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新入大学生と不思議な指輪の異世界探索  作者: 蜜柑(みかん)
第二章 指輪の記憶
55/129

第三十話  ホワン

今回は主人公シュウの夢だけです。

******


 元王女の経営する宿の方は非常に順調だった。増築も終わり、街の中でも一、二番を争う宿になった。

 重症だった冒険者はすでに回復した。どうも闇の精霊からの報告では二人でよく会っているらしい。

 思えば、長い逃亡生活で楽しみが少なかった。いま彼女は彼女なりに新しい人生へ大きな一歩を踏み出そうとしている。


(俺も過去に決着をつけなきゃな)


 重症だった冒険者一行はまだ宿にいた。聞けば近いうちにこの街を出るらしい。

 どうやら自分たちが逃げてきた国とはまた別の国でおきた革命(クーデター)で追われた王族らしい。本人がこっそり教えてくれた。


(それ教えちゃったらだめだろう)


 若者がいうには『命の恩人に嘘はつけない』と。危うさと正直さを兼ね備えた魅力的な男だとホワンは思った。

 体が治ってからは鍛錬も欠かしていないようだ。彼も鍛錬に参加していたら、意気投合して技を何個か教えたこともある。



 さらに一週間が経過、とうとう回復した若者を含む冒険者一行は翌日に出発を控えていた。

 明日の朝にはこの街を立つらしい。


「いよいよだな」

「今回のことは何とお礼を言ったらよいかわかりません」

「いいよ。一度追われた国へ戻るって聞いたが、革命を覆す算段はあるのか?」

「うまくいくかはわかりませんが、すべて人間が現政権に従っているわけではないのです」

「そうか」


 それ以上は聞かなかった。ただこの才能あふれる若者の前途が明るいことを願うのみである。


「最後に彼女に挨拶したいのですが、どこへ?」

「この時間は食事の仕込みをしているはずだ。台所じゃねぇか?」

「いいえ、先ほど見てきましたがいませんでした」

「ふぅーん」


 ホワンは宿の中を見て回った。宿の入り口正面の店台にきて、いつもは奥で仕事をしている宿の従業員が慣れない出発の手続きをしていた。


「どうしたんだ?」

「彼女が休みなので、私が変わりです」

「あいつはどこへ行ったんだ?」

「さぁ、でも昨日夕方から従業員は誰もみていなんです。ホワンさんこそ知りませんか?」


(嫌な予感がする!!)


 その場を放り出して階段を駆け上がる! ホワンは元王女の部屋を蹴り破って中に入った。

 部屋の中は荒らされた形跡がない。彼女がよく勉強していた机には一枚の紙が置かれていた。


『夕日の沈む前に、一人で街の北にある丘に来い』


(やられた!)


 ホワンの元仲間が元王女を攫ったに違いなかった。

 彼は北の丘へ向かうため、自室へ急ぎ戻った。



 ホワンと元王女が住みついた街から北へ歩くこと小一時間。彼の元仲間が指定した丘はすぐに判明する。

 遠くから見て、丘には元仲間が立っていてすぐそばに元王女が横たわっているのがよくわかった。

 この戦いは自分で決着をつける。闇の精霊には自分が死んだときに元王女を逃がすこと、それ以外は手を出さないことを厳守させて、さらにわからないように擬態させて同行を許した。

 外は夕日があたりを真っ赤に染めている。近くには民家がなく、立っている二人の姿を遮るものはなにもない。ただ草が無秩序に生えているだけである。


(これから命がけの殺し合いをするには格好の場所だな)


 遠くから歩いてくる姿に元仲間は当然気づいていた。


「待っていたぞ」

「……」

「どうした? 口がきけなくなったか?」

「……」


 ホワンは無言のまま魔剣を抜いて構える。


「わかってるじゃねぇか。元王女はお前を逃がさない口実だ。こいつのことも殺せと言われたが、俺にとっちゃどうでもいい。お前と殺し合いが出来ればそれでいい」

「……」


 元仲間も背中から剣を抜いて、刃先を舐めた。


「前みたいに会話がしたいんだよ。そろそろしゃべってくれよっ!」


 凄まじい速度でホワンに迫り、彼は剣を振り下ろした。ホワンは背後へ飛びのかず、横へ避けた。


――ビュッ――


 振り下ろした剣影から裂けた空気が後方へ飛んでいく。


(あの魔剣も健在か)


 元仲間の魔剣は斬撃が飛ぶのである。まともに打ち合ってはいけない。ホワンの魔剣以上にやっかいだと理解していた。


「さすがにちゃんと躱すか」

「……」

「まだしゃべらねぇか。面白れぇ……!」


 元仲間の剣術も相当であるが、その型には傷があった。仲たがいをする前に、剣術の稽古で彼に指摘したことがあったが逆鱗に触れたらしい。その時の型が残っているのか確かめるように、ホワンは彼を誘う動きをした。


「これならどうだぁ!」


 元仲間は魔剣を振り回し始めた。剣の軌跡に沿って、彼の殺意が空気の刃となってホワンに向かって飛んでくる。


 ホワンはそれらを避けつつ、逃げ場を失わないように慎重に動く場所を選んでいった。元王女の方にも斬撃が飛ばないよう細心の注意を払わなければいけない。


「これだとまだ面白くねぇなぁ」


 次に手のひらを地面に向けると周囲の土がもぞもぞと動き始める!


(まずい! あれはあいつの秘術だ!)


 ホワンが知っている秘術とは、彼の土と水の技を合わせた技だ。周囲の植物に魔素術から生み出された水と土を与えて、急激な成長を与えて大森林を数秒で育ててる。観葉植物を育てるような生易しい術ではなく、密度の高い草木を一瞬で育てて、その場で相手を絡めとるような形で動けなくしてしまう術だった。


 秘術には秘術を! ホワンは元王女を巻き込まないように慎重に絶対零度(ダイヤモンドダスト)を放って、周囲の土を凍らせた。一部の植物は発達途中だったが、ホワンの秘術の方が勝ったらしい。凍った地面からはそれ以上植物が育つことはなかった。


「ちっ。これも覚えていやがるか」

「……」

「やっぱりお望みはこっちの方か」

「……」


 会話をしないホワンに元仲間は苛立ち、再び剣を握り直す動作を見せた。


(あの型の傷が治っていないな)


 彼には力が入った袈裟斬りの技を出すときに足を踏み込みすぎる癖があった。前のめりになるため、次の動作に入るために使う足さばきが一歩多くて続く動作が遅れる。ホワンは彼の動きに十年以上前の姿を重ねた。

 元仲間のその動きを誘って打たせて躱す。その隙に横から痛烈な一撃を浴びせるつもりだった。


 二人の間を寒い風が吹き抜ける。


(……くるっ!)


 元仲間だけあって攻撃のタイミングは読みやすい。接近してきて剣術をお互いに繰り出そうとする間、ホワンは攻撃を誘うタイミングを慎重に選んでいった。



 もう躱した斬撃は百をゆうに超えた。巧みなステップで繰り出す斬撃がことごとくかわされてしまうため、元仲間は苛立ちを顔に出し始めた。思考をやめた動きは単純になり、体に沁み込んだ動きが出てくる。


(いまだっ!)


 ホワンはわざと足を滑らせたふりをして、回避をもたついた。腕に彼の放った斬撃を喰らう。


「!」


 声にならない呻き声を上げて、ダメージで動きが鈍った姿を見せつける。


「死ねぇ!」


 とうとう元仲間は力の込めた振り下ろしの攻撃をしてきた。ホワンの記憶にある姿と一致する。


 元仲間は彼をこの攻撃で倒すつもりに違いない。が、実際はホワンに誘発された攻撃だ。彼は素早く躱して逆に反撃の一撃を叩き込む!


 元仲間の攻撃は予想通り力強く、ホワンを真っ二つにする威力を持っていた。態勢が崩れていたふりをしていたが、実際にバランスが崩れてもたついているわけではなく、素早く元仲間の右側へ回り込み、逆に地面から魔剣を斬り上げて致命傷を与えるはずだった。


(!)


 しかし元仲間の攻撃の型は変わっていた。足を踏み込みすぎて前に突っ込むことなく、つい先ほどまでの動きとは見違えるように、ホワンの方向に合わせて動いていたつま先が自分の重心と行く先を捉えたのを誘った! 背中に嫌な予感が走る!


(まずいっ!)


 下から斬り上げようとするホワンに元仲間はさらに急接近して、彼の攻撃のタイミングよりももう一拍ほど早いタイミングで必殺ともいえる横なぎの一撃を繰り出した!


「くっ!」


 初めてホワンが声を上げた!


 高速ですれ違った二人は数メートルの距離を挟んで、お互いに背を向けたまま数秒動かない。やがてホワンが膝から崩れ落ちた。


「はぁはぁはぁ」


 肩で息をしながら元仲間はホワンの倒れている方を向いた。見れば自分も腹から右わきにかけて浅くはない切り傷が出来ていた。そこから少し流血している。が、倒れるほどの傷ではない。


 対してホワンは間違いなく倒れていた。自分とは比較にならない大量の出血を地面へまき散らして。一目でわかる致命傷であった。


「……勝った。勝ったぞ! とうとうあいつを倒してやったぞ」


 元仲間はホワンの死体を眺めるように叫んだ。遅れて喜びが全身を包んでくる。


「フハハハ。この時をずっと待っていたんだ!」


 長年の思いに少しだけ浸った後、一応依頼の通りに横たわっている元王女も殺しておこうと倒れているホワンに背を向けた。


 しかし――!


 一度輝きを失ったホワンの瞳だったが数秒後に力強さが戻り、目線が元仲間の背中に移動した。


 音を立てずに起き上がった彼は魔剣を再び握り直して、元仲間へ体をぶつけるように突進した。


――プスッ―――


 ホワンの魔剣は元仲間を背部から胸部にかけて突き出た! 彼の渾身の一撃は間違いなく元仲間の胸の中央を貫いた。


「ブフッ」


 血を吐く元仲間。


「……ぐっ……なぜっ⁉」


 今度は元仲間がホワンの前で膝をつく。


 普段であれば背後の気配に気づいたであろう。しかしいま元仲間は、長年の思い続けていた敵を倒した。その思いが油断を生んだ。


 自分の胸から突き出ている剣が、さきほどまで戦っていた男の剣だとすぐにわかる。傷と失いつつある血、それに魔剣によって吸収される魔素によって、体から力が急速に抜けていくが、なんとか残る力を振り絞ってホワンの方を向いた。


「初めから致命傷となる一撃をおまえから受けるつもりだった」


 そう言ってホワンは口の中を見せた。口から袋のようなものを吐き出した彼は、力が入らずに地面に手をついた元仲間にそれを見せた。


「こいつの中にエルフからもらった秘薬を入れていた。どんな傷も一瞬で治す薬だってよ。効果は御覧の通りだ」

「……くそっ……」

「言い残すことは?」

「ねぇ……よ……。殺……せ……」


 元仲間はホワンの止めを待たずして自ら崩れた。その言葉を最後に元仲間は二度と動かなかった。



「おい、起きろって!」

「ん?」


 元王女はようやく目を覚ました。たしかにただ気絶させられていただけだった。


「私、どうしたの?」

「逃げ出した国の追手に気絶させられていたんだ」

「なぜ無事なの?」

「追手が俺の元仲間で戦闘が目的だったからだ。君には興味が薄かったらしい」

「幸運ね」

「どうなったのか聞かないのか?」

「だって今こうなっているってことはホワンが助けてくれたんでしょ?」

「ちがいない」


(一度死にかけたんだがな)


「さ、帰ろう」

「うん」


 帰り道はホワンと元王女、それに闇の精霊三人だけになった。この面子で歩くのは久々な気がした。


「ねぇ、ホワン」


 拉致から解放されたばかりなのに元王女は暗い表情を見せない。


「私、求婚されちゃった」

「そうか……」


 相手はあの若者だろう。


「よかったじゃないか」

「嫉妬しないの?」

「そんな感情は俺にはないな。あるとしたら……」


 あんたの行く末が気になるぐらいだ。そう言おうとしたら、元王女が先に話した。


「私、彼についていこうと思う」

「そうか」

「応援してくれる?」

「ああ、もちろんだ」

「じゃあ、一緒に来て」

「!」


 一緒に行くってことは、ここからまた旅か。ホワンはそろそろ自分の居場所を落ち着けたいと思っていた。が、長年面倒をみてきた元王女の願いに根負けした。


「しゃーねーな」

「ありがとう、ホワン」


 横を歩いていた闇は二人の様子を不思議そうに眺めていた。やがて、


「ははは、二人って本当面白いね。人間って不思議だらけ。一緒に居て飽きないよ」


と言う。

 闇の精霊は珍しく人間の姿のまま、ホワンと元王女に並んで一緒に歩いて街まで戻った。


******


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