第二十三話 クエスト 首謀者を捕まえよⅡ
――ブゥゥン――
地面が輝いた直後、僕たち全員の体の周囲に魔素文字が輪となって空中に浮かび上がり、徐々にその輪を縮め始める。
僕の叫びも空しく捕縛に来ていた全員に魔素術を仕掛けられてしまった!
しかし――
――パァァン――
風船が膨張しすぎてはじけるような音を出して、僕の周囲に展開された魔素文字がはじけ飛んだ。同時に横にいたアオイにも同じ現象が起きた。
仕掛けられた術は一種の契約魔素術で、試しの洞窟で得た特性で解除(正確には成立しなかった)ことがすぐに分かった。これはクリス王女との特訓で何回も試してみた経験あったからだ。僕のこの特性を、『契約魔素術耐性』と二人で名付けていた。
僕とアオイはすぐに体を低くして、周囲を確認した。幸いにも彼女は慌てることなく、状況理解は早い。
咄嗟の判断でアオイに影に隠れて弱い者達を闇討ちするよう指示する。彼女は音を立てずにその場を離れて彼らの後ろ側へ回り込む。僕はこの状況を利用すべく、動けないフリをしてその場に残ることを選んだ。
「いや~、ようやくつかまえましたな」
聞き覚えのある声! これはブラウン防衛大臣に違いなかった!
「ここに誘い込んで見事にはまってしまいましたなぁ。クリス王女」
木陰と小屋からブラウン大臣のほか、帽子を深くかぶった男、さらに新しくみる仮面をつけた男、さらに続いて荒くれ者たちが数人ほど、小屋から姿を現した。
(仮面の男は初めて見るな)
さっと見た限りはそれほど強そうには見えない。どちらかというと魔素術士系統の職業に思われた。
「しかぁーし、間抜けにもほどがありますな。あれほど目立った追跡をされていて、こちらがずっと気づかないとでも思ったのでしょうか」
ブラウン大臣はでっぷりした腹を揺らしながら、こちら側へ歩いてくる。
僕は闇の中でもはっきりと視えるので、敵がこちらを捕まえたと思って油断しているのがよくわかった。
事実、僕とアオイはこの術のまったく影響を受けていないが、後ろでは魔素文字が縄のようにナオキ、レイナ、クーン、クリス王女たちにそれぞれ体に巻き付いていて動けず、声も出ないようだ。視線だけがギョロギョロとしていて、不自然な体制で固まっていたので、敵を捕まえに来たはずが逆に捕縛されていた。
目線だけをブラウン大臣方向に向けているが、唯一クリス王女だけは僕の方を凝視していた。
「……」
「……」
「……」
やがて彼らが僕たちのすぐ傍まで近づいてきた。
「ブラウンよ、手短に済ませよう。新手が来ないとは限らない」
そう言ったのは帽子を深くかぶった男だ。こいつだけは手練れで戦う時にてこずりそうだった。
「大丈夫でしょう。クリス王女は隠れて私たちを捕まえようとしていましたので、城のまぬけな警備兵や魔術師どもは気づかないですよ」
「だといいがな」
ブラウン大臣はクリス王女の目の前に立った。
「王女よ、捕まりにきていただいたようで。私たちの作戦勝ちですな。この一帯へ強制的に魔素術をかけました。あなたの残念な兄と一緒にあの世へ送って差し上げます。これでトレドの未来は明るいですよ。ご安心ください。はっはっはっ」
(やはりクリス王女の兄の失踪にもコイツが絡んでいたか!)
目の前に兄の仇がいるクリス王女。しかし王女はブラウン大臣を見もせずに、僕の方をじっと見続けている。
「さぁ、さっさと装備をはがして魔素縄で縛りあげてしまいましょう。おい、やれ!」
後ろに控えていた荒くれ者どもが指令を受けて、縄でそれぞれを縛ろうと移動を始めた。
「これはずいぶんと強力な術ですなぁ」
「大量の魔石を犠牲にして、強制的にこの者たちに契約魔素術を仕掛けたのだ。これぐらいは当たり前でできてもらわないとこっちが困る」
ブラウン大臣の質問に答えたのは仮面の男だ。
やがて動けなくなっている者たちを一人一人見定めるように歩き回り、僕の目の前に来た。
「どれだけ時間をかけて魔素文字を地面に書き綴ったと思う? こっちの苦労も知ってほしいぐらいだ」
やがて僕の目の前に来た。
「こいつが話していた新鋭の冒険者か?」
「ええ、最近すごい勢いで売り出している冒険者です。たしか『夢幻の団』とかいう集いを結成していました。これがまた活躍著しく……」
「ん?」
動けないふりをしている目の前で仮面の男が止まった。僕には契約魔素術の捕縛がされていない。違和感に気づいたらしかった。背後には間抜け顔をしたブラウン大臣が語り続けている。
(いまだっ!)
背中に背負っていた魔剣を一瞬で抜き、目にも止まらぬ速さで一太刀! 殺気を込めた一線が仮面の男を左肩口から斬り下ろす!
斬った感覚は間違いなくあったので、すぐに横に立っていたブラウン大臣と離れていた帽子を深くかぶった男へ強烈な『雷伝』を放つ!
「!」
「ぐへぇっ!」
「!」
仮面の男は大量の血しぶきを上げて後ろへよろつき、ブラウン大臣は感電して仰向けに倒れた。残念ながら帽子の男は自分の周囲に炎を展開して、僕の『雷伝』の軌道を変えてしまい、魔素術は空しく後ろの木を貫通して遠方で魔素が散開してしまった。
「くっ」
戦闘不能を悟った仮面の男は、服の中からガラス玉のようなものを出して地面にたたきつけた。すぐに周囲に魔素文字が浮かび上がり、一瞬で男が消えた。
(転移か? あんなものもあるのか)
「さて、これで残ったのはあんただけだ」
僕は魔剣を正眼に構えたまま帽子の男と対峙する。この男は敵方の中で一番強いに違いない。なにより奇襲に近い『雷伝』を見事に防御して無傷だ。
ブラウン大臣はすでに気絶していたようで、白目をむいていた。
「驚いたぞ、シュウ。短期間でこれほどの魔素術を、しかも雷属性をここまで操るとはな」
「俺のことを知っているのか?」
「ああ」
「誰だ⁉」
「名乗らせたければ……実力を示してみろ」
帽子の男は言葉を切ったその次の瞬間に背中に抱えていた剣を抜いた。
『あれはっ!』
(なんだ?)
『気を付けよ!』
指輪との会話が終わるか終わらないかぐらいで、帽子の男の輪郭が急にブレた。
アオイとの経験で得た防御の型を、濃厚な殺気の方向に向かって前面を守るような形で繰り出した。
――バキィィィィン―――
帽子の男と僕の魔剣がぶつかり合う。
(とんでもない剛腕だ)
少しでも気を抜くと自分の魔剣に瞬時に纏わせた魔素、それも雷に変化させている魔素が散らされてしまいそうだった。
「くっ」
「これを防ぐかぁ!」
鍔迫り合いになる前に僕の方から一度距離を取って、改めて向き合った。
「シュウよ。いい腕になったなぁ」
「良い師に巡り合ったもので」
「ではその師とやらには今日限り会えない……な!」
再び帽子の男の姿がブレた。
直前に指輪の警告もあって、奴の魔素術の動きを見ていたので、今度ははっきりと高速で移動している姿を捉えている。冷静に防御の型を使って、高速の剣を裁き切った。足元がぬかるんでいるので、滑らないように足場は慎重に選ばなければいけない。この男との戦いは一つのミスで致命傷になると悟った。
(ありがとう、助かった)
『おぬしに勝手に死なれるとこっちが困る』
(さっきの驚きはなんだったんだ)
『奴の剣じゃ。あれは炎の龍剣じゃ』
(強いのか?)
『龍種から生み出された剣じゃ。まともに戦ってはいかん。いかに雷鳥といえど魔物としての格が違う』
(そんな剣……)
こんな危ない奴に持たせるんじゃねぇ! と思いながら、『雷速』を使い一直線に移動、敵へ反撃の斬撃を浴びせようとした。
――バキィィィィン――
甲高い音が周囲一帯に鳴り響く。高速移動と斬撃を組み合わせたが、これは敵の予想の反中だったらしい。
「はんっ! 幼稚な攻撃だな!」
敵は後ろへステップを繰り出して、僕と十メートル近い距離をすぐにとった。
「攻撃とはこういうものだ」
手のひらに空に向けて炎の球を複数個出現させた。そこから手を僕の方へ投げる動作をすると炎がこちらに向かって高速で動き始めた。
(早いな。だが直線の動きなら……!)
左右のステップで時間差で来る炎の球を躱そうとしたが、足が全く動かなくなっているに気づく!
下を見れば自分の両足に土が覆いかぶさって固められていた。知らぬ間に動けなくされていたらしい。
「ちっ」
(『雷壁』!)
前方に密度の高い雷の壁を展開させて、炎の球を防ぐ。雷の網を潜り抜けた火花が僕の頬を少しだけ焼いた!
「わかったか?」
「ああ、ご指導どうも」
強引に足元の土を蹴り上げて、再び動けるようにしておく。この間男はじっと僕の動きを見ていた。
(二つの魔素属性持ちか)
『はるかにお主より手練れじゃ。油断するでない』
「そんなに油断しているといつか痛い目にあっちゃうぞ」
「ほう」
「ほら」
僕が指さした方を見ることなく、敵はこちらを見ている。
――ビュッ――
こちらにだけ集中していた敵は横から迫って来たアオイの斬撃を喰らった!
「ちっ」
今度は二十メートル近い距離を取って、僕とアオイに向き合う形となった。
「雑魚は倒しました。シュウ様のほうは大丈夫ですか?」
「ああ。それより敵がやっかいだ。炎と土の魔素術、それに相当な剣術だ」
「わかりましたわ」
敵はこちらの様子を伺っている。どうやら左の肩を斬られたようだが、腕の動きには問題がないようだ。
(浅いな)
この間もクリス王女は僕だけをじっと見ていた。
「さぁ、第二回戦の始まりだな。楽しませてくれよ」
傷の状態を確かめた敵が剣を握り直し、濃厚な炎が周囲を漂った!
「アオイ、来るぞ! 高速の移動術は奴もできる。殺すまで油断するなよ!」
「わかりましたわ」
敵の姿が消えた瞬間に、僕とアオイもそれぞれ『雷速』と『風速』で対応する。
音を置き去りにするような高速移動で、ひたすら敵の残像を追いかけた。
(捉えたっ!)
地面にとどまった敵を背後から襲った。だが僕の魔剣は空を切った。
(どこだっ!)
見失った僕はその場でとどまってしまった。
『上じゃ!』
「上っ!」
指輪とアオイの警告が同時で、そのまま強く右足に魔素を纏わせて、右方向へ動いた。
――ドォン――
敵の炎の龍剣とやらが地面に食い込み、土の陥没とそこを中心とした蜘蛛の巣のような地割れが入り、さらにひび割れから炎が舞い上がった!
(あの威力は反則だろう!)
『一撃も喰らうなよ。今のお主では必死じゃ』
アオイは僕よりも敵の位置を的確に見えているようだ。
何回も二人で仕掛ける。しかしその彼女と二人がかりでも、敵にいなされてしまう。
地面に魔素術を感じた僕はとある作戦を思いついた!
動こうとしてわざと足元をみた。自ら視線を敵から移したのである。帽子の男は再び僕の足元に土の魔素術を仕掛けていた。
「またかかったな!」
敵は瞬く間に僕まで迫り、剣を振り下ろした!
(『雷変』)
体を雷に変化させて土の捕縛から抜け出して敵の背後で実体化した!
僕を見失ったはずの敵の背後から今度こそ致命傷を! と魔剣を突き刺す。
しかし剣が体に触れた瞬間に敵の体が炎に変化して散ってしまった!
「なっ⁉」
敵も炎に変化できるらしかった。いうなれば『雷変』の炎の魔素術版だ。
その認識が遅かった僕は、当然次の攻撃への反応も遅れてしまう!
「ぐっ!」
とっさの反応で体をひねったが右腕から腹部まで斬撃をもらってしまった。
敵の剣術は完成度が高く、斬り終わる頃にはさらなる斬撃を繰り出すための送り足を始めていた。
やむなくその場から飛びのくが、敵に簡単に合わせられてしまった!
(やられるっ⁉)
僕が致命傷をもらいかかった寸前に、横からアオイがすさまじい速度で入り込み、敵の攻撃に合わせてくれた。
――キィィィィン――
「やらせないです!」
「ほう」
鍔迫り合いに持ち込もうとする敵だが、アオイの剣腕は伊達じゃない。
僕はすぐに助力するために治癒の魔素術で止血だけを施して、斬りかかった。が、敵はそれも読んでいたようで、また距離を取られてしまった。
「アオイ、助かった」
「いいえ。それより治癒術を」
アオイに言われるまでもなく、僕はすでに傷口のさらなる回復を図っている。
時間にすると短い攻防であったが、体感ではもう一時間以上戦闘している気分だ。
空からは少しずつ雨が落ち始め、すぐに小雨から普通の雨粒が落ちてくるようになった。
「実にいい腕だ。殺すのが惜しいな」
(おしゃべりな奴だな)
「お前は誰だっ! 僕たちのことを知っているようだが。名乗れっ!」
「おや、そうだったなぁ。これは失礼」
敵は帽子を取って顔をこちらへ向けた。
顔を見た途端、背筋が凍る感覚が体を突き抜る! それは正面から帽子なしでみた顔が狂気で歪んでいたこともそうだが、正体がわかったことによる恐怖も加わっていた。
「「カーター所長!」」
僕とアオイは声を合わせて敵の正体を叫んだ。
手練れの敵は貿易都市トレドの冒険者ギルド所長カーターに間違いなかった。




