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新入大学生と不思議な指輪の異世界探索  作者: 蜜柑(みかん)
第二章 指輪の記憶
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第十八話  出張武器職人、再び

 あれから一週間以上経過したが、僕はクリス王女と連日会っていた。


 会うたびに契約魔素術は上達して、いまはネズミなどの小動物にも契約魔素術を結べるようになっていた。

 これは自分の努力のせいだと僕は理解していたが、彼女は『私の指導がいいからですよ』と強気な発言だった。


(まちがいではないけど)


 たしかに彼女の指導は良かった。結果を出す分には。日が昇ってから沈むまで、ひたすら契約魔素術の練習をさせられたら、そりゃ嫌でも上達するに決まっていた。自分の魔素も尽きることがないので、ただひたすら精巧に釣り合いのとれた契約を考えては発動するという繰り返しだった。


 彼女は僕が持ち込むお弁当を食べて上機嫌になったのもつかの間、術の段階を次へ次へと上げていった。


(思っていた以上にクリス王女はスパルタだ)

『その気配はところどころにあったじゃろう。普通の二十歳に満たぬ娘が、兵士をおとりに敵の正体を暴こうとするはずがない』

(そうだった)

『同じ人間と交渉する分にはおぬしはあの娘の足元に及ばぬ。同じ土台に立たないよう努めることじゃ』

(ごもっとも)


 過去に彼女にも嵌められた経緯がある僕だった。彼女との交渉は細心の注意を払わねばならない。


 一連の事件の犯人捜しだったが候補者を絞れてはいたが、それ以上踏み込めていないようだった。クリス王女側に人手が足りず、全員を見張るわけにもいかないため苦労していると言った。


 契約魔素術の方は順調だったが、彼女は僕との新たな契約を結べないことが分かった。これは契約魔素術の二日目に練習に行ったときに判明した。


******


 元気に今日もがんばりましょう! と声をかけてきたクリス王女に『もしかして自分には契約魔素術は無効なのでは?』と聞いてみた。初めはそんなことはない、前に術を掛けましたよね? と若干怒り気味になってしまった。

 なだめながらも再確認してもらうと、確かに彼女は『自分が掛けたはずなのに解除されている』と不思議がった。そこから『誰かと浮気したのか』とか、『どんな人と付き合ったのか』とか、やたらと僕の私生活を聞いてきた。


「誰とも何もありません」

「うそおっしゃい!」

「ほんとうです」

「では新しい約束をしましょう」


 そう言って次の契約魔素術を僕と結ぼうとする。半分どうにでもなれと思いつつ、彼女と腕を掴み合って、その上から術を発動させようとするが、彼女が出した魔素文字はすべて結ばれる直前に弾かれてしまった。


「……」

「……」


 何回も何回もやるが、どうしても同じ状況に陥って術が成立しなった。


 しかし、僕側から契約魔素術を結ぼうとするとできそうだった。正確には術式が未熟なので弾かれるというよりは、術の発動の問題のようで、結局は結論がでなかった。術が進歩すればそのうちわかるでしょうというので、この点は現在保留だ。


 この過程で彼女の機嫌がさらに悪くなり、熱血教育(スパルタ)モードに入ってしまったのである。

 毎日毎日、ひたすら契約文字を書き綴る……


******


 その日、いつも通り夕方までみっちり契約術の練習をおこない、とうとう鳥と仲良くなることができた。その姿をみて、クリス王女が


「シュウはもうそこまでいったのに、こちらは全く進歩がありません」


と気落ちしていた。

 僕はふと思いついたことを指輪に相談してみた。


(なぁ、指輪)

『ん?』

(いま僕の魔剣に取り付いて擬態しているレブナント(幽霊)なんだが、それと契約はできるのか?)

『どうしたのじゃ、急に』

(いや、クリス王女が人手不足で犯人を掴めないなら、レブナントに手伝ってもらえばいいんじゃないかって思って。ちょうど僕は契約魔素術ができるようになってきた。高等な生物や存在じゃなければある程度なんとかなるのでは?)

『おおっ! 名案じゃ』

(よし)


 そういうとクリス王女に話を持ち掛けた。


「クリス王女、首謀者捜しのことで僕から提案があります」

「どんな提案ですか?」

「いま僕はレブナントという幽霊のようなものを持っています。これに尾行させるのはいかがでしょうか?」

「え⁉」

「これは小さい個体ですし、契約魔素術で結べばある程度ですが人間の代わりに尾行に近い形で追跡できると思います。そうですね、靴底に貼りつかせてもいいですし、その者の影に潜ませてもいいと思います」


 そういって僕は魔剣からレブナントを誘い出すように空中へ魔素を放った。感知したレブナントがヒラヒラと鞘から離れた。


「あら、かわいい」

「そう言っていただけるのはクリス王女だけですよ」

「そうかしら」

「これを被疑者に取り付かせるのです。契約は……そうですね……」


 僕は少し考え込んだ。


『簡単な契約しか結べないぞ。複雑な理解はレブナントそのものが出来ないから注意じゃ』

(それだと……)


「こういう契約はどうでしょうか? レブナント二体を被疑者一人に取り付かせます。その者に体を纏う魔素がクリス王女より強いものが接近したら一体が離れる、クリス王女から一定の距離を離れたらさらに一体が離れるという設定にします」

「狙いは?」

「一連の事件の首謀者は炎の魔素術を扱い、剣術に長けています。その者の強さはおそらくクリス王女よりも上でしょう。ですので初めの条件設定をしました。それだけの者がおとなしく城内に収まって執務をこなしているだけという印象を受けません。外部の者と会った者がわかるように設定しました。二体のレブナントが離れていれば、極めて怪しい者になるのではないでしょうか?」

「なるほど」

「取り付かせる時間帯も、日中ではなく夜間が良いでしょう。普通は夜間には仕事をこなしませんから」


 そう言って僕はいま保有しているレブナントをすべてクリス王女に渡した。


「自分を好ませるコツはそいつらにいっぱい魔素を渡すことですよ」

「わかっていますよ、シュウ」

「最後に、何かあれば無理せずに風雲亭という宿へ連絡ください。犯人捜しは正直いつでもできますが、命は一つだけです。犯人は人の命をまるで物のように扱っています」

「ありがとう、心に留めておきます」


 僕は魔剣を再び手持ちの布で覆いつくして、クリス王女と別れて城を後にした。


******


 貿易都市トレド領主の主城をいつもより早い時間で出た僕は、持て余した時間でニーナばあやの魔素術屋へ行くことにした。

 トレドの北門まで徒歩で移動して、そこから古い店の扉を開けた。


「おーっ」


 店の奥からナオキの声が聞こえてきた。声のする方向へさらに進んで、様子を確かめると庭でナオキ、クーン、ニーナばあやが集まっていた。


「なにか良いことでもあったのかい?」


 僕の声に反応して三人が振り向いた。ナオキの後ろには、人間の背丈ぐらいに大きい植物が生えていたのがわかった。


「それは?」

「ふっふっふ。驚くなかれ。こいつは先日の人喰い草だぜ」

「えっ⁉ ずいぶん大きくないかい?」

「ちっちっち。昨日までの俺とあなどるなよ、シュウ。そいつはもう立派な戦力だぜ」

「どれどれ」


 近づくと確かに人喰い草であった。地面から垂直に伸びて植物のてっぺんに花がある。ただし花というよりは人の口だけくりぬいたような形態をしていた。前に娯楽都市ラファエルでこいつが暴走した時は、その部分に人が放り込まれて消化されていた。


「どうやるんだ?」

「それをここでやるにはちょっと手狭になっちまった。明日一緒に外へ狩りにいかないか? 適当な依頼でも受けてさ」

「オーケー。楽しみにしているよ」


 そんな会話をしていたら、


「おーい、シュウたちはいるかー?」


 店の入り口の方からダミ声が聞こえてきた。こいつは武器防具屋であるガデッサの声だ。


「どうしたんだ?」

「お前たちに会いたい人がうちの店に来てるぞ」


 僕は一瞬もうクリス王女が助けを求めてきたのかと思ったが違っていた。連絡をつけたいという人物は、アオイの斬月を打ち直してくれた鍛冶師スミスだった。彼にはラファエルで世話になり、別れ際には疲労で直接会えなかったが、第三段階へ覚醒したときに壊れてしまったレイナ愛用の杖で相談していた。


「あー、わかった。今店にいるのかい?」

「そうだ。会えるまで待っていると言っていたぞ」

「了解、仲間を連れてすぐに向かうよ」

「よろしくな」


 ガデッサとともに店を出て、風雲亭に寄った。レイナもアオイも女性二名だけでの行動は禁止していたので、宿にいた。アオイは剣術と魔素術を組み合わせた武術の訓練に励んでいて、レイナは宿の主人と女将に料理を指導していた。

 事情を話して、二人にもついてきてもらい、夢幻の団五人全員でガデッサの武器防具屋へ行った。


******


「お久しぶりです、シュウ、アオイ。それに皆さまもお変わりなく」

「お久しぶりです、スミス」

「またあれから鍛錬されたのですな。強さがにじみ出ていますよ」

「いいえ、とんでもないです」

「お渡しした斬月はその後どうですか?」


 アオイはそう言ってスミスへ斬月を鞘ごと渡した。『抜きますよ』と一言断ってスミスは刀を抜いて、上へ掲げた。


「ふーむ」


 相変わらず綺麗な刀身で光が入りにくい、ガデッサの店内でもわずかな光を反射して輝いていた。


「刀が喜んでおります。アオイは私が思った以上の遣い手のようで」

「ありがとうございます」

「また何かあればすぐに連絡ください」

「はい」


 斬月を返したスミスは僕の背中の魔剣に興味が言ったようだ。


「シュウ、その背中の剣は果たして?」

「ああ、これは……」


 ラファエルでスミスと会った時はレブナントによる擬態をしていたが、いまそれらはすべてクリス王女に預けていた。布で鞘を覆っていたのだが、一部が布からはみ出していた。


「これは……ええと……その」

「もしよろしければ見せていただけませんか?」


 スミスは僕のギリギリまで顔を近づけて頼み込んできた。その圧迫感に押されて剣を渡すことにした。


(どうせバレまい。なにより剣が抜けないはず)


 ところがスミスは簡単に剣を持ち上げて、鞘から剣を外してしまった。本来雷の魔素を扱えるものしか剣は抜けないはずだ。


「!」


 この剣の所在やその性質を知っている皆が驚愕した。


「ふむふむ」


 スミスは唸りながら剣を見つめ続け、やがて口を開いた。


「この剣は国の盗品ですな」

「げっ!」


 僕は思わず声を出してしまった。すかさずアオイが庇ってくれる。


「スミスさん、申し訳ありません。少し話を聞いていただけないでしょうか?」

「? 皆さま勘違いされているのでは?」

「はい?」

「私はこの剣を持っているあなたたちを盗賊だと言って役所へ突き出す気は毛頭ありませんよ」

「え」


 スミスは再び剣を眺めながら話を再開した。


「この剣は私の祖父が打った剣でしょう。祖父は私の実家の家系の中でも優れた鍛冶師でした。また、私たちの武器屋から出した武器は一つ残らず武器台帳へ記載しています。幼いころ私は祖父の作製した武器台帳を見ていましたので」


 舐めるように見つめながら話が続く。


「祖父は確か国の依頼でこの剣を打って、国庫へ納めたように記載されていたと思いますが。はて?」

「スミス、実は」

「いえ、話さなくて結構ですよ。剣に聞きます」


(?)


 しばらく目を閉じて剣に両手を添えたスミスはしばらくして、


「なるほどなるほど」


と言った。


「国庫から邪悪な者によって運び出され、数多の者の手を介して、今シュウによって使われているのですな?」

「どうしてそれを?」

「剣を打つ者にとってはたやすいことです。声が聞こえてきませんか?」


「……」


(何も聞こえん)

『馬鹿者、話を合わせるんじゃ』


「えーと、たしかに剣が喜んでそうですね。ハハハ」

「そう! そうなのです。あなたに使われてこの剣は幸せなのですよ!」


『良い判断じゃ、話もうまくなったのう』

(指輪様のご指導のおかげでございます)


 皮肉もさておき、僕はある疑問を聞いた。


「スミス、この剣は雷の魔素を持つもの以外を受け付けないとありました。しかしあなたは簡単に剣を持ち上げて、鞘から抜いています。これはいかにして?」

「さきほど話した通りです。剣には心があるのですよ。おそらく剣を打った祖父と私の間に関連を見つけて、剣が私に持たれることを許したのでしょう」

「なるほど」


 武器も遣い手を選ぶんだなと大切なことを教えてもらった。


「はて、剣に夢中になってしまいましたが、そういえば用件があったような……」

「あっ! 私です」


 レイナはそう言って杖を二本と赤い魔石を取り出した。一本はレイナが愛用していたが第三段階へ覚醒した際にその出力に耐えれずヒビが入ってしまった杖。もう一本はオークジェネラルが使っていた杖で今仕方なく使っている杖であった。


「これは……」


 再びスミスは杖をジーっと眺め始めた。待つことさらに数分、二本の杖の鑑定が終わったのであろう。


「こちらの杖はあなたがお使いですか?」

「はい」

「どちらも傷ついていますな。おそらくこちらの方が損傷が少ないのでしょうが、それでも本来の威力からは落ちてしまうでしょう。それにあまり人間が作った杖とは思えない造りですな」

「そちらはオークの大きな個体を倒した時に回収した杖です」

「なるほど。杖には炎の魔石を埋め込み、多少は無理な魔素言語を掘っていますな。あまり手入れもされていない、かわいそうな杖です。杖の材質は魔樫の木といったところでしょう。魔物が好みそうな造りです」

「そうなんですか?」

「あなたもアオイと同じような強い魂を感じます。この杖はあなたにふさわしくない」


 スミスは丁寧に預かった杖をレイナに戻した。


「ですが、私は剣が専門で杖はそれほど得意ではありません。どうせ新しい杖なり、作り直すなりするのであればその道の一流にそうだんすべきだと考えます」

「お知り合いにいるのですか?」

「ええ。前に私どもの武器店は本店が魔術都市ルベンザにあると言ったのを覚えていますか? 本店では剣以外も扱っています。杖は私の姉が担当していますので、ぜひ立ち寄ってください。きっとレイナに合った杖を選んでくれるでしょう」

「ありがとう」

「これは書状です、姉に見せていただければ必ず相談に乗ってくれるでしょう」

「スミスはこれからどこへ? そうですな。今日明日はトレドに泊まり、その後は城塞都市ルクレツェンに向かおうと思います」

「商談ですか?」

「いえいえ、最近魔物の秘境からの侵攻が激しくなり、武器防具の質を高めようと王国からの指令が出ましたので、私はそれに応えるために行くのです」

「なるほど」


 スミスは宿をとっていないことがわかったので、せっかくだからそのまま風雲亭に案内して、一緒に深夜まで語り明かした。

 彼はアオイのほか、レイナを特に気に入ったようで、夜が明けるまで語っていた。


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