第三十九話 魔術都市ルベンザ
鬼滅の刃の人気すごいですね。どこにでもグッズがあります。
「こいつはすごいな……」
隣のナオキ、ジュウゾウさんは声が出ないらしい。クーンもここに来るのは初めてで、同じ反応をしていた。
「噂には聞いていたニャ。でも……」
ルベンザの外壁は綺麗に照明に照らされていて、森の中にある都市を際立たせていた。まるで演出された場所である。
城門をくぐってルベンザへ入ると、電灯と間違えそうな照明が道路わきに一定間隔で配置されていた。それも一部は空中へ浮いている! 日本のちょっと開発された街を歩き始めた感覚になった。
「それは魔素灯ですよ」
ルベンザへ入る手続きを終えたのち、入り口門をくぐってすぐの広場に商隊を留めて、荷解きをしている途中で、不思議そうに眺めていた僕の方に寄ってきたウォンが教えてくれた。
「魔素灯、ですか?」
「そうです。魔素石は見たことがありますね?」
「はい」
「あれの『光属性』の魔素石が埋め込まれているのです」
「なるほど」
「手に入りにくいものをふんだんに使っている。この都市の好調ぶりがうかがえますよ」
「技術もすごいですが、その発想もすごいですね」
「この都市の領主はマッシュ=ミゼラルドですが、その親族に魔素術で抜きんでた才能を出した者が出ました。その者が作ったと聞いています。結果ルベンザの大発展につながったと」
「名前は?」
「シェリルだそうです。シェリル=ミゼラルド」
「それはまた可愛い名前ですね」
「気難しいとも聞いています。一般の者が面会を申し込んでも会えないようですよ。私もこの商談の中に組み込もうとして使者を送りましたが、門前払いでした。唯一得られた返事は『おまえが直接来い』だったそうです」
ウォンの話は貴重な情報だった。
この都市に来る目的の一つに、魔素術の指導者を見つけるということがあった。指輪は貴重な指導者であるが、どうしてもしっかりした先生が欲しいと思うようになっていた。これは今回こちらに来ていないレイナも同じ思いだったらしく、この間までは見つけたら連絡する約束だった。
ウォンと別れた後すぐに夜になって、さらに移動の疲労も重なり、ウォンたちが用意してくれた宿へどうにか移動した。遠征で来た時、到着してから宿を探すのは一苦労なので、商会が手配してくれるのは非常に有難かった。
宿は『海雲亭』と書かれていた。トレドの宿は『風雲亭』で、一文字違い。何かつながりを感じつつ宿へ入ると、犬人族の主人と女将が出迎えてくれた。聞けば犬人族には犬人族のネットワークのようなものがあり、そこからトレドで活躍中の希望の団が風雲亭を拠点としている情報が流れていたらしい。
宿の主人・女将はそれぞれクロック、カリーナだという。主人は無愛想だが、女将は笑顔が素敵だ。トレドの宿もこの組み合わせで、繁盛する宿はこの組み合わせがこの世界では一般的なのだろうか?
食事も遠征で疲れた胃に優しい、蒸した野菜が中心だった。感謝しながら、その日は就寝した。
******
翌朝、夢幻の団全員で食堂に集合した。
ほかの護衛者たちも同じ宿で、昨日はほとんどの者がそのまま体を休めていたようだ。が、一部には元気な者もいたようで、さっそくルベンザの夜の街に繰り出した話を大声で自慢していた。
(元気だなぁ……。こっちは次の襲撃に備えて枕元から魔剣を離さずに寝たというのに)
食事後現状を再確認して、次の行動計画を練った。
「ウォン商隊がトレドへ戻るのは二週間後だ。それまでは自由行動ができる。だが、この前の襲撃が頭から離れないんだ。何者かに狙われた感覚がぬぐえない。それでこうしようと思う」
僕は安全に配慮して、二人以上での行動、外出時間を日中にすることなどを提案して、当然了承された。
「よぅ、シュウ」
ナオキが話しかけてきた。
「どこか行くアテあんのか?」
「ああ。前にアオイの斬月を修復したスミスが、ルベンザに本店があると言っていただろう? まずそこへ寄ってみようと思う。それにシェリルとかいう魔素術士にも興味があるんだ」
「なーるほど」
「一緒に来てくれるか?」
「もちろん」
クーンもジュウゾウさんも異論なく、そのまま海雲亭を出発した。
******
スミスが本店だと言った武器店の名前はわからなかったので、このルベンザで一番有名な武器店はどこかと宿で聞いてみたら、いっぱいあると言われてしまった。なので、日本刀の形を教えてみると『ああ、それならグリーズマンのところが一番だ』と言って、そこまでの道を教えてもらった。
一階建ての比較的大きな平屋家が見えてきた。近づくと飾りっけなし店であり、看板にはカスツゥエラ語で『グリーズマン武器店』と書かれていた。スミスの家名はグリーズマンだったので間違いない。
店も開いているので、スミスからの書状を手に抱えて、店先へ入ろうとした時、
「ふざけんなよっ!」
という怒号、続いて店から逃げ出すように出てきた冒険者たちとぶつかりそうになる。
(おっと、危ないな)
冒険者たちは店に戻ることなく、通りの向こう側へ足早に消えていった。店の外から店内の気配を探るが、静まりかえっている。
ここまで来て帰る選択肢はないので、気持ちを落ち着けて店内へ入ると、そこには日本刀と思われる武器を中心に、あらゆる武器が整然と並べられていた。
「いらっしゃいませ」
迎えたのは女性で、先ほどの怒号とは違った優しい声である。だが声の特徴は間違いなくさっきの声だ。
(多分この人が怒ったんだろうな)
刺激しないようにと思い、先に書状を見せればいいかという考えをとっさに捨てて、武器をみる一般客になろうと決めた。
「こんにちは。武器を見させてください」
「ええ、どうぞ」
「触ってみてもいいですか?」
「はい。振り回したり、店内を傷つけるようなことはおやめくださいね」
許可を得て店内を見て回る間に、横目で店員を観察した。スミスは男の鍛冶職人で、この店員は女性。しかし眼鼻や耳の形が似ているので血縁と思われた。
(多分、この人がスミスの言っていた人だな)
「あのぅ……」
僕は恐る恐る切り出した。
「……置かれているのは素晴らしい日本刀ばかりですね」
「ありがとうございます。わかっていただけて嬉しいです」
「いえいえ」
「ここにある剣はお客様がすでにご存じのように『ニホントウ』と呼びます。反りが入っていますが、この形態はこの店の初代主が提案した武器です」
以前にスミスから聞いていた通りだ。
「それでお客様は一体どのような用ですか? 見たところそれぞれの方がすでに相応の武器を持っているように見受けますが……」
「実は……」
ここで初めてスミスの紹介で来たこと、修理してほしい杖があることなどを話した。
「なるほど、スミスの紹介だったのですね」
その店員はネスと名乗った。スミスの姉に当たるようで、正式にはネス=グリーズマンで、この店の当主の娘だという。スミスは現在の行き先を実家に教えていないようで、城塞都市ルクレツェンに行ったと思うと言ったら驚いていた。
ちなみにさっきの追い出された冒険者は、いい武器を求めるふりをして値切りたいようだったが、度が過ぎたために怒って追い返したと教えてくれた。
さて、ここに来た本命である。
「修理してほしい杖は……これです」
僕はレイナから預かっていたオークジェネラル戦で得た杖や、ほかにもある壊れた杖をすべて見せてみた。
「ああ、杖が術者の魔素術に耐えられなかったのですね」
ネスが見た杖は娯楽都市ラファエルでレイナが第三段階へ覚醒したときに、その魔素術に耐え切れず壊れた杖だった。事情を説明する前に状況を見抜いた彼女も、スミス同様に相当な職人らしい。
(ここなら任せられそうだな)
「この杖を修理してほしいのです。今日は来ていませんが、仲間に炎系統の魔素術を得意とする女性がいます。炎の魔素術を扱いやすくできるようにしてください」
「うーん」
ネスは渡した杖をそれぞれ見比べて、
「杖の芯が潰れているのでこの修復は無理ですね。唯一、この趣味の悪い杖の芯は壊れていませんが、魔物の術で仕上げられた杖を修理するのは……嫌です!」
「えっ!」
まさか断られると思っていなかった僕は唖然とした。
「なので、私が新しい杖を作ります。その杖には私が研究している『連石』の技術を用いることを約束します」
(『連石』?)
『ほう』
連石という言葉には指輪も反応していた。
「それはどんな技術ですか?」
「魔素石を複数個組み合わせて、通常の魔素石を埋め込んだ状態よりも格段に威力を上げます」
「すごいですね!」
「技術さえ確立すればそれほど難しいことではありません。ただし失敗すると魔石を失いますので、この調整は杖どころか手持ちの魔石を失う可能性があります」
「えっ⁉」
「ですが、杖単味ではその杖を壊してしまった魔素術者の力量に応えられないように思います。なので、危険を冒して連石で提案させていただきました」
僕はちらっとナオキたちの方を見た。今手元には赤(炎)色の魔石がレイナの杖についていた物が三つ、それにこの間魔物大集団討伐で手に入れて手元に残してあるものが五つあった。
「使っていいと思うぜ」
「僕もそう思うニャ」
ナオキもクーンも使用に賛成してくれた。
「だそうです。この魔素石を使ってください」
「わかりました。連石には危険がつきものです。同じ属性の魔素石にも相性があるらしく、それはやってみないとわかりませんので、そこは理解してくださいね」
「よろしくお願いします」
「では杖の芯の素材は希望はありますか?」
「芯の素材がわかりません」
「ええっと……では装備者の年齢や体格、得手と不得手を教えてください」
僕はレイナに関してわかる範囲で情報を渡した。新体操を経験していたので、体の操作が上手いとも言った。
「それならちょっと値段が張りますが、世界樹の芯がいいと思います」
「今の話でわかるんですか?」
「レイナという女性のことを話しているあなたが楽しそうだったから勧めてみました」
(バレていたか……)
『出たっ! よっ! 色男』
(うっさい)
指輪のツッコミをかわしつつ、それでお願いしますと言ったら、杖の製作費が合計で金貨百枚以上になっていた。芯で値段が高くなったのは明白である。が、命は一つである。レイナがこの杖を握って炎の魔素術を放ったら、それはきっとすさまじい威力に跳ね上がるのだろう。
(そもそも彼女がまた異世界に来てくれることが決まったわけじゃないんだけどな)
いろいろ考えていたら面倒くさくなって、
「……ええい! それでお願いします!」
「毎度ありがとうございます~」
スミスと違って、ネスは非常に商売上手でもあるらしかった。
商談が成立後、
「こちらにはしばらくいますか?」
と聞かれる。
「二週間ほどいます」
「そんなに時間はかかりません。製作には三日をみてもらって、四日後に店に来てください」
「ありがとうございます」
去り際に闇組織ハモンのことをネスに聞いてみたが、いままで得ていた噂程度の情報しか得られなかった。
******
「のぅ、シュウよ」
武器屋を出た後、ジュウゾウさんに前振りなく話しかけられた。
「はい?」
「このルベンザにも冒険者ギルドがあるのじゃろう? もし時間があるのだったら、トレドの王女におぬしが狙われたことを連絡したらどうじゃ。冒険者ギルドの情報網を使えば、一瞬なのじゃろう?」
「確かにそうですね」
クリス王女が何か新しい情報を掴んでいるのかもしれないと思い、そのままルベンザの冒険者ギルドへ寄った。
建物はトレドと全く同じ構造で、出している看板も同じなので、わかりやすかった。ギルド内の構造もほぼ同じで、どこでも統一しているらしい。ここの受付嬢も対応が丁寧で、安心感がある。
「すまないが、連絡網を使って貿易都市トレドの冒険者ギルド経由で、トレド王女クリステル=クロスロード宛に連絡を頼みたい」
「はい、では金貨一枚になります」
「高いっ!」
たかが連絡にその値段かと驚いた。彼女曰く、『宛先が王女だと確実に届けるのに高額になる。届いても相手が返事出すとは限りません』と。
「仕方あるまい。それよりも送る文面に、ハモンとやらの組織の情報が新しく入っていないかとカーターの所在じゃ。それを忘れるでない」
ジュウゾウさんの指摘の通り、少しでも情報が欲しいと思った僕は狙われたことのほか、トレド冒険者所長マルコーから得た情報も載せた。受付嬢が僕から連絡文を受け取ると、奥の部屋へ運ばれていった。どうやって向こうへ連絡を取るのか聞いた僕は、詳細は企業秘密と言われてしまうが、横にいた別の冒険者が時空魔素術で郵送するのだと教えてくれた。当然その詳細は教えてもらえず。
冒険者ギルドを出たあと、魔素術に長けているとマルコーが言っていた知り合いを探すのに、彼が書いてくれた書状の住所を元に居場所を探した。
いることはいるようだ。だが、皆一様に言うことが違った。ある者は『あの角の茶屋にいる』と言い、別の者は『たまに通りで魔素術を教えている』と言った。
それぞれの情報を元に教えてもらった場所を訪ね歩くがことごとく外れた。
歩き回ること三時間以上。初めての街を探索するのは想像以上に神経を使い、疲れてきたので、ちょうど見つけた屋台の椅子を使って休むことにした。
「はぁ~、見つからないニャ」
「聞いた人が言うことが、みんな違うのが気になるな」
ナオキの意見はごもっともで、僕もおかしいと考えた。
「何かうまくはぐらかされているのかもな」
時刻はもう昼を過ぎて夕方にさしかかろうとしていた。屋台は今日討伐で得られたのであろう食材が並び、それぞれが指定した調理でやってくれるらしい。香ばしい香りが周囲に漂い、夕食を買い求めてくる中に十人や冒険者が後を絶たない。
ふと屋台の食材を求める列の奥に座り込んだ冒険者、いや浮浪者がいた。彼はふらふらと立ち上がり、こちらへ向かってきた。
(嫌な予感がするな)
ナオキもそれを見て同じ考えだったらしく、目配せをしてきた。力ない足取りで近くに立ち止まると、
「おい、おぬしたち。ちょっと食べ物を恵んでくれんか? この通り数日食べてないんじゃ」
と言ってきた。プーンと匂う体臭、それにアルコールの匂いも混じっている。僕らも屋台の売り物を買って食べていたが、なんか汚れてしまった気がした。断って食べ物を持って移動してもとても食べる気にならない。それにこの浮浪者、恰好は汚れているが眼は輝いていた。今まで見たことのある浮浪者とは感じが違った。
なんとなく、
「どうぞ」
と僕は言ってしまった。ナオキは少し怒ったが、浮浪者は喜んで食べ物を受け取ってすぐに去っていった。
「渡しちゃったね」
「しょうがないよ。あの匂いを嗅いだら、そのまま食べる気にならないよ」
「ああいう風に身を崩した人もこの都市にいるんだな」
借りていたテーブルを簡単に一拭きして、僕たちはその場を去った。




