第三十二話 政府の計画
――ウォーーン、ウォーーン――
むき出しのコンクリートに囲まれた部屋はしばらく見ていなかったわけが、すぐに日本の元大学校舎跡地に建てられた異世界への転移目的の施設だと思い出す。
(うるさいな)
僕たちの到着音が鳴り響く。
今近くにいるのは僕を除いて、葵、直樹、麗奈だ。どこかにある監視カメラに知っている顔が映っただけで、別に未知の敵と一緒に出てきたわけでもあるまい。
鉄網越しにすぐに見覚えのある顔が出てきた。僕たちの現在のマネジメントをしてくれる五木さん、それに警察から戸倉警部と佐々岡警部補と青木巡査、防衛省側から防衛省大臣秘書官の藤原さんと陸上自衛隊司令部所属の板垣さんだ。
(ずいぶん手際がいいな。約束の帰還する日に近いからみんな待機していたのかな?)
「いや~諸君、今回も大活躍だったな。皆、無事で何より」
ちょっと上から目線で藤原さんからのねぎらいの言葉。
(今回は相当危なかったんだけど)
これから正式な報告書を五木マネジメント経由で警察と防衛省側へ出す予定である。向こうでは電子機器が一切作動しないので、手書きの日記を元に僕たちの行動を詳細に報告する。それらも高い報酬の対価として契約内容であった。
「良かった良かった。ん? それは……⁉」
僕たちはトレド防衛戦で得た大量の魔石をこちらの世界へ持ってきた。これも契約に準じた行動である。
「約束の魔石です。運よく大量に入手することができました」
「おおっ!」
これには藤原さん、それに後ろに控えていた五人も大変驚いていたらしい。
「すばらしい。これが魔石か……」
藤原さんはさっそく手ごろなサイズをつまんで照明の近くへ上げて眺めた。
「色のついたダイヤモンドみたいだな」
「魔石は魔物を倒した時に得られますが、必ず確保できるとは限りません。通常は死んだ魔物の心の臓あたりにナイフを入れて取り出します」
「……ふむふむ……」
藤原さんは僕たちの話をそっちのけで魔石に魅入っているようだ。
「藤原さん。ここではなんですし、彼らは長旅で疲れています。すぐに病院でメディカルチェックを受けて、自宅へ戻っていただきませんか?」
様子をみていた板垣さんが藤原さんへ話しかける。
「おおっ! これはすまなかった」
転移した場所から移動用の車へ移り、そのまま僕たちは病院へ移動となった。
車中で僕たちは簡単に今回の異世界での出来事を口頭で話した。説明している最中も、藤原さんは話を聞いているようで聞いていない。次の計画のことを考えているようだ。ちらりと僕たちのことを見てくる視線がそれを物語っていた。
(なんか……嫌な予感がするな……)
板垣さんによれば、異世界へ転移して残念ながら亡くなってしまい、まだ遺体が向こうへある人たちの遺体回収計画はすでに組まれているらしい。最大の問題は向こうへ転移したけど魔素枯渇などで日本へ戻れないことだったが、大量の魔石でこの問題もクリアできるはずだ。
何らかの方法で魔石から魔素を取り出して放出することさえできれば、僕たちがいなくとも転移先と日本との往復が可能となる。それほど時間はかかるまい。
僕は自分のスマートフォンを起動させて、ラインで妹の明里と連絡を取った。無事に日本へ戻ってきたことの報告と、今日家へ戻ることを先に伝えようとしたのだが、妹は僕の家具はすでに運ばれており、こちらへ戻ってきても何もないと言った。僕の日本での衣類などの生活用品は葵宅か麗奈宅へ送られているらしい。
(俺、こっちの世界でたらい回しじゃん)
******
僕は葵宅で重蔵さんへ異世界での報告をしていた。
昨日あれから病院でのメディカルチェックを受けて葵宅へ帰宅した。その後、深夜であったため軽めの夕食とお風呂をいただいて就寝した。葵は都内にある大きな日本屋敷に住んでいる。今、その敷地内にある道場に正座して重蔵さんと向かい合っている状況である。
「貿易都市トレドでは……」
重蔵さんは僕の話を余すことなく聞いてくれた。特に冒険者ギルド元所長カーターを取り逃がしたこと、自分実力不足でまた鍛錬してほしいと伝えた時は深く頷いてくれた。
「やはり、また向こうへ行くつもりなのじゃな?」
「そのように考えています」
現在、日本では六月下旬。大学のオンライン講義を大量に消化して、今年の七月中旬~八月下旬、できれば九月下旬までは長期で向こうへ行って、決着をつけたいと思っていた。僕には優れた探知の能力を持った指輪があるが、その点は触れなかった。
「向こうでの戦闘では誰からのサポートも得られんぞ。命がけになる。それをわかっておるのか?」
「それでも行こうと思います」
どうやら葵から、僕以外の人たちは向こうでの危険な活動に消極的だとすでに聞いているらしい。
「わかった。そやつに負けぬようお前を厳しく鍛えることにする。ただし、向こうで命が危ないと思ったら逃げること。それを守れよ。命は一つじゃ、無駄にすることはあるまい」
「はい、わかりました。ご配慮いただいてありがとうございます」
「ではさっそく」
そう来るだろうと思っていたので、早朝起床後に入念にストレッチをしておいた。
重蔵さんは枯れ木を大量に集めて道場の隅に置いていた。
「聞けば、カーターとやらの剣は炎の龍から生まれ、雷鳥よりも魔物としての格は上。それにちがいないな?」
「はい」
「では、模擬戦としておぬしには強度の劣るそれでわしの攻撃を防いでみよ」
僕の手元には枯れ木である。対して重蔵さんは竹刀を持っていた。
「重蔵さん、これだとちょっと……」
枯れ木はか細くちょっと振り回したらそれだけで折れてしまいそうだ。
「魔素を使って強化してよい。格上の相手に、格下の武器で立ち回るのだから、これぐらいがちょうどよいであろう」
では、いくぞと言い切る前に重蔵さんの輪郭がブレた。とっさに手に握っていた枯れ木に全開で魔素を纏わせて、目の前で防御のため振り上げた。
――バキッ――
鈍い音を出して僕の方の枯れ木は折れてしまった。
「折れてし……」
重蔵さんは攻撃をやめていなかった。とっさの判断で屈み、足払いをかけて重蔵さんを転ばした。すぐに次の枯れ木を持って正眼に構えなおす。
「それはちょっとひどいのでは?」
「なにをいう! 相手はお主たちを闇討ちすべくありとあらゆる手を使ってくるぞ! これぐらい防げないでどうするのじゃ!」
(たしかにそれはあるな)
『この重蔵という者のいうとおりじゃ、油断するな』
(しかし……)
枯れ木と竹刀では大きな隔たりがある。これだけの差が僕の魔剣とカーターの炎の龍剣にあるとは思えないんだが……。
その日は枯れ木の強度を強くする練習でほぼ費やした。
******
――数日後
「で、いったいどうしたんだ?」
五木マネジメントに異世界のクーンを除いた僕、葵、直樹、麗奈がそろっていた。
本日、ここから警察と防衛省側と今回の異世界探索の正式な報告書を渡して、成果である魔石の扱いを取り決める予定である。
ここ連日、重蔵さんとの稽古は激しさを増していた。
さらにその稽古へ葵が加わり、一対二での戦闘訓練である。もちろん僕のボロ負けが連日続いていた。達人クラスの二人相手に僕一人で敵うわけがない。
結構な傷をもらったが、翌日自己治癒術で回復して行ったら、
「なんじゃ。まだいけるのぅ」
と言われてしまった。その日の稽古は前日に加えてさらに激しくなり、腕と肋骨の複数個所にヒビが入った。重蔵さんが言うには、『実戦形式』が重要なんだそうな。
なので、僕は自己治癒術で全快にならないように手加減をしていた。顔色が良いと稽古の激しさが増した。ただ葵の攻撃には一種の恨みも入っているような……。
顔面には多少の傷が残っており、それを五木さんは聞いてきたわけだ。
「ははは。これは稽古の一環でして」
「稽古? もう向こう側(異世界)へは戻らないつもりでは?」
言いかけながら後ろを振り向いた五木さんの顔がニヤリと笑ったような気がした。
「僕はまだ向こうの人たちと約束がありますので、一回は戻ろうと思います。ただ……」
そう言ってチラリとほかの三人を見た。それぞれ複雑そうな表情だ。
空気を察した五木さんが、
「いや、君たちの意思が一番だから。ひとまずあと少しで藤原さんたちが来るから、一度話し合おう」
と言った。
そのまま部屋でお茶を飲みながら待つこと十数分、ようやく政府側の人たちが到着した。
「今回の成果は極めて素晴らしいものである!」
報告書に目を通した防衛省大臣秘書官の藤原さんが部屋に響き渡る大きな声で言った。
「これで向こうへ残されている日本人の遺体をこちらへ転移させる問題は解決したも同然だ」
「待ってください」
麗奈は藤原さんへ聞いた。
「魔石はあっても往復、特に復路に必要な魔素量はそれなりです。いくら数があっても安全に全員分の往復ができるとは限りません。途中で魔石が尽きれば異世界へ取り残されます。それをどうお考えですか?」
彼女は『それなり』と控えめに言ったが、当初は体内の魔素量が少なすぎて全員の力のほか現地の人たちの魔素を借りて、どうにか日本へ戻ってきたのである。
それに僕たちの都合を無視して、勝手に参加を見込んでいるともとれる発言だったので、気になったようだ。
(麗奈の言う通り、当然だ。僕も気になるな)
「オホン。少し先走ってしまったようだな。実は魔石から魔素を取り出す方法は確立済みなのだ」
「えっ!」
もうできているのか! と僕たちは驚きを隠せなかった。
「その点はわしの方から話そう。ちょっといいか?」
重蔵さんが間に入ってきて、板垣さんから小さめの赤色の魔石を受け取った。
「失礼」
重蔵さんの日本刀を使って魔石に亀裂を入れて、二つに割った。瞬間、魔石から魔素が迸る!
赤の魔石は炎属性の魔物が落とすことが多いことが経験からわかっていた。空気中へ放出された魔素は熱く、少しだけ僕の頬を焼いたようだ。部屋の温度が上がる。
「喚起をしましょう。警報がなって消防車が来てしまう」
五木さんは窓を開けた。すぐに部屋中の温度が元に戻った。
「こういうわけじゃ。魔石から魔素を取り出すには、その場で割ればよい」
「どのぐらいの量が必要か試したのですか?」
僕が疑問に思ったことを聞いてみた。
「実は……」
重蔵さんが言いかかったところで、藤原さんが遮った。
「オホン! 推測で大事な作戦を試すわけにはいかないのでね。すでに魔石を割る方法で帰還できるか、その場合はどの程度の魔石が必要かを試してもらった。結果、一度の復路には二十個ほどの小さい魔石が必要だと判明した」
(効率が悪い……)
僕たちであれば数人で起動させることができ、さらに寝れば全回復するので日はかかるかもしれないが魔石を消耗するよりいいのでないだろうか。
「そこで君たちに相談がある!」
またデカイ声で藤原さんが言う。今度は交渉のようだ。
「聞けば向こうで大変危険な目にあったようだね。それでもなんとか私たちにもう一度協力してくれないだろうか」
(ほらきた)
予感は的中した。
「君たちには負担ばかりを強いて大変申し訳ない。だが、指摘の通り魔石が足りる保証はない。もし一部の人たちがなんらかの形で向こうからこちらへ戻ってこれなくなると、これは大変都合が悪い。君たちがいてくれれば大変心強い」
「僕たちへの要求は結局なんですか?」
単刀直入に聞くことにした。五木さんが僕に苛立たないようにとの意味を込めて制止するよう合図をしてきた。
「向こうの世界(異世界)に転移して残されている遺体を回収して日本へ帰還する作戦ができている。これには大規模な人員を投入する。向こうで主に校舎周辺、あと君たちが襲われた野盗集落周辺の埋まっている遺体を回収し、日本へ帰還する。およそ一日中かかるみこみだ。その間君たちに往復路の確立と安全確保を頼みたい。詳細はこれだ」
藤原さんは胸元から一通の書類を出してきた。
「見たまえ。そこに新たな契約が書いてある」
初めから用意してきたのであろう。
契約書の要旨は、
『防衛省および警察は、五木マネジメントを通して黒田修二・如月葵・相馬直樹・桃井麗奈に次のことを要求する。
一、日本人帰還作戦への参加
二、担当する業務は往復時の魔素を提供、遺体回収前後の作業員の安全確保』
であった。
「これだけですか?」
「ああ、まちがいない。私たちは君たち大学生に大きく頼ってしまったことを反省している。今回は向こうでの戦闘および土地勘のある君たちに頼らざるを得ない」
(今回と来たか……。次回はない、よな?)
五木さんは僕たち四人をちらりとみた。
「内容を検討させてください。彼らはまだ社会人ではないのです」
「うむ、わかった。だが返事を長くは待てない。わかるな?」
「はい」
「良い返事を待っている」
藤原さんと板垣さんはそう言って部屋を出て行った。
本話タイトルを「政府の計画」へ変更しました。




