第四十話 の変人魔素術師
感染者が増えてきてしまいましたね。
屋台で残っていた食事を浮浪人にすべて渡して宿に戻ると、頭まで黒のローブを纏った人が三人ほど入口に突っ立っていた。僕たち側に顔を向けてチラチラとみているようだが、顔を覆っているので詳細はわからない。
(何かあったか? 今日は悪いことは何もしていないぞ)
三人組の目の前を通り過ぎようとした時、『お待ちください』と声を掛けられた。
「何か?」
「初めまして。私たちの主人があなたに会いたがっています。ご足労いただけませんか?」
「あなたたちは誰ですか? それに主人とはどなた?」
「会えばわかります。あなたたちの探している人です」
「意味深ですね。今初めて会ったように思うのですが」
そういってローブ姿の三人を改めて観察した。ローブの中からわずかに洩れている敵意をあまり感じない魔素。どちらかというと笑い、騙し、嘲り……。それが彼らの魔素の雰囲気だった。
それに武器防具はつけていないのだろうか? 骨格がところどころ浮き彫りになっているように思われる。全体的に細身で強そうには見えなかった。
「そう警戒しないで」
言葉に反応してふっと意識を戻して改めて見てみると、僕は三人のうちどの人が話しているのかわからないことに気づいた。
(不思議な感覚だ)
口元もフードで覆われているが、初めの会話は目の前の人からの会話だった。いやそう思っていた。だが今の話は後ろの人から発せられた声だと思ったが、今一つ確信がない。
結局、嫌な感じがしなかった僕はこの三人の言うがままについていくことにした。当然ナオキたちも一緒に来る。捜索に疲れ果てていたので、宿で休めると思っていたナオキはがっかりしていた。後ろでは最近いろいろあったので、クーンとジュウゾウさんが警戒し続けている。
海雲亭の面している大通りへ出て、都心側へ歩く三人の後ろ側からついてく。
歩き始めてわかったことだが、この人たちは全員体のバランスがおかしい。それに歩幅が大きいようだ。人間らしく歩いているが、足の繰り出し方が若干ぎこちない。
(人間族じゃないのかも……足長族⁉)
十分程度歩いたころに豪邸と言えるような二階建ての立派な敷地のある家へたどり着いた。門には何重にも魔素術が施されているようだが、一人が歩み出てなぞるように上から下へ指先を下ろすと、ガチャリと音を立てて門が開いた。
入るよう促されて恐る恐る足を踏み入れたが、何も起きない。正面に家があるのはわかるのだが、どこへ向かって歩いていいものか分からず、振り返ると案内していたはずの三人の姿はすでにそこになかった。
(?)
「騙されたニャ?」
周囲に人の気配はない。
――フッ――
音ともの言えないような小さい空気の波を出して、今度は家へ続く道の端にある、この街のシンボルともいえる街灯と同じタイプの照明が灯った。続いて僕たちを案内するようにある一定の方向へ照明の光が伸びていく。
「こっちに来いってことか……」
やがて豪邸の壁前まで導かれたが、その先には扉がない。だが誘われるがまま壁の前まで歩くと、
――フッ――
と再び小さな音を出して、壁だったところに扉が出現。そして開いた。
「何から何まで自動だな」
「入って大丈夫かニャ?」
心配するクーンへ、
「うーん。きっと大丈夫だよ。何かやる気ならとっくに仕掛けてきていると思うよ」
と言い、ある程度警戒しつつも安全であろうと室内へ入った。
「ようこそ」
室内では奥から一人の人間族が迎え入れてくれた。先ほどまでいた三人と同じくローブとフードで顔を隠しているが、今度は口元が見えているし、歩き方もよっぽど人間らしい。
「初めまして、シュウ。それにお仲間の人たち」
「初めまして。というかさっき会ったでしょう?」
ナオキたちは訳が分からないと言った顔だ。僕は彼を指さしながら、
「さっきの浮浪者。ほら、屋台にいた。あの人だよ」
と説明した。
「でも、シュウ。全然姿形がちがうニャ」
「そのとおりですよ」
フード付きの人間が歩み寄る。眼は間違いなくあの時の浮浪者と同じですごく輝いていた。この出会いに楽しみを見出しているのだろうか。
「騙し合いはもうやめにしましょう。私はあなたがさっきの浮浪者と同一人物だと確信をしています」
僕は指先を天井へ向けて『戻って来い』と言って、自分の魔素を球形にして空中へゆっくりと放った。仲間を含めてみなポカーンとしていたが、すぐにフード付きの人間の影から、僕に従属しているレブナントが出てきて、美味しそうに僕の魔素へ喰らいついた。
「そういうことか」
僕たちを招いた人間は騙し合いをとうとう諦めたらしい。
「道理で今日は家に居てもなんか居心地が悪かったんだよ。こう……ムズムズするというか……」
僕が従えているレブナントは最低階位の幽霊であり、内在する魔素は決して多くない。ゆえに探知もしにくい。
屋台で浮浪者に絡まれた僕は、その眼に惹かれて反射的にレブナントを取り付かせていた。命令は『僕が行くまでは憑りつき続けろ』だ。
以前にトレド王女にレブナントを預けて気づいたが、自分の魔素を喰った幽霊がいる方向がなんとなくわかるようになっていた。階位が上がってからは、よりその方向が鮮明にわかる。
道を案内する三人の方向が自分のレブナントの存在を感じる方向と一致していた。家に入る前には、それは確信に変わったというわけだ。
「あんたはどうやら遊び好きらしいですね」
役目を終え、魔素でおなか一杯になったレブナントは満足して僕の魔剣に再びおさまった。
「やられたな……いつから気づいたんだ?」
「初めて会った時に、浮浪者のわりに眼が絶望していなかったんだ。なんとなくそれで後で会いに行こうと思って」
「なるほどなるほど」
「それにここまで案内した三人。あれは人間を形作った魔素術、あるいはそれに近いというのが正体なんじゃないか」
「そこまで読めるのか!」
「急に姿を消したけど、動いた気配は一切なかった。魔素術を解除しただけなんじゃないかって思ったんだ」
僕の見解は正解、あるいはそれに近いものだったらしい。ほぅと再び感嘆したフード付きの人間は自らの顔を僕らの前に晒した。そこにはシミ一つない二十歳代前半と思われる青年の顔があった。
「綺麗な顔しておるな」
そう言ったのはジュウゾウさんで、僕も同じ感想だ。
「変装、いや変身というべきか。その類の魔素術ができるんだろう?」
「……。こちらへどうぞ。歓迎するよ」
僕たちは玄関でのやり取りを経て、家の奥の客間と思われる部屋へ通された。
******
「シュウ、大丈夫かニャ?」
「きっと大丈夫だって」
若い青年はそのまま僕たちへお茶を出した。この家のお茶はトレドのお茶と比べて少しだけ酸味があったが、これはこれで良いなと僕は思う。
「さて……」
「まずは自己紹介じゃないか?」
僕は青年へ名乗るよう促す。
「そっかそっか、忘れていたよ」
青年はオルソンと名乗った。
「あんた、何者なんだ?」
さっきから疑問ばかりだが、その謎は多分魔素術の扱いだと睨んでいた。
「シュウといったね。君の観察眼には舌を巻くよ。ここ数十年で僕の正体をこんなに早く見破ったのは久しぶりだ。褒美に君の要望に一つ応えよう」
(数十年と言ったな。見た目と年齢がかみ合っていないぞ。何かある秘密がはずだ)
僕は質問をそのまま続けようか悩んだ。だが変身の魔素術はこの世界でこれから生きるのを考えた時、非常に魅力的でその技術が欲しい。そう思った僕は、
「僕の要求は『魔素の扱いに関してあなたの秘密を教えてほしい』だ」
と言う。自分でいうのもなんだが核心をついたと思う。
「えらく大きな要求をするね」
「あんたがしてやるぞ、と言ったんだろう?」
「そうだった。ははは」
青年オルソンは楽しそうに立ち上がった。
「いいよ。僕が知っている魔素の真髄を教えてあげよう」
「えっ⁉」
「だが君には覚悟が足りない。だから、僕は今日君に課題を出す。明日の同じ時刻にここへ、答えを持っておいで。教えるに値する答えだったら君の望むまま、全てを教えよう」
「答えが教えるに値しない答えだったら」
「何もない。ただ帰ってもらうだけだ。以後君やお仲間に対して何も僕はしない。当然魔素について教えることはない」
「面白い」
焚きつけられた僕は俄然やる気が出てきた。
「その課題とは?」
「受けるってことだね。即決でいいね」
オルソンはぐるりと部屋中を回って、やがて僕の正面に立った。
「ではシュウ。君への課題だ。問いかけは『あなたは何者?』だ」
「?」
「明日の同じ時刻にここで。さ、もう帰って」
オルソンはパチンと指を鳴らした。瞬間僕たちの視界は切り替わり、豪邸の入り口まで戻っていた。ナオキたちも一緒だ。
「すごいな、空間移送術か?」
僕もその答えはわからないが、秘密は魔素の扱いにあるに違いなかった。
「さ、もう夜も遅いし帰ろう」
街灯に明るく照らされた静寂な夜道を戻り、僕たちはオルソン宅を後にした。
******
帰宅途中、僕たちは今日出会った青年のことをずっと考えていた。オルソンと名乗った魔素術師は相当な使い手に違いない。人間に近い形態で魔素を動かす技術、遠隔操作方法、移送の術などなど。
それらはこれからの冒険に役に立たないわけがなく、課題をどうこなそうか。そればかりを僕は考えていた。
「なぁ、シュウ」
ナオキは別のこと、すなわち今後どうするか悩んでいるようだ。
「今回はお前についていくって決めてきたからそれはそれでいいんだ。それにこっちの世界は、これはこれで面白いと思うんだ。さっきのオルソンみたいに面白い奴もいる。だが……」
「……悪い奴も多い」
「そうなんだ。俺も実は今後どうしたらいいのか迷っているんだ。こっちの世界にどっぷりと浸かろうか、日本と異世界の両方をそれなりに、あるいは日本に戻って一生を過ごそうか」
まだ二十歳前後で長い将来を考えているナオキを僕は尊敬している。
「俺が言えることは少ないけど、あえて言わせてもらうなら『心の声に正直になれ』ってことかな⁉」
「と言うのは?」
「自分に偽ってまで嫌いなことやっても楽しくないよ。それに続かない。だったら、自分が好きなことを見つけて伸ばしていくのがいいと思うんだ。それが自分の生活の糧になるんだったらなおさらいいと思う」
「うーん」
横からクーンが、
「ずいぶん難しい話をしているニャ」
と言ってきた。
「ははは。そう聞こえるかもしれない。けど大事だよ。人生は取捨選択なんだ」
「フーン。あれ? あそこに何か落ちてるニャ!」
クーンが見つけた袋は豪華な装飾をつけられていた。いかに街灯と整備された道路だとしても不釣り合いな袋。それは道路のちょっと脇に、でもわかるような位置に置いてあった。
慎重に近づいて、中身を確かめる。紐を解いた瞬間、深いとまではいわないが、ふっと鼻につく臭いが立ち込めた。中をのぞくと何も入っていない。
「なんだろうな?」
誰も良く分からず、ひとまず袋を回収して、落とし主がいるかもしれないので宿まで持っていくことにした。そこで聞いてみる。
そこから歩くこと百メートルぐらいした時だった。
もうすぐ宿に着く直前の道に出るというところで、ふとあたりの街灯が一斉に消えた。今夜は月がなく、あたりはすぐに真っ暗になる。しかし僕は夜目が効くので、すぐに目が慣れれば他人よりもずっとすぐに見えるようになる……はずだった。
異変はその時――
仲間のいない右方向から急に迫る気配を感じた。音はない。
(!)
何があるかわからないが反射的に、左膝を折って頭を下げてそのまま倒れ込むように回転した。転がる中の視界の隅で、僕の首があったところにはキラリと光る刃が通過しているのが分かった。
そのまま流れるように魔剣を抜刀して、気配の方向に一閃を浴びせる!
――ビュッ――
確かな手ごたえと一緒にズドンと重たい音が足元から出てきた。
すぐに目が慣れて状況がわかった。そこには僕が斬った大人と思われる人間が大量の血液をばらまいて倒れていた。




