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新入大学生と不思議な指輪の異世界探索  作者: 蜜柑(みかん)
第二章 指輪の記憶
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第二十一話 トレドの人身売買組織

「あいつは相当な手練れだニャ」


 そう語っているのは昨日帽子の男の後をつけたクーンだった。


「背後に目があるようで、常に警戒されていたニャ。あれじゃ敵のアジトまで追跡は無理だニャ」

「無理しなくていい。クーンの命の方が大切だ。昨日掴んだ事実で十分だよ」


 昨日僕たちはクリス王女とリスボンでとうとうブラウン大臣が首謀者の一人である証拠をつかんだ。

 彼らが移動させていた縛られている人間族は人身売買であろう。トレド近くの小さな、あまり知られていない港経由で集めて、ブラウン大臣が一枚かんで貿易都市トレドへ入り、そこから船で遠方へ出港する。トレド南側に位置している港は整備されているが、東西北の門から出入りする時よりも船の入港の方が、はるかに監視の目が行き届かない部分があった。

 首謀者たちはそこに目をつけたのであろう。


「で、どこの船で出港するつもりなんだニャ?」

「いまクリス王女に調べてもらっているが、城内に敵がいるんで大胆には動けない。それでこちらで詮索することになった」

「どうやるつもりだニャ?」

「スタンリーたちを使う」

「なるほどだニャ」


 先日僕たちはトレドのスラム街で大きな味方を得た。スタンリーを始めとするクーンの知り合いの猫人族たちを探偵として雇った。彼らはこの街を知り尽くしている。人数をかけて目立つことなく、かつ確実な情報を持ってきてくれた。


「すぐに手配してほしい。奴隷たちが捕らわれている場所は判明しているので、そこを出入りしている奴らがどこへ行くかを突き止めてくれ。くれぐれも深追いはしないように」

「わかったニャ」


 クーンは宿を出て行った。


「シュウ、どうするつもりなの?」


 レイナは心配そうにシュウを見た。


「どうって、一連の事件の首謀者たちを捕まえるまでやるよ」

「私たちこっちの世界に干渉しすぎていない?」


 彼女の意見はもっともだと思った。


「確かに……レイナの言う通りだ。ずいぶんとこっちの世界に関りを持ちすぎたように思う。今回の件が決着着いたら、終わりにしようか」

「そうしましょう。なんだか、事件が大きくなりすぎて少し怖いわ」


 一度クリス王女と話した方がよさそうに感じた僕は、今朝のクーンの尾行結果も兼ねて一度城へ行こうと決めた。


「ちょっとクリス王女のところへ行ってくる」

「私も行きますわ」


 アオイが付いてくると言う。


「一人で大丈夫だよ」

「彼女と二人きりになって、また変な約束させられたら日本へ帰れなくなっちゃいます」


(信用なし……)


 結局ナオキとレイナを宿に残して、アオイと一緒に行くことになった。



 城の内側は契約魔素術を習うのに通い続けた時と何一つ様子は変わっていなかった。


「クリス王女、こんにちは」

「シュウ、いつ来てくれるかとずっと待っていましたよ」


 彼女は前にあった時よりも幾分か顔色が良い。大胆にもそのまま僕に近寄って抱擁してきた。耳元で、


「昨日の話の続きをしましょう」


とそっと言ってきた。突然の行動に僕はデレてしまった。

 その後庭へと移動するのだが、ニヤニヤが止まらないのをみたアオイは、


「シュ~ウ~」


と庭への移動の最中に強烈な峰打ちを放ってきた! 


「グフゥッ!!」


 アオイの一撃はクリス王女も兵士たちも見ていない一瞬であった。斬月を使った峰打ちは目にも止まらない速さで繰り出され、僕がうめき声を発して皆が振り返った時には、すでに納刀されている。異様な声を聞いたアオイ以外が心配してくれた。


「? どうしましたか?」

「い……いえ……何も…………」

「体調が悪いのですか?」

「ええ、まぁ……」

「いけませんね。今日はやめましょうか?」

「いいえ……」


 僕は呼吸を整える。


「もう大丈夫です。ちょっと腹が痛くなりまして」

「ふふふ。少し過剰ですよ、シュウ」


(過剰も何も、大ダメージだよ)


 兵士たちは不思議そうな顔をしていた。僕は彼らの中で『変人扱い』になったに違いなかった。



 庭へ出てから三人で芝生の真ん中に座り、クリス王女側の昨日のその後を聞いた。ブラウン大臣は明け方に何食わぬ顔をして城内へ戻ってきたらしい。今日も通常通りに朝から業務をこなしていると教えてくれた。

 代わりに僕は今朝クーンから聞いた情報を彼女へ伝えた。すると、


「そうだと思って、私の方でも調べておきましたよ」


と言って、この世界の紙を丸めて渡してきた。


「中には、トレドの港に出入りする許可を持った商会のリストを上げました。そのうち正式に奴隷を扱う商会には丸印を付けています」


 見れば確かに丸印のある商会とそれ以外に分かれていた。丸印の中にはウォン商会の名前も見つかった。長く見ていると怪しまれそうですぐに胸元へしまい込む。


「私はその商会のいずれかが昨日のことと関わっていると思います。調べていただけませんか?」

「了解しました」

「ありがとう」

「それと、クリス王女……」


 僕はこの事件が終わったらこちらの世界から手を引こうと思っていることを伝えようとした。

 しかし――


「何の相談ですかな?」


 突然背後から声を掛けられ、振り向くとブラウン大臣が立っていた!

 表情に焦りが出ないように必死に取り繕う。


「これはブラウン大臣、どうかなさいましたか?」


 クリス王女は声で気づいたのであろう。僕たちに一度視線を送って、ゆっくりと振り返った。


「クリス王女、いけませんよ。日中から城外の者たちと用もなく会うなどと。それも最近そこの者とは頻繁に会っていると聞いていますが」

「あらあら」


 クリス王女は立ち上がって土ぼこりを払い落とし、ブラウン大臣と向き合った。


「私がどなたと会おうとこちらの勝手ではなくて? それに彼とは大事な用事がありますの」

「ほう?」

「こちらの方には以前私に助力していただいたのです。お礼に魔素術を私が教える約束です」

「それはどんな?」

「シュウ」


 クリス王女は僕を呼び寄せた。


「見せてごらんなさい」

「はい」


 僕はブラウン大臣の方に向いて、


「初めまして、ブラウン大臣。冒険者のシュウと申します。契約の魔素術を習っていますので、そちらを披露させていただきます」


と挨拶した。


「見せてみよ」

「では」


 僕は城内に偶然いた猫に敵意を見せないようにゆっくりと近づいた。指を立てるとにおいを嗅ぐ習性を利用してさらに近寄り、ゆっくりと契約の魔素術を使った。


「あら、素敵」


 アオイの前で契約の魔素術を見せるのは初めてだった。

 綺麗な魔素文字が空中に浮かび上がり、僕と猫を包んだ。すぐに輪は縮まり、両者の体がボワッと短い時間輝く。


(契約成功だ)


 自分でも納得する出来の良さだった。アオイが感嘆したのも当然だと思った。


「このようにクリス王女に魔素術のご指導をいただいていました」

「ふん」


 契約が終わると、猫はすぐにどこかへ行ってしまった。


「クリス王女、あまり変な者たちを近寄せらないように。ただでさえ最近は物騒な事件が相次いています。城内の警備にも関わりますので」

「わかりました、以後は不用意に冒険者と接触しないようにします」

「わかっていただければよろしいです」


 ブラウン大臣はちらりと僕とアオイを見た後、鼻息荒くその場を去っていった。


「見事でしたよ、シュウ」


 クリス王女も僕の魔素術を褒めてくれた。


「この短期間で素晴らしい進歩でした。さすがと言いますか」

「いえいえ。しかしこれでもうここには来れないですね」

「連絡にはリスボンや私に忠誠を誓っている兵士を行かせますので問題ありません。それに契約魔素術は最後の段階です」

「最後の段階?」

「種族や階位が対等なものとの契約の結び方を教えていませんでしたね? それが最後の段階です。それさえ教えれば私からの魔素術指導は卒業です」

「えっ! もうそんなところまできていたのですか?」

「はい。もし自分より高等なものと契約を結ぼうとしても、自分が差し出すものを大きくすれば釣り合いは取れるので、契約魔素術は成り立つでしょう。その感覚がシュウは極めて優れていますので心配していません」

「ありがとうございます」

「さて、どなたかに契約魔素術の練習に付き合ってもらわなければいけませんね。私は指導するのでなれませんし……」


 チラリと僕はアオイの方を見た。


「いいですわ。シュウ様」

「失敗するつもりはないけど、可能性はあるよ」

「信頼しています」


(その信頼している僕についさっき峰打ちをしたんだけどなぁ……)


 せっかく練習台になってくれるというのだから、声に出さずに思うだけにとどめておいた。


「ではやりましょう。術式は小動物や虫たちと契約を結んだ時に加えて……」


 クリス王女は最後の指導として人間族同士や対等な階位の生物同士でおこなう、契約魔素術の式の組み方を教えてくれた。


「さあ、やってみましょう!」


 自分の卒業試験のつもりで今持てるすべての技術でアオイに契約魔素術を使った。


――ブゥン――


 鈍い音がして僕とアオイの周囲に細やかな魔素文字の輪ができた。徐々に縮まり、そして二人を優しく包み込むようにして、二人の体がボワッと光る!


「……できた。成功だ!」

「素晴らしいです。間違いなく成功ですね」


 クリス王女から称賛をいただく。アオイも自分に契約魔素術がかかったのが分かったらしい。『少し体が熱くなりました』と。


「シュウ様、どんな契約を結んだのですか? 私はどんな契約魔素術であれ、受け入れるつもりでいましたが」

「ごめんごめん、言うのが遅れちゃったね。内容は『僕はアオイに協力する』、『アオイは僕に協力する』、罰則には『一週間くしゃみが止まらない』にしたんだ」

「まあ」


 アオイが言うにはもうちょっと過激な条件で良かったと。


(過激って……何を求めるんだよ⁉)


 ブラウン大臣の目もあり、どの程度城の中に首謀者側の人間がいるかわからず、短い挨拶をして早々に城から出ることにした。



「ところでシュウ様」


 城を出た直後にアオイが聞いてきた。


「ん?」

「私との契約はわかりましたが、城の敷地で猫とはどんな契約にしたのですか?」

「ああ、あの猫かい。『近くにいる太った人間が夜に城の外へ出たら、僕に知らせに来てくる』って契約だよ」


 あの時いた近くにいる人間とはブラウン大臣のことであった。


「あの状況で機転が利きますね」

「いやいや、それほどでも。それにしても……」


(クリス王女にこの事件が終わったら、こちらから一切手を引きますって言いそびれちゃったな)


 結局、次回でいいやとその件は一度保留とした。


 城の入り口から出てしばらく歩くと大通りに合流するが、そこでずっと待ってくれていたクーンとスタンリーを見つけた。


「出入りしている輩の行き先を突き止めたニャ」

「ルドルフ商会という奴隷商だったニャ」


 依頼をかけてからわずか数時間であっという間に情報を掴んできた。

 クーンは徹夜明けで探索してもらったため、眼の下に大きな隈ができていた。


「ありがとう、クーン。それにスタンリーも。ひとまずいっぱい休んでくれ。今日は決して無理はしないよ。仕掛けるとしたら全員の体調が良いときを選ぶ」

「わかったニャ」


 クーンはスタンリーと一緒に引き返していった


******


 ブラウン大臣と帽子の男が引き連れていた奴隷と思われる人間族たちは、ルドルフ商会の奴隷商ネットワークを通じてトレドから出港すると推測された。情報がまだ欲しいと思った僕はそのままウォン商会へ寄った。


「久しぶり、シグレ」

「よう」


 元気そうにシグレは書類仕事をしていた。店に入って気づいたが、店内入り口正面の机に座っていた。着ている者もこの世界では目立ってかつ気品のある色鮮やかな綿素材だ。


「もしかして……?」

「そう、出世したんだよ」

「おめでとう」

「いやいや」


 シグレは以前からウォン商会の将来を担う人材として期待されていたが、見事にこたえているようだ。なんとなく僕とアオイも嬉しい気持ちになった。


「ところでウォンはいるかい? 少し話したいんだが」

「ああ、ちょっと待ってくれ」


 話の内容は奴隷商シグレに話すことはできるが、ウォンとシグレとの契約があるので、おそらくルドルフ商会の話を引き出そうとしてもシグレが話せないと思った。そのためウォンと直接話すことにした。


「これはこれはシュウ。先日の護衛では誠にありがとうございました」

「いいえ。こちらは依頼を受けた側ですから当然です」

「ところで今日はどのようなご用件ですか?」

「実は……」


 クリス王女たちと探索していることには一切触れず、ただ『ルドルフ商会の情報が欲しい』と伝えた。途端にウォンの顔が険しくなった。


「それはどうしてでしょうか?」

「依頼で少し調べていいます。それ以上は依頼主との関係がややこしくなってしまうので話せないですが」

「なるほど……」


 しばらく腕組をして考え始めた。


「いつもならば、『お引き取りください』というところですが、シュウたちには今後も当商会の護衛を受け続けてほしいと思っています。特別に情報を渡しましょう」


 そういってウォンはルドルフ商会の情報を離してくれた。


「ルドルフ商会はいわば商売敵ですな。ウォン商会も彼らと同じ奴隷を扱う商売で発展してきました。彼らは私がこの商売を始めてトレドに入る前から、この土地にいました。ウォン商会が商売をするにあたり、彼らとぶつからないようにあらかじめ挨拶にいっています。たしかルドルフ商会の頭取は、ルドルフ=ブリードマンという者です。いまは六十歳をこえているのではないでしょうか」

「評判はどうですか?」

「うーん、きわどいところを聞いてきますな。私どもは奴隷に教育をして、しっかりした買い主を選びます。気に入らない買い主であれば、お断りすることもあります。これは奴隷側にも同じで、犯罪奴隷でなければ買い主と条件や相性が合わない場合に奴隷側からも断る権利を認めています」

「なるほど」

「ルドルフ商会はこの辺の条件をかなり甘くしていると思います。すなわち売れれば良いという手法をとっているのです。審査は当然甘くなりますので、その分手間がかからず、商売として動いているお金はおそらく当商会の倍以上になるのではないでしょうか?」

「ありがとうございます」


 ウォンの情報は僕たちの掴んでいる真相と矛盾せず、むしろ闇組織とのつながりを感じさせるものであった。


「最後に。ルドルフ商会の次回の出港はわかりますか?」

「一週間後だと思います。彼らは毎月の満月を見計らって、トレドから出港しています。航海は日をまたぎますが、夜の航行は明かりがあればあるほど海難事故が減ります。出港日は領主と商会の組合による取り決めで事前に決められていますが、ルドルフ商会は大量の資金を投じてその権利を買っているのです」

「わかった。本当にいろいろとありがとうございました」

「いえいえ。何かお困りになりましたらまたいらしてください。次回の護衛依頼の時は必ず声をかけますので」


 ウォン商会を出て宿へ向かう。


――ルドルフ商会の次回出港は一週間後――


 その言葉を頭で繰り返した。一週間以内にこの一連の事件を解決して日本へ戻る。そのことばかりを僕は考えた。


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