第二十五話 裁きの時
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「逃げられたか……」
貿易都市トレドの冒険者ギルド所長カーター。いや元所長というべきか。彼は魔素術を仕込んだと思われた球を地面にぶつけて、僕たちの前から姿を消した。
『落胆するな、敵をすべて取り逃がしたわけではないぞ』
(わかっている)
正直カーターとはもう戦闘したくなかった。なのでここで雨模様を利用して決着をつけたかったのが本当の気持ちだった。
向こう側にはアオイに倒された荒くれ者たちと、首謀者の一人ブラウン大臣が寝そべっていた。ブラウン大臣も正確には元大臣だ。
夜目の効く僕はブラウン大臣が暗闇でのそのそと胸元をいじくっているのが見えた!
(こいつ! 起きていやがった! それにあれは……)
思うようにさせてたまるものかと、急ぎ近づいて手に取っていた球をけり飛ばしてやった!
「イデッ」
ブラウンの腕を蹴って飛んでいった球は地面にぶつかって破裂、魔素陣を展開した。その後、上になった草木が一切消えた。
(思った通り、逃亡用の魔素術を仕込んだ球だったな。危なかった)
「このっ!」
殺意を込めて僕の方に手のひらを向けたブラウン。
――ビュッ――
僕は魔剣を一振りして向けられていた手のひらごと手首から斬り飛ばしてやった。
「ぐぇっ!」
カエルのような叫び声をあげてブラウンは手から血しぶきを飛ばした。
「いま、治してやるよ」
当然斬った腕と手をつなげるやるつもりはない。剣の腹で寝そべっているブラウンを叩いたのち、斬り飛ばしたばかりの手に乱暴な治癒術を施した。
生体組織の回復など一切気にかけず、血さえ止まればいい。そういう治癒術だった。
「貴様っ、何を!」
「これから死ぬほど拷問されるんだ。覚悟しろよ」
僕がトレド地下の牢につながれて受けた拷問。あれ以上の刑がこの先、ブラウンを待っているのであろう。
逃亡を図ろうと起き上がろうとするが、片方の手先を失ったことは思った以上に活動を制限するようで、ブラウンは立ち上がろうとしてふらついた。
足を払うように再度地面へ転がして、腹ばいにさせた。すぐにまた動くであろうから、僕は魔剣を足の太ももへ突き出して地面と一緒に串刺しにした。
「ぐゎぁぁぁぁ」
「勝手に動くなよ。傷が増えるぞ」
僕の魔剣は雷属性を持つもの以外を受け付けない。持ち上げるには全身の力を使わないとできないので、事実上ブラウンは地面に固定された。
ブラウンの髪を掴んで、顔だけをこちらへ強制的に向けさせた。
「答えろ。どこまで襲撃に関わっていた?」
「なんのことだ?」
とぼけるんじゃない! と言うかわりに横に寝そべっているブラウンのもう片方の足を踏み潰した。
「ぐへぇ」
「答えろ。どこまで襲撃に関わっていた」
さきほど全く同じ口調で彼に問いただす。
「……」
「わからない奴だな」
魔剣で貫いた片方の足は明後日の方向へ曲がっていた。踏みつけるときに魔素を全力で纏わせたのだから、おそらく小さな岩ぐらいなら砕ける威力になっていたであろう。それを防御なしに喰らったのだから当然だ。それをいまもう一度お見舞いするべく、僕はゆっくりと体を移動させた。
「まっ、まってくれ!」
「さっさと答えろ」
「わかった! すべて話す。だから許してくれ」
「早く話せ。まず、俺が城に捕まって拷問を受けた件についてだ」
「あ! あれか! あれは私ではない! ロースベルトが企んだらしい。そこから足が付いて、俺もカーターも後始末に大変だっんだ……ぐへぇ!」
再び足を蹴ってやった。
「俺を拷問した兵士は手馴れていたぞ」
「あれは俺というよりはローズベルトの手先だ!」
「城にどのぐらい入り込んでいる? 連絡方法は?」
まず投獄の件はブラウンは関係なかったらしい。
少し気を許しかかったその時!
「シュウ」
背後から冷たい声と共にすさまじい殺気を感じる! 振り向くまでもなくそれはクリス王女だとわかった。
湿った地面を歩く音は一定の間隔で僕に近づき、やがて一緒にブラウンを見下ろす真横に立った。
僕の方を見ない彼女は、
「この場を私に譲っていただけませんか?」
と言った。長年追い続けていた一連の事件の首謀者が、いま目の前に魔剣に串刺しにされて地面に横たわっているのである。
「クリス王女、僕も奴に聞きたいことがあります」
「それでもこの場を私に譲ってほしいのです」
会話からは彼女が引く気がないことがわかる。僕も彼女の方を見ずに、ブラウンを睨み続けていた。
「では僕からの条件提示です。私はクリス王女にこの場を譲ります」
「ええ」
「代わりに一連の襲撃に対する情報をください。まだ要求がありますが、それは後日話します」
「ええ」
彼女は僕を見るつもりがなかった。ただブラウンを残してこの場を立ち去ってほしいようだ。
「ああ、それと……」
僕は遠方へ歩みだしながら、一度だけ振り返った。クリス王女がブラウンを見下ろしている状況に変わりはない。
「……あとで魔剣を返してください」
「ええ」
言葉が聞こえるか聞こえないかぐらいで前に向き直って、その場から僕は離れた。
「シュウ様っ!」
「シュウ」
クリス王女とブラウンを残して歩くこと数十メートル向こうで、アオイをはじめとするみんなが僕を心配してくれた。
「大丈夫だよ。ほぼ無傷だ」
「良かったニャ」
クーンも当然無事だった。
「一時体が動かなくなったときはどうなることかと覚悟したニャ」
そう言って片腕を振り回すように動かして見せた。
「まさか待ち伏せされているとは思わなかったんだ。こちらの動きはだいぶ前から先方へ知られていたらしい」
「クリス王女は大丈夫でしょうか?」
会話に入ってきたのは長年の従者であるリスボン。
「大丈夫だと思う。今のブラウンに戦闘能力はない」
クリス王女が現れる前、手首を斬り飛ばして魔剣で足を串刺しにした後、念のため装備を一切をはがしていた。中からはまだ使えそうなナイフなど数点が出てきたが、すべて回収している。いまの奴は丸腰である。
「彼女がブラウンと二人きりにしてほしいと。それで離れてきた」
「心配です」
「でも今は行かない方がいい」
あの彼女の殺気! 冷静沈着な彼女があふれんばかりの殺気を出して、その場から僕に離れろと願った。
今頃彼女は……
「しばらくすれば戻ってくるはずだ。それまではみなここに待機しよう」
「わかりました」
リスボンもクリス王女の気持ちを察してくれたらしい。
僕たちはクリス王女を除いて、創傷の治療とまだ気絶している荒くれ者たちを縛り上げた。
「あっ!」
「シュウ、どうしたの?」
横で縛り上げるのを手伝ってくれていたレイナが言った。
「いや、なんでもない」
なんとかごまかす。
僕は指輪が先に気づいて教えてくれたので、クリス王女がいた周辺の魔素を探っていた。ちょうど二つあった魔素のうち、片方から漏れていた魔素が消失したことがわかった。
あたりを覆っていた雨模様は少し収まりつつあったが、まだまだ太陽が出てくる気配はなかった。
******
ホワンは部屋で瞑想と剣術の練習をしていた。
先日、元仲間であり、今は自分を殺しに来た追手と出会ってから、自らを鍛え直していた。
(このままでは奴に勝てない。良くても相討ちだな)
彼と会ったホワンの正直な印象だった。自分も非凡であるが、彼もまた戦闘の面だけ見れば才があった。
以前ならば相討ちでも満足したかもしれない。だが今は元王女の行く末が気になる。それに彼が元王女に対してどのような指令を受けているかもわからない。宿から離れないのはそのためだった。
元王女にはこのことを告げていない。
いま宿は大繁盛している。逃走してからようやく掴んだ、いい流れを自分の関わった元仲間のせいで失いたくないのが本音だった。
「ホワン」
あせりから殺気が抑えられていない。気になった闇の精霊は実体化してホワンに話しかけた。
「気配がいつもより乱れているよ」
「わかっている」
「この前会ったあの男のことが気になるんだね」
「ああ」
「戦闘るの?」
「たぶんな」
答えなんかとうにわかっている。ここで出会った以上、戦闘は近い将来に絶対避けられない。だがホワンにはまだ戦闘回避の手段がないのか、できれば奴と戦うのを避けたい。その気持ちが残っていた。
「たぶんじゃなくて、絶対に戦うでしょ」
「ああ」
言葉少なく、彼は目を再び閉じる。
「あいつ、相当強いよね。今のまま戦ったら、いかにホワンでも分が悪いよ」
「ああ」
何を言っても『ああ』しか返事がこない。業を煮やした闇は言いたいことを直接伝えることにした。
「僕がいるじゃない。あいつに幻術なりかければ、ホワンは有利になるよ。協力するよ」
「いらない」
「えっ⁉」
名案だと思っていた闇は彼が拒否したことに驚いた。
「なんだって?」
「いらないって言ったんだ」
「……どうして……」
いままで経験したことのなかったホワンの拒否に闇は戸惑った。
「僕のこと、嫌いになったの?」
「そんなんじゃない」
「じゃ、どうして?」
「あいつとは俺だけで決着をつけなきゃいけない」
「元仲間だから?」
「そんなところだ」
――ホワンは自分の若かった頃を思い出す――
彼と元仲間がまだ同じ冒険者の集いとして活動していたころ、都の防衛線に参加した。作戦は魔物大集団を駆逐する作戦であった。秘境から大量の魔物が出た情報が入って、都と冒険者ギルドから緊急で出された依頼である。
作戦は魔物を都まで寄せ付けず、近くの大平原に誘導して大人数の魔素術士による術で一気にせん滅する作戦だった。誘導には魔物の好みそうな血を適所に配置して、かつ足の速い能力を持った者たちでわざと魔物に見つかり、そのまま作戦場所まで誘導するというものだった。
いかに都の防衛兵や冒険者ギルドが担当したとはいえ準備不足の感は否めない。しかし魔物到達まで時間がない中で、その作戦は一番良いと採択されたものだと聞いた。
大平原でホワンと元仲間の男は待ち構えていた。二人は残った魔物をせん滅する係で、ホワン一行の残りの魔素術師たちは先制攻撃を仕掛けるため、別場所に待機していた。
遠方から土が立ち始め、鳥たちが飛び立っていくのがみえた。そこからまもなく大平原に魔物たちが入り始める。数は千をゆうに超えているらしく、あっとういまに遠方の森林の色が変わっていった。
(よし、いいぞ!)
まもなく大量の魔素術が発動して大平原を焼き尽くす。
しかし直前に魔物が突如進路を変えて散開し始めた。一部は隠れていた魔素術士たちの方向へ直接向かっていった。彼らは魔素術に集中すると無防備となるので、その間彼らをまもる盾となる前衛が必要だ。だが、前衛のほとんどはいまこちら側にいる!
(なぜ進路を変えた⁉ この状況で?)
一参加者であるホワンにはその理由などわからない。ただ作戦が瓦解する瞬間であったことだけは確かだった。
散開した大量の魔物の進路をみて、その場の作戦指揮官に緊急で助言を出した。
「すでに散開した魔物たちには当初の作戦ではうまくいきません。すぐに魔術師たちの前面に防衛線を作らねばいけない! 作戦の変更をっ!」
「いや、しかし……」
指揮官は判断に迷っていた。
そうこうしているうちに魔物の集団の一部が魔術師たちの場所へ到達して、ところどころで魔素術が放たれ始めたのが分かった。
「ちっ」
指揮官の返事を聞かずに、ホワンは独断でその場を離れ、自分の仲間たちがいるであろう魔術師の待機場所へ駆け出した。
彼が到着した時、数えきれない魔物たちが待機していた魔素術士たちを蹂躙していた。
「くそっ!」
悪態をつきながら、向かってくる魔物を斬り捨て、斬り捨て、それでもまだ斬る。少なからず手傷をもらったが、致命傷は避けていた。
仲間の位置もわからず、ただひたすらその場で目につく魔物を倒し続けたが、ホワンを囲む魔物はどんどんその数を増えていった。
彼にはその周囲一帯を黙らせるぐらいの実力はあった。背中に背負う剣は魔剣。
能力は二つ。
一つ目は相手の魔素を吸う能力であった。切りつければ切り傷に加えて魔素を吸い上げてしまう。戦う相手から見ればやっかいなことこの上ない性能を有していた。この能力で戦闘と並行して、斬って吸い上げた魔素で自己回復。それを繰り返し続けた。
もう一つは魔剣で倒したり、壊したりした生物や物の能力を獲得できるという能力であった。彼は以前に氷の女王と戦って、これを倒していた。氷の女王は絶対零度の能力者であったため、この能力を吸収していた。周囲一帯を込めた魔素量に応じて、広範囲で氷漬けにできる。
ただしこの場で使うと味方も氷漬けになってしまうので、この秘術は封印しながら戦わねばならなかった。
事態に気づいた冒険者たちがホワンの後ろにようやく到着して戦線に加わり始めた。
その時!
遠方の都がある方角で轟音が響いた!
続いて都の周囲から魔素術の光が高々と上がる!
事態に気づいたのはホワンだけでなく、魔物の集団も同様で、大多数がそちらへ向かい始めた。
残った魔物を倒し切り、あたりには防衛に加わった者たちと魔物の大量の死体だらけになった。
その後仲間を探し続けたホワンは数時間後、変わり果てた魔術師の仲間たちを見つけた。
ここから先は後日わかったことである。
初めの轟音はホワンの元仲間が使った土石流だったことがわかった。近くの河川から大量の水を引き山肌に伝わらせて、そこから土と水の魔素術を発動して土石流を起こして、山間からその下にかけてせまりつつあった魔物たちを巻き込み、さらに道を悪くして都に近寄らせない方法を取っていた。
二回目の空に打ちあがった魔素術は都に発動された防衛術だった。
元仲間の術は防衛術発動の時間かせぎにたいそう役立ったらしい。
都の守りが出来上がったのち、近隣の都から応援隊が駆けつけて、周囲の魔物を駆逐した。
ホワンは元仲間の男に、自分たちの仲間が全員死んだことを告げた。元仲間の反応は薄く、それをみた彼は怒りを抑えきれなかった。二人で魔素術士側に向かえば結果が変わったかもしれない。
ホワンは後に冒険者ギルドから勝手に持ち場を離れたものとして罰せられた。当然納得などするわけがない。彼の主張は『作戦は失敗であり、その場で臨機応変に対応する選択だった』であるが、ギルドは『作戦指揮官への反抗』との見解だった。
対して元仲間は都の防衛を優先して評価を上げた。都の防衛に大きな貢献をしたとして、ホワンの評価とは明暗が分かれた。聞けば土石流には少なからず都の住人も巻き込まれていた。元仲間は住人がいないことを確認したと主張して認められていたが、彼の性格からそんなことは絶対ないとホワンは思った。
このことをきっかけにホワンと元仲間の男は口をきかなくなった。やがて数日して二人の同盟は解消され、別々の道を歩むのである。
(――あれから二十年ぐらいたったのか?)
目を閉じると今でも元仲間の殺戮と名誉を求める狂気の目つきが思い浮かぶ。
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いつもご愛読いただきありがとうございます。
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物語はまだ続きます。




