第二十四話 炎龍と雷鳥
帽子の男の正体はカーター所長だった。
「シュウよ、そんなに驚くか?」
驚くに決まっている!
日本でいう警察と探偵が合わさったような役割をもつ冒険者ギルド。国をまたいでその組織が各地に展開されていて、組織の情報伝達は整備されている。
そのギルドのうち、カスツゥエラ王国の四大都市のうちの一つである貿易都市トレドのギルド所長が事件の首謀者であった!
僕は油断なく構えながら考えを巡らせ、一つの結論にたどり着いた。
「そうだったのか……」
カーター所長が首謀者であったのならば、今までの事件はすべて説明つく。
僕が倒したローズベルトとほぼ同時刻にギドが殺されていた。彼は僕たちへの証言を誓ったが、炎の魔素術を纏った剣で殺されていた。
最近で言えば義眼の男ウォルトによる襲撃や城での兵士殺害。すべて炎の魔素術で契約が掛けられていて、僕たちに敗れ去ると関係者が焼かれ死んでいった。この実力ならば、彼は複数人に大量の魔素契約術も結べるであろう。
トレド冒険者ギルドの個人票紛失は、そもそもカーターの所属する組織であるので、内部犯であれば難しくない。
この分だとおそらくはクリス王女の兄失踪、さらにそれ以前の婚約者殺しからすでに暗躍していたんだろう。
今、すべての事件が線でつながった!
「わかったか?」
「ああ」
「一体何が分かったんだ?」
「あんたが一連の事件の真犯人だったことだ」
「それだけだとまだ足りないな」
再びカーターは高速戦闘を仕掛けてきた。
――キィィィィン―――
金属と金属がぶつかり合う音が何回も鳴り響く。
あたりは雨がまた少し強くなってきた。
距離を取ってまた向き合う。横にはアオイがほぼ無傷でいるが、彼の魔剣には最大限の注意を払わなければいけない。
「足りないとは?」
高速移動で息が上がり、時間稼ぎを兼ねて僕は質問をした。
ナオキやクリス王女達の方をちらりと見た。縛られている以外には特に目立った外傷を受けていない。が、クリス王女はまだずっと僕の方を見続けている。
「まだ気づかないか?」
「だから何が足りないんだって言ってんだろう!」
「やれやれ。冒険者ギルドで個人の登録票がなくなっていただろう。なぜだと思う?」
「トレド付近で俺たちを襲わせたウォルトとやらの個人情報を消すためだろう」
「そこなんだよ。違うのが」
「な~にぃ~」
「お前の背中の剣。それをどこで手に入れた?」
「これは……」
これは国宝の盗品である。そんなこと大声で言えるはずがなかった。
答えを渋っていると、
「王国が抱える魔剣のうち、数代前に盗み出されたものだろう?」
とカーターが話した。
「知っているのか⁉」
この剣の出所をクリス王女と武器職人スミス以外に知っている者がいたとは!
「当然だ。では次の質問だ。お前は誰からそいつを奪った?」
「奪ったのではない。ローズベルトというならずものを束ねる冒険者が襲ってきたので、返り討ちにしてやったんだ。その時に奴が持っていたのをいただいた」
「そこまでわかっていながらまだ気づかないか……」
「?」
「では教えてやろう。俺の名前はカーター=ハミルトン。お前が殺したローズベルト=ハミルトンとは弟だ」
「!」
「今の顔、良かったぞ。弟と言ってもたいして仲良くはないが。肉親の仇はちゃんと取らないとなぁ~」
これで襲撃者が執拗に僕を狙ってきた理由も判明した。
「そんなにしゃべってしまっていいのか?」
「いいさ。全員ここで死ぬ。明日から俺はまた大忙しだ。『失踪した王女と冒険者たち』を探してな。ハッハッハ」
「果たしてそううまくいくかな?」
またクリス王女達をみたが、彼女はまだ僕だけを見つめ続けていた。
「さぁ、消し飛べ」
僕とアオイはカーターが接近戦を仕掛けてくるものと思った。だが奴は僕たちからさらに距離を取った。
向こう五十メートルぐらいまで下がって、そこで立ち止まった。
「見よ、炎の龍剣の秘術を!」
凄まじい魔素がカーターの魔剣へ注がれる!
『シュウよ、あれはまずいぞ!』
(なんなんだ⁉)
『おぬしの『雷哮』と同じものが来る!』
(なにっ!)
指輪からも危機感が伝わってくる。先ほど奴の魔剣は自分が持つ雷哮の剣よりも格が上だと言った。
すでに奴の魔素は十分に注がれたようで、今にも術が飛び出してきそうである!
(だが――)
自分も対抗すべく、全力で魔剣へ魔素を注ぎ始めている!
僕たちの背後には動けない仲間がいる。カーターの秘術を避けるという選択肢はない!
(――必ずしも龍が勝つとは限らないだろう!)
状況を悟ったアオイも背中に手を合わせて魔素を送ってくれている!
天気は雨。炎は弱まり、逆に僕の雷は威力を増すはずだ。
――ヒュゥゥゥ――
自分の周囲に凄まじい旋風が起きる!
同じ現象がカーターの持つ魔剣を中心として起きていた。相手には炎が混ざっている。
――ゴォォォォ―――
僕とカーター。
両者が魔剣に最大限の魔素を注ぎ切った瞬間が重なる!
「焼け死ねぇぇぇぇ!!!!」
「唸れぇぇ! 『雷哮』ぉぉぉぉ!!!!」
自分の魔剣から極限まで高まった雷の魔素を纏った雷嵐が放たれた! 以前にオークジェネラルと戦闘した時には町の一角を吹き飛ばしたが、今回はその比ではない。
対してカーターが放った秘術は炎で形成された龍だ。その熱量はオークジェネラルが見せた術どころの話ではない!
秘術同士、二人の中間地点でぶつかる!
――ドゴォォォォン――
中心に周囲に放散するような爆風、それも炎と雷の混ざり合った衝撃波が形成された! その衝撃波は一瞬で体まで迫り、態勢を整える暇がない。隣にいたアオイとともに僕は吹っ飛んでしまう!
ぶつかり合った秘術は周囲へ大量の土煙を上げたが、雨の影響もあってまもなく落ちつく。吹き飛ばされた衝撃で背中は打ったが、魔素服の防御力が高いので外傷なく立ち上がることができた。アオイも吹き飛ばされたが無事のようだ。
術がぶつかり合った場所は、大きな地面の陥没と周囲の草木が円を描くように吹き飛んだことが分かった。
「ちっ」
向こうではカーターが無傷で立っているのが見えた。だがこちらも吹き飛ばされただけで傷は負っていない。
「相殺されたか」
(ざまぁ)
心の中で悪態をついてやる。雨の力とアオイの魔素を借りて最大限で放った秘術が、向こうの弱体化された秘術と同等。次も秘術で打ち合うのは可能な限り避けたいところだ。
(となれば接近戦だな)
だが、僕とアオイの二人ではカーターに致命傷を与えられない。
クリス王女たちは僕たちのさらに後方だったため、衝撃による影響をほぼ受けなかったらしい。何よりその場に固定されているので、地面から動けないことが幸いしていた。
吹っ飛ばされた僕はクリス王女たちの近くにいた。まだ彼女は僕の方だけをじっと見ている。
(彼女は一体何を考えている……?)
ほかの者たちの視線は向こう側にいるカーターを見ようと必死だ。なのに彼女は一切敵を見ようとしていない。その視線に意図を感じた。
(?)
『そうか、契約破棄じゃ!』
僕の思考を呼んだ指輪の叫びが頭に響く。
『おぬし、あの者達を縛っている術を解くんじゃ』
(?)
『阿呆! 契約魔素術を重ねがけせよ』
(……! そうか!)
やっとクリス王女が僕だけ見続けた理由がわかった。
――それは数日前にアオイとクリス王女の前で契約魔素術を結んだ後のこと――
クリス王女は僕に契約魔素術を掛けられない。これは先に述べた通り『契約魔素術無効』の能力によるものだと結論付けていた。しかし僕から持ち掛けた契約に関しては、クリス王女を含めて通常通り術を結べる。
では僕が結んだ契約術に対して他者が上書きしようとした場合、さらに他者が結んだ契約者に対して今度は僕が契約魔素術を重ねる形で発動した場合はどうか?
結論は前者が『僕が結んだ契約術はどんなに条件を吊り上げても他者によって上書きできない』、後者が『前の契約術が解除されて、僕との契約術が優先される』だった。
これは三人で何度も確かめたから間違いなかった。
クリス王女はその特性を生かして、自分たちに僕から新しい契約術を掛けてもらい、今縛っている契約術を解除せよと訴えているに違いなかった!
(そういえばアオイも術に縛られていなかった! 偶然僕の近くにいたから外れたものと思ったがきっとそうじゃない!)
アオイとは数日前にクリス王女の目の前で契約魔素術を結んでいたので、すでに僕の『契約魔素術無効』の能力下に入っていた可能性が高かった。
「アオイッ! 数分だけ時間を稼いでくれ!」
「はいっ!」
理由も聞かずに時間を作ってくる彼女をこれほど頼もしいと思ったことはなかった!
すぐにクリス王女たちの近くに寄り、魔素文字を描き始めた。
(慎重に……)
契約魔素術はその繊細さと条件設定の難しさから、少しでも乱雑にすると術が思うように発動しなかったり、変な契約になってしまうことがある。それゆえ習得が難しい系統とされていた。
(あせらず……)
とっさに思いついた条件で交換の規約を空中へ描き続ける!
完全に背中を敵に向けているが、それでも術に集中しきるしかない!
(できた!)
「みんな、受け入れてくれぇ!」
叫んだ後にすぐに術を発動した。ナオキ、レイナ、クーン、クリス王女、リスボン、トム、ローレンス、さらに複数の兵士たち。僕とそのほか全員の周囲に魔素文字が浮かび上がり、徐々に輪を縮め始める。
――ブゥゥン――
さらに魔素文字の輪が縮む!
(たのむっ!)
――パァァン――
風船が弾けるような音が周囲に鳴り響いた。
一瞬自分の術が失敗したのかと思ったがそれは違った。
突然ナオキたちが自由に動き始めた!
(やった!)
『成功じゃ!』
弾けたのは敵が最初に仕掛けた契約魔素術だった!
「皆のもの。彼は強敵です! 全員で力を合わせなければなりません!」
クリス王女はすでに次の作戦を練っていたのであろう。自分を中心にリスボンと共同で魔素術を展開し始める。クリス王女が連れてきたトムを始めとする兵士たちは手練れであり、複数組でカーターに向かって走り始めた。その動きは統率されていてすぐには崩れなさそうだ。
「クリス王女っ!」
「良くやってくれました。シュウ」
「いいえ」
「敵の親玉が残っています。油断なく」
「了解しました!」
「さ、こちらはこちらで何とかします。行って!」
自分もクリス王女と会話するとすぐにカーターに向かって駆け出した。
アオイは僕の要望通りカーターとの一対一において時間稼ぎをしてくれた。何回かカーターの斬撃をもらっていたが、致命傷をさけていた。腕や足からはところどころ切り傷と火傷が目立つようになっていた。
「戻ったよ! すまない」
「そちらの首尾はどうでしたか?」
「バッチリだよ」
傷が多かったアオイへ、効率が悪いが最近できるようになった自分以外への治癒魔素術を使用した。切り傷や火傷がみるみる塞がっていく。
「ずいぶんと余裕だな、シュウ」
そういうカーターは笑っていた。
「そうでもないよ。そっち側はいつまで持つかな……。ほら来るよ」
僕はカーターの真横を指さした。
「そんな姑息な手を今さら喰らうかよ」
しかし先ほど呪縛を解除したトムたちがカーターに横から襲い掛かった!
奴の頭には僕とアオイだけを殺せばいい。そう思っていたに違いない。この戦闘で始めて反応が遅れた。
「ぐっ」
奇襲を受けたとはいえ、数人の兵士の剣撃を見事にさばききって後ろへ飛びのいた。
(だが!)
今後は僕がカーターの逃げ場所を読んで仕掛けた。
――キィィィィン――
「ちっ」
自分の魔剣は奴の防御の技によって防がれる! 体吹き飛ばされそうになるが、なんとか鍔迫り合いに持ち込みたかった。
(これならどうだっ⁉)
僕の体から隠れて移動していたアオイがさらにもう一太刀を浴びせる! 奴から見れば、急に背後から刀が伸びてきたように見えたに違いない!
「くそっ」
声を出して両方をどうにかしようとしたが、そこまで僕とアオイの技は弱くなかった!
飛びのこうと力の入れ方を急に変えたため、僕の剣はそのまま地面へ刺さりその前に奴の脚を斬った。さらにアオイも左腕を斬っていた。首を狙ったらしいがそこまで上手はいかなかったらしい。
さらに飛びのくカーター。
「さて、第三回戦の始まりだな」
今度は僕たちが有利だ。挑発するように戦闘再開を宣言した。
「……」
奴は返事せずに油断なく僕たちを一瞥した。
(これで一対多数だ)
カーターは呼吸を整えたようで、また僕たちと向き合う形で正眼に構えた。
(来るっ!)
纏う魔素が膨れ上がるように力強くなった瞬間、奴が仕掛けてくると読んだ。
「!」
だがカーターの脚は動かなかった。それはナオキが気づかれないように植物を足元にはったようで、人喰い草数本が両足に絡んでいたからだった。
さきほど僕がやられたことを見ていたんだろう。ナオキの作戦がはまった!
「!」
――ビュゥ――
そこへ一直線に向かう炎が奴に襲い掛かった。発動したのは振り返るまでもなくレイナに違いなかった。
屈んでレイナの『炎束』を躱した奴はそのまま足元の植物を自らの炎で焼き切った。
「やれやれ、これまでか」
魔剣を鞘に納めるカーター。
「とうとう諦めて捕まるか?」
「失礼な奴だ。一度身を引くだけだ」
(それは逃走っていうんだよ。でもこの人数相手に逃げられるかな?)
「シュウよ。お前との闘い、非常に楽しかったぞ」
「俺はさっさとあんたを捕まえて解放されたいね」
「そう嫌うなよ」
カーターはすばやく手元に球のようなものを取り出して地面にたたきつけた!
地面に魔素術が展開される。
(しまった!)
先ほど仮面の男も逃走時に同じものを使っていたので、僕だけがその球の効果を知っていた。急ぎ『雷速』で奴の場所へ移動するが、間に合わなかった。カーターの体は一瞬で消えた。
去り際に奴の『またな』という声を、近づいた僕だけが聞いたような気がした。
周囲からは炎と殺気がなくなり、ただ雨が地面をたたく音が聞こえるだけになった。
人物に関して、クリス王女側近兵士のローレンスがキーエンス表記になっていましたので修正しました。




