をこの場に放置、捕縛した二人を大至急馬車へのせるよう指示した。僕も周囲に急かされて駆け足で馬車へ乗り込み、あっという間にその場を出発した。
******
馬車の中は行きよりもはるかに空気が重たい。
「アドリアン、なぁ」
うつらうつらしていたアドリアンを起こす形になってしまった。
「ドルドビ強盗団ってなんなんだ?」
「う~ん。俺も知らないんだ」
彼もよくわかっていないらしい。
「旅人さん、知らないの?」
声をかけてきたのは先ほど襲われていたところを助けた男女の冒険者だった。
「先ほどはありがとう。僕はツェン、隣はキャメロン。よろしく」
「よろしく」
彼らは先ほどの街で冒険者になったらしい。幼馴染二人の組み合わせだが、今後活動の場を王都に移すつもりだという。
「それでそのドービー強盗団ってのは?」
「ドルドビ強盗団。王都周辺で何十年も生き続けている強盗団。盗み、殺し、略奪……なんでもありの悪党だよ」
(どこにでも悪い奴って多いんだな)
「彼らは一定以上の幹部になると腕に入れ墨を入れるって話だ。入れ墨持ちを倒したってことは、組織の戦力を削いで恨みを買ったので執拗に狙われる可能性があるってこと。なのであのスミルノフって人は急遽出発に変更したんだと思う。王都に入ってしまえば安全だからね」
(そいつはちがうな。入り込もうと思えばどこでも入り込める。おそらく王都の中にも複数の潜伏先があるんじゃないか? じゃないと王都の警備兵に圧倒今に壊滅させられている気がする)
僕は思うこと全てを口にしない。
「ありがとう。ツェン」
「いやいや。それより良かったらこれ持って行かない?」
「それは?」
ツェンが差し出したのは刃渡り六十センチぐらいの短剣だ。
「いいのかい?」
得物がナイフと折れた魔剣では心もとない。
「いいよ。さっき僕を襲ってきた野盗からいただいた品だ。君に助けてもらったお礼だよ。これぐらいしかできないんだ」
「ありがとう」
短剣は鉄製だが、ナイフより攻撃力がある。厚みもあって簡単には折れなさそうだ。
さっそく僕は装備することにした。
「もしもし」
僕たちの会話を聞いていた隣の商人風の親子が続いて話しかけてきた。ウォンと似た雰囲気を持つ、他人を安心させてかつ明晰な頭脳を持つ。そんな顔つきだった。父親が三十歳すぎ、息子が十五歳前後だろうと思う。
「私はルーランと言います。王都で商売をしている者です。隣は息子のイーサンです。先ほどは危ないところをありがとうございました。私からもお礼を言わせてください」
「いえいえ、とんでもないです」
「旅のお方はこの土地に住んでいる方ではないですな? どこからいらしたのですか?」
「ええ、ちょっとした縁でカスツゥエラ王国から来ました」
「それはそれは」
僕は商人のルーランたちがカスツゥエラ王国を知っているのではないかと思い聞いてみたらヒットした。
嬉しさをあまり前面に出さないようにして、王国までの情報を聞きだす。
「実は道に迷ってしまって。もしや王都には道案内できる場所なんてありますか?」
「それはずいぶんと遠方からで。王都の港にはカスツゥエラ王国行きの船が出ておりますぞ」
「おぉっ!」
嬉しさの余りガッツポーズして立ち上がってしまった。
「お、おほん」
「ずいぶんと気合が入っていますな」
「そりゃ、もう」
(やったぞ)
その後、教会の従事者と思われる二人を交えて、思ったより打ち解けた話をつづけることができた。
やがて夜が明ける直前に僕たちを乗せた馬車一行は王都の正門へたどり着く。
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