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新入大学生と不思議な指輪の異世界探索  作者: 蜜柑(みかん)
第一章  発端
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第八話   帰還Ⅱ

 再び車が出発してしばらく走ったら田園調布の住宅街へたどり着いた。右手に住宅街、左手にずっと続く武家屋敷の塀をみていたら、て車は左方向に曲がって一度停車した。かなり大きな家で、外側がずっと塀に囲まれている超がつく高級住宅だった。


(やっぱりここって、葵の家なんだろうな)


 日本式の屋敷でそれを囲う塀は先ほどから見ていた通り。向こうの世界に転移した大学敷地の総面積とまでは言わないけど、それなりにいい勝負できるんじゃないかと思うぐらいの広大な土地だった。車がもう一度動き出すと正門が自動で開かれて、中が見えてきた。


 きれいに石畳で整備された道に、その左右には松などの植木が整えられていた。そのまま進んで石畳のロータリーに沿って車は動いて、やがて正面玄関と思われる場所に着いて今度こそ停車した。


「おかえりなさいませ」


 複数のスーツ姿の男性および和服の女性が一斉に頭を下げて出迎えていた。周りに気にすることなく、僕の手を引いて車を降りた葵は、


「お母様は?」


と使用人に尋ねた。


「すでに連絡しています。もう間もなく」


 返事をすることなく、葵は僕を家の中に導いた。玄関もうちのアパートの全面積より広く、挙動不審の僕だけが場違いだった。


 案内されるままに奥の座敷に通されて、しばらく正座のまま黙っていた。石庭も整備が行き届いていて、澄んだ池には鯉が泳ぎ、ししおどしの音が心地よかった。


『この世界は実に興味深いのぅ。ところでおぬしの家とだいぶちがうが、何か理由があるのか?』


 単純な資産の違いだよ! と言ってこの指輪をトイレの水にでもつけてやろうと思ったが、すっと障子が開いて葵と和服の女性が静かに入ってきた。前に姿勢よく座って挨拶を受ける。


「こんにちは、ようこそいらっしゃいました。葵の母の如月美琴きさらぎ みことと申します。この度は娘が大変お世話になりました」


 深々と頭を下げられて恐縮してしまう。


「娘より、向こうでの出来事は報告を受けております。なんでも危ないところを助けていただいたそうで、母として感謝申し上げます」

「いいえ、僕の方こそ助けられっぱなしでした。葵さんは素晴らしい剣術でした。ずっと剣道をされていたのですか?」

「ええ。幼稚園から、祖父の手ほどきを受けていました。剣道ばかりの子で、将来が心配で心配で……」

「ハハハハ……」


 実際助けられたのは僕の方で、しかもラッキースケベを連発してくれていたのだが、そんな余計なことはもちろん言わない。


「ところで葵」

「はい、お母さま」

「あなたたちは、もう婚約は済ませたのですか?」

「「えっ⁉」」


 僕と葵が顔を合わせる。葵が母親に向かって、


「なにを言いますか! お母さま」


(うんうん)


「まだです! これからするんです!」


(ちがーう)


 この親子はいろいろとすごかったが、明るい会話に正直ほっとしていた。


 服も葵が買ってくれていたので、僕の方から『そんなつもりありません』とも、『今後ともよろしくお願いします』とも言えなかった。


 そのままの勢いで、夕ご飯を勧められたので断ったのだが強引に押し切られてしまった。準備ができるまで葵が道場を案内すると言ってくれた。


「広いね」


 案内された道場は祖父が葵に指導をするために建てたようだった。それ以外にも警察関係者に指導をしているらしく、葵の祖父の交友関係は広いみたいだった。


 道場は木製床になっていたが、横に畳も備えていてすぐに敷き詰められて、床を張り替えることができる作りになっていた。


「葵か?」

「はい。おじい様」


 道場に入ったときは気づかなかったけど、奥に一人の男性が座って瞑想をしている。ゴブリンとオークを倒して体の感覚が敏感になっていた僕は、葵の祖父と思われる男性からただならぬ気配を感じて後に引いた。


「ほう」


 祖父は如月重蔵きさらぎ じゅうぞうだと名乗った。立ち上がると僕より身長は低いはずなのに、威圧感があって筋肉量も六十歳を超えているとは思えなかった。鋭敏に気配を感じている様子をみた重蔵さんが、


「感じ取れるのか?」


と話しかけてきた。


 何を言われているのかわからなかったが、僕に向けられているのは紛れもない『敵意』であった。拳を少し握って足を開く動作をする。


「おもしろそうなやつを連れてきたな」

「はい。こちらが話していた私の好きな修様です」


(葵、そんなこというとおじいさんと戦闘になっちゃうよー)


「なにぃ⁉ ……まぁよい」


 僕に一瞥(いちべつ)をくれると重蔵さんは気を解いた。僕もそれにならって戦闘態勢を解く。


「少し武術の心得はあるようだが、修といった男よ。だれか師匠はおるのか?」

「初めまして、如月重蔵さん。黒田修二と言います。この度は勝手にお邪魔してしまってすいませんでした。私は武術を習ったことはありません」


(生活のためのアルバイトなら経験豊富だけど)

『この男、何か変じゃ。普通の人間と違う気配がするぞ』

(どういうことだ)

『こやつからは……』


「どうやら、礼儀もあるようじゃな。よし、気に入った! わしが師匠になってやろう。明日の朝一番に道場へ来い」


 重蔵はそういうと道場から出て行ってしまった。葵に謝られてしまうが、別に変な気はしなくて、頼りがいのある良いおじいさんだというのが僕の正直な感想である。


 どうやら僕を泊めてくれるようで自宅に連絡を入れて、その後晩御飯をごちそうになった。かなり食事に気を使ってくれたようで、おかずは海の幸ばかり。こんなにたくさんの種類を一度に食べたことはなかった。


(いやー、来てよかったよかった)


「それではお風呂ができていますので……」


(いやー、気持ちいいなー)


「寝る準備もできていますので……」


(はいー、おやすみなさーい)


 如月親子の術中にはまった僕はこの日、予定通りに泊まったのだった。



 翌朝、朝六時に目覚めるとすぐに顔を洗った。重蔵さんとの約束通り、道場へ向かう。途中で葵が合流した。


「おはよう、葵」

「修様、おはようございます。寝心地はいかがでしたか?」

「最高だったよ。いろいろとありがとう」


 道場に到着するとすでに重蔵さんが道着で正座していた。


 早く着替えるよう促されて僕と葵は稽古着に着替えた。今度は木刀を持つよう言われて、なんとなく構えてみる。


 『違う』と修正されて木刀を持ち直して、足腰に力が入りやすいように体制を整えなおす。指示されるまま正眼の構えから木刀で素振りする。


 ただひたすら素振り。


 そのうち余計なことを考えなくなってずっと続けていたら、ようやく体が温まってきた。


「ふぅむ」


 重蔵さんが唸る。


 いったい何が『ふぅむ』なんだろうと思っていると、今度は型を教えてやると言われる。


 身体能力を抑えて加減して打ち込もうとすると、動作がぎこちなくてまた違う違うと言われてしまう。


 重蔵さんが僕の横に立って型を示して、僕はひたすら真似る。


――右足を出して袈裟に抜き上げて、右足を引いて刀を左下へ、そして袈裟に斬る。上段に構えて、右足を出して袈裟に斬る。八相に構えてまた右足を進めて袈裟に斬って、最後に正眼の構えに戻る――


 一つ型を覚えると重蔵さんは僕と向かい合う形で立って、合わせてくれた。


 初めは動作を確認しながらだったが、繰り返すうちにお互いに無言となり、ただ打ち合う音だけが道場に響く。葵は脇で静かに眺めていた。繰り返し続けて、型を体に覚えさせること数十回。


 少しずつ動作が早く正確になって、ふと僕の繰り出す足が重蔵さんを捉えた気がした。


(入るっ!)


 会心の一撃とでも表現したらよいのだろうか。無駄のない重蔵さんの動きを捉えた感覚をつかんだ。その瞬間反射的に抑えていた身体能力を一時的に開放して、木刀にのせて振り下ろしてしまった!


(しまった!)


 振り下ろすその直前に気づくが、体はもう動作に入っている――!


 重蔵さんはむぅんと唸ると防御の技を使った。その技は非常に強力で、僕の木刀ははじかれて自分の体が浮き上がってしまった。


 少し距離を置いて、お互いに無言となる。


「ふぅむ……。今日はこれまでじゃ」

「すいませんでした」

「修と言ったか。実際に、型とさきほどの剣気を見させてもらったが、稽古よりも実践向きじゃな。さきほど型のほかにいくつかある。それは葵に習え。毎日繰り返して体に覚えさせて、一週間後にまた来るがよい。その時に新しい型を教えてやる」


 力強く打ってしまったことに謝ると許してくれた。しかも重蔵さんは、


「なーに、よいよい。生ぬるい攻撃よりはるかに筋が良かったぞ」


と褒めてくれた。

 その後に葵と向き合うとお互いに正眼となって、次に型の稽古に移った。ふと視界の片隅で、道場から出ていく重蔵さんが立ち止まり、後ろ姿のまま少しだけ首を横に傾けた。


「……どうせ、また行くのじゃろう⁉」


 口元は見えなかったが、たしかに重蔵さんの声を聞いた気がした。そのまま足早に出ていく重蔵さんを追いかけようとしたが、葵の木刀が僕に向かってきた。



 稽古を終えると汗を拭き、着替えて朝食までいただく。その後僕は葵の家を出る準備をした。最後に送ってくれると言っていたが、そこまでは申し訳ないので、自分で戻りますと告げて家を出た。外から見ると本当に広い屋敷だと思った。


(また来よう。楽しみはいっぱいあったほうがいいもんね)


 足早に家への帰路へ着いた。そのまま自宅によって荷物を置いて、近所の中華料理店である徳さんの店へ行った。昼前に何とか間に合い、アルバイトで店を手伝った。


「餃子定食ねー」

「はーい」

「ラーメン定食二つー」

「はーい」

「お会計おねがーい」

「今行きますー」


 忙しい昼のランチタイム。客足が絶えない中、僕は客をさばき続ける。


「お昼の時間になりました、N〇Kの〇×△です。本日はまず、先日起きた『〇×大学消失事件』の続報となります。本日午前11時に警察は記者会見を開き――」


 店中のみんながテレビを見る。


「――警察は、当時学園内にいたと判断された、いまだ消息のつかめていない教員・生徒を含む二百二十三名を死亡とする見解を発表しました。この中には死亡が確認されているもの、生存者による証言が得られていないものを含んでおり、世論の――」


 アナウンサーが読み上げるニュースの後半は耳に入らなかった。僕はそっと店の奥に入って、一息つく。


(そうなったか。あと僕がすべきことは……)


 気を持ち直して店の手伝いを再開し、いつも通りおかずの残りをもらって家に戻った。自宅周囲には当然警官が張り付いていて、ほかにネタを狙っている週刊誌の張り込みみたいな車もいたが、無視して家に入る。


「ただいまー」

「お帰りなさい」

「母さん、僕のリュックどこ?」

「玄関に横の靴箱の中よ」 


 このリュックは行方不明になったときに身に着けていて、こちらへ戻ってきたときにそのまま持ち帰っていた。中には異世界から持ち帰っていた、死んだシゲの髪を束ねた白紙が入っていた。金属バッド・日本刀・オークが落とした杖などすべてのものは一度警察に預ける形になっていたが、事情を説明していたもので殺傷能力のないものは早々に返却されていた。

 僕は警察補の佐々岡さんに連絡した。


******


 翌日、僕は葵に買ってもらったばかりのジャケットとメンズパンツを着て、港区に来ていた。


 警部補の佐々岡さんに事情を説明して、シゲの住所を教えてもらっていた。


 小学校の時は近所に住んでいたが、中学校の時にお父さんの事業が軌道に乗って引っ越していた。同時に僕らは疎遠となったので、新しい家の場所を知らなかった。佐々岡さんに僕は電話で場所を聞いた。こちらに戻ってきて病院で目覚めたときに、シゲとの間で起きたことはすべて話していた。その時と今の電話も、警察はこちらで家族へ説明すると言ったが固辞した。


 最後を看取ったものとして自分で説明して戻すつもりだ。


 教えてもらった住所の家の前まで着く。シゲは駒田重幸(こまだしげゆき)というが、家の表式はたしかに駒田と書かれていた。家は西洋式の三階建ての立派な敷地と建物で、成功したと聞いていた事業の大きさが窺えた。


 実は直前まで僕は迷っていた。


(どこまで彼の両親に本当のことを言おうか)

『そんなものありったけ怒りをぶつけてやればよい』

(そんなことは言えないだろう)

『遠慮するな。いいだけ言ってやれば良い。僕の邪魔をしたので、殺して栄養にしました、とな』

(バカいうな)


 呼び鈴を押した。


「はーい」

「突然の訪問を失礼します。私、黒田修二と言いまして、小学校で駒田重幸君と一緒だった者です。先日起きた〇×大学消失事件でご両親に話がありまして伺いました。お時間をいただけないでしょうか?」


 返事がない。しばらくたっていたが何も起きないのでそのまま帰ろうかと思い始めた時、突然玄関のドアが開いた。


「こんにちは。どうぞ……」


 少しやつれていたシゲの母親が出迎えてくれる。シゲの新しい家に大学生になって初めて入った。客間に通されてしばらく待つと、シゲの母親と姉、最後に父親が入ってきた。


「先ほど申し上げました通り、私は黒田修二と言います。今回駒田重幸君と一緒に、行方不明となった者です」

「覚えていますよ、修ちゃん」


 シゲの母親は小学校の時に遊びに来ていたことを覚えていると言ってくれた。


「で、いまさら何の用で来たんだ? 金でも取りに来たのか?」


 ケンカ腰でシゲの父親に話しかけられる。その話し方に正直頭にきたが、状況が状況なので挑発には乗らずに、彼の家族三人へシゲが死んだことを伝えに来たと話す。ただし大学校舎屋上で彼が豹変したことと女性を襲ったことは言わず、見たこともない生物に襲われて死んでしまったと伝えた。


「お前はそれを言いにきたのか?」

「それだけではありません。実は渡したいものがあります」


 そういって白紙に包まれたシゲの髪を彼の父親へ渡した。父親はテーブルの上でそれを家族に見えるように開くと、白髪の髪をずっと見つめた。若年のシゲの髪が通常短期間で白髪となることは考えにくいため、当初は警察が信用しなかった。しかしDNA鑑定にかける言ってしばらくすると、そのことについて警察は何も言ってこなくなった。その際には両親や姉からサンプルをもらっているはずなので、当然警察がある程度話を伝えているものと僕は考えていた。


 母親は泣き崩れ、姉も顔を伏せた。しばらく黙り込んだままだった父親が突然、


「こんなものっ!」


と叫んで、髪の束を僕に投げつけた。僕の顔にぶつかった髪は、束としていたものが外れて周囲に飛び散った。


「こんなことを言いに来たのか? 貴様は! これが何だっていうんだ! あぁ⁉」


 怒声が客間に響く。


「お父さん、お客さんにそれはないでしょう。重幸の形見を届けに来てくれたのよ」


 少し落ち着き始めた姉が父親に言う。だがやり場のない怒りは僕に向かい、続けて罵声を浴び続けた。


 しばらく黙っていた僕だったが、彼の父親も一通り怒りを終えて落ち着いて椅子に座り、涙を流し始め、そこから急にしゃべらなくなった。


 沈黙に耐えかねて、家を出ることにした僕は、失礼しましたと言って立ち上がりシゲの家を後にした。見送りには誰も来なかった。


(彼の父は事業に成功して、いまの住所に引っ越していたはずだ。シゲの金遣いが荒くなった時期とほぼ一致していて、そこで彼と彼の父親に何かあったのかもしれない)

『そうか。だが何も言わなかったな。優しいのう』

(何かを言って、結果が変わるんなら言っていたと思う。しかしすでに死んでしまった人は僕にはどうすることもできないし、両親の気持ちもわかるんだ)

『しかしその優しさが(あだ)になるときもある』

(覚えておく)


 外は雨になっていた。


 僕は傘を持っていないし、使う気にもなれない。


 雨にあたりながら考え事をしながら帰路につく。


 途中で自分の体が熱くなっているのを感じていたが、自宅へ戻る頃には発熱しているとはっきり自覚していた。全身のけだるさもどんどん強くなり、体温を測ると四十度の発熱が出ていた。


 そこから三日間ほど僕は家で寝込んでしまった。


 ご愛読ありがとうございます。

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