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新入大学生と不思議な指輪の異世界探索  作者: 蜜柑(みかん)
第二章 指輪の記憶
41/129

第十六話  策士

******


 ホワンは王の主城近くまで来ていた。事前に教えてもらった通り警備は非常に厳しく、複数人が組んでおり、単独ではなく組として警備を展開していた。


(気づかずに近づくのは無理か……⁉)


 再び固く閉じられた正面門を見る。


(それならば強行突破か。しかしそれでも王女の居場所がわからないな)


 実力的にはどんな防御の魔素術がかかっていても、城の門程度であれば突破できるかだけを考えれば彼にとってはたやすいことであった。しかしこの場面では気づかれずに侵入したいのである。


 物陰で悩んでいると、人体化した闇が再び魔素形態へ戻り、魔剣に取り付きながら語り掛けた。


『ホワン、僕に作戦があるよ』

(どんな作戦だ?)

『警備兵をだませばいい』

(どうやって?)

『僕に任せて』


 闇は地面を這うように城の入り口門の番兵に近づき、警備兵へ背後から魔素術を放った。途端に彼らはうつろな眼となる。ふらりふらりとした足取りで、門に手をかけると魔素術の文字式が浮き上がり、開門した。


『さ、早く』


 促されて我に返ったホワンは素早く門をくぐり、城内に侵入した。王女の指導で幾度となく通った道であり、入ってしまえばもはや自宅の庭の感覚である。

 再び人目に入らないように茂みに隠れた。


(どうやったんだ?)

『幻惑の術だよ。門番に僕を上級兵と認識させたんだ。命令は『一度開門してすぐに閉めよ』だよ。素直だよ~彼ら』


 人間族の上下関係を使った見事な術だった。


(俺にかけるなよ、その術)

『ホワンが正気なうちは大丈夫だよ』



 茂みから茂みへと移り、人目を躱しながら、王女の部屋へと近づいていった。予想通り城内にも警備兵たちが巡回していたが、彼らはホワンを目にすることなく通過していった。闇は幻術を使い、彼らの視界からホワンを隠していたのであった。


(さて、アイツはどこにいるもんか)


 王女の居場所に確信はない。


『そこだよ、ホワン』


 ホワンは人間族としては相当の手練れであった。その彼でさえ魔素術による探知では、遠く離れた魔素を感知できない。

 対して闇は元々魔素だったためか、その探索能力は人間の及ぶものではなかった。最近では狩猟の魔物探しはもっぱら闇の担当となっていたぐらいである。ホワン曰く『楽だからよろしくね』と。


 闇が示した場所は地下で牢のある場所だった。慎重に番兵を躱して、時に幻術をかけて、近づいていった。


 牢の中では目に隈をつくった自分の教え子が座っていた。着ている者はみすぼらしい服であったが、背筋を伸ばして正座していた。


「おい」

「……」

「おいって!」

「!」


 牢越しに呼びかけられた王女は、聞きなれた自分の指導者の声に気づいて目を開けた。


「ホワン! ここで何を⁉」

「しっ。まだ警備兵がそこら中にいるんだ」

「ごめんなさい」


 彼女が謝るのなんて、ホワンは聞いた記憶がなかった。


「無事か?」

「はい、けがはありません」

「何がどうなったんだ?」

「一部の大臣が部下を引き連れて謀反を起こしました。近衛兵はすでに殺されています。父と母はどうなったか私には情報が入ってきません」

「ずっとここに?」

「大臣たちは、ひたすら私に味方になるよう迫ってきました。『命の補償と代わりに、生涯服従せよ』と。下手な契約魔素術を使おうとしたので弾いたら、彼らの自信(プライド)に触ったらしくてここへ幽閉されてしました」

「いま出す」

「待ってください」

「どうした?」

「ここを出ても行く場所がありません」

「バカヤロウっ!」


 ホワンは初めて教え子を叱った。


「小さい世界に収まろうとするな。お前はここで朽ち果てる器じゃねぇ」


 力を込めると牢の鉄格子はグニャリと曲がり、人が通れる空間ができた。魔素術も張り巡らされていたが、魔剣で切りつけて術を弱めたのち、自分の魔素をぶつけて術そのものを破壊した。


「さぁ、来いっ」


 差し伸べた手を握った指導者と救い出された教え子は階段を駆け上がり地上へ出た。



 地上では物々しい警備は続いているが、王女の脱走に気づいた気配はない。再び物陰に隠れた二人と闇は外へ脱出する機会を伺っていた。


「両親はどうする?」


 ホワンは彼女の意思を確かめた。通常の謀反(クーデター)と言えば、王が生かされているはずがなかった。その事実に賢い彼女が気づかないはずがない。ただ二十歳に満たない女性が両親に会いたい気持ちがないはずがないと、ホワンの発言はそこを思ってことだ。


「……」

「俺はお前に合わせるぜ。雑魚なら百人来ても何とかするよ」


 しばらくうつむいて考え込んだ彼女は、ゆっくり顔を上げた。


「……このまま城外へ」

「いいんだな?」


 もう一度確かめたが彼女は頷いた。


「わかった」


 短いやり取りだったが、彼女の決意は固かった。

 ホワンたちは同じく幻惑の術を使い、入ってきた門から気づかれずに脱出した。



 現在日付が変わるぐらいの時刻で、王都の街は当然暗かった。今日は月が出ていないが、ホワンの眼はいつもより冴えていた。地面の状態、建物の影からはみ出している板の木目まで視えている。

 彼のほかに、元王女と闇が並走して走っていた。


「はぁはぁはぁ」


 しばらく幽閉されていた彼女は息が切れるのが早かった。


 目指すは王都からの脱出であり、なるべく遠いところ、できれば他国が良い。ホワンはこの先のことを考えていた。逃走には資金が必要だったが、それを宿に忘れていたのを思い出した。道のりを変更しようとした時に、闇は『入れておいたよ』と言った。彼の荷物袋にはたしかに十分な資金が入っていた。


 大量の資金をみて安堵したのもつかの間、突然城の方から複数の魔素術が闇夜に向かって打ち上げられた。

 それを見たホワンは思わず舌打ちした。


(ちっ)

『あれは?』

(思ったよりバレるのが早かった。元王女が脱出したのがわかったんだろう。あれは特別警戒の合図だ)

『特別警戒って……』

(王都から出られなくなる)

『塀を飛び越えちゃえば?』

(王都全体が魔素術によって隔離されるんだ。一切の出入りができない)


 王都全体の夜空に巨大な魔素結界中が張り巡らされたのが視認できた。


『じゃあ、隠れる?』

(その選択肢はない。姿はなくてもにおいで探知できる。探索の方法なんていくらでもあるんだ)

『どうするの?』

(決まってるさ!)


 走り続けて王都から出る大門を避けて、スラム街の方へ向かった彼は、外界と隔絶する塀と結界の直前までたどり着いた。

 そこで魔剣を解放する!。


「押し通る!」


 ホワンは魔剣に魔素を込め続け、全力で壁と結界に向かって放った!


――ドォオオン――


 轟音とともに、術と壁・結界がぶつかり合う! 


 王都の結界術は非常時の防衛のために用意されたものだ。当然一人の術者ができるはずがなく、王都お抱えの多数の術者が、それも大量の魔石の力を借りて発動するのである。

 ホワンが実力者とはいえ、単体で打ち破るには力の差がありすぎた。


 魔素術が結界を貫通できずに停滞する。


「くそっ」


 力を振り絞りながら、分が悪かったことを感じていた。それでも後がない。もう少しすれば異常を感知した警備兵が大量に押し寄せてくるであろう。そうすれば彼女を牢から出した意味がなくなる。


「ホワン、私の力を貸します」


 優しく背中に手を当てた元王女はあるだけの魔素をホワンに渡す。

 魔剣により発動した術は力強さを増して、とうとう結界にヒビが入った!


『ホワン、僕の力も使ってよ』


 闇が彼に纏わりつくと、術の出力は急激に上がった。ヒビまで入っていた結界をとうとう突き破り、壁もろとも吹き飛ばして大穴が開いた。


「いまだっ!」


 穴から飛び出したホワンと元王女に闇は、王都から離れるため全力で走り続けた!


******


(だいぶ物語が進んできたな)


 シュウは全身の痛みとともに目覚め、夢の内容を思い出していた。


 昨日アオイと稽古という名目で、ほぼ本番の斬り合いをしていた。新しく打ち直された斬月の切味はすさまじく、そこに彼女は風の魔素術を纏わせていた。『やりすぎじゃないか?』と思うシュウは、『こうしないと実践と同じ緊張が出ませんよ』と言われてしまい一蹴された。自分の魔剣にも十分な雷の魔素術を纏わせて防御するのだが、集中が途切れると魔素が密にならず、相手の剣がぶつかった瞬間に蹴散らされてしまう。そうならないために十分な魔素を武器に、時に防具や全身に纏わせる必要があった。魔剣同士の戦いで、この状態を維持して戦うことはものすごく鍛錬が必要だとわかった。


 アオイは楽しそうに打ち込みを続け、シュウはひたすら防御をしていた。時に攻撃を繰り出すが、彼女を斬ってしまいそうな感覚になるのでやめておいた。


 一時間以上向き合い、アオイの魔素が尽きかけるまで稽古した。終了時点で魔素だけ見れば彼女は消耗していたが、シュウにはまだ余裕があった。階位や武器の扱いは向こうが上だが、魔素の出力や総量は自分の方が上だなと彼は思うようになっていた。


 昨日風雲亭から行き先を告げずに出て行ったナオキとクーンだったが、陽が沈む前にちゃんと戻ってきた。ニーナばあやの魔素術屋へ寄って何か相談しているようだが、その時は教えてくれなかった。


「おはよう」


 背後から声を掛けられてびくっとして、怒った様子でこちらへナオキは振り向いた。


「いきなり話しかけるんじゃねぇよ」


(壁側に向いてるんで、こうなるしかないと思うんだけど)


「何してるんだ?」

「秘密だ。ヒ・ミ・ツ」

「そういわずに」

「あっ、勝手にのぞくんじゃねぇ」


 ナオキが覆い隠していた物は植木鉢だった。見ればかわいい草が一本ニョロニョロと生えていた。良く視ればそれ自体が生きているように動いている。


「!」

「あーあ、バレちまったか」

「それは?」

「この間手に入れた『人喰い草』だよ」

「観賞用?」

「馬鹿いうな。これを武器化できないか、試しているんだ」

「?」

「この植木鉢に植えた種は、普通の水だと育つのに時間がかかる。ところが、だ」


 ナオキは自分の魔素術で生み出した水を与えると人喰い草は急に成長した。先ほどは指の関節ぐらいまでのかわいいサイズだったが、水を吸い取ると手首から手先までの大きさに急成長した。


「おおっ!」

「見ただろ」


(植物にも感情があるのだろうか?) 


 ナオキに撫でられた人喰い草は気持ちよさそうだった。


「で、これでどう戦うんだ?」

「ん……それはだな……」


 魔物を倒すにしてもこれだと蟻ぐらいしか倒せそうになかったので聞いてみた。


「……」

「あれ⁉」


 どうもナオキはそこから先をあまり考えていなかったらしい。急に落ち込んで、背中を丸めて立ち去ってしまった。


(まずいこと言っちゃったかな……)


 彼は育てている人喰い草を放置して行ってしまった。可愛いので自分も撫でようとしたら草に噛まれてしまった。


「いてっ」


 ネズミに噛まれたぐらいの傷があった。


「けっこう狂暴じゃないか」


 どうも育ての親と他人だと扱いは違うようだ。その時はそれ以上興味が湧かないので、近くにあった水を与えて、日当たりの良い場所に移してシュウはその場を後にした。



 その後、シュウは午前中めいっぱいクーンの修行に付き合わされた。風雲亭の庭先で彼は先日の勝利で襲撃者から得た弓を使いこなそうとしていた。武器防具屋のガデッサに鑑定してもらったが、変な術はかかっていないらしい。


******


「こいつは『疾風の弓』だな」

「何かあるのか?」

「いや、取り立てて何にもない。弓には標準的な加速の魔素言語が掘られているぐらいだ。初心者に向いていて、威力はすさまじいとは言えないがその分扱いやすい」


とガデッサ親父は言っていた。


「弓はどうしたらいい?」

「適当な矢じりを持っとけ。矢はいくらあっても困らねぇよ」


******


 というわけであった。だが数メートル向こうの的に矢に射ようとしてもなかなか思うように当たらなかった。


 夢幻の団には遠距離攻撃ができるものが不足していた。今のところ僕の雷伝、レイナの炎束・炎塊、ナオキの水攻ぐらいだが、それらは遠距離というよりかは中距離ぐらいであった。敵に遠方から先制攻撃ができる攻撃手段の確立はこれから多数の依頼をこなす中で急務と思っていた。そこを補おうとクーンは彼なりに考えていたようだ。


「なかなか当たらないニャ」


 すでに何百本と練習していたのであろう。ガデッサの店で買った矢はすでに矢先がぼろぼろになって、羽も壊れかかっていた。


「これじゃ、うまく練習できないんじゃないか?」

「でもお金がないんだニャ」

「そうだったな」


 クーンは猫人族の仲間を食わしてやらねばいけない立場であった。残るお金はすべて仲間の衣食住へと消えていったと言った。


『魔素術で武器を作ればよい』

(え?)

『全く覚えが悪いのう。魔素術で矢そのものを作らせればよい』

(なるほど!)


「クーンの魔素属性は『土』だったよな? それで矢を作ったらどうだ」

「! それは名案だニャ」


 宿の庭には土がいっぱいあるので、その中からやわらかそうで魔素が通りやすそうな土を掘り起こした。


「うー」


 念じると土の中から矢が出来上がった。クーン特製の土矢であった。が、形はいびつで矢先は鋭いとは決して言えず、曲がっており、羽に至っては羽と呼んでよいかすら怪しい形態をしていた。


「……」

「……」


 結局なんでも修行だな、という結論になった。



 午後になって僕は指定された通りクリス王女に再び会いに行った。普段の装備に加えて、風雲亭の昼食を持ち込むことにした。


 いつも通り彼女からもらった指輪で門を通してもらって城内へ入り、彼女との待ち合わせの部屋に行く。


「こんにちは、シュウ」

「クリス王女、こんにちは」

「あら、王女なんかつけないで、クリスって呼んでいただいてよろしいですよ」


 昨日よりもはるかにご機嫌なクリス王女。そばにはリスボンのほかに、兵士のトム・ローレンスも付いている。ここのところ物騒なので護衛なのだろう。


「それはさすがに。ところで今日は変わった物を持ってきまして?」

「?」

「今泊っている宿の料理です。せめて息抜きの一つにでもなればと思いまして」

「嬉しい!」


 従者たちの前であったが僕は抱き付かれてしまった。


『鼻の下が伸びとるぞ』

(うるさい。いま人生のいいところなんだ。もしかしたら頂点かもしれない)

『阿呆。この程度で頂点なら、今後のおぬしは天空を貫いてしまうぞ』

(ほう)


「ありがとう、シュウ。せっかくなのであそこで食べましょう」


 クリス王女の指さした先は城内ではなく庭であった。


「なるほど」

「それに先日の話に続きもあります」


 ぼそっと耳元でささやいた彼女は体を離して、先に庭へ出て行った。



 クリス王女が立ち止まったところは庭の真ん中であった。盛んな貿易で財政が潤っているトレド城内の庭だけあって、綺麗な花壇に植木が整えられており、さながら英国のガーデニングを思い起こさせた。その真ん中に彼女は『少し汚れるかもしれませんが』と言って、腰を下ろした。僕もそれに倣って花をなるべく折らないように座ったのであった。


「シュウ、本当にうれしいですよ」

「いえいえ。とっさの思い付きでしたが、喜んでくれてこちらも大変嬉しいです」

「ここは見渡しがよいですよ」


 彼女の意図を理解した。


「ええ、誰かが来てもすぐにわかります」

「その通り」


 彼女は風雲亭から持ち込んだご飯を昼食がわりにするつもりらしかった。水筒も持ち込んで、安全な水を渡したらさらに喜んでくれた。


「さて、先日の続きです。昨日私が助けた兵士ですが、さっそく殺されました」

「えっ」

「亡くなった彼には悪いのですが、予想通りなのです」

「というのは……?」


 クリス王女は昨日のその後の出来事を話し始めた。


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