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新入大学生と不思議な指輪の異世界探索  作者: 蜜柑(みかん)
第二章 指輪の記憶
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第十七話  王女と特訓

「クリス王女。いったいそれは⁉」


 立ち上がりそうになった僕をクリス王女は制した。


「しっ。どこに耳があるかわかりませんよ。普通になさって」

「はい、すいませんでした」


 そういうと彼女は話を続けた。


「昨日炎の魔素術で焼かれた二名ですが、うち一名は私が救命しました。正確には、発動したのが契約魔素術だったとすぐに気付いたので、私の術で解除してやったのです。発動のきっかけは『ローズベルト』という単語でしょう」

「そうだったのですか」


 とっさに術を見破り、自分の術で契約魔素術を解除できたことに驚いた。この王女は知略以外にも魔素術に長けていた。


(見直さないといけないな)

『すでに彼女の手のひらで転がされつつあるのだが、まだ気づかんのかのぅ』

(相変わらずうるさいぞ、指輪)


「一名が生きたのは私にとって幸運でした。彼を使ってまた関係者探しができるからです」

「?」

「生きた兵士は火傷による皮膚障害が激しく、医学的知識をある程度持つ者から見ればそれほど長くは持ちません。だが犯人はどうでしょうか? 城内にいる組織の者は彼を生かしておくと情報を取られてしまうかもしれません。不安で夜も眠れないでしょう」

「なるほど」

「ようやくわかっていただけましたか」


 彼女は次のご飯に手を出していた。


 風雲亭は僕たちの長期滞在宿にするため、日本から持ち込んだ調味料を使ってもらうようにしていた。この世界に不用意に干渉しないのがあらかじめ設定したルールだったが、食べ物がお粗末でそれらを我慢できなかった。アオイとレイナの二名は料理ができるため、風雲亭の主人と女将にいろいろと指導をしていた。


この宿は犬人族が経営しているが、両名は鼻がきくため、最初は嫌煙したが出来上がった料理は二人を満足させるものだったようで、すぐに日本から持ち込んだ料理手法(レシピ)に移りつつあった。最近ではその料理目当てに宿泊客が増えて、料理だけを食べにくる者も多くなったらしい。


 彼女が食べだしたのは焼飯(チャーハン)だった。シンプルな胡椒と卵の焼飯なのだが、僕でもがっついてしまうほど旨かった。


「うーん、おいしいですね」

「これはどなたが?」

「いや実は……」


『宿の女将が作ったものだと言え! 余計なことを言うな!』


「……あー、宿の女将が作ったものです」

「なるほど。これは流行りますよ」


(サンキュー、指輪。いまの場面、アオイとレイナの名前は禁句だった)

『貸し一つじゃからな』


 あっという間に用意した食事を平らげたクリス王女は話をつづけた。


「ごちそうさま」

「いえいえ」

「さて、話の続きですが兵士はいずれ事切れる運命でしたが、先を不安に思った影の者に殺されました。毒殺です」

「どうやってわかったのですか?」

「リスボンに見張らせました。一切手出しせずに成り行きを見守るよう指示しましたので」

「……」

「兵が殺される可能性を察知しながら見殺しにしたことをシュウは残酷だと思いますか?」

「いいえ。組織の末端を捕まえても意味がありません。潰すならば頭です」

「その通りです。どうやら私とシュウは同じ考えを持てるようですね」


『半分は入れ知恵じゃがな』

(うるさい、指輪。だが先ほどの指摘は良かったぞ。また頼む)

『任せておけ』


「毒を持ったものは警備兵の一名でした。その者がその日に後で接触を持ったものは、


警備隊長 キーエンス=グラスコー

警備兵 ラクサ=イグレシアス

警備兵 スターレイヤー=ヒル

防衛大臣 ブラウン=クルーガー

財務大臣 シルバー=エドワーズ

外務大臣 ローズウッド=フォレスター

料理担当 ピクサー=クラーク

門兵長 モリアーティ=ベイリー

門兵 マルコ=トゥーリエ

門兵 ネームド=イネス

医療班 チャイコフスキー=ジャクソン

医療班 ジョン=リー


の十二名でした。このどれかが首謀者、あるいは首謀者に近いものと考えています。どれか判別できればよいのですが……」

「うーん」


 僕はこの名前をみて、外務大臣があやしいと思ってしまった。ローズベルトと名前が似ていたのが理由だ。


「すみません、わかりません」

「ウフフ、いいのですよ。それはこちらでやるべきことです」


 あー、気持ちいいと言って彼女は花壇に仰向けになった。


「こんなに良い天気は久々ですね」


 青空を向いている彼女の服へ蝶々がとまった。それをみて僕はあることを思い出した。


「クリス王女」

「はい?」

「そういえば、契約魔素術はどうやって結ぶのですか?」


 以前彼女が蝶々と契約魔素術を結んで従えていたのを思い出した。自分も覚えたいと常々思っていた僕は、彼女に教えてもらえないか聞いてみた。


「そうでした!」


 突然起き上がった彼女は、


「私はシュウからもらうばかりで与えていませんでしたね。私が直接契約魔素術を教えます。それで今回のシュウへの褒美とさせてください」


と言った。


「そんな、とんでもないです」

「いいのです。これで楽しみがまた一つ増えましたわ」

「ありがとうございます」

「ではさっそく」


 クリス王女はそういうと契約魔素術の術式を教えてくれた。術の概要は契約を結ぼうとするものが相手に『要求』をして、その『対価』を支払うものだという。要求を満たせない場合や対価を払えなくなった時のための『罰則』を規定すればできると言った。


「これだけですか?」

「それが難しいのです。術式は精巧に作らねばいけませんし、釣り合いが取れなければ成立しません。間違って自分に重い条件を課してしまうと不利になりますし、そのあたりの感覚がわからないと契約術が成り立っても、ただ契約を持ちかけたものにとって重荷になってしまうのがこの術なのです」

「なるほど」

「ではさっそく、虫を捕まえてやってみましょう」


 そういうと近くの蝶々へ向かって彼女は契約魔素術を放った。


「クリス王女、魔素文字を描くときは雷を使った方が良いですか?」

「良いところに気づきましたね。雷の魔素術は契約魔素術と相性が非常に良いのです。それ以外の属性は属性変化をしないほうが結びやすいとされています」


(これはラッキーだな)

『なにがじゃ』

(なにがって、それりゃ新しい技が増えるんだ)

『新しい技をどう使うつもりじゃ』

(そりゃ……当然……えぇと……。……)

『おぬしもおめでたいやつじゃ』

(うるさい)


「どうかしましたか? ほらみてください」


 さっそく蝶々と契約を交わした彼女はその意のままにあやつり、数分後に蝶々はどこかへ飛んで行ってしまった。いまのは『クリス王女の意のままに三分動く』を要求し、対価に『餌をあげる』、罰則に『しゃっくりがとまらない』を設定したと教えてくれた。


「クリス王女といまの蝶々であれば、一方的な契約もできたのでは?」

「! どうしてそれを?」


 僕は夢の中でホワンが契約魔素術を教えている場面を見ていたので、一方的な契約術もあることを知っていたので聞いてみた。


「いや、なんとなく」

「すごいですわ。その発想ができる人はなかなかいませんよ。今回はシュウが気づいた通り、対等な契約です。不均等な契約はできますが、邪道とされていて私は好みません。術者への跳ね返りもありますので、その意味で好き勝手な契約は後が怖いですよ」

「跳ね返り?」

「術者が『罰則を払えない』ことだってあります。その時は術者へ契約魔素術の跳ね返りが起きます。それは罰則よりもずっと恐ろしいことが起きます」

「どんなことが起きるのですか?」

「状況や内容にもよりますが、多くの場合は命を失うとされています」

「うわっ」


 冷や汗がつーっと背中を流れた。


「なので、対等で履行できる契約が一番良いのです」

「納得しました」

「さ、つぎはこの虫でやりましょう。幸いにも虫たちの好みそうな餌はシュウが持ってきてくれたお弁当箱にいっぱいありますので」


 そこから僕たちは日が暮れるまで、術の稽古に夢中になった。途中クリス王女は抜けたが庭に居てよいとのことで、ずっと続けていた。夕方になってそろそろ帰らなけばいけない時になって、ようやく僕の契約魔素術第一号が成立した。


 飛んでいた蜜蜂に要求として『僕の意のままに一分間だけ動いてもらう』を設定して、蜜蜂には『蜜のある場所へ僕が誘導する』を対価として払い、罰則に『一晩中咳が止まらない』を設定した。


 術式が成功すると空中に描かれた魔素術の文字が僕と虫の周囲に輪となって展開されて、徐々に縮まり、両者の体が一瞬薄く光って消えた。これが契約成立の合図のようだ。


 成功した僕は蜜蜂を一分間だけ意のままに操った後、蜂を指にのせて花へと誘導した。


「あれ?」


 蜜蜂が求めていた花ではなかったのか、指から離れることはなかった。やむなく別の種類の花に運んだが、そこでも同じだった。


「まずいな」


 そのうち咳が少しづつ出始めた。決して苦しいというほどではないが、ほぼ数呼吸おきに出る席は常に邪魔になるので、別の物事に集中できる状態ではなかった。


「ごほっ」

「あら、シュウ。咳ですか?」

「はい。さきほど契約不履行で、こうなってしまいまし……ごほっ」

「あらあら、それは大変ですね」

「はい。なんとかしてください。ごほっ」

「では私が解除してあげましょう」


 自信満々に僕に契約魔素術を解除すべく術をはなったクリス王女。空中に描かれた魔素文字の精巧さは、僕が描いたものの比でなかった。そのまま魔素術の文字が僕を包もうと周囲に展開された。しかし――!


――バァン――


「?」

「?」


 僕を包もうとした魔素術はその輪を縮めて作動する寸前で弾けるように壊れてしまった。


「? おかしいですね? もう一度」


 その後、彼女は同じことをしたが僕の咳が止まることはなかった。


「変ですね」

「そんな。なんとかしてください。ごほっ」

「しかしこれが聞かないとなると……」


 クリス王女でもどうにもできず、僕はやむなく咳をつづけたまま城を跡にした。最後にしばらくはこのまま同じ時間帯で魔素術の訓練をすることを約束した。


「ごほっ。……。ごほっ。……」


 帰り道ではちゃんと咳が続いていた。


(こりゃ、かなわん)

『良い経験じゃ』

(なんとかできないのか?)

『自分の体で罰則を払うしかない』

(そんなー)


 当然宿についても咳が止まることなく、僕は一晩中寝付けなかった。


******


「おはよう」

「おはよう」

「お~は~よ~う~」


 目の下にばっちり隈を作った僕は全員に心配された。事情を話したら、笑われた。


「そりゃ、お前が悪い」

「うっさいな。もう」


 ナオキが一番笑っていた。


「そっちはどうなっているんだよ? 植物育てるってやつは」

「育てるんじゃねーよ。武器として扱うんだよ」

「そうだった、ごめんごめん。で、どうなんだ?」

「それは秘密ってやつだな」

「……」


(たいしてうまくいっていないんだろうな)

『そう思うぞ』


 大股で朝一番でナオキはクーンを連れて出て行った。今日もニーナばあやの魔素術屋へ行くようだ。

 こっちはこっちで今日もクリス王女と特訓するための準備のため、体を洗いに行った。


 昨日は咳で邪魔で何をするにしても動きにくいので、朝になってからいろいろとやろうとしてすぐ寝てしまった。しかし結局咳が続くので、うまく眠れず今に至る。


 僕たちはこちらの宿として貿易都市トレドの風雲亭を拠点として決めた後、日本からいろんなものを持ち込んでいた。それらはこちらの文化に影響を与えないように細心の注意をはらって決めた物であり、調味料はそれに含まれる。


 他にも持ち込んだものがあって、それはシャワーと風呂であった。女性陣二人はどうしてもこちらにある風呂の備え付け物品が気に入らないようだった。


 高いところに貯水槽を設けて蛇口まで配水を準備して、蛇口からホースを取り付けてこちらでも水圧でシャワーを自由に使えるようにした。整備したのは武器防具屋のガデッサだった。頼み込んでどうにか整備してくれた彼は、最後には僕たちの持ち込んだ道具に興味を持ち、出所をしきりに聞いてきた。ガデッサには前に金属バッドと武器交換した経緯もあり、こちらの世界で見かけない道具全てに興味が湧いてくるらしい。


 水はナオキが毎晩絞り取られるように女性陣にせがまれて貯水槽に貯めるので、使いたい放題だ。しかも質が良いらしい。彼女たち曰く、水だけでも洗剤ほどではないけど汚れが落ちている気がすると。


 温度もレイナが石を焼くので、それを数個入れてお湯と水を混ぜ合わせることで、風呂を沸かすことができた。シャワーも水だけだと辛いので、配水経路に焼き石を入れるところを作り、一方はお湯を、もう一方から水が入るようにして両者を出口付近で混ぜ合わせるようにして、最終的に温度を調整できるようにした。日本と同様とはいかないが、この世界では最先端であろう設備が風雲亭には整っていた。


――ジャー――


 いい熱さのシャワーを浴びながら、昨日なぜ契約魔素術を解除できなかったのか僕は考えていた。


(僕は契約魔素術を結べるが、解除はできない。これはいったい……)

『もしかしたらおぬしは契約魔素術をかけられないのではないか?』

(どういうことだ?)

『ほら、娯楽都市ラファエルの近くの試しの洞窟へ潜ったじゃろう。その時最深階でおぬしは術を破って金杯を飲んだ。あの洞窟を攻略すると『本人に足りないものを補ってくれる』らしいと聞いたではないか』

(確かにそうだった)


 思い出せばその時に得た能力はいまだ不明だ。


(で?)

『おぬしは正直騙すよりも騙される方じゃからのぅ。日本とやらでも煽てられて好き勝手に契約結んでしまったではないか。それを思うと『おぬしに足りないもの』が補われたとしたら、それは『契約に関すること』ではないかと思うのじゃ』

(なるほど、一理ある)

『どうせ今日もあの娘とイチャつくのであろう。ならばもう一度魔素術でもかけてもらえ』

(イチャつかないよ)

『どうだが』


 指輪の指摘はごもっともだった。


 疑問が一つまた解決しそうな気がして、先ほどとは変わって眠気は吹き飛び、軽い足取りになって宿を後にした。


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