第三十七話 闇組織の足音
自分の名前を呼ばれて振り返るとそこには長い髪、さらに耳が人間族よりずっと尖った、エルフ族が一人立っていた。まなざしは澄んでいて体からあふれ出す魔素は力強い。装備品も魔素がみなぎっており、おそらく特殊効果が付いたものに違いなかった。
が、その存在に荒々しさは感じず、こちらの世界で今まで会った中で一番静かな魔素であった。
(強いな……)
前のカーター元所長も強かった。だが目の前のエルフは、カーターの強さとは対極にいるような存在だ。武闘派というよりは頭脳派でもあり、それでいて纏っている魔素は大河のような生命力に富んだ力強さを感じる。
(こいつはまたとんでもないやつが所長になったな……)
『強いのう』
(指輪もそう思うか?)
『久々に強者のエルフを見たわぃ』
指輪との頭の中での会話途中に、そのエルフが話を続けてきた。
「初めまして、シュウ。それに夢幻の団の皆さま」
クリス王女みたいな丁寧な挨拶だと思った。
「初めまして」
意識せずにエルフの人物鑑定をしてしまっていたが、挨拶を受けて気後れしないように声を張って返した。
「そう、緊張なさらないで」
「あなたが新しい冒険者ギルド所長ですか?」
「はい、マルコーと申します。ここではなんですのでこちらへどうぞ」
マルコーと名乗ったエルフは、自ら僕たちを奥の部屋へと案内してくれた。歩き始めて気づいたが彼は歩き方のバランスがおかしく、どうやら右脚を負傷しているようだ。
「どうぞ座って」
(所長室はこうなっていたか)
日本でいう大企業の役員クラスの部屋を想像してほしい。仕事用のデスク、接客用の座り心地の良いソファー。それにびっしりと部屋を囲うように囲まれた本!
まもなく受付嬢のアイルが飲み物を持ってきてくれた。香りはクリス王女が好んでいたお茶と似ているなと思った。
「やはり、この国のお茶はうまいですな」
優雅にカップへ口つけるマルコー。
(ずいぶんと絵になるな)
それにこのエルフは男だろうか? 女だろうか? 聞くのも失礼だしなと思いながら、僕もお茶をいただいた。
「美味しいですね」
「あなたもそう思いますか」
マルコーは指を茶葉と湯が入ったボトルへ向けると、自然と浮き上がり、斜めに傾き再び彼のティーカップを満たした。
その動きは無駄がなく、眼に魔素を集中させた僕は、彼が魔素をボトルへ巻き付けて持ち上げて注いだことを理解していた。
「私はすでにご存じのように貿易都市トレドの冒険者ギルド所長として新しく赴任してきましたが、それ以前には隣国のストラスプールというところで副所長をしていました。そこは土地がやせていて食べ物に困るような有様で、このような美味しいお茶は年に数回ありつけるかといったところでした」
「ストラスプールですか……」
「ええ。カスツゥエラ王国の隣にあります。海を渡っていくか、陸続きで遠回りをするかのいずれかですが、魔境ディジョンを通るので通常は避けます。なので、行くのならば船ですね」
「なるほど」
「ところであなたたちは私がどんなエルフか、年齢や性別が気になっているのではないのですか?」
「えっ」
(バレたっ!)
「そう焦らないでください。私の出身はエルフの国ですが、とある事情にて人間社会で暮らしています。魔素術のうち、その大半を運よく納めることができましたので、このように脚を怪我していても所長になることが出来ました」
「まさか……階段から落ちたのですか?」
ナオキが口を挟んだ。冗談を言ったつもりだったがマルコーは一切笑わなかった。が不快感もない様子。
「いえいえ。若いころに魔素大戦に参加しまして。そこで相手の攻撃で右脚を負傷しました。爆発術で脚を失い……」
マルコーはローブをめくって脚を見せてくれた。そこにあるはずの生身の脚がなく、木製で精巧な義足があった。
「これは失礼しました」
僕はナオキと一緒に謝った。
「気にしないでください。いかに魔素術に長けていてもできないことはできないのです。ちなみに私は男性ですよ」
「あっ! そうでしたか」
すっかり相手のペースだ。だが嫌な感じがない。
「前の冒険者ギルド所長はたしかカーター=ハミルトンと言いましたね。トレド領主も彼の足跡を追っていますが、いまだに行方がわかっていないようです。それはこちらも同じことですが」
「マルコーさんは思い当たるものがあるのですか?」
「マルコーでいいですよ。私は冒険者ギルドの総本部で彼に一度だけ、会ったことがあります。いかに強い者でも一人でできることはたかが知れています。だが……」
新所長は一つの手紙を私たちの方へ差し出した。
「……もし国際的な犯罪組織が関与していて、彼をかくまっているのならば、いまだに足取りを掴めないのは頷けます。それに報告書に合った彼や彼の仲間がその場から立ち去るのに使った魔素術を仕込んだ玉。あれはこの国の魔素技術ではありません。それらをつなげるには、明確な証拠はありませんが、思い当たる組織があります」
「一体その組織とは?」
「国をまたがって悪事を行う……闇組織ハモン!」
マルコーから渡された手紙にはカスツゥエラ王国王都からの手紙であり、『カーター元所長を何としても捕えよ』と『闇組織ハモン』が関与している可能性を伝えていた。署名はカスツゥエラ王国王都の冒険者ギルド所長であった。
(冒険者ギルドのカスツゥエラ王国の長ってところか?)
『書いてある通りじゃ』
(ところで指輪は闇組織ハモンなんて聞いたことあるか?)
『ないのぅ。なにせしばらく宝箱の中でずぅ~っと眠ったままじゃったからなぁ』
(あんた一体何歳なんだ?)
『もはや数えておらぬ。だが人間族の一生よりははるかに長い長い時間じゃ』
(これは失礼しました)
外来から閉ざされた場所にいたのならばわからないこともあるだろうと思った。僕は自分の感想を正直に述べた。
「カーター元所長やブラウン元大臣がその組織にいたかは不明です。だが彼らは非常に狡猾だと思います。数週間や数か月の準備ではないと思います。」
「私も領主側からの報告を見ましたが同じ印象です」
「闇組織ハモンですか……。ナオキ、クーン、ジュウゾウさん。これから行く先々で情報を集めようと思う」
皆、頷いてくれた。
「たしかあなたたちの行く先は魔術都市ルベンザでしたね?」
「はい」
「あそこには知り合いがいます。書状を渡しましょう。きっと協力してくれる」
その時コンコンと扉をたたく音がして、入り口から再びアイルが入ってきた。
「シュウ。夢幻の団の皆様のウォン商会からの依頼受注の手続きは済ませました」
「ありがとう、アイル」
まもなくマルコーの書状は出来上がった。受け取ると肌触りの良い紙質の封筒に、魔素術で封がされていた。
(こんな使い方もあるのか)
契約魔素術がわかる僕は、その精巧な術式によって、彼がどの程度高位な術を使えるのか想像に難しくなかった。
出発の準備に向けて次の用事を足しに行こうと席を立とうとすると、最後にマルコーは『十分に気を付けて。彼らは一度傷を負わされた相手に容赦しない』と警告してきた。
僕たちはもう一度礼を言って冒険者ギルドを後にした。
翌日は街中の情報収集に時間を費やした。すでに得ていた情報以外に、特に闇組織ハモンとやらの話は知っている者は多少いたが噂程度であった。信用度としては日本でいう、『誰と誰が付き合っているらしい』程度でゴシップの話題の一つらしい。
忘れずにガデッサの武器防具屋へ寄り、修繕された魔素服、月夜の防具一式を受け取り装備した。店の庭先で動いてみたが問題なく、魔素の通りもミスリルが混ざっているせいか、僕の雷変の系統術には反応が良かった。使用する魔素量も増えたが、今の僕ならばそれほど実戦に制限はかからない。
明朝のウォンの商隊出発に向けて、僕たちは早めに就寝した。
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元王女と若者は結婚した。正確にはその前に政権を倒して若者は国王となり、元王女は王妃となったのであった。
二人の間にはすでに子供が生まれていた。玉のようなかわいらしい子供でホワンも抱かせてもらった。持ち上げるとすぐに赤ん坊は泣き叫ぶので、彼にはあやす才能は皆無のようだ。国王と王妃はそれをみてケラケラと笑っていた。
国は荒廃したが、その立て直しには王妃の経験が非常に生きた。逃走中に立ち寄った街の様子をみていたこと、一時的ではあるが宿の経営者としての経験と冒険者たちと接したことが、元々非凡であった彼女の思考をさらに磨いていた。
適材適所の考えのもと、要所要所に良い人選をおこなった。
警備や防衛を充実させ、商人や冒険者を優遇し、そこから徴収した税を国の整備に投入するという循環を生み出し、わずか数年で立ち直り、隣国と同様の国力とまでささやかれるようになった。
今、ホワンは王宮近くの近くの家に住んでいる。さすがに王妃とずっと一緒とはいかず、そこは彼が遠慮した。
闇との二人暮らしは以前ほどではないが、刺激的だった。
近所には旅の途中で一緒になった子供という設定である。闇は変化がさらにうまくなり、人間社会で生きるのに支障は全くなかった。
たまに子供の姿に騙された悪人が攫って身代金を要求しようと考えるのだが、返り討ちに合って警備兵に突き出されるだけである。警備兵もなぜこの子供が犯罪者を捕まえてくるのかわからなかったが、純粋な子供と無精ひげの悪人顔を見比べた時、どちらを罰するべきかはすぐにわかってくれるらしい。
「ねぇ、ホワン」
「どうした?」
闇からの質問であった。ホワンが話す相手が欲しくて闇に話しかけることがあるが、闇から話すことは滅多にない。珍しいなと思いつつ返事をした。
「ちょっとここを離れようと思うんだ」
ホワンはとうとうこの時が来たかと思った。
闇はもはや人間社会に溶け込んでいたが、それでも本来は魔素から生まれた精霊である。人間と一緒に生涯暮らすのは難しいのでは常々と思っていた。
「どうしたんだ?」
ホワンは内心動揺しているが、それを悟られないように冷静に振る舞う。
「また戻ってこようと思うんだけど、一度精霊王と話した方がいいと思って」
「そんな精霊本当にいるのか? ただの噂だと思っていたが」
「ちゃんといるよ。あまたの精霊の頂点に立つ王。炎や水、それに闇も例外じゃなくているんだ。各属性の精霊のまとめ役みたいなもんなんだ」
「なにかあったのか?」
「別に呼ばれたわけじゃないんだけど、最近自分の力が強くなりすぎてきたんだ」
当然だと思った。幾多の戦闘で得られた黒の魔石、すなわち闇属性の魔石はすべてこの闇の精霊に喰わせていた。それにこの国の政権が入れ替わった時。報酬として現国王から使い道の少ない大量の黒の魔石をもらっていた。
「それで何か因縁をつけられちゃう前に、一度闇の精霊王に会っておこうと思うんだ」
「わかった」
「ちょっとしたら戻ってくるからね。無理しないでね、ホワン」
「ああ、気をつけてな」
ホワンに不安がないわけではなかった。体は老いが進んで、肉体のピークはとうに過ぎている。数年以内に冒険者家業を引退しないと、いつか命取りになると思っていた。
索敵能力も闇の方が圧倒的に上手い。
だが、それでも闇を止める気にはならなかった。
翌日、闇は王妃にも挨拶してその国を離れた。
一人になったホワンはそろそろ自分の身の振り方をどうするか、真剣に考え始めた。元々自分は一人で行動していたことにたどり着いた。今さら同じような老人と仲良く手を取って集団生活など不可能である。
(よしっ!)
彼は王妃の近くではあるが、王都を離れて森の中に一軒家を建てようと決めた。元々人間嫌いの彼だ。そこなら人間と接すること少なく、自分の思うように過ごせる。
魔物よけの罠と術を複数張り巡らせれば安全だろうと思った。たまに街に酒や食料を買いに行く。罠にかかった動物や魔物を食料にすればその期間も長くできるだろうと考えた。
決めたホワンの行動は早かった。翌日以降彼は街の周囲を丹念に散策した。
やがて遠くない位置に森を見つけた。街ではこの森は魔物が良く出ると言っていたが、彼はその探索能力で、それほど強い魔物は現在近くにいないと判断した。
森に入って結構な距離を歩いたが、偶然綺麗な泉を見つけた。そこは周囲を岩で囲まれていて、入り口に気づかなければたどり着けないような場所だった。空からは木々の間をぬって、明るい日差しが差し込んでいる。
(静かだ)
まるでここに誰か住んでくれと言っているようだ。泉には鹿の親子がいて水を飲んでいたようだが、ホワンに気づいてこちらを警戒していた。
(そんな怖い目で見ないでくれ)
邪魔しに来たんじゃないよ、これから仲良くな。ホワンは物音を立てないよう注意して、そっと近づいて魔物寄せのエサをあげた。親鹿は警戒していたが、食欲には勝てなかったらしい。
彼の手のひらからエサを食べ始めた。そのうち子鹿も安全だと思ったのだろう。近寄ってきて親鹿と同じように食べ始めた。
みれば泉は小さな滝から水が流れ込んできている。
(ここだな。これ以上の場所はない)
さっそく明日から大工に依頼して、王妃に伝えて、酒を買いこんで……。
ここが最後の家になる。人生の終着地点を決めたホワンはすがすがしい気持ちでもう一度空を仰ぎ見た。
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ハロウィンが終わってしまいました。あっという間に年末から正月を今年も迎えそうです。




