第五十話 仕組まれた依頼
「シュウ、どうするニャ?」
「まだ熱源があるとわかっただけだ」
廃城の奥の方を睨みながら僕は考える。
「人間族なのか、それとも別の種族か、はたまた噂の幽霊とやらか。今の段階だと手の打ちようがないな」
レイナが小声で状況を伝える。
「熱源は全部で四つ、奥の方からこちらへゆっくり近づいて来るわ」
パーティに緊張が走る。
「シュウ、指示を」
「正体確認が優先だ。こちらに気づいていないで、唯一の出入り口である大橋側へ向かってきた可能性がある。一度隠れよう」
「あそこはどうですか?」
城の出入り口から少し離れたところに崩れた城壁があり、アオイはそこを指さした。その上に登って屈めば、地上からは僕たちの姿は見えず、城の出入り口を見下ろす形で見張れると提案したのである。
「いいね。さっさと登ってしまおう」
不用意に音を立てないよう、それでいて素早く城壁の上へ移動した。
アオイは風の魔素術を発動させて、自分たちの音や臭いが熱源方向へ流れないようにしてくれる。
(さすがだ)
「もうそこの角まで来ている。見えるわよ……ほら」
全員で廃城の角を凝視した。
(あいつだ!)
角から姿を現したのは、魔術都市ルベンザのギルドで僕に絡んできたバズートだった。それと仲間らしき人間族が三人。
彼らは会話しながら予想通り大橋の方へ歩いているが、内容は聞き取れない。
「アオイ、なんとか奴らの会話が聞けるようにできないか」
「やってみます」
アオイは集中して、バズートたちの周辺の空気がこちらへ流れてくるよう集中した。
「……からの依頼はちょろかったな」
「ああ、楽勝だ」
どうやらすでにあいつらの依頼は終わったらしく、ルベンザへ帰る途中の様子。さらに会話盗み聞く。
「この廃城にちょっとした荷物を持ち込むだけ、だなんてな」
「これで金貨二枚の報酬なんて破格だぜ」
「こんなうまい話、一体どこで手に入れたんだ?」
「なーに、知り合いがいるのよ。その道はその道ってやつで」
「ふーん。儲けられるならなんでもいいんだけど」
「ところで箱の中身は?」
「しらねぇ。『絶対途中で開けるな』ってすごい顔して言われたぜ」
「もうどうでもいいじゃねーか。これで依頼達成だ!」
「ウワッハッハッハ。そうだそうだ。さっさとこんな辛気臭いところからズラかって、酒場で一杯やろうぜ!」
(箱を移動させるだけで金貨二枚の報酬だと⁉)
そんな都合のいい依頼が世の中に溢れているわけがないので、箱がどんなものが気になる。肝心の依頼主の名前は聞き取れなかったが、後でシェリルにでも聞いてみれば何かわかるかもしれない。
「シュウ、どうするの? 捕まえて吐かせる?」
「まだ何かしたのか決まったわけじゃない。僕たちの依頼はあくまで『廃城の幽霊騒ぎ』の解決だ。何もないとわかったんなら、それに越したことはない」
(その時はルベンザに帰ってから、あいつらに聞けばいい)
そこまで考えて、ルベンザ内はシェリルの領域なので、あまりやりすぎると僕が捕まる可能性があるに気づいた。控えめに優しく聞かねばなるまい。
やがてバズートたちが大橋を渡り切り、はるか向こうの雑木林へ消えた。
「もういいだろう」
――タッ――
城壁跡から飛び降りて、草の生えている地面へ降り立つ。最近は身体能力向上がさらに著しく、おおよそ三メートル近い地面へ飛び降りる際に、魔素を体へ纏わずとも着地の衝撃のみで、膝へのダメージはない。それは僕以外も同じだ。
「レイナ、あいつらが最後に居た城の奥の場所まで案内してくれ。何を残したのか確かめる。途中は索敵も忘れずに」
「りょーかい」
廃城の正門前に立つ。そこから中を覗き見ると、元城内の広間へ通じるようだ。ところどころ失った天井から陽の光が差し込む。日が当たらないところには苔が出来ていて、これは海が近い影響かもしれない。
(静かだな)
こんなところに噂なんぞ立つのだろうか。正直な感想だ。
「あいつら以外には熱反応はないわ」
指輪にも魔素探知を頼んでいたが引っかかるものはないという。
そのまま奥へ奥へと歩いていく。途中ナオキやクーンがお宝探しと称して脇道へ抜けて、空き部屋をご丁寧に探していた。壊れた箪笥や箱が確かにいくつかあったが、すでに荒らされた跡である。それもだいぶ前に。
(どこの世界にも火事場泥棒みたいな奴っているんだな)
熱探知に反応がなく、指輪も警告を出さないので、僕たちはかなり大胆に探索をおこなった。
「そこの曲がったところが、あいつ等がいたところよ」
「オーケー」
レイナが示した場所は城から直接繋がっておらず、奥ばった場所にある小さな家のようだ。
「保管庫?」
「そうかもしれない」
日本でいう屋敷よりは蔵なのだろう。外壁はボロボロだが建物としての形は一応保っている。二階建て相当の高さで、柱が一部むき出していた。屋根を含めてそれなりにしっかりした造りだったようで、城ほど天井が朽ちていない。もしかしたら魔物からの襲撃も奥にあるので、あまり被害を受けなかったのかもと思った。
「気を付けてくれ。強い衝撃を与えると崩れ落ちてきそうだ」
注意を促しつつ、僕から中へ入る。
すぐに建物の中にそれなりに新しい木箱が置かれていた。大きさはちょうど人間族の赤ん坊なら入れるぐらいで、手ごろなサイズではある。ほかには何もなかった。
「これだな」
僕は近づくとそれがただの木箱ではなく、魔素術を施されたことがわかった。持ち上げてみると非常に軽い。
「魔素術か……」
反応を見てみようと、ふと僕は自分の魔素を宝箱へ流した。ほんの少し流すとボワッと宝箱が光った。イヤな予感がしたので、ひとまず中止する。
「なんか光ったわね」
レイナも同じ印象を持ったらしい。ルベンザに持ち帰ってシェリルへ頼めば何かわかるかもしれない。
すでに城内は探索済みで怪しい人影はないので撤収することにした。
廃城から出ていく。正門前からは念のため大橋の向こう側をみて、やはり雑木林の中から人が新しく出てくる気配はない。
「依頼達成ね」
「ああ、楽な依頼だった。ナオキは何か見つけたのか?」
「いーや、何にもなかった」
「そうだニャ。せっかく強化した嗅覚の出番だったのにニャ」
クーンも何も見つけられなかったようだ。彼の言う『強化』とは、シェリルの魔素術特訓を受けていたら嗅覚が良くなって、さらに追跡能力が上がったというわけだ。
そんな会話をしながら壊れた正門も過ぎて、大橋を再び渡る。
渡り切ったところで足元に光る何かが落ちていたので足を止める。クーンが気づいて拾い上げるとそれは金貨であった。
「幸運だニャ。こんなところに落ちているなんて」
(はて? 来るときに落ちていたか? もしかしたらあいつらが落としたのかもな)
そうだとしたらとんだ間抜けだ。
思わぬ副収入に喜んで足を止めていたその時!
――ザザッ――
遠いところで魔境の鳥たちが一斉に飛び立つ音!
指輪とレイナが警告を出す!
『避けっ……』
「くっ……」
レイナは『来るっ!』と叫ぼうとしたのであろう。全員が異常を感じてその場で低い姿勢を取った。僕だけが回収した箱を抱えていたので動作が遅れる。
――ビュッ――
甲高い音を引き連れて高速の矢が飛んできて、僕の持っていた箱の近くで弾けた。
その瞬間!
回収した箱の魔素文字が空中に展開されて砕け散った。続いて箱も壊れる!
そこから凄まじい空気の振動音が鳴り響く!
――グォォォォオオオオオオオオ――
「ぐっ!」
鼓膜が破れてしまいそうな音が間近で炸裂した! 僕は気を失いそうになるが、指輪が魔素を僕に展開してくれて防御してくれたので何とか踏みとどまった。
『シュウよっ! しっかりせいっ!』
(……あ、あぁ……)
まだ視界がぼやけているが、数秒で何とか元に戻った。
頭痛と耳鳴りがする。
「くっ」
自分の大腿部を抓って痛みを与えて、意識を失わないように保つ。
頭を押さえながら、仲間の状況を確認するとどうも倒れているらしい。あれだけの爆音を一、二メートルの範囲で喰らったのだから当然かもしれない。
一歩踏み出そうとするが足がふらつく。
「み、、、んな。だいじょう、、、ぶか……?」
返事がない。
「お、、、きろ」
弱々しい声でアオイたちを揺り起こすが目が覚めない。脈はしっかりしているので気絶しているだけなのだろう。先に僕が自然回復した。指輪が展開した防御は相当優秀なようだ。
「おいっ。起きろっ!」
ここは魔境である。早く起きて撤収したいところだ。
さきほどの炸裂音だがどこかで聞いたことがあるような……
『はやくここから離れるんじゃ! 魔物が集団で来るぞっ!』
(えっ⁉)
一瞬指輪が言ったことがわからなかった。認めたくなかっただけなのかもしれない。
今、僕たち夢幻の団は僕以外の全員と依頼元のウォッカたちは地面に突っ伏したままである。ここを襲われたら全滅が確定する。
(指輪っ! 数は⁉)
『城の反対方向から数十じゃ。もうすぐそこまで来ておるっ! さらにその奥に百はおる。すべてここを目指して高速で移動しておるぞっ!』
(ちっ……)
あれだけの音だ。魔物が気づいてこちらに向かってきているのは当然か。
(いや、あの音は……)
以前にクリス王女と一緒にオークジェネラルと戦うための作戦会議。敵の情報を知るため、サモラの町で捕えたオークを拷問した。あの時、捕らわれのオークは仲間に位置を知らせるため音玉を破裂させていたがその時に似ていた。
(一連出来事。宝箱、高速の矢の再襲撃……)
嫌な予感がぬぐえないまま、そこで僕は考えることをやめた。
今は倒れているパーティメンバーを起こしつつ、迫りつつある脅威に備えなければいけない。
僕は襲ってくる魔物を駆逐するため、秘術『雷哮』を使うことを決めた!
指輪の警告する魔物たちが距離五十メートルを切った時、多くの魔物が迫る方向へ『雷哮』を放った。
これは雷哮の剣に大量の魔素を投入して雷嵐を自分の前方に扇状に展開する決死の秘術である。
「『雷哮っ!』」
――ズゴゴゴゴォォォォ――
――バリリリリィィィィ――
秘術は森林を更地に変え、姿を見せていなかった魔物どもを向こう数百メートルまで吹き飛ばして粉微塵にした。
「はぁはぁはぁ」
この秘術は僕の魔素を大量に消費する。シェリルの特訓で魔素の扱いが上手くなったとはいえ、一日二発が限度で、二発目は威力が落ちる。理由は簡単で僕の魔素が足りないのだ。
懐にあった二―ナばあや特製の魔素回復薬を一本、グイッと飲み干す。魔素が足りない時には美味しくなる飲料で、今の僕では日本のオロナ〇ンCの味がした。当然上手いのである。
(残り……一本!)
この状況で連発すればあっという間に魔素が枯渇するであろう。そうなる前に仲間を叩き起こして、すぐに移動しなければいけない!
「う、ううう」
僕から一番離れた位置にいたジュウゾウさんとウォッカが目覚めそうだ。
「頼むっ。早く起きてくれ」
頬をビンビンに叩く。
「うーん」
二人が目覚める。
起き上がると森林が削り取られていて、さらに地面の一部までえぐられている状況をみて、僕が説明しなくても事態の深刻さを悟ったらしい。
すぐに全員に気つけをおこなう。しかしレイナとクーンの目覚めが悪い。
どうにか起こしながら状況を説明する。
ようやく二人が目覚めたがふらついているが、とても走れそうにない。まして移動しながらの戦闘は不可能であった。
「シュウよ。どうするのじゃ」
さすがのジュウゾウさんも、経験豊富なウォッカも焦る。
指輪はまた距離二百メートル程度まで魔物集団の第二波が押し寄せていると警告した。
僕はすぐにでもルベンザまで戻りたかったが、気絶から回復したばかりで走れない仲間を抱えて、複数方向からの敵襲を防ぐことはできないと判断した。やむなく廃城の方へ戻ることを決意する。そこなら大橋方向から来る魔物に気を付ければよいのだから。
「……城の方に戻ります。大橋の前でもう一度僕が雷哮を使って、魔物を消し飛ばします」
ウォッカも目覚めて間もないが、状況が非常に悪いのはわかってくれた。僕の案に賛成してくれて、すぐに部下を叩き起こしに行った。
「孫から聞いとるが、その技は大量に魔素を使うと聞いたぞ。先ほどの様子だとすでに一発目を放ったようだが、大丈夫なのか?」
ジュウゾウさんが心配してくれた。
ふところの魔素回復薬を見せて、大丈夫ですと僕は返事した。残り一本しかないことには触れなかった。
ふらつくレイナとクーンを、それぞれ僕とジュウゾウさんが抱えて、大橋と廃城の方に戻る。急ぎ足で大橋を渡って廃城の正門前にたどり着いたところで、ナオキにレイナを託して、僕は再び大橋を魔境方向へ戻るため駆けた。
(最悪は大橋を壊して、大陸との移動手段を断つ)
その場合、僕たちは陸の孤島となった廃城の立っている崖に取り残される。落ちれば百メートル以上真下の断崖絶壁の海へ一直線だ。
あれだけの騒音が起きたのだから、誰かから連絡がルベンザに入って、きっとシェリルがどうにかしてくれる。助け舟を出してくれる。
――今はそう考えるしかない――
橋を渡り切る頃には再び魔物との距離は百メートルを切っていて、第二波はすぐそこだった。
僕は本日二回目の秘術『雷哮』を廃城とは反対方向へ放つ!
凄まじい雷嵐が発生して、押し寄せた大量の魔物は再び消し飛んだ。
「ハァハァハァハァ」
息切れが激しい。短期間で使うとこうなるのはわかっていたが、やむをえない。
どうにか大橋を廃城側へ戻るため渡って、仲間と合流しようとする。
しかし途中から仲間がせわしなく動いているのが分かった。指輪は魔素が複数増えていると警告する。遠目からジュウゾウさんが日本刀を振り下ろしているのがわかった。
他にも動いている者がいる。あの剣筋はアオイだ。
レイナのものと思われる炎の魔素術、クーンの弓を引き放つ動作、ナオキの水の魔素術!
近づくにつれて仲間が戦闘をしていることがわかった。
(戦っている!)
そんなはずはない! だって、先ほど僕が押し寄せる魔境の魔物を葬ったのだから。
さらに近づいて敵は人間だとわかった。
(バカな!)
考えるより先に体が動いていた。魔剣を握り直して走って走って大橋を渡り切り、正門の近くに至ったその時!
背後から熱い空気が流れ、殺気を感じた。その方向に向かって僕は魔剣を振り上げる!
――カキィィン――
魔剣と金属の何かがぶつかって高音が響く!
相手をみて僕は叫んだ。
「カァァァァーター!」
「シュゥゥウゥゥゥゥ」
僕に殺意全開で剣を振り下ろしてきたのは、元トレド冒険者ギルド所長カーターであった。
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