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新入大学生と不思議な指輪の異世界探索  作者: 蜜柑(みかん)
第二章 指輪の記憶
58/129

第三十三話 伸び悩み

******


 元仲間との死闘から数週間。いまホワンは重症だった若者の元国へ来ていた。


 順調だった宿の経営は急遽推薦した後継者に譲り渡すことになった。一週間面倒を見た後、引継ぎをして街を出た。


 その間出発が遅れるが、若者一行はホワンと元王女の準備を待ってくれた。正確には元王女を待っていたとする方が表現として正しい。


(俺はおまけだな)


 自分の立場をわきまえているホワンは旅路ですごくおとなしい。


 若者の人望は厚く、政変で覆った国を取り戻すべく瞬く間に組織が出来ていった。


(これは見事なもんだ)


 元王女は変わらず日常生活を営んでいた。さすがにここまで脱走した国からの追手は来ないらしい。


 若者たちはホワンや元王女の力を借りずに、政権奪回を狙っているようだ。


(こりゃ、うまくいくだろうな)


 そう思ったのは彼だけではない。元王女もそう予感していた。この作戦はうまくいくと。


 現政権の評判は良くなかった。それに加えて政権交代後から庶民の生活が苦しくなり、奴隷落ちする人が後を絶たなくなっていた。当然王都の治安は乱れ、今では外部からの魔物の侵入を頻繁に許す有様である。役人も汚職が後を絶たないらしい。


 対して若者を擁立する反政府側の組織は適材適所という言葉がふさわしく、要所要所を人望や経験がある人物が占めていた。それに現政府へ不満を持つ商人や一部の政府側の人間を取り込んでいくのである。


 商人の情報網はすさまじく、若者は改めて役人だけがこの世の全てではないことを悟った。武器や資金、人を動かすには名誉や地位だけではどうにもならないことを学んだ。



 準備が整っていよいよ明日反政府運動が頂点を迎えるようだ。


 ホワンは組織に関与していないので直接情報をもらったわけではないが、近くにいる反政府側の人間の動きを見れば一目瞭然だった。


 前日――


 ホワンは若者から呼び出しを受けた。反政府運動へ加担してくれと頼まれたら断るつもりで、若者が指定した部屋を訪れた。


「よう」

「ホワンさん、お忙しいところ来ていただいてすいません」


 若者はどこまでも腰が低かった。


(こりゃ、こちら側の勝利というよりは圧勝かな)


 部屋には反政府運動の要職がそろっていた。場違いだと思ったが、おとなしく席に座った。


「ホワンさん。紹介します。今座っているのが反政府運動の中枢の方々です。こちらから〇×商会の△◇◎さん、隣の現冒険者ギルド所長の……」

「なんとなく知っていたよ」


 それ以上は言わないし、聞きもしない。


「明日、現政権を倒します。そこで僕は王であることを現国民へ向けて宣言します」

「ああ、それがいいんじゃねぇのか」

「王となるまで彼女を守ってください」


 そうきたかとホワンは思った。反対する理由はない。


「ああ、いいぜ」

「それと……」

「ずいぶん俺に要求するな。あんたの手下でなんとかするべきなんじゃないのか?」


 意地悪を聞いてみる。


「それを言われると痛いです。ですが、彼女のホワンさんに対する信頼は近衛兵では得られないものがあります。僕は彼女を安心させてあげたい」

「結婚するのか?」

「ええ」


 場で発言しているのはホワンと若者のみ。皆黙って会話を聞いている。


「彼女を幼いころから俺は知っているが、国を追い出されてからの旅は過酷だった。正直よくついてきたなと感心している。魔素術も相当なもんだ」

「知っています」

「逃走中に冒険者をやるよりは、あんたが王となって彼女が王妃になる方がはるかに安全で、良い暮らしができるだろう。だが勝算は? それに君は彼女を幸せにできるのか?」

「そのつもりです」

「それじゃだめだ。約束しろ」

「……わかりました」


 そう言ってホワンは若者に立つよう促して、お互いに左腕を握り合った。


「冒険者ホワンは、(元王女)を(若者)が王になるまで必ず守る」

「(若者)は王となり、(元王女)を王妃にして必ず幸せにする」

「お互いに命を懸けて、これを守ることを誓う」


 ホワンは空中にもう片方の手で魔素文字を描いた。


――ブゥゥン――


 魔素文字の輪が徐々に縮まり、やがて鈍い音を立てて二人の腕を結び合った。


「契約成立、だ」

「ええ」


 その後たいして話すこともなく、さっさとホワンは部屋を出た。


(ありゃ、成功するな。現政権さんは明日までの寿命、ってね)

『人間って面白いね。こんなことをするんだ』


 こっそりホワンに貼りついていた闇は尋ねた。


(今回は特別だよ。多分……)


 こんなこともう二度とねぇよ、そう言いかけてホワンは途中で思考をやめた。


******


(こっちの世界でも夢の続きが出てきたか)


 僕は葵宅で目覚めた。


 元冒険者ギルド所長カーター戦を想定した稽古は連日行われ、さらに激しさを増していた。

僕は稽古と実戦を繰り返し、短期間で劇的なレベルアップをしてきたと思っている。だが今回に限ってはなかなか成果が出なかった。


 奴の技量を考慮して、重蔵さんと葵の二人で相手してもらっている。一方からの攻撃を防ぐが、もう一方からの攻撃になかなかうまく対応できなかった。


 進歩がないので稽古が煮詰まった空気になった。それで本日は気分転換のため稽古を休んで、都内で開催される剣道大会へ見学に行く予定だ。

 日本に敵がいるわけではないのに、焦る気持ちを察した重蔵さんの配慮だった。さらに大会には葵が出場するらしい。


 会場である都内体育館へ重蔵さんと一緒に向かった。



 途中、揺れる電車内で、


「のう、修二(シュウ)君」


と話しかけられた。


「はい」

「今日の大会は警察の剣道の大会だが、葵も特別にエントリーさせてもらった。だが周りはわしらから見れば一般人ばかりじゃ」

「……」


 無言で頷く。

 異世界で得た魔素を使うという能力はとんでもなく身体能力を上げることができる。葵が楽勝でも決して騒ぐなとでも言いたいのであろうか。


「最近伸び悩んでいるのはわしも葵も良く分かっている。この見学でぜひ勝敗ではない何かを君につかんでほしいと思っとる」

「ありがとうございます」


 まもなく会場最寄り駅に到着する。



 会場は思っていた以上に混雑していた。警察関係者の剣道大会には出場者とその家族が大半のようだ。

 体育館の階段を上がると複数の試合が並行して行われていた。


 葵は試合寸前でスタンバイしていた。ちょうど一回戦が始まるようだ。防具のせいで顔は見えないが、体を覆う魔素を最小限に抑えているのがわかった。体全体が非常に薄い膜で覆われているイメージだ。

 すぐに試合開始の合図が出た。


 観戦席からみて葵はどうやら相手の出方を伺っているようだ。先手を打たせるつもりなのだろうか。


 相手が竹刀をわずかに振り上げた瞬間、葵の攻撃が繰り出された。


――パァーーン――


 乾いた音が鳴った。葵の一本である。


(今のは……)


 葵の攻撃は間違いなく敵の後に繰り出された。だが決まったのは葵の方が早い。魔素の力を使って攻撃速度を上げたというよりは、無駄な動作を極限まで落としたため、攻撃の所要時間が短いように思った。さらに言えば相手の攻撃をみる観察眼、繰り出す攻撃のタイミングが抜群だった。

 

(なるほど)


 続けて一本を取り、その試合は葵の勝利となった。



「お疲れ様」

「修様っ!」


 勝利後の葵に声をかけると笑顔で駆け寄ってきた。


「さきほどの試合。観ていただけましたかっ?」

「うん。完勝だったね」


 彼女は照れ臭そうに笑った。


「今日は葵の観戦もそうだけど、僕の方がここのところ目立った進歩がないので、重蔵さんに連れてきてもらったんだ」

「しっかり進歩していると思いますよ!」

「ありがとう。それよりさっきの攻撃は一体どうやったの?」


 葵との仲だから聞けるのであって、相手に手を明かしてくれと言っているようなものだった。


「相手の初期動作を見極めて、それより早く自分の技を繰り出すようにしていました」

「やっぱり!」


 その後小声で、『全力で試合したら私が勝ちますので、条件を自分に課して試合しています。あまり目立たないところで負けるつもりです』と教えてくれた。


 その次も勝って、三回戦で葵は負けた。宣言していた通り意図的に負けた。葵は剣道四段だが、トーナメントにはおそらくそれ以上の有段者が混じっている。そこに配慮したのであろう。


「葵はどうじゃった?」


 背後から重蔵さんが声をかけてきて、僕の隣の椅子へ座った。


「すごかったですよ。力を抑えて完勝。先手を相手に譲っての一撃でした。先ほどは相手に配慮して負けたようですが」

「うむ。しっかりと観ておったな」


 プシュと缶コーヒーをあけて飲み始める。重蔵さんはここに居座って、残りの試合を本格的に観戦するらしい。


「あれをみよ、シュウ」


 指さした試合は男子の部であった。同じような体格の二人がいま試合を始めようとしていた。


「右が勝つ」

「えっ⁉」


 重蔵さんの予想通り向かって右に立つ参加者が二本先取した。内容は剣道(正確には剣術)を始めて数か月の僕がみても、勝利者が圧倒的だ。


「なぜ試合開始前に勝敗がわかったのですか?」


 自分には試合が始まる前に両者の差はないと思っていた。


「右の方は動作一つ一つが洗練されていた。対して左の方はそれぞれの動作はそれなりに鍛錬を積んでいると思われるがまとまっておらずバラバラであった。歩き方、竹刀の握り、呼吸。鍛錬の差であろう」


 グッとコーヒーを飲んで、さらに話は続く。


「修二君よ。剣道もなんでもそうじゃが、勝負は勝つべくして勝つのじゃ。同じ格好で試合としては一応成り立っているが、その差は歴然じゃ」


(確かに……)


 その後も重蔵さんは試合の勝敗を当て続けた。準決勝ぐらいからは拮抗しているようで、わからんと言っていたが、それでも観察眼は素晴らしいものがあった。


「少しは勉強になったか?」

「今日は本当にありがとうございました」


 もう終わりだと思っていた。しかし、


「何をいう? これからが面白いぞ」

「えっ?」


と言われた。


 すでに試合は決勝まで終わっているのに。


「ついてこい、修二君」


 そう言われて試合会場のフロアまで降りると決勝出場者の表彰が終わっていた。そのまま重蔵さんについていくと、まだ剣道着をつけた人たちへ紹介された。彼らは先ほどまで戦っていた人に違いなかった。


「紹介しよう、孫の彼氏の黒田修二君だ」


(いろいろとツッコミどころがあるけど今は流そう)


「こんにちは、初めまして」

「初めまして」


 紹介されたのは優勝者だ。


「修二君は今年の四月から大学で剣道を始めている。その技量は正直初心者とは思えないのじゃ。どうだろう、一戦相手してやってくれないか?」


(いきなりですか!)


「ほかならぬ重蔵さんの頼みとあれば」


 どうも試合ができるらしいので、急ぎ着替えて防具をつける。剣道の作法については学んでいたが、試合会場でするのは初めてであった。


 やがて準備も整い、向かい合って審判が試合開始の合図をした。


(!)


 開始の途端、優勝者である対戦者の気配が変わった。


******


(圧倒的だったな)


 つい数時間前の試合は僕のボロ負けだった。魔素を使わずに同じ土台で勝負したのだから当然だと言われたら、その通りだと思う。


(二本目は惜しかったな)


 まず一本目。相手は僕の出方を伺ってくれたようだった。葵の試合のように、こちらから仕掛けようとしたら、相手の動作が簡単に小手を取られてしまった。実戦なら腕を斬り落とされていたかもしれない。

 しかし僕はただでは転ばない。眼にだけ魔素を全開で纏わせて相手の動作を観察していた。

 それを真似て二本目はなんとか一本を打ち込もうというのである。


 相手はそれを読んだかのように躱してしまい、がら空きになった面に打ち込まれて勝敗が決した。だが一本目より僕の攻撃は鋭かったのではないだろうか。一瞬ひるむような動作を見せた。


 試合後には、『もっと練習が必要だが、剣道を初めて数か月のレベルではない。君の攻撃にはなんというか……鬼気迫るものがあった』と評してくれた。


 試合の相手の攻撃を頭の中で繰り返し思い出しながら、明日以降の稽古に生かそうと考えていた。


 気づけば悩みぬいていたことなどとうに忘れていたようだった。


******


――次は〇〇~、〇〇~――


 慌てて地下鉄を降りる。そこから歩くこと数分で今の家族の住む住居へ着くことができる。


――ピンポーン――

――ピンポーン――


(あれ?)


――ピンポン、ピンポン、ピピピンポーン――


 不在か? 連絡を取ろうと妹の明里へ連絡してみた。


「もしもし、今家に帰ってきたよ」

「お兄ちゃん! ちょっと待って」

「?」


 しばらくするとオートロックが解除されて、ほぼ僕のいない実家へ入った。


 どうやら家の中を掃除していたらしい。


「あれ? 明里。そんな服持っていたっけ?」

「え、えーと」

「あれ? こんな家具あったっけ? 向こう(異世界)との往復で記憶がおかしくなったか?」

「そう! きっとそうだよ!」


 明里はいつも家ではトレーナーにジャージだった。元々数か月前までは金のなかった家である。だがいまの明里は光沢のある素材の服を着ていた。家具も良くみると、桐でできている。


「おかしいな……。明里。これ新しく買ったんだろう?」

「えへへぇ~。バレちゃあしょうがない」


 久々の実家では僕の報酬がしっかり使い込まれているようだ。



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