第三十五話 魂の還る場所
第二章が再開します。
僕たちはいま異世界へ来ている。日本から一緒に来た自衛隊の作業を見守っている最中だ。
自衛隊の作業員は、偶然転移に巻き込まれてこちらへ連れてこられてしまい、命を落とした日本人の遺体が埋められている場所を手作業で掘り起こし、シートに丁寧に包むという作業を繰り返していた。遺体はすぐに日本へ戻るための返す『門』へと運ばれ、本日の夕方には日本へ撤収する予定だ。
彼らは総勢百名以上であるが、予め大学側と元野盗集落側の二班に分け、護衛として僕、アオイ、ナオキ、レイナ、それにジュウゾウさんがつくことに取り決められていた。僕はレイナと共に元野盗集落(すでに野盗は僕とレイナで掃討した)側の護衛にあたっていた。
自分たちの任務は作業中の護衛だが、正直言って問題なし。たまに偶然出会ったゴブリンとかオークとか、今となっては弱い魔物が襲ってくるが、レイナが一瞬で倒していた。襲う前からレイナの熱探知で発見されていることも知らずに。
周りの作業員は一瞬警戒するが、僕たちが簡単に魔物を倒しているのを数回見たら、安心してくれたようで、もう手を止めることなくひたすら作業していた。
(複雑な気分だな)
一歩間違えば自分は土の中だったと思う。指輪と出会ったのも幸運だった。作業が淡々と進むのは好ましいことだが、土から掘り起こされる作業をすべて見たいと思わない。ただ彼らが日本へ戻り、成仏することを願うばかりである。
遺体の中にはレイナの学友もいたので、彼女も複雑な顔つきだった。
まもなくここでの作業を終えて、大学側の作業に合流する予定だ。
現在時刻は昼過ぎ。太陽が頭部を直上から照らしていた。僕も作業員も汗がにじみ出ていた。
今回こちらで作業することはクリス王女やクーンには伝えていない。日本という、彼らにとっての異世界が存在することや僕たちがそこ出身であることは伝えてはあるが、日本人のことなので彼らに手伝ってもらうことはできないと思っていた。ただ何も知らない冒険者がこちらへ来た場合に余計なトラブルを招く可能性があったので、トレドのこちら側へ近い門(北門)を封鎖してもらうといった依頼を出しても良かったなと思うようになっていた。
(あの森林をちょっと行ったら、貿易都市トレドがあるな)
この後、僕たちが自分たちの魔素と獲得した大量の魔石で、日本へ全員を送り返す予定だ。そこからは僕だけがこちらに残り、探検を進める予定になっている。
だが、
(もしかすると……⁉)
とも僕は思っていた。
きっかけはこちらに来る前にみたナオキの荷物の量だった。せいぜい十数時間の滞在予定なのに、彼はリュックに一か月分ぐらいの荷物を入れているようだった。彼はもしかしたら危険を冒してでも、僕と一緒に来てくれるのかもしれない。
やがて日は直上から落ち始め、木陰は斜めに伸びるようになった。夕焼けが出て、大学校舎と周囲の森林は橙色に染まった。
「撤収の合図が板垣さんから出ました。洞窟の門へ行きましょう」
レイナが近くに寄ってきて、作業が終わったようだと告げた。そのまま大学近くの返す『門』のある洞窟へ移動する。すでに洞窟内およびそのすぐ外には自衛隊員とシートに包まれた多数の遺体が集まっていた。
「では、シュウ君。よろしく頼む」
返す門の魔素陣で一度に日本へ戻れるのは五十人に満たない。真ん中にシート、その外周に自衛隊員を配置させて、僕たちはいつもの魔素増幅を丁寧におこない、一回目の返す門を起動させて送り出した。
傍で見守っていた自衛隊員からは安堵の声が聞こえた。いかに戻れると説明を受け、頭ではわかっていても、強い不安があったに違いない。
丁寧に魔素術をつないで増幅したのは、乱暴に扱うと無駄が多くなり、その分大量の魔素を消費してしまい、僕たちの魔素だけで全員を帰還させることができない事態に陥る可能性があった。
さらに大量の魔素石は使用後にはただの石になることが判明し、それらは可能な限り温存する方向で話がついていた。
二回目を送り出したあたりで、思った以上に魔素を消費しなくなったのに気づいた。これは全員の階位が上がり、体内に保持できる魔素総量が上昇したからに違いなかった。この変化は僕が一番恩恵をあずかったらしい。魔素を体感で八割以上残した状態で、二回目の転移が完了した。
そのまま三回目、四回目……と送り出す。とうとう僕たち四人と重蔵さんだけになった。
さっきからナオキがそわそわしている。
「じゃ、みんなを送るから。僕はここからトレドに戻って探索を再開するよ。戻ったら連絡するよ」
「……」
「……」
「……」
僕だけじゃなくて、アオイ、レイナ、ジュウゾウさんもナオキを見ている。彼の行動が落ち着かなていないからだ。
「よぅ、シュウ」
ナオキが話し始めた。
「いろいろ考えたんだけど、一人じゃ危ないと思うんで、しょうがないから付いて行ってやるよ。それに回復役がいないといろいろと困るだろう?」
頭を掻きながら照れ臭そうにそう言った。
(わかっちゃいたけど……)
立場上、僕から異世界に一緒に残れとは言えない。なので言い出すのを待って、待って、それでも待って、彼はようやく口を開いた。
僕は自分には自己治癒術を施すことができるし、それを彼は知っていた。だが、一人旅よりは仲間がいたほうが良いに決まっていた。
「ありがとう、ナオキ」
「いいってことよ!」
次にジュウゾウさんが話し始めた。
「ナオキ、それにシュウよ。今回はわしも同行するぞ」
「「「「えっ⁉」」」」
どうやらジュウゾウさんの孫であるアオイも、そのことを事前に知らされていなかったらしい。
「ありがとうございます。でもどうして?」
「なーに、孫の婿となる男が見知らぬ土地へ繰り出そうとしているのじゃ。心配になるのは当然じゃろう」
(どこで僕がアオイの婿になることが決まったんだ?)
アオイの母だけかと思っていたら、どうも祖父もその手の感性を持った人らしい。レイナが睨んでいるのがわかったので、そちらは向かないよう努める。
「ではアオイとレイナを送り返します」
二人と別れのあいさつ代わりに抱擁をして、僕たちは彼女二人を日本へ送り返した。
耳元でアオイは「日本へ戻ったら、話を進めましょう。クリス王女と二人きりにならないように。彼女も敵となる可能性がありますので」とつぶやく。今までの経緯から彼女は完全なこちら側の味方である。ただアオイと敵対しそうなだけであった。
さらにレイナからは「無事に帰ったら、今度こそ二人でデートしようね」と言われた。さらに彼女はみんなが見ている前で僕の頬にキスをした。
(頼むから二人で果し合いするなよ)
平穏な日本を望むばかりである。
まもなく僕とナオキ、それにジュウゾウさんの三人で暗くなり始めた道をトレド側へ向かって歩き始めた。
******
貿易都市トレドには日が完全に落ちる前に着くことが出来た。度重なる戦闘で上がった身体能力が大幅に移動速度を上げた。小走りで移動したが、ジュウゾウさんも問題なくついてきてくれた。
二―ナばあやの魔素術屋へ寄って、こちらへ戻ったことをクーンへ伝えてもらうよう依頼して、いつもの宿「風雲亭」へ入った。宿は僕たちが日本から持ち込んだ料理レシピで大繁盛していたが、部屋はちょうど一部屋空いていたので、そこへ男三人で泊まることにした。宿の主人は当然僕たちのことを覚えていて、また来るだろうと思って部屋を取っておいてくれたことが後日わかった。
――翌日の朝――
早朝。起きると風雲亭には、すでに猫人族のクーンが来ていた。久々の再開を喜んだのもつかの間、すぐにクリス王女のいるトレド城内へ移動した。
ブラウン元防衛大臣とカーター元冒険者ギルド所長の悪行は、トレド在住の全員が知ることとなり、その事件の解決に関与した僕は城の中では有名人のようだった。城内に通じる門の番兵は今までクリス王女からもらった指輪の見せて、トレド領主が認めた信頼ある者であることを確認して通してもらっていたが、もはや顔パスになった。
部屋に通されると先にクリス王女やリスボンたちが待っていた。
「お久しぶりです。シュウ」
クリス王女は遠慮せず僕に歩み寄り、抱き着いてキスしてくれた。
彼女の後ろに控えているリスボンは微笑ましい顔で見てくれているが、僕の後ろにいるナオキやジュウゾウさんは果たしてどんな顔だったのだろうか?
用意されたテーブルへ着くように促されて、僕たちはクリス王女と情報交換をした。
僕はすでに終わったことではあるが、日本から自衛隊という組織をこちらの世界へ招き入れて同胞たちの亡骸を回収させてもらったことを伝えた。彼女たちからは反発など一切なかった。
クリス王女側からは僕たちが関与した一連の事件のその後が語られた。
ブラウン元防衛大臣は死に際に大規模な犯罪組織に所属していたことをほのめかす供述をしていたとのことで、その組織の実態解明を急いでいるとのことだった。それに逃走したカーターも領主や貴族同士の連絡網に乗せ、さらに冒険者ギルドに手配する形で依頼を出しているが、一向にその後の足取りが掴めていないという話だ。
「クリス王女」
僕は以前に約束した褒美をもらおうと彼女へ話しかける。
「約束ですものね」
クリス王女は笑顔で立ち上がり、僕たちはそれに続いた。部屋を出て、領主の居城内を歩くことを十数分、地下への階段を下りて彼女は立ち止まった。
部屋というからには扉があるのだが、見るからに大事なものがここにありますといった頑丈な扉で、魔素文字が何重にも描かれていた。彼女はそこへ手をかざして呟いた。
――ブゥンン――
鈍い音を立てて魔素文字が鎖のような形で扉を覆っていたのが解除された。僕はこの扉にも契約魔素術が施されていることが分かった。おそらくトレド領主の血縁の者しか開閉が出来ないのであろう。近くを通った時にバレないように魔素を放ったのだが全く反応しなかった。
「さ、こちらへ」
彼女の案内されるまま僕たちは契約魔素術が解除されたばかりの扉をくぐり、部屋に中に入る。
少なくとも数か月は誰も立ち入っていないのであろう。空気がよどみ、埃がそこら中に積もっていて、蜘蛛の巣もいっぱい見えている。だが部屋の中にある物はどうだろうか。
剣、盾、鎧、あるいは使い方の分からない形状のものまで百点近いの装備品や道具が置かれていたが、それらは誇りを被った上からでも輝いていた。
「ここにトレドの保有する貴重な武器や防具などがあります。約束の通り、シュウたちにはこの中から一つ好きなものを譲ります」
「ありがとうございます」
そう言いながらもう一度部屋の中をみたが、どれが良いのか正直わからなかった。ナオキたちも「シュウが好きなもの選べよ」と言わんばかりで、ただ見物するだけの様子。
「クリス王女。好きなものと言われましてもどれが良いものかわかりません。例えば……これ」
「あっ! それは駄目ですっ!」
「えっ⁉」
近くにあった剣を手に取って評価を聞いてみたが、絶対に駄目だと言う。しょうがなく元の鞘に戻したら、彼女に「もっと丁寧に扱って!」と怒られてしまった。
(なんだよ)
「それは呪いの剣です。斬られた者と斬った者の両方に、数年にわたって苦痛を与え続ける剣なのです」
「げっ」
(そんないわくつきの剣はごめんだ。早く言ってくれよ)
次に気になったのは盾だった。
「ではこれは?」
「それもいけませんっ!!」
クリス王女は先ほどよりも声を荒げて、僕に触らないように警告した。
「今度は一体なんですか?」
「その盾は茨の盾と言って、絶大な防御力を誇るとされています。しかし盾の持ち手部分を見てください」
指さした先の持ち手部分とやらにはとげが数百本はあった。こんなの痛くて絶対装備できない!
「もしかして、『持ち主のダメージと引き換えに絶大な防御力を生み出す』。そういったところですか?」
「相変わらず察しが良くて助かります」
そこからさらにいくつか目につく道具を取ってみるが、どれも「ハズレ」であった。
褒美に迷うこと一時間。僕はふと部屋の隅で誇りに埋もれているネックレスのような装備が気になった。
『アレに目をつけるとはおぬしもやるのう』
指輪が突然話し始めた。
(いきなり話し始めるなよ)
『うるさいわい。それより気になるのであれば手に取るのだ』
(はいはい)
埃まみれのネックレスに息を吹きかける。モワッと塵が飛び散り、原型が良く視えるようになった。
そのネックレスは手に取った感じは軽く、綿などで編みこまれて作られたように思えた。はっきり言って素材に強い魔素を感じることが出来ず、大した物には到底思えない。細かい刺繍も施されているようで、それは文字のようだがかすれて読めなかった。
(指輪、これは一体何なんだ?)
『……』
(おい、返事しろ)
『すまんすまん。感傷に浸っておったわ』
(?)
『悪いことは言わぬ。ぜひそれを選んでおけ』
(? 何か理由があるんだろう。話してくれよ)
『おぬし聞かせるには百年早い。だが選ぶのならば、それの一択じゃ』
指輪はどうにかして僕にそれを選ばせたいようだ。
一度置いてまた部屋を見回したがめぼしいものがないように思った。最後にナオキたちの意見も聞いて、僕に任せてくれるというので指輪の勧める通りに、その安っぽそうなネックレスを選んだ。
「シュウ、本当にそれでよいで?」
「はい」
「まぁ、ずいぶんと遠慮するのですね」
「いいえ。ちょっと気になったので。クリス王女はこのネックレスの効果や由来を知っていますか?」
「そのネックレスは代々クロスロード家に伝わるもので、その由来を知るものはもう誰もいません。かなり古くから伝わっているようですが、効果は一切不明です。私も正直なぜここに置かれているのかわかりません」
(ハズレを結局引いたのかな)
あまり文句を言うと指輪に怒られそうだった。
トレドの宝物庫とも呼べる部屋を出た後、僕たちはしばらくこちらの世界に滞在するつもりだとクリス王女へ話した。その時、
「冒険者ギルドですがカーターが解雇されましたので、新しい所長が赴任しています。今後もこちらで行動するのであれば一度挨拶に行ってもよろしいのでは?」
と提案された。
「そういえば……」
(さすがに今度も影の犯罪者が赴任するようなことはないだろう)
「わかりました。近々尋ねてみることにします」
その後トレド城から出て大通りを歩く。
(まずボロボロになった装備品を整えて、ウォンやシグレの依頼を受けるかな。その間にカーターの情報がつかめればいいな。そういや教会に行って鑑定してもらってないな……)
よく考えれば、こちらの世界でやり残していることは多いように思うのだった。僕は楽しい気分になり、軽い足取りでまず教会にシスターマリーへ会いに行くことにした。
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