第五話 先制攻撃
翌日、日の出とともにみんなが自然と目を覚ました。体調は疲れを残さずに万全だった。
窓の外はまだ空が暗いが、もう一時間くらいで夜明けがくるような様子だった。
「昨日はずいぶんと楽しかったようですね……」
起きてすぐにアオイに耳元でつぶやかれてしまう。表情は穏やかだったが、声音にはトゲが……。
(バレてた‼ しかも誤解だ‼)
『色男はつらいのう』
顔色をなるべく変えずに、
「レイナが突然部屋を出て行ったので、心配で追いかけたんだ。屋上で話していただけだよ」
「……」
と小声で言ってみた。
正直に話したほうがよいと感じた僕だったが、誤解は解けそうになかった。同じ話題を続けるとまずいと思い、続けてナオキにもわかるように、昨日屋上に行ったことと敵集団の宿営地を見つけたこと(当然レイナとのことは黙っていた)を話して、攻撃を仕掛けるか四人で話し合った。
一度状況を確認することになって屋上へ上がり、ゴブリンとオークの集団を昨日と同じ位置に見つけた。
昨日は見えていなかったが、少し周りが明るくなった明け方だと、百匹には届かないぐらいの数しかいないことがわかり、ほぼ全数が休んでいることがわかった。相談の上、生存の脅威を排除する方針で全員一致して、彼らが油断している今、四人で奇襲をかけることになった。
敵の反撃が強かった場合には、校舎を迂回するように走り回ってサークル棟へ戻ってくることに事前に取り決めた。
彼らの知能が低いことを利用して、逃げる予定の通路にはところどころ罠を仕掛けた。見つけたロープを足元に張って転倒を誘ったり、狭い道で段ボールを積み上げておいて触ったらすぐに崩せるようにしたりと、追跡を遅らせるための簡単な罠を張った。自分たちが罠にかからないよう目立つように赤いテープを付けたが、ヤツらにはこの意味はわかるまい。
日が完全にあがると行動すると思われたため、すぐに僕らは動く。
途中で何人か生きている人達とすれ違ったので、保管庫に食料と水があることを伝えた。僕らはサークル棟が安全だと伝えたが、そこまで彼らの行動を強制はできないので、戻ってきてもしいたら一緒に行動しようと声をかけて大学校舎入り口の門を出た。
******
門から出る時、僕は一瞬とまどって通り抜けたが、昨日はあっためまいや天気の変化はなかった。外は昨日見たとおりで、森林が生い茂っていて整備された道は見当たらない。しかし、背丈の低い木や雑草は昨日ゴブリン達が通ったところが踏み倒されていて、門からの方向も事前に屋上から確認していたため、追跡は比較的容易だった。
すぐにヤツらの宿営地らしき場所を見つけて、僕らは風下の茂みからまず観察した。ところどころ死んだ人間がいて体が欠けているのがわかった。
(むごい……)
ヤツらに餌にされた、そう考えるしかできない光景であった。まだ生きて縛られているものも少数いたが、顔を殴られたりしたみたいで動く気配は全くなかった。今見えているヤツらは一か所に集まっているのではなく、散在して昨日と同じように好き勝手に動いているらしい。
「やるぞ」
小声で戦闘開始の合図をして、ゆっくり……足音を立てないように……近づいて……。僕たちは寝ているヤツ、起き始めたヤツ、食事中のヤツ、かまわず奇襲して倒し続けた。僕はなるべく離れているゴブリンに狙いを定めて殴っていった。アオイは刀で切り伏せて、ナオキは昨日見せた『水攻』で狩り続けた。特に『水攻』は叫ぶ時間を与えないため、ステルスキルとしては完璧だった。レイナには果物ナイフを持たせて、縄で縛られている人たちを開放して、門の方で移動するよう誘導してもらった。
三人で三十匹ぐらい狩った時に、残りのヤツらが集合しているところを発見した。昨日から観察していたが、ゴブリン達は個々の欲望で動いている印象が強かったが、こいつらは珍しく統率されているようでかなり密集していた。
(これならレイナの『炎塊』の方がいいな)
作戦を変更、レイナを呼び戻して炎の先制攻撃、そのあと三人で残りを蹴散らすことにした。茂みの影からレイナが集中すると、やつらの直上十メートルぐらいに、直径一メートル前後になった巨大な炎の塊が集まった。
(昨日はあんなに大きかったっけ? それにすさまじい熱量だ)
集中してさらに大きくなって直径二メートル近くにまで膨れ上がった。さすがにヤツらが気づいたが、間髪入れずにレイナが
「おそいっ!」
と言って、『炎塊』を直下にすばやく落として派手にぶちまけた!
――ドォォォォーーーーン――
直後、周囲は爆発と炎に包まれた。
(もう彼女だけでよかったんじゃないか……)
落下点周囲が炎と煙で包まれていて、地面も少し窪んでいた。
(全滅したか⁉)
そのまま爆発周囲に控えて様子をうかがっていると、
「ウォォォォォォ――――――――」
と、昨日の夕方聞いたの声と同じ、凄まじい咆哮が炎の中から響いてきた!
周囲を覆っていた炎と煙を吹き飛ばし、レイナとナオキは後ずさって腰砕けとなってしまった。煙の中からは昨日倒したオークよりもさらに大きい、ローブを着た個体が姿を現した。
(しまった!あの咆哮には腰砕け効果もあるのか⁉)
「アオイ、あいつは僕たちで相手にするぞ」
「はいっ」
茂みから飛び出した僕とアオイで大きいオークに近づいた。だがオークは僕ら二人の姿をみると、すぐに踵を返して森の奥へ逃げて行った。
「追うぞっ」
「はいっ」
僕らは上がった視力で折れた草木を見分けて、焦げのにおいでやつを追跡して、洞窟の最奥でとうとうオークに追いついた。僕は得意なバット攻撃を後頭部にお見舞いするべく、振りかぶった!
「はっ!!」
******
その直前……大きいオークが逃げ出して、僕らがそのまま追跡を開始しようとしたとき、ナオキが、
「ちょっと待って! これを着けていけっ!」
と止めた。ナオキは目を閉じて集中すると、地面に四つの水たまりを展開した。
「これを踏んでいけ! 追跡に役立つと思う」
言われるがまま踏んだ水は緩衝材のような感触があって、クッションになっていたのがわかったが、ナオキの狙いはそこじゃなかった。水が足に着くと離れることなく、さらに僕たちの足音を消した。
「すごいっ」
「私も」
レイナはアオイの日本刀をつかんで集中すると、それに魔素を通した。すると刀は赤い色を帯び始め、わずかであるが周囲に熱を放出していた。
「そんなのいったいいつから……」
「昨日から考えてたの。きっと私のも役に立つと思う」
『やりおるな。それは身体能力強化と武器強化の技である』
「行ってください!」
「早くいけっ!」
上がった身体能力と視力でオークを追っていった僕らは、洞窟の奥でとうとうやつに追いついた。アオイは自分周囲の風が後ろへ流れるよう魔素を使って空気の流れを誘導して移動していたため、においもヤツにはわからなかったはずだった。
アオイを先頭にして的確かつ察知されることなく追跡できた僕らは、ヤツを見つけるとすぐに攻撃の段取りを整えた。僕が一番目で頭に、アオイが首をはねる。指で自分の首を横に切る仕草で彼女は僕の意図をすぐに理解してくれた。
そして、洞窟の奥に向かって集中しているやつに先制攻撃を仕掛けた!
「はっ!!」
******
僕の先制攻撃は、昨日からの攻撃の中で何十回も使って一番自信のあったバットでの振り下ろしで、武器のことなんか考えずに今までで一番強く打ちこんだ。
続いてアオイの先制攻撃だったが、オークが倒れなかったため高い位置にある首を切り落とすのは無理だと思った彼女は、直前で目標を変えて左肩から先の腕を斬り飛ばした。
攻撃を受けたオークが振り返りそうになって、その前にもう一撃を! と思った瞬間、
「ウォォォォォォ――――――」
(しまっ……)
と咆哮を至近距離で浴びてしまい、僕とアオイの行動が止められてしまった!
すぐにもう片方の腕を振り回してきて、アオイと僕は避けられずに壁までぶっ飛ばされた。アオイがオークの右腕側にいたため初めの一撃を受けて、僕と一緒に吹っ飛ばされた。アオイは僕のクッションとなってしまい、壁に強く打ち付けられた後に動かなくなる。
そんなアオイを視界に入れながら、僕は瞬時に体勢を立て直すべく立ち上がったが、ヤツはすぐそこまで迫っていて、右腕一本で僕の首を絞めて僕の体ごと持ち上げた。
「グゴゴォォォォ」
(首が折れちまう……)
血走った眼に牙をむき出しにして敵意を前面に出してきた。とっさに僕はポケットに忍ばせていたボールペンで、思いっきりオークの右眼を突き立てた。油断していた片腕のヤツは防ぐことができず、ボールペンが眼に突き刺さって、僕を落とした後にまた咆哮した。
耳鳴りとともに、僕は一瞬意識が遠のきそうになったがなんとか立ち止まっていると、オークは僕に押し倒すように馬乗りになって、もう一度首を絞めつけてきた
(呼吸がっ……できな……)
人間の脚ぐらいある腕で首をつかまれてしまい、しかも今度は覆いかぶさるように体重をかけられた。だんだん呼吸ができず苦しさが増してきたとき、
『しっかりしろ!』
指輪の声が響いてきた。
『奴の魔素を引っ張り出しな! こいつの腹の底にある魔素をつかんで、自分側へ引っ張り抜くんだ!』
さらに苦しくなって意識を失いそうになっていく……視界もよくわからなくなり、夢中になって両手でオークの腕を掴んで自分とは違う魔素を探り当てて引っ張り抜いた。感じたものの全てを言われるがまま、自分側へ全力で引いた。ダムが決壊するように魔素が僕の方に大量に流れ始め、だんだん……だんだん……首を絞める力が弱まっているのを感じた。
圧迫が弱まるのにつれて、僕の体に加わっていたオークの加重が弱まってきた。魔素の流れはヤツから自分が引っ張っているほかに、指輪の方にも相当な量が流れているのがわかった。呼吸が少し通るようになって僕は息を吹き返しつつあったが、ヤツは力が抜けていくようで呼吸がどんどん荒くなっていった。視界を取り戻して僕は右手で奴の眼に刺さったボールペンをさらに奥に押し込んで、やつの頭を持っている限りの力で殴りつけた。
「ごほっごほっ」
頭を集中的に攻撃されたオークは、つかんでいた首を放して殴られた方に転がり、地面から立てなくなった。閉鎖されていた気道に空気が戻ってきて、しばらく呼吸に集中しないと僕の体も動かなかった。
(止めを!)
『止めじゃ』
近くにあったアオイの刀をつかんで、地面に転がっているオークの喉へ突き刺した。
『さっさと残りの魔素を吸い取りな』
(もう死ぬ寸前だ)
『あほう! こやつの魔素は貴重じゃ、すべてもらっておけっ! はやくしないと生命が尽きてしまう。死ぬと魔素は取り出せないぞ』
(わかったよ)
オークの体に手をあてて体内に残っていた魔素を探り当ててまた吸い上げる。残る魔素が少なくなればなるほど体は干からびていき、しばらくして完全に動かなくなった。
(そうだ、アオイは⁉)
『だいじょうぶじゃ、生きておる。気絶しているだけじゃ』
確かめたが呼吸もしていて、首の脈もしっかりしていた。
ふと今倒した大きなオークは洞窟の入り口側に背を向けて何をやっていたのだろうと思った。危険を冒してまでなにを……⁉
(僕らの追撃の可能性だって十分にあったはずなのに……)
目を凝らして周辺を見渡すと、直径十メートル近い、二重三重に描かれた円で魔法陣のようなものを発見した。円と円の間には文字がびっしり描かれていたが、僕の知っている言語ではなく読めなかった。オークが立っていたように僕も同じ位置に立ってみたが何も起こらず、とっさのおもいつきでオークから引き込んだ魔素を魔法陣のようなものに流してみると、突然地面が輝き始めた。
(周囲の……大気が……引き込まれていくっ⁉)
急激な風が陣の中心に集まるように流れ始め、洞窟が振動を始めた。
『やめいっ!』
頭に大きく響いた指輪の怒声で、僕は魔素を流すのをやめてしまった。途端に地面は輝きを失って、気味の悪い振動はなくなった。
『あれは転移門の一種じゃ。おぬしが倒したオークが準備したのであろう。だからヤツの魔素を流すと反応する。それ以上流すと取り返しのつかないことになるからやめとけ』
(取り返しのつかないこと?)
『呼ぶ『門』と返す『門』は表裏一体じゃ。呼ぶ『門』だけで存在することはできない。おぬしがくぐってきた門はおそらく呼ぶ『門』じゃ。だとすればこちらは返す『門』の可能性が高い』
(同じ物じゃなくていいのか? 場所もずいぶん違うし、こっちは地面に円と文字が描いてあるだけだ)
『魔素で描かれたものがあれば媒体は何でもよい。それよりももっと大事なことがある。転移門を描くにしろ、呼ぶときや返すときにしろ、それ相応の対価が必要となる』
(いったい何が必要なんだ?)
『こやつがなにを対価として、この転移門を描いたのか私には想像できる。だが、今はおぬしが知る必要はない。むしろ知らぬ方が良い。さっさとそこの娘と一緒にみんなのもとへ戻るがよい』
指輪に促されて、僕はアオイを担いで洞窟を出た。アオイの体を担ぎ上げても、歩行には全く問題なかった。むしろ以前よりはるかに身体能力が上がっていて、彼女の体も肩で担ぎ上げて片腕で落ちないようにしてそれほど苦労せずに移動できた。反対の手でバットと日本刀も持ちながら、警戒しつつ来た道を戻り始めた。
ゴブリンとオーク達の元宿営地に戻ってきたら、すぐにナオキとレイナが近づいて寄ってきた。
「大丈夫か⁉」
「おかげさまでなんとかね。アオイも気絶しているけど大丈夫だと思う」
「よかった……」
アオイを木陰に下ろすとナオキが治療を始めた。
「いったい何があったのですか?」
レイナがそう聞いてきたので僕は二人に、あの後オークを追って洞窟奥で発見したこと、奇襲から戦闘を開始して勝利したこと、地面に描かれた魔法陣のようなものの存在とそれに魔素を流し込んだこと、戻れる可能性があることを伝えた。
「ねぇ、どうして戻れるって思うの?」
「それは……」
(まさか指輪にそう言われたからなんて言えないし……)
僕は迷って四人に指輪のことを告げようとすると、
『おぬしがくぐってきた、呼ぶ『門』に魔素を流してみよ』
と指輪が言ってきた。それは大学校舎の入り口にある門だとすぐにわかった。
すると、
「ううん……」
レイナと会話している途中で、ちょうどアオイが気づいた。
「シュウ様、申し訳ありませんでした。私としたことが、オークの咆哮で動けなくなってしまい、次の攻撃を避けられませんでした」
「僕も避けられなかったけど、アオイがクッションになってしまって、こちらへの衝撃が弱まったんだ」
僕はアオイの気遣いがすごく嬉しかった。
「ねぇ、さっきの話の続きは? どうして帰れるって思ったの?」
「そうそう。ちょうどいい、一度見せたいものがある。校舎に戻ろう」
******
「ここに校舎入り口の門があるけど、ちょっと見ていてくれ」
そう言って門に向かって、オークから奪い取った魔素を流した。すると突然門にさきほどと同じ文字が浮き出て、全体が輝き始めて光の面を形成した。さらにそこからカラスが現れて、はるか彼方に飛んでいった。
「「「えぇっ‼」」」
三人は言葉を失った。どうもこっちは誘い込むほうの入り口らしいと伝えて、対になると思われるものがオークを倒した洞窟にあることを話した。
「帰れる……」
見知らぬ環境へきて心細かったのであろう。みんな安堵していて、レイナは泣いていた。
(これって……もし戻れなかったら、袋叩きにされるんじゃないかな……。大丈夫かな?)
「まだ決まったわけじゃない。でも現状で一番可能性があると思う。念のために食料を持って、生きている人を集めて行ってみよう」
反対するものは誰もおらず、すぐに全員が動き出した。
誤字報告や感想などお待ちしています。よろしくお願いします。